時間の鎖
たった今、俺はタイムマシンを発明した。
そう、あのタイムマシンだ。過去や未来を自在に行き来出来る。
色々説明したい事はあるが、この際原理や過程などどうでも良い。大事なのは俺がタイムマシンを作ったという事実と、その目的なのだから。
俺はあらかじめ用意していた鞄を持つとタイムマシンに詰め込み、俺も乗り込む。一辺二メートルくらいの黒く四角い箱のような外見だ。俺はドアを閉めた。
分厚い壁に覆われた内部には箱型のコンピューター。タイムマシンは人が立った状態で二人入るくらいのスペースしかない。まあどうせ俺以外使う訳でもないのだからどうでも良いのだが。
いつの時代に行くのかはもう決めている。俺はその為にタイムマシンを作ったのだから。
十五年前の今日だ。俺の人生を狂わせた日だった。
俺の親父は実業家で、将来目覚ましく発展する事間違い無しと周囲からも言われていた程の腕前の持ち主だった。
だが、親父は俺が十歳の頃に死んだ。帰宅中、人気の無い通りで何者かに殺害されたらしい。犯人は誰なのかは未だに分かっていない。
親父は俺にとっても良い父親だった。仕事が終わったら一緒に遊んでくれたし、勉強も教えてくれた。工作をしたのも良い思い出だった。お袋の家事も手伝っていたな。
親父を殺されてから、俺は二つの事だけを考えて生きてきた。親父が今生きていたら、俺とお袋はどうなってたんだろうか、と。俺は親父が遺してくれた遺産のお陰で良い学校に入る事は出来た。でもお袋は未だに親父の死を悲しんでいるし、俺だって研究職を持てたは良いが生活は少々苦しい所もある。
もう一つは、親父を殺した犯人は一体どんな奴だったのだろうか、と。きっとライバルの企業か何かだろうかと目星は付いているが、実際に確かめたい。人の人生まで変えてしまった奴の事を。
俺はその為にタイムマシンを作った。タイムパラドックスなんてどうでも良い。
と、タイムマシンが甲高い音を立てる。もう着いたらしい。
場所もあらかじめ設定していた。とあるビルの建設現場だ。未来を知っておくとこういう隠れるのに最適な場所が分かるから便利だ。
タイムマシンのドアを開けると、まず複雑に組まれた鉄骨や大量のパイプ類が目に入った。そして、建物の外に見える沈みかけの夕日。
細かい場所の指定もしっかり合っているらしい。しかし、今では馴染みの建物がこう建設前だというのはなんとも面白い。
しかし今はそんなどうでも良い感動に浸っている場合ではない。目的の場所はここから近い筈だ。俺は鞄を持ち、骨組みのビルに組まれた鉄パイプの足場を下っていく。
地上に着いた。あとは目的地に辿り着くまでそう時間は掛からなかった。
人気の無い。住宅地に面した通りだ。俺の親父はここで死亡しているのを発見されたのだ。
ようやく俺は真実を知る事が出来る。そして未来を変えられる。ただ、目立つと流石に怪しまれるので時が来るまでは路地裏に潜んでいる事にしよう。
赤い空は暗闇に染まり、街灯がポツリ、ポツリと点き始めた。しかし点滅する蛍光灯じゃあ薄暗くて不気味だ。
俺は路地裏のゴミ捨て場を盾に、鞄を開ける。中には銃身の長いライフル銃。スコープも付いている。
それらを組み立て、ボルトを引き、俺はスコープ越しに通りの様子を窺った。相変わらず人を見掛けない。
すると、通りの奥から一人、歩いてくるのが見える。その顔には確かに見覚えがあった。親父だ。
もうすぐで来る。引き金に指を掛けた。
その時、親父が歩いているすぐそばの物陰から、何者かが飛び出してきた。黒ずくめの服装で、顔はパーカーに隠れて見えない。
確認した瞬間、俺は人差し指を引いていた。ストックを付けた肩がガクンと動く。
バン!
そして、黒ずくめの人物は弾丸を食らった衝撃で前に吹き飛び、倒れた。血が舗装された路面を染め、手にはナイフが握られている。
やったぞ、俺は未来を変えた!
バン!
成程、今の奴が暗殺を阻止したのだな。
あの若手の実業家が邪魔で、殺しを依頼したのだが、その暗殺が失敗し、私の企業は衰退に追い込まれた。そして十五年の月日を費やして、やっと完成させたタイムマシンで時間を遡ったらこの有様という訳だ。
暗殺阻止した人物は片付けた。邪魔者は居ない。ようやくあの男を殺せ……
バン!
成程、今の奴が邪魔をしたのだな。
将来を約束された実業家だ。早死にするには惜しい。それに私の企業との共同企画だって彼が生きていればきっと……
バン!
ババババババババババ!……
破裂するような音が連続して聞こえた。音は通り一帯にこだまし、ようやく静かになる。
一体どういう事なのだろう。突如、目の前から誰かが襲い掛かってきたかと思ったら、突然発砲音と共に頭から血を吹き出して倒れた。
そして立て続け発砲音。しばらく鳴ってやがて静まる。
すると、通りの住宅地から住民達がゾロゾロと出てきた。うるさい銃声を聞けば無理もない。
甲高い悲鳴が聞こえた。振り向くと、女性が私の目の前で倒れた人物を見ている。
私は手を上げて無防備だという事を示した。住人達は周囲を見て回っている。
「おい、こっちに誰か居るぞ!」
慌てるように数人の住民が告げる。
「どういう事だこりゃ……」
見えたのは頭を撃たれうつ伏せになった死体だ。手元にはライフル銃。
しかし驚くのはまだ早い。
「まるでドミノみたいだな……」
路地裏の更に奥には、間隔を置いて人が倒れていた。例外なく全員が銃を抱え、頭から血を流していた。