31.答えが1つの方がおかしいんです。
なんじゃこりゃ!
卒業試験の過去問を見てそんな声を上げた。
お茶会のお姉さんは2年前に卒業試験を受けています。
結果は2回目で780点、800点に届かなかったようで残念でした。
「いいえ、滅相もありません。私にとって幸いでした」
お姉さんがいうならそれでいいでしょう。去年の卒業試験なら確実だろうと噂されていたのですが、卒業試験を受けなかったそうです。
「早く卒業することに意味はありません。気にしないで下さい」
4回生までは学年トップの成績であり、3回生で飛び級の資格を得て、4回生で初挑戦、しかし、去年は魔物素材の買い付け交渉で試験を受けている時間もなかったとか。
悪いことしましたね。
俺も0の付く日でクエストに行っていました。
傾向と対策を1年も無駄にしました。
どうしよう?
学年試験は3月と7月に行われます。
卒業試験と模擬試験は7月末。
三日後に再試験があり、再々卒業試験が8月末にあります。
模擬試験で500点以上の成績を上げると、飛び級で卒業試験が受けられ、理論的な最短ルートは1年の7月末の模擬試験で800点以上を上げて、特別処置で再試験を受けて卒業できるとか。
そんな超人は出ていません。
特別に優秀な生徒は3年で飛び級を得て、4年で卒業するそうです。
お茶会のお姉さんはそれに失敗した訳ですね。
まぁ、この三日間は大変でした。
魔術士が去って学校に行くと、飛び級申請が受理されたことが報告され、称賛と妬みと敵意を浴びて、あちらこちらの教授に呼び出された訳です。卒業に教授の講義修了書は必要ないのですが、体面を気にする教授も多く、30分程度の短期履修で修了書を発行し、私の授業を受けて卒業しましたと建前を揃えるのです。
そして、やっとお茶会でテスト対策に入った訳です。
過去問を見せて貰って俺は吠えますよ。
1年間学んだ授業はすべてテストの100点満点中の10点でしかないのです。
まぁ、そこは予想していたのでいいでしょう。
問題は組み合わせです。
どの授業がテストで組み合わされるか当日までまったく判らない。
担当の教授の数だけ授業を受ける必要があるのです。
なぜなら、
同じ科目、同じ分類、同じ設問。
これでどうして答えが違うんだよ。
できるか!
「問題を書いた教授によって回答が違うことを理解する必要があります」
割りと受け入れらていました。
文学など特に酷く、どう感じたかで回答が変わってくるそうだ。
あれぇ?
芥川龍之介の『羅生門』は、作者本人によって3度もラストが書き換えられています。
受験用のテスト問題では、
門を去る主人公の下人の気持ちが問題にされます。
作者がこの下人の過去の心情を描いた解説分はありません。
・雨宿りにする為に羅生門に来た下人が何故に二階上がったのか?
・老婆をどう思ったのか?
・何を思って走り去ったのか?
そんなこと、作者しか判らないし、作者すら知らないかもしれません。
それを答えはこうだと講釈を垂れるのは実に傲慢なことなのです。
読んだ読者が感じたままに解釈すればいいのです。
幼い頃に読んだ本。
年老いて読み直す本。
同じ本なのに解釈が変わり、その新鮮な気持ちを楽しめるのです。
答えは常に1つではない。
そう考えると、
テスト問題の制作者によって答えが変わるということは、様々な解釈が存在することを学ぶことになり、中々にいいシステムです。
尤も受験生には滅茶苦茶な負担なことです。
否、負担だから理解力が増すとも言えるかも?
俺、間に合うの。
お茶のお姉さんが持つ過去問が二つしかありません。
他の過去問がないかを聞くと微妙な空気が流れます。
「過去門がいるなら私が段取りしましょうか」
7女ちゃん、こういう時は頼りになりますね。
「サンキュー」
「ありがとうって意味ね。ふふん、感謝しなさい」
忘れていました。
テスト問題は12科目10分類をミックスした試験用紙が10組あり、各10枚で構成されます。つまり、一人当たり1200枚が使用される訳です。
これは無駄使いじゃない?
12科目から10科目を選択し、科目の中で問題分10冊(10枚一組)ある中から好きな問題分を1冊選べるという訳です。
因みに、12科目、10冊をすべて回答しても構いません。
10冊の内の最高得点が科目の得点とされ、12科目の内の点数の高い10科目の合計が最終得点になるのです。
回答を何度も見直すか。
最低の10冊に回答を書き、更なる得点を求めて別の問題を回答しておくか。
1日をどう使うのは生徒の自由という訳です。
ホント、自由ですね。
試験当日、その試験用紙の配布会場はさながらコミケ会場のように並べられます。
上級生から順番に問題用紙を取ってゆきます。
他言は一切無用。
最低の10冊を取り終えるとドアのない個室に入って試験開始です。
12冊取ろうと、120冊を持って行っても構いません。
但し、
1冊持って行く毎に採点料が掛かるのです。
タダではないのです。
卒業生予定者を除く、生徒は参加費に1回小金貨6枚が取られます。
これも高いです。
でも、これを紙代と印刷代に換算すると、小金貨6枚は銅貨6000枚に当たり、試験用紙1枚当たり銅貨5枚と格安なのです。
めちゃ安ですよ。
試験の用紙は所謂ガリ版印刷、正式には謄写版印刷を採用していますが、1000人も受験者がいる訳でもないので十分でしょう。おそらく、人気の分類の試験用紙は全員分を揃え、異世界文学などの部数を減らしているに違いありません。
そうでないと採算があいません。
執筆に掛かる費用は紙1枚に銅貨10枚、ペンのインク代を入れると15枚も掛かっています。
紙代で思い出しましたが!
最近、文官さんは投資してくれなりました。
俺の方が儲けているから当然と言えば、当然なんだけどね。
あの『マリかの』とその他が増刷中で俺専用の写本士さんの50人に増えて、月に金貨1枚と小金貨15枚が入ってきます。
全部、親父の商業ギルドの口座に振り込まれます。
文官さんの給与は小金貨25枚で「どうして、私より多いのですか」とボヤきはじめているのです。
さらに、マリアさんや伯爵等からの臨時ボーナスを貰っているのも知っているからね。
因みに伯爵用の紙は銅貨50枚する上質紙を使っています。
一作品に200枚から400枚が必要なので、小金貨11枚から22枚の原価です。
それを金貨10枚(小金貨300枚)で売っているのです。
まぁ、作品としては妥当かもしれませんが、俺は頭の記憶している本を写本しているだけです。
かなり暴利ですね!
話を戻しましょう。
小金貨6枚はあくまで試験の参加料です。
試験用紙1束(10枚)毎に採点料として小金貨1枚が取られます。
卒業前の6回生は無料なので無茶する生徒が必ず出てくるとか。
それ以外の生徒は有料です。
これでは金持ちしか受けられませんね。
でも、実は違います。
庶民から初等科に入学した学生や収入の乏しい貴族は大貴族や裕福な貴族にパトロンになって貰うように願いでるのです。
パトロンとは、いずれ家臣になるという契約です。
特に城壁市以外に小領地を持つ小貴族は優秀な部下を得るチャンスなのです。
よく考えています。
さて、飛び級(模擬)の卒業試験の金額は、
卒業試験は10科目ですから1冊ずつ取ると小金貨10枚が最低必要です。
すべての試験用紙の12科目・分類10組で120冊を取ると金貨4枚(小金貨120枚)が必要になるのです。
全部を取ってくる馬鹿はいないですよ。
訂正。
否、いるかもしれません。
7女ちゃん、去年、一昨年、一昨々年の過去問を届けさせました。
試験用紙はガリ版印刷ですが、写しは写本です。
この時期は写本士の書き入れ時で、普段は売り子や荷物運びや司書などをやって生計を立てている写本士ががんばる季節なのです。
先輩から過去問を集めるのはマナー違反とか。
写本士の為に過去問はお金を払って買うものなのです。
知らなかったよ。
あぁ、だからみんな目を逸らしたのか。
試験用紙1枚の写本は銀貨1枚。(半分は学校に入ります)
1冊で小金貨1枚になります。
しかも急ぎの場合は定価の5倍。
7女ちゃん、120種で小金貨120枚の5倍の3年分です。
金貨60枚の買い物ですよ。
写本士のみなさんは喜んだことでしょう。
7女ちゃんに頼むとこうなると判っていたのに!
失敗、失敗。
さすがに個人で貰うのは非常に心苦しいので、お茶会の共有財産にしました。
みんなでお勉強。
赤髪のお姉さんも呼んであげましょう。
さて、
過去問のおかげで異世界の文学と歴史の懸念も払しょくです。
何がって?
異世界って括りで、まったく知らない異世界の問題が出ても知る訳ないでしょう。
出題される異世界は3世界もあるからです。
異世界アースの文学と歴史の出題者は教授二人のみです。
出題される問題の傾向と対策も取りやすいよいうものです。
他の文学や歴史は10門とも別の教授が担当しています。
お茶会で勉強しているメンバーは、得意な分野の試験用紙を取ると言っていますが、俺の作った傾向と対策も一応の為に覚えておくそうです。
7女ちゃんも卒業試験を通ってみせると意気込んでいます。
一緒に進学するつもり?
7月のクエストはお休みです。
馬術や剣術の授業も極力減らし、夕方のパーティ合同練習も週一にしました。
落ちれば、奴隷行きです。
傾向と対策が絞れない場合は、教授に特別講義を申し込むこともできます。
この時期は多いのです。
講義に出ると、様々な自分が書いた論文の概要を説明してくれます。そして、総括した自作本を金貨5枚で売ってくれるのです。
自分の主義主張を生徒に刷り込み、尚且つ、懐も温かくなる。
いい商売をするな!
そんなこんなでテスト当日。
配布会場は上級生から順番に入場し、2回生の俺が最後です。
40分くらいは遅れて入場です。
異世界の文学と歴史が俺で最後?
周りは沢山のテスト用紙は残っていますよ。
めちゃヤバぁかった!
予想以上に選択者が多かったってことですか。
原因、お茶会のメンバーでした。
俺の作った傾向と対策がめちゃ当たり。
問題を見て、みんなそれを手に取った訳です。
担当の二人の教授が回答しながら絶叫した。
「「今年の生徒は優秀だ。見込みがある」」
異世界人の生徒から見れば、複雑怪奇な出題問題でしょう。
聞きなれない同じような名前、知らない戦術名です。
しかし、地球人の俺から見れば、二人の教授が日本の戦国時代とローマ史に偏っているのがすぐに判りました。
後はお情けで1問ずつの近代の原爆関係の出題文か、ロケット関係の出題文でした。
ここまで偏れば、出題傾向から問題を推測できるよ。
わぁははは!
ほぼ、全員が満点を取った訳です。
俺の総合計得点?
聞かないで下さい。
 




