壮絶な名前の歴史
悪夢の再来
使用人達は思い出し、嘆き、
「そうだね。どうしようか…。」
お母様、お父様は首を捻っています。どうやら全く考えていなかったようです。使用人たちも見て見ぬふりといいますか…。取り敢えず我関せずといった感じなのですなんということでしょう。私はお父様の胸板を軽くポンと叩きました。子供が生まれる時の一大イベントはこれでしょう?この名前1つでこの子の運命が決まってしまう可能性だって多いにあり得るんですよ⁈とんでもないキラキラネームを付け、身の丈に合っていなければ笑われ、時代の波に乗れていなければまた、笑われる…それを回避するためにも早め早めに考えなければならないのですよ!親の一番初めの責任重大なお仕事なんですよ!しかし2人とも本当に困っているようです。普通は生まれる前から考えて決めておくものでは。と疑問に思いながら眺めていました。そこに助け舟を出したのはお父様の右腕であるベス・バルガーです。
「お嬢様に名付けて貰えば良いのではないでしょうか。気づいて差し上げたのは
お嬢様ですし。」
…?ナニヲイッテイルノ?先程、名前の影響力について考え、いかに大切なものかを実感していたところなのですよ‼︎しかしそれは名案、と言うように夫婦揃って頷いてしまっていました。待って下さい。そんな責任重大な事をたった4歳児にまかせるというのですか!ワンちゃんに名前を付けるのとは訳が違うのですよ!いえ、ワンちゃんの名前も十二分に大切ですけれども。私には荷が重すぎます。シェリーもそれは安心したような表情をしています。屋敷全体が肯定ムードになっているのに気づき眉がピクピクと震えてしまいます。
「それは名案です、ベス。今のところお嬢様にはあのようなセンスの片鱗は見えていませんしね。」
全くもって名案ではありませんよ、と言う前にあるワードが引っかかりました。あのようなセンス?私は首を傾げて思わずシェリーに尋ねました。
「あのようなセンスとは何ですか、シェリー?」
シェリーはよくぞ聞いてくださいましたと言うような顔で口を開こうとするとお母様とお父様が慌てて止めに入ろうとしました。
「ま、待って!その話は…!」
しかしいくらお母様とお父様が止めようともシェリーは止まりはしません。きっとただならぬ怨みがあるのでしょう。今日は溜まりに溜まったシェリーの鬱憤を晴らす日でもあるようです。しかし使用人が主人に逆らう…他の屋敷からみれば首から上がなくなる事態かもしれませんがうちの屋敷ではこれが日常です。その分、信頼度は高く、家族のようですが。裏切者などこの屋敷には絶対に存在しませんよ。
「お嬢様は今でこそフィオリア様という素晴らしい名をお持ちですが当初はウィアメール様とか
アメリウィル様など無理矢理自分たちの名前をくっ付けたり、終いには私たちの名前も合体させようとして…1つの文ができてしまうほど長くなりマシッタケ。」
シェリーが一気に捲し立てながら遠い目をしています。…確かに良いセンスとは言い難いですね。ラブラブなカップルが勢い余ってつけてしまった名前のようです。仲の良い夫婦にありがちな名前の付け方です。シェリー達の名前まで繋げようとしていたのはお母様らしいです。お母様達には失礼ですが…そうならなくて良かったと安心しています。
「その後幾度もなく何度も家族会議という名のお子様の名前案出会議を開き、それはお嬢様が生まれて尚、続きましたよ。女の子と分かったら分かったでそれならもっと可愛い名前をと旦那様がさして良い名前を考えられないのに言い出してまた混乱を招き…お嬢様が生まれて1ヶ月経った頃にやっと名前が決まったのですよ。時には喧嘩をしたり。嗚呼、そう言えば出産の真っ只中でも言い合いをするなんていう出産が初めての女性には到底できない余裕と芸当も見せて頂きましたよね。まぁ、出産を幾ら経験をしたベテランマダムでもできないでしょうが。」
旦那様も旦那様ですよ。クドクドクド。シェリーの猛攻撃が息継ぎもなしに始まりました。なんと…私の名にはそんなにも壮絶な歴史があったのですね。お母様とお父様は顔を真っ赤にして恥ずかしがっています。半分、叱られているのでどんどん体が小さくなってしまいました。私はその様子をお父様の腕の中という特等席で眺めています。妹に聞かれていないのが不幸中の幸いなのかもしれません。自分の失敗談を娘に聞かれるのは身悶えるものです。だから名の話を出した時、空気が凍ったのですね。あの悲劇…悪夢が再来するのかと。確かに本人達が良くとも周りは疲れてしまいますよね。納得しました。しかし、いつまでたってもシェリーからの攻撃?は止まらず、興奮しているようです。お母様たちがこれ以上にないほどに落ち込んでからやっと、ベスが止めに入りました。ベス、あなた少しお母様達の反応を楽しんでいたでしょう。口元が緩んでいますもの。ベスもきっとこの件に関しては未だに根に持っていたのでしょう。他の者たちも特にはお母様たちを援護せず、シェリーの言葉に頷いている者さえいました。…四年も根に持たれることだったんですね。お疲れ様でした。そして私の名前をこんなにも素敵にしてくれ、尚且つお母様達の暴走も止めてくださり本当にありがとうございました。心の中で敬意を込めて頭を下げました。ベスに肩を叩かれてシェリーはハッとしたようです。1つ咳払いをしてから
「このような経緯があるからこそ皆、気づかぬフリをしてこの“名付け”という一大イベントから逃げていたのです。しかし、今回はそのセンスが窺えないお嬢様がおられるので名付けて頂きたいのです。こんな素晴らしいイベントをこんな悲劇にしてしまったのはどこのどちら様方でしょうかね。」
と最後にチクリとした言葉を付け加えながら言いました。しかしそれでも納得がいきません。
「でも、だからと言って私が名付けるのも…。」
もしかしたら私にもそんなセンスが備わっているかもしれません。まだ頭角を現していないだけで。あったらあまり嬉しくありませんが。お母様はまだ赤みを帯びたまま私に言いました。
「この子も貴方に名付けられたら嬉しいと思うわ。」
お父様もすまなそうにしながら頷いた。私は反対側に抱えられている妹を見ました。
この子の名前。一生モノになる、そして私からの初めの贈り物。そう考えるととてもより一層、貴重なものに感じられて簡単には決められません。
「少し時間をください。ちゃんと考えたいので…。」
お母様とお父様はいつでもいいと答えてくれました。
ベスも
「急がなくて大丈夫です。しっかりと考えてあげて下さい。」
と笑ってくれました。
「1ヶ月かかっても平気ですから。引き受けてくれて助かりました。」
シェリーも横から爽やかな笑顔で付け足してくれました。それは暗に私の名前の時のことを
指しているのでしょう。ほら、お母様とお父様が見るからに落ち込んでしまいましたよ。
その後は励まし、立ち直ってもらってお父様に離してもらいみんなで夕食となり、家族団欒で過ごしました。
そして胸を撫で下ろした。