30.そして、終わりは突然に。(終わりじゃないよ)
7月1日、学校に出ようとしたときに家の前で魔術士と出会ったのです。
随分と早い到着です。
普段は月の中頃。
学校から帰る夕方にやって来きます。
「朝からとは」
「学校には通達している問題ない」
そうですか。
渡されたのは妙に高そうな封筒に入った一枚の指示書です。
「おまえは来年、高等科に入学することが決まった」
えっ、どういうこと?
理由は簡単です。
優秀な力を示す転生者が伯爵の令嬢と婚約した。
「正式な婚約じゃないですよ」
「この際、どっちでもいい。周りの貴族がどう思うか。伯爵はおまえの首に鎖を付けた。だから、言っただろ。取り込まれるなと」
「取り込まれていませんよ」
「それも当然知っている。市長の報告でおまえが中立である旨は明らかだ」
なら、問題ないと。
中立と知っていながら、俺の物だと主張する伯爵が危険視されたとか。
「無茶な!」
「俺はおまえを知っている。上の人はおまえを知らない。手元に置いておかないと安心できない連中だ。だから、言っておいた」
知りませんよ。
高等科に進学する為には、初等科を卒業する必要があります。
「念の為に聞いておきますが、卒業できなかったら」
「奴隷落ちだ」
王国、人権ねぇ。
2・3年待ってくれれば。
「優秀な人間なら卒業できて当然と考える連中だ」
機密院、それが俺を召集する組織の名前らしい。
その名の通り、王国の機密を保管する部署であり、国家最高機関の1つになります。
王国で最も優秀な連中が集められた組織とか。
優秀という名の人材というのは、
得てして、自分のできることは他人もできると考える馬鹿が集まります。
「当然だが、乗馬も剣術もできて当たり前と考える連中だ」
最悪です。
魔術士本人もそうですが転生者は特別な存在と考えられていません。
ちょっと優秀な魔法士に興味はありません。
一芸に秀でた者もいますが、興味を示しません。
機密院の彼らは、
料理人や掃除士は優秀と数えません。
(彼らにとって価値がないからです。)
精密技師や農家も優秀と考えません。
(彼らの能力を生かす器具がないからです。)
「糞だね」
「まったくだ。せっかくの知識を広めないでどうする。だが、奴らは判っていない」
問題な連中のようです。
技術というのは積み木のようなもので土台がなければ、積むことができない。
製鉄ができなければ、種子島は作れない。
種子島が造れても技能が上がらない限り、ライフルはならない。
腐敗土は知っていても、腐敗土の作り方を知らないなら作れない。
工業しかり、農業しかりだ。
知識を伝え、技巧を伝えるから技術力が上がり、次のステップに移れます。
技術がなければ、
チートな半端知識は役に立たない。
教育レベルを上げ、技術レベルを上げないと国の発展はないのです。
機密院、連中は知識を秘匿し、知識的優位によって地位を守ることを優先します。
「今のままでは先がしれている。だが、俺には何もできない。俺にできることは忠告するだけだ。心を許すな。情報を集めろ、簡単に知識を手放すな」
まるで最後の別れのような忠告です。
高等科に行くと、もう俺の担当ではなくなるそうです。
俺の午前は自主的な臨時休講です。
機密院から推薦状が届けられ職員は大慌て、緊急職員会議が開かれて、俺の飛び級決定の採決がされます。飛び級が決定されないと、7月末の卒業試験が受けられないからです。
初等科卒業に必要な点数は1000点満点中の600点。
学校が高等科へ推薦する場合の取得点数は800点以上が必要となります。
今の俺には絶対に取れない点数です。
えっ、すでに推薦状が届いているので卒業さえできれば問題ないと。
ラッキーです!
ハードルが一気に下がります。
試験は12科目、つまり、国学、王学、文学、礼儀、紋章、算学、茶学、歴史、舞踊、芸術、鉱学、花学(薬学)から10科目を抽出して受けます。
算学、文学(異世界)、歴史(異世界)で300点を確保できるとしても他は自信がありません。茶学は高得点が期待できるかも、他は壊滅的です。
別に勉強していなかった訳じゃないですよ。
科目の中に分類があり、1年掛けて分類1つを学びます。
しかし、テスト用紙は10分割されており、10分類をマスターしないと100点が取れないシステムなのです。
たとえば、
お茶学で言えば、
王国は中央地方、東地方、西地方、北地方、南地方、三王家地方などに別れています。残念ながら王国以外はまだ手付かずなのです。
王国の6地方6分類をすべて満点としても、その他の地域は学んでないので茶学全体では60点にしかならないのです。
この2年で他の分類は国学が4分類、王学4分類、礼儀6分類、紋章3分類、舞踏6分類、花学6分類だ。
仮に取れる点数のすべてが満点だったとしても650点しかなりません。
600点がボーダーラインです。
ぎりぎりです。
「安心しろ! おまえの場合は再試験が2回も受けられる」
なんと推薦状の申請は3日後に再試験があり、卒業者は3回まで受けられるらしいと。
何とかなるかも?
試験問題が変わるが、再挑戦は嬉しい。
うん、奴隷にはなりたくない。
最近の転生者事情です。
魔術士と知り合いの情報限定になりますが、俺を最後に地球からの転生者は無くなったようです。
もう来ないという意味じゃないですよ。
以前も聞いた話ですが、地球とこの世界は100年周期で接近と遠隔を繰り返しているそうです。
魔術士がこの世界に転生したのは、俺より20年前とか?
俺とはじめて会ったときが20歳とはびっくりです。
「どうかしたか?」
「もっと年配と思っていた」
「それは酷いな。周期理論で言えば、80歳を超えてしまうじゃないか」
この世界は地球が接近すると、20年くらい地球の転生者が増えます。
20年を超えると80年くらいは地球からの転生者が途絶えるのです。
不思議な現象です。
本当に地球からの転生者がいないのかは不明です。
西の大陸とか、確認のしようがないんですよ。
とりあえず、この王国では確認されていません。
さて、
27年前、王国に6人の日本人が転生し、その中に魔術士さんが含まれました。
翌年にも日本人が4人もいました。
10人いた転生者から高等科に進んだのはわずか2人で、もう一人は魔術士さんの一年後に生まれ、1年先に高等科に進んでいたそうです。
否、転生者は100人に一人が高等科に進めばいい方と言われるので、日本人の真面目さがいい方向で現れていると魔術士さんが言います。
7男みたいな馬鹿もいるけどね。
他にもドイツ人も進学率の割がいいらしいです。
そう聞くと、
イタリア人や南米人が駄目な気がしますね。
えっ、偏見で訴えられるって?
あくまで感想ですよ。
魔術士さん、奴隷に落ちたなら彼を頼って助けを求めればいいと彼の名前を教えてくれた。
厳しいのは判っていますよ。
でも、俺が落ちる可能性があるのか?
それを知るのは三日後です。
さて、
最近の異世界転生者の傾向は魔法のない世界でローマ崩壊直後、つまり、3世紀くらいの生活をしている転生者が増え始めているそうです。
当然の事ですが、
転生者のほとんどがこの世界からの転生者です。
魔術師さんが担当に一人に大陸の果てで死んで転生した者がいるそうで、数万キロも果ての西の国家の情報を得られるのは大きいらしいそうです。
ただ、確認情報が得られるまでは、機密院が情報を独占するとか。
また、機密院かよ。
あんた、魔法省の職員じゃなかったのかよ。
えっ、秘密警察みたいな奴に逆らってロクな目に合わないって。
確かにね。
魔術士が俺に忠告をしてくれるのは同郷というのが大きいらしく、普通の転生者には一般的な知識しか伝えないそうです。
他の二人は高等科に行くこともなく、15歳を迎えて監視から外れることになるだろうと魔術士さんは言います。
ある意味、幸せなのかもしれません。
初等科から高等科へ進学できることが1つの壁のようです。
再会を誓い。
最後に別れを告げて、握手をして別れました。
ありがとう、魔術士さん。