36.冬将軍、心のどこかで復讐心があった。
いくつの山を越えたのか?
峠を越えるとそこは白銀の世界だった。
嘘です。
山を越える前から山は雪で覆われていました。
あぁ~雪線を越えたな。
地球の常識で言えば、雪線は赤道地方のキリマンジャロで5000m以上、北緯 40°~50°のアルプスでは3000mくらい、北緯60°~70°のアイスランドで1000m、グリーンランドでは500mと言われます。
ここが標高3000mか、5000mかは判りませんが、とにかく高いってことです。
しかも比較的に柔らかい雪です。
ずぽ、ずぽ、ずぽっと足元が埋まってしまします。
膝上にならないのが幸いですね。
「も~う、鬱陶しい」
「キリがないぞ」
「わっ、ありがとうござます」
「来るな、来るな、ホーリーアロー」
みんなイライラとしています。
ドクさんとベンさんは無駄弾を撃つなと言っていますが、ナイフや杖で払っても追いつかないという感じなのです。
白うさぎや白きつね、白はりねずみ、白いたち等々、可愛い魔物が襲ってきます。
飛び出した前歯と鋭い爪がなければ、イタズラな動物たちと笑っていられますが、油断すると怪我をします。
さらに悪いことに雪が保護色になって見つけ難いのです。
ひっきりなしに襲ってくる小さな悪魔に悪戦苦闘中です。
ドクさんのメンバーは馴れたもので、蚊を払うように近づいてきた所で瞬殺しています。
おぉ、岩かと思えば白くまでしたか!
「も~う、全然に気配が読めないわ」
姉さん、魔物の魔素で気配を察知していたようです。
この雪には魔素がふんだんに含まれていて、どこに隠れているか判らないと苛立っています。
そんなことができるの?
俺、できませんよ。
吹雪いてくると10cm先も見えなくなり進むことができません。
酷くなる前に雪国と言えば、定番のあれです。
まず杖の魔法陣を土から水に変更して、氷の流体変化を選択します。
ブロックキューブの氷版です。
雪をかきかきと集めて、中を空洞化して、最後に水を飛ばせば、「かまくら」の完成です。
大きい奴は面倒なので小さい奴を4つです。
おぉ、吹雪くと魔物の攻撃も無くなるのが幸いです。
かまくらはパーティごとに別れて使い。
大の字に寝るような馬鹿なことをしないなら、6人くらいは入れるでしょう。
姐さん、もう1つ作ってほしい。
嫌ですよ。
俺と下兄で1つ、姉らと姐さんらでと思ったら姐さんは妹ズを連れて籠ってしまいました。
残るのは下兄、姉さん、姉友ちゃん、見習い神官ちゃん。
まぁ、いいか!
みんな姉弟みたいなもんだしね。
あ~ぁ、かまくらと言えば、きのこ鍋に焼き餅、おしるこ、ぜんざい、甘酒も飲みたい。
「うるっさい。美味しそうな話をしないでよ」
「でも、美味しそうです」
「明日も早いぞ、早く寝ろ」
「あんた言うから食べたくなっちゃじゃない。責任取りなさい」
無理です。
懐かしい思い出を話しただけなのに。
翌日、
晴れ晴れとした晴天。
今日はいい日になりそうだと…………朝から小さい奴が襲ってきます。
うさぎ肉、焼いて美味しく頂きました。
くそぉ、うさぎ汁にしたかった。
さすがに氷の鍋では煮炊きはできないし、土が出るまで掘るのは凄く面倒そうです。
しかも戦闘をしながらの食事です。
弱い癖に襲ってくるなよ。
飯を終えて出発準備?
小さい奴らが姿を消しました。
「来るか!」
「でしょうね」
「ヤバぃか」
「山側に注目」
「やっぱり守り神じゃないかな」
「判っていただろう。覚悟を決めろ!」
「ねぇ、ねぇ、ドクさん達、どうしたの?」
姉さん、俺に聞かないで下さい。
でも、
何となく予想ができます。
エルフの村にある秘境の湯。
ここは聖域です。
本来、人が立ち入る所じゃない。
となれば、おそらく。
「来たぞ」
ドクさんの斥候が声を上げます。
ずご、ずご、ずご、向かう先から団体さんでやって来ました。
武者鎧を着込んだ武将を先頭に侍大将が5体、足軽みないた鎧を来た兵が沢山です。
「何ですか、あれ!」
「冬将軍ですよ」
「ファンタジーですね」
「そうですね。あれは精霊の具現化した姿だそうです」
「強そう。それに数が」
「1部隊に200体です」
弓士のマザグラさんが丁寧に数まで教えてくれます。
武将が5体で1000体ね。
「いいかよく聞け! ある程度近づいた所で後方に後退する。追ってきた所を大きく迂回して、あの山を越える。あの山を越えれば、あの魔物達は追って来ない」
逃げ切る作戦、悪くない。
ドクさんみたいに全員が実力を持っているなら、という前提条件付きだ。
俺達は無理だ。
姉さんは絶対に何かやらかす。
下兄と姐さんは逃げ切るかもしれない。
姉友ちゃんと見習い神官ちゃん、妹ズは走りながら小さい魔物を捌くなんて器用なことできない。
ベンさんところでは姐さんのひょろの旦那が危ないかもしれない。
2ヶ月で未亡人か!
実力的には魔法士さんは絶望的、でも、何とかなりそうな気がする。
たぶん、ベンさんの背中にべったり付くとかして。
絶対にそうです。
ベンさん腹を括ります。
悪い意味です。
賢者なら切るでしょう。
魔王討伐の決死隊などですからね。
俺が死んでなく前世の俺なら割り切れるか。
俺を捨てるか奴か、裏切った糞女なら心を痛みません。
でも、このパーティはハードなハイキングに来た小・中学生ですよ。
誰かを切り捨てるなんてできそうもありません。
第一、誰かを見捨てて人生をまっとうしてもロクな人生じゃありません。
少なくとも俺には無理そうです。
腹を括るか。
いい意味でね。
「すみません。魔法剣を貸して貰えませんか?」
「どうするつもりだ」
「奥の手を使います」
そう言うと、あっさりと剣を貸してくれた。
魔法剣は高いよね。
冬将軍は日本の甲冑ではなく、この世界の鎧姿で西洋の鎧に近いです。
俺は歩き始め、距離が近づくと互いに足を速めます。
この剣は炎の魔法剣です。
炎の魔法系に相性がいいハズです。
防御に役の立たない炎の盾。
役立たずですが、そんな炎の盾でも使い道はあります。
攻撃性です。
相手は氷の精霊となれば、さぞ相性がいいことでしょう。
冬将軍が目前に迫り、一気に飛びます。
「姿を現せ、炎の魔装甲」
魔法剣に水晶のようなものが纏い、まばゆい青白い光を放ちます。
くそぉ、青にならなかった。
今はこれが限界です。
完全な魔装甲なんてすれば、あっという間に魔力が尽きてしまいます。
魔力のストックはファイラーで600発くらいです。
随分と多くなりました。
それでも賢者の時代とは比べものにならないほど少ないのです。
まぁ、賢者の知識だけで記憶はまったくないのですがね。
残された妄想ノートによれば、全属性の盾を同時使用した完全な魔装甲で10分以上も戦えたとあります。
今の俺では、一属性で剣の部分だけの部分装甲が限界です。
魔法剣は魔法を通せますからしばらく持ちます。
さぁ、最初から肉体強化は全開です。
ぐぉぉぉぉぉ!
冬将軍の剣が上段から振り押されます。
刹那!
こっちも剣を肩に担ぎ、袈裟切りで氷精霊剣ごと将軍を真っ二つです。
相性、バッチシ!
冬将軍の斬れそうな氷精霊剣も剣技も何もありません。
無双です。
ふ、ふ、ふ、火で炙ったナイフでバターを切るが如く。
この剣はちょっと熱いよ。
敵も味方も茫然として棒立ちです。
あと3体は始末したい。
俺は冬将軍が霧消するのを放置して侍大将に向かって駆けて行きます。
やぁぁぁぁ~、すぱぁ!
まず1体。
ちぃ、雑魚兵の癖に反応が早い。
侍大将を守ろうと兵が壁を作ります。
返す刀で兵を撫で切り、そのまま侍大将をもう1体始末します。
遅れて来た雑魚兵が俺の周りに群がってきます。
ぷしゅ、ぷしゅ、ぷしゅ、ぷしゅ、ぷしゅ、ぷしゅ、ぷしゅ…………。
機関銃の如く、ファイラー10発を20秒間。
取り囲もうとする兵を一蹴し、さらに右手の侍に走ります。
部分魔装甲擬きで300発くらい魔力が一瞬で消え、ファイラー200発を消費しました。
残りは100発程度の魔力です。
炎の魔装甲剣の色が青白から白に落ちました。
雑魚ならこれでも十分でしょう。
ここから魔力を足しながら持たすのみです。
時間との勝負です。
イザぁ、尋常に勝負!
俺の名前はドレイク・フォン・クラスライ。
みんなは俺をドク(毒)と言う。
どうして秘境の温泉の話をしてしまったのかな?
化け物みたいな奴を倒せた時は借りを返せたと思った。
イケると。
冬将軍に再会して、俺の心は再び氷付いた。
勝てない。
心がそう叫ぶ。
一人でも逃がさないと、俺が連れてきた責任を取るべきだ。
「いいかよく聞け! ある程度近づいた所で後方に後退する。追ってきた所を大きく迂回して、あの山を越える。あの山を越えれば、あの魔物達は追って来ない」
仲間の5人が頷いてくれる。
田舎町から一緒に出てきて、喧嘩もよくしたな!
よく一人も欠けずに生き残ったものだ。
さぁ、行こうか。
お嬢ちゃんの足じゃ、追い付かれてしまうからな。
ここが年貢の納め時か。
「すみません。魔法剣を貸して貰えませんか?」
「どうするつもりだ」
「奥の手を使います」
小僧がウチの奴から魔法剣を借りた。
そして、歩き始める。
無茶だ。
冬将軍がまじかに迫って、小僧の持つ剣がまばゆい光を放った。
「おまえの剣って、あんな風に光ったことあるか」
「ねぇよ」
「じゃあ、あれは」
「知らねぇよ」
そう、炎の魔法剣は炎を纏う剣だ。
ありゃ、もう光の剣だろ。
冬将軍が飛んだ。
小僧も飛んだ。
冬将軍の持つ剣はすべてを引き裂く魔性の剣だ。
俺の愛刀もあっさりと真っ二つにされた。
刃先を合わせては駄目だ。
えっ?
小僧の剣は魔性の剣ごと冬将軍を2つに裂いた。
ありえねぇ。
「やった!」
「よし」
「スゴぃ」
「自分だけ目立つつもり」
餓鬼は何も判っていない。
あいつがどんなにヤバい奴だったのか。
さらに前に出て、侍大将を2体切る。
押し潰そうとする兵を一瞬で消滅させて、真ん中にデカい穴を作り出した。
「いつまで見ているつもり」
「俺も行く。あいつ一人に任せるつもりない」
「はい」
「当然よ。残りは全部、私は片付けてやるわ」
お、そうだ。
「おっさん、先に行くわよ」
小僧の姉が走り出した。
それにみんなが付いてゆく。
「密集体型、左手を襲うぞ。小僧だけにいい格好をさせるな!」
おぉぉぉ!
お嬢さんらを追い抜いて、先頭を駆ける。
「中央を駆ける。あの右手の2大将をヤルぞ」
おぉぉ!
俺達は2つに別れる。
盾と斥候と魔法剣士で1組、魔法剣士だが、本業は魔法士だ。
突っ込む前にデカい奴を1発入れる。
こっちは俺が先頭で杖の魔法士、あいつらは僧侶とかいうが槍の腕は一流だ。
弓士が後方から援護してくれる。
ほらぁ、俺の前の奴が1体消えた。
「ドク、あんまし余裕ないよ。さっさとおやり」
まったく、口の悪いかぁちゃんだ。
だが、腕は一流だ。
3体を始末している間の横の2体を捌いでくれる。
後ろは丈の魔法士が守ってくれる。
よし、道が開けた。
突っ込んだ所に大将の刀が俺を襲う。
俺の2代目愛剣が火花を散らす。
大丈夫だ。
冬将軍のような魔性の剣じゃない。
嬉しいね。
ヤレる。
周りの数が一気に減った。
お嬢ちゃん達の魔法攻撃か!
スゴぃな!
まるで弓矢のように魔法を使いやがる。
普通は最初の一発だけだろう。
ドカァーン!
ベンの所の魔法士がファイラーボールを後方に放った。
これであの魔法士の仕事は終わりだ。
そうだ、これが普通だ。
小僧のとこの魔法士は可笑しすぎるぜ。
まぁ、助かるがな!
「デカいのいくわよ。勝手に避けてよ」
かぁ、ヤバぁ!
俺は咄嗟に後方へ飛ぶ。
光の帯が前を通過する。
数体の雑魚と大将を巻き込んで?
「俺の獲物ぉ!」
心の中で泣きたくなった。
せめて、リベンジさせろ!




