40.ごめんなさい。もう許してと逃げます。
卒業証書授与。
一人一人の名を呼んで、呼ばれた者が壇上に上がって卒業証書を受け取ります。
この卒業証書は本人でないと受け取れません。
教授からは熱を出しても腹に槍が刺さっていても理由の如何を問わず、留年となります。6回生なら退学です。
だから、必ず取りに来いと言われていました。
でも、
王都召集が掛かっている場合は反逆罪とか聞いてないよね。
ホント、危機一髪です。
また、ロクでもない理由で殺されてたまるか!
2年しか通っていない学園生活なのに、壇上を降りるときに涙がでます。
忙しない2年間でした。
これで終わり、終わり良ければすべて良し。
終わっていません。
式が終わると職員室に呼ばれて、理事長、校長、教頭以下、教授の方々に囲まれます。
叱られました。
めっちゃ、叱られました。
俺がどこに行ったのか?
どうして消えたのか?
どう捜索するか?
俺を探した調査の結果は?
捜索クエストを依頼するか?
等々、毎日の如く職員会議を開いて議論していたそうです。
ここ2・3日は誰が責任を取るのか?
王都に誰が説明に赴くのか?
王都に召集された生徒が行方不明で送還できませんでした。ごめんなさいでは済まないそうです。
最低、理事長、校長の辞任が決定していたとか。
そりゃ、怒るわな!
平謝りです。
解放されたと思うと、生徒指導の教授が王都までの手順、禁則事項、ルールを徹底的に叩き込んでくれました。
もう、許して!
校門前では領主伯爵様の従者が待っており、明日の朝に迎えに来る旨を伝えてくれます。
行かないと駄目?
駄目だよね。
という訳で、伯爵邸。
色々と愚痴を言われました。
本当の事など言える訳もなく、ベンさんとドクさんには昨日の内に口裏合わせです。
ベンさんとドクさんも帰ってきたある程度事情を察していたので説明は必要ありません。行き倒れのエルフを助け、緊急事態の為に(エルフの里にある秘境の湯に行く予定を前倒し)エルフを里まで連れて帰っておりました。なんと言っても神の眷属であるエルフを人里に連れてくる訳もいかず、やむ得ぬ事態となりました。
こんな感じです。
「そう言うことにしておいてやろう」
領主伯爵様は話が判ります。
よ~し、これで強引に押し通せる。
代わり渡されたのが、依頼発注のリストです。
遅れた2ヶ月、休みの2ヶ月、王都に行っている間の3ヶ月、合計7ヶ月分を書いてから王都に行けですって!
きつっ!
受けますよ。
受けますとも、みんなの命が掛かっていますからね。
この苦しい言い訳を信じて貰わないと反逆者未遂のほう助にされます。
良くて冒険者カードの取り上げ、悪けりゃ反王国主義者のレッテルを張られ、国外追放は免れません。
ベンさんとドクさんはかなり焦っていましたよ。
伯爵様と交渉が終わり、帰れる訳もないですね。
はい、判っていました。
執事さんが貴族の心得と常識を徹底的にレクチャーされました。
俺、貴族じゃないですよ。
貴族と付き合う者は知っておけ!
そうですか。
了解です。
日が暮れてから家に到着です。
ご飯は7女ちゃん達と一緒に食べましたよ。
馬車で送ってくれました。
家のドアを開けると。
「よがぁだです」
文官さんが泣き付いてきました。
文官さん、首になる直前だったそうです。
最後の最後で監視を怠ったという理由です。
「理不尽です。私のせいじゃないですよね」
俺に同意を求められてもね。
要件は簡単です。
明日、市長伯爵閣下の下に出向くことです。
そして、これが俺の家を訪ねる最後だそうです。
8月末を持って、俺の担当を完了したとか。
王都に行く訳ですから文官さんの監視は要りませんよね。
文官さんには色々と感謝です。
この文官さんでなければ、『マリかの』に出会うこともなく、苦しい生活で冒険者になるのもずっと後になっていたでしょう。
変な人でしたが、どんなに感謝しても尽きません。
文官さん、遂に泣き崩れてしまいました。
それでも涙をぼろぼろと零しながら訴えます。
「どうして、どうしてこんなに早く卒業してしまうのですか」
「俺も想定外です」
「優秀ですから飛び級はすると思っていました。でも、普通なら4回生、2年後ですよ」
「俺もそのつもりでしたよ」
「わたしの予定をどうしてくれるのですか!」
予定?
「あと2年あれば、執筆も終わって『マリして』全5巻、『のりのり』全8巻を無償で揃えるという野望をどうしてくれるのですか?」
買えよ。
こっそり自分で写していたみたいですね。
最後まで変な人でした。
という訳で、役所の市長室。
「おまえという奴は前代未聞だ」
市長伯爵閣下、入るなりずっと愚痴を言い続けています。
領主伯爵を貶して、俺を褒め、俺を貶して、愚痴を言う。
俺が行方不明になって、7女ちゃんと意外と巧く行っていると大見得を切っていたらしく、日に日に青ざめてゆく様がおもしろかったようです。
あの領主伯爵が7女ちゃんの話を信じる訳ありませんよね。ただ、貴族達に完全に取り込んでいるというアピールです。しかし、卒業式まで出ない事態になると、そのアピールがそのまま都合悪い事態へと変わってきます。反逆を誘ったのが自分の娘です。領主伯爵は絶対に帰って来ると強気に振る舞うくらいになっていったようです。
領主伯爵にはめずらしい自爆ですね。
「あのまま帰ってこんかったら、あいつを追い落とすチャンスじゃたのに。気が利かんのぉ」
その場合は俺が首チョンですよ。
市長伯爵閣下も帰って来ると信じていてくれたようで、本気で落胆している訳ではありません。
そこから領主伯爵の愚痴が延々と続いているのです。
こちらも下手な言い訳を信じてくれるそうです。
「貸しだからな!」
念を押されましたよ。
朝一に来て、お昼前にやっと解放です。
お昼を強制的に食べさせられ、終わると行政総務・政策・財務の三長官が俺を囲みます。
代わる代わる社会のルールをレクチャーしてくれます。
かなり真剣です。
総務長官の下には人事課があります。つまり、文官さんの上司に当たります。文官さんが首で上司は無傷という訳もいかないでしょうね。
社会の仕組みを教えてくれます。
知っていますよ。
政策長官は市長伯爵閣下から領主の引責隠居、新領主就任の企画立案書の制作を申し与えられた訳です。領主交代の式典を準備するのにどれだけの労力が掛かるのかをきっちりとレクチャーされました。
無駄な努力、申し訳ありません。
無駄でよかった。
財務長官はお金の出し入れです。最近、財政に貢献していますが、領主交代の式典の経費に比べれば、雀の涙です。そんな予算はどこにもありません。それでも無くても捻出しなければならない。後々、どういう人が迷惑を被るかというレキチャーをクドクドと聞かされました。
どこの世界も財政は厳しいね。
俺、6歳ですよね。
転生者にその言い訳は通じない。
そうですか。
この世界は転生者に厳しすぎるよ。
やっと解放と思うと、審議委員会の職員がどかっと発注依頼の封筒を置いてくれます。
「日程のご相談ができませんでしたので、規定により2ヶ月以内に納品をお願いします」
おぅ~NO!
この封筒、全部受けたことになるの?
「はい、納品延長のご相談ができませんでしたので」
依頼料は役所に払って予定日に作品が届かない。
怒るよね。
依頼者はほとんどが貴族様だよね。
終わった。
うなだれて、役所を出ると冒険者に捉まって冒険ギルドへ。
ギルドマスターから苦情がたらたらです。
領主、行政、学校から問い合わせ、身分が高いので全部がギルドマスターの対応になったのは申し訳ない。
「おまえらに頼もうと思っていた依頼クエストをどうしてくれる」
そこまで知らんよ。
逃げます。追わないで!
出来たばかりの砦の宿営宿の一室を借り切ります。もちろん、長期の討伐クエストを受けていますよ。砦の宿営宿は討伐クエストの冒険者にしか貸してくれませんからね。
『ただいま反省中』
貴族様のパーティーはすべて自粛させて頂きますとのお手紙を相手に送って、クエストに出発です。王都に出発する学生を励ますパーティーなんて出たくありません。
しかも旅団が帰ってきたら毎日ほど慰労パーティーの予定が詰まっています。
どうせ聞いてくるのは同じ内容でしょう。
その度に謝るのは俺だよね。
願い下げだ。
貴族の嗜み、俺、貴族じゃありません。
世間体、今更ね。
貴族の恨みを買うかもよりも、依頼者の恨みの方が怖いです。
繋がりは大切に?
利用しようと下心しか見えません。
子供の癖に、煩いよ。
家に居れば、絶対に使者がやって来るだろう。
砦に避難することにしました。
ここまでやって来られまい。
午前は執筆、午後はクエスト、夕方から執筆の予定です。
完璧です。
砦で缶詰ですよ。
えっ、使者来たよ。
嘘でしょう。
領主伯爵様の長男凱旋のパーティーだけは出ろ!
「使者のギルドマスターです」
許して、ギルマス様。