35.口笛を吹いて、山に行こう。
丘を越え、行こうよ。
口笛を吹きつつ、気楽なハイキングかよ。
北の盆地は高い山々に囲まれている。
500mくらいの山も越えると3000mくらいの山が立ち塞がり、3000mを超えると8000m級が立ちはだかるのです。
斜角が凄く、よく崩れないものですね。
近づくとますます壁のようです。
という訳で北に迂回です。
アルプスを越えるとヒマラヤが待っているような感じです。
魔物を避けつつ、斥候の3人がグループの先頭を切って歩き、ルートはあぁでない。こうでないと言い合っています。
目と耳が一番いいのは姉さんのようで、ドクさんとこの斥候もうんうんと唸っています。ベンさんの斥候は姉より経験が高いのですが、ドクさんの斥候に比べると見劣りします。
がんばれ、ベンさんの斥候さん。
500m山は木々が生えて魔物が身を隠す場所もあるので意外と緊張しますが、谷部でも3000mを超えてくると木々も生えなくなります。
ロッククライミングで縄なしの上に100kg以上も荷物背負ってとか?
ない、ない、ない。
「遅い、早く上がてらっしゃい」
ぴょんぴょんと岩場を登っていきます。
このメンバーならヒマラヤも1日で登ってしまいそうです。
空気も薄い気がしますが、高地対応とかいいのかな?
あっと言う間に日が暮れて、枯れ木を集めてたき火で食事です。
食事は途中で狩った魔物の肉と固パンのみ。
おい、おい、まったく。
土魔法で土鍋とお椀と箸を作り、水魔法で土鍋に水を注いで、ファイラーで加熱します。
肉と適当な山菜と薬草を混ぜて、塩で味を調えて一品を作りました。
「おいしいわ」
「そりゃ、どうも」
「がははは、小僧がいると色々と便利だな」
塩はいつも携帯しています。
塩なしの肉なんて美味しくないからね。
翌日は日が昇る前から出発です。
姉さんが妙にそわそわしています。
姉さんが見ている方をよ~く見ると、何か動いているようです。
肉体強化で視力を上げます。
おぉ、サーベルタイガーです。
魔物図鑑に載っていませんが、記憶の中では鮮明に覚えている剣歯虎と呼ばれる牙が長い虎のようなトラ科か(地球分類そのままならトラ科というのは存在しません)、ネコ科か判らない獰猛な奴です。
頭がいいのか中々近づいてきません。
ヒマラヤのような山が立ちはだかりますが、別に山頂を目指している訳じゃないので山の斜面や谷部を迂回して進んで行きます。
たまに尾根縦断もしますよ。
マッピングを見ると随分と北を迂回させられているのが一目瞭然です。
「8000mの山頂越えをしたいか?」
ぶん、ぶん、ぶん、遠慮します。
ヒマラヤより高い山がごろごろしており、一番低い谷部でも6961mを越えていそうですよ。問題はそれを越えて終わりではなく、3回も超えないといけないことです。
つまり、ヒマラヤ山脈が3重に重なった山脈なのです。
迂回しても5000m級が待っていますけどね。
そんなことを考えている内に、山の斜面部が見えてきました。
次の峠を目指して斜面を一列になって進んでいます。
足元は1000m級の斜面が谷までずっと続いています。
「足元に気を付けろよ!」
「判ってるわよ」
「がははは、堕ちたら自分で這い上がって来いよ」
「落ちないわよ」
「俺も落ちるつもりはない」
「手を繋いでもいいですか」
「いいよ」
「私は神に仕えているから大丈夫」
その根拠は何?
「左上50」
姉さんが叫んだ。
ここか!
サーベルタイガーは先回りしていたようで斜面の上から滑り掛けて降りてきます。
全員が一列、ある程度の距離と取って歩いているので、隊列も組めない一人で対処しなければいけない瞬間を狙ってきたようです。
狙いは小さい俺か、見習い神官か?
弱そうという意味で姉友ちゃんか、妹ズもあるかも?
うん、でる幕なかった。
姉友ちゃんと見習い神官ちゃんの魔法がサーベルタイガーの前足を捉え、途中から走るのではなく、落ちて俺達の横を通過して行きます。
土埃を上げて斜面を落ちる様は、さながら大根おろしの板の上を転がるっているように思えます。
立ち上がれないから転がるしかないんだよね。
いやぁ、命綱を張ってなくて助かった。
普通、逆でしょう。
苦労して斜面を乗り切ると、少し平らな所にでます。
「えっ、戻る」
「谷を下って抜け直そう」
「半日掛けて来たのよ。戻ってまた谷を抜ける気。嫌よ、私は」
うん、俺も嫌です。
谷を下るということは、1000m下って、また1000m上るということですよね。
「おぃ、あの岩陰の奴が見えるか」
ドクさんが言いいます。
恐竜にトリケラトプスです。
こっちの名前知らないからトリケラトプスでいいよね。
象より大きな巨体で草を食っているよ。
「あいつは縄張りに入らなければ襲って来ないが、魔法も剣も利かない固い体皮が厄介な奴だ。あの角もやっかいだが、巨体に踏まれるのも願い下げだ」
前回も戦略的撤退を選択したらしい。
小ドラゴンのグイベルよりデカそうだ。
「で、グイベルより硬いですか?」
「そりゃ、そ…………」
前進決定。
でも、こちらから仕掛けない。
可能な限り距離を取って静かに移動する。
静かに、静かに、静かに、静かに、静かに、通り抜けて良し!
駄目でした。
あいつの縄張りって、どうなっているの?
明らかに遠ざかっていたよね。
「ねぇ、この花を踏んだのが拙かったじゃない。あいつの餌かも?」
姉さん、目がいいね。
そういう事ですか。
「手筈通りにするぞ」
ドクさんが指揮っています。
山に入ってからベンさん影が薄いよ。
トリケラトプスは怒ったように走ってきます。
ボアのように正面から突っ込んきて自重で自滅してくれるとありがたい。
みんなが俺の後ろに隠れるように下がります。
盾で止まらないときは左右に別れて、中央を通すという手筈です。
何っ?
4つ足で器用にジャンプ。
正面から右手に瞬間移動したように見えたよ。
イノシシは猪突猛進の如く、一直線に突っ込んでくると勘違いする人もいますが、急な方向転換も自分の身長くらいの柵も簡単に飛び越える身体力を持っています。
トリケラトプス、あの巨体でそれをされるのはちょっと嫌だね。
とりあえず、斜め前方に盾を9枚20層設置です。
グイベルも簡単に10層を破ってくれたからね。
ギャン、ギャン、ギャン………ギャン!
10枚、11枚目で突進が止まった。
両足揃えてジャンプして斜め後ろに後退です。
やることはボアと一緒だよ。
足元に生み出した浮遊盾で見事に転倒してくれた。
ドクとこの盾の戦士がトリケラトプスを押さえ付けます。
かなり無茶です。
俺も浮遊盾を体の上に発生させて起き上がれないように邪魔をするけど、浮遊盾に固定するだけで押し付ける機能はありません。
暴れれば、すぐに抜け出してしまいます。
確かに首元を押さえれば、確かに起き上がれないだろうけど、足をバタバタさせて危ないことこの上ない。
ドクさんとこの僧侶さんが持っている杖は上の飾りを取ると槍ですよ。
それをねじり込むように腹を刺す。
腹の方が薄そうですね。
魔法士名乗っているけど、魔法士じゃない武闘僧侶だよ。
ドクさんとベンさんが追いついてトリケラトプスの頭を攻撃です。
ドクさん必殺の『竜頭砕』と叫びます。上段から刀身に気を張って振り降ろす必殺の一撃です。
おぉ、頭をかち割りました。
ベンさんも気を使って肉体強化できますが、刀身まで張ることはできません。
柔らかそうな目を潰すように突いています。
エグいです。
魔法剣士さんは逆襲に備えて剣に炎を這わせています。
姉友ちゃんも見習い神官ちゃんも撃つ気でブーストを終え、見習い神官ちゃんは「早く撃たせろ!」という顔ですね。
前衛が一撃を入れると一旦引きます。
息もばっちり。
トリケラトプス、暴れるだけドタバタして止まっています。
「決まったのか?」
ドクさん半信半疑?
「嘘でしょう。私に撃たせろ!」
姉友ちゃんは魔法を解除、見習い神官ちゃんはまで維持しています。
「根性よ。立ち上がるのよ」
諦めなさい。
うぉぉぉぉぉぉぉ、ドクさん感動の雄叫びです。
前回、逃げたのが悔しかったんでしょうね。
えっ、余裕あり過ぎ?
グイベルより硬くないんでしょう。
グイベル対策は終わっていますよ。




