29.めでたい、目が出た。
カーン、カーン、カーン!
教会の鐘が二人を祝福する。
新郎は『黄昏の蜃気楼』のひょろっとしたCクラス冒険者の戦士さん。新婦は元乙女の花園のアーチャーを務める姐さんです。
二人は大勢に祝福されて青い顔をして立っていました。
始めは見習い神官ちゃんのいる小さな教会で神に報告するだけのささやかな結婚式を行うハズだったのです。
しかし、二人がいる場所は城壁市のど真ん中なのです。
しかも赤いカーペットの上に立っています。
カーペットの先には司祭様が待っておられます。
そう、大貴族様だけが使う大聖堂の中心にある大神殿なのです。
左手に並ぶのは、領主伯爵様を先頭に貴族の方々です。
右手に並ぶのは、市長伯爵閣下を先頭に行政官の方々が並んでいます。
その後ろにギルド長を先頭にギルド職員が待っており、その後ろに冒険者が参列しています。
領主伯爵様が介添人です。
こちらの世界では親同然なのです。
本来ならベンさんが座るところですが、伯爵様がやってくれるというのを押しのける度胸はないですね。
市長伯爵閣下は見届け人です。
神の代理人として二人の行く末を見守ることになります。
つまり、永久の相談役です。もし離婚するようなことがあれば、市長伯爵閣下に許可を貰わないと離婚もできないとか、ないわ。
冒険者ならギルド職員か、長屋なら大家くらいが引き受けるのが相場ですね。
二人の前に立つのが俺と7女ちゃんです。
神に導く天使役です。
結婚する二人は天使に導かれて神の前に立ち。神官の前で誓いの言葉を述べます。
キスはないよ。
神官が神の契約が結ばれたと宣言し、介添人が神に感謝を述べ、見届け人が「すべてを見届けた」と宣言して式が終わるそうです。
領主が仮親で、市長が相談役。
嫌な組み合わせだな!
事の始まりは夏休み。
草原の砦を拠点に長期連続の予定が大無しでした。
誰かの呼び出しとか、学校の競技会とか、貴族の魔物狩り同行とか、パーティーとかで度々帰ることになってクエストに集中できません。
がっぽり稼ぐ予定がパーですよ。
もちろん帰っていたのは俺一人です。
他のメンバーはクエストをしていました。
泊まり込み、9泊10日の中期クエストです。
砦を拠点にすると効率が増しますからね。
造った俺が使えてないよ。
そんな中、予定より多い魔物に取り囲まれてピンチになり、アーチャーの姐さんが魔物に襲われて危機一髪の所をそこベンさんとこのひょろ戦士さんが救ったのです。
姐さん、ただいま20歳です。
女傑入りのカウントダウンに入って焦っていました。
女傑というのは20歳を超えてしまった未婚の女性の総称であり、男嫌いか、機能の欠陥でもある女性で決して声を掛けてはならない。
声を掛ければ、不幸になる。
そういったジンクスがある総称です。
所謂、行き遅れと認定されるのです。
女性のいない歴と年齢が同じ16年のお兄さんは女性の免疫もありません。
いい雰囲気になれば、すぐにゴールインです。
やってしまった責任を取って結婚することになったそうです。
女傑って、そういう意味ですか。
食べられちゃった訳ですね。
二人がみんなに告白したのは夏休み明けで、今年中に結婚するということでした。
でも、結婚って意外と金が掛かりますよね。
教会、神官、介添人、見届け人、天使役に来客に振る舞う食事です。
他にも衣装代などもあります。
お姉さん、見習い神官ちゃんに教会で式を上げることを相談したそうです。
今年中に無理というのが結論でした。
で、その話が女子会で上がった訳です。
女子会?
夏休み前の遺跡見学ツアーで意気投合したらしく。
美味しい物の話で盛り上がったとか。
貴族のみんなは上級菓子店がテリトリーで、ウチのメンバーは下町の屋台がテリトリー、お互いにおいしい店を教えあった訳です。
おいしいモノに貴賤なし。
食べ歩かなくてどうする!
何でも7女ちゃんが姉達を連れて食べ歩いたのが始まりで、お茶会のメンバーに姉さん、姉友ちゃん、見習い神官ちゃん、乙女の花園ズが加わったとか。
こうして、気儘な不定期女子会が開かれていた訳です。
知らんがな。
女子会で結婚の話題に喰いつかない女子はいません。
アーチャーの姐さんはみんなに遊ばれました。
恥ずかしいのか、自慢したいのか、よく判りませんが、楽しかったのでしょう。
しかし、現実は厳しいのです。
結婚にはお金が掛かり、見習い神官ちゃんの教会でやったとしても費用が馬鹿にならないとの結論を聞くと、皆が溜息を付きました。
「なら、私の叔父様に頼んでみましょうか。教会のそれなりに偉い人ですから何とかなりますわ」
「ホントですか!」
「衣装は借り物になりますが、絶対に無料を勝ちとって来てあげますわ」
「ありがとうござます」
俺なら絶対に乗らない甘い罠。
7女ちゃんの叔父様という時点で撤退します。
しかし、姐さん、切羽詰って藁にしがみつきました。
「叔父様、お願いがあってきました」
「久しぶりだね」
「久しぶりです」
教会のそれなりに偉い人、城壁市の建物に神々を祀る大聖堂であり、大聖堂の最高責任者が伯爵の弟で叔父様です。
叔父様は大神官の司祭様でした。
「叔父様、今日はお願いがあってやってきました。わたくしのお友達の冒険者の方はお金持ちじゃないのよ。それで結婚式も執り行えないそうなの。教会を一日だけお貸下さいません」
「は、は、は、それは大変だ」
「そうでしょう。大変なのです。叔父様」
7女ちゃん、ここで叔父様に抱き付いて上目使い。
「随分と積極的だね。何かいいことでもあるのかい」
「叔父様には敵いません。実は先導役をわたくしとわたくしの夫になるお方でやりたいな~と思っておりますの」
「は、は、は、それは大胆な。兄さんがさぞ困るだろう。いいだろう。教会を貸してやろう」
「ありがとう、叔父様」
大神官様はこうして次の安息日に結婚式を執り行えるように段取りを整えます。
安息日に教会を使うなど不敬なことです。
でも、大聖堂の最高責任者を咎めるものなどいないのです。
当然の事ですが、姪の頼みで神殿を使うのは私用です。
これは教会の業務などではありません。
だから、その安息日に他の神官を呼び出すなんて無粋なことはしません。
必要人材も家の者で賄います。
叔父様は実に良心的な人だったのです。
「何だと、大神官が30年ぶりに祭事を執られるだと」
大神官が次に杖を握るのは、伯爵の家督を譲るときであろうと誰も思っていました。次期当主の結婚ですら杖を握らなかった大神官が杖を握るのです。
これは大事件です。
その報告を聞いた市長伯爵閣下は詳しく詳細を調べさせます。
それはしがない冒険者の結婚式です。
あり得ないことです。
そして、先導役にあの坊主と伯爵の7女の名を見つけると、拳をぎゅっと握りしめたのです。
「大神官に連絡をいれろ。見届け人が決まっていないのなら市民の結婚式である。市長の私がその役をやろうと」
この結婚式は偽装です。
正式に婚約させるには時期尚早と考え、先導役として二人を紹介するつもりなのだと考えました。
この伯爵領の命運を握る小僧と7女の婚約式に何も関与していなかったなどと報告が上がっては堪らないのです。
小僧を取り込もうとする領主伯爵の勝手を許す訳にはいきません。
幸い、小僧は中立を保っています。
こうして、天秤を傾けさせない為に市長伯爵閣下は自ら立つことを決めたのです。
次の(天使役の)介添人になるという宣言でもあります。
大神官はそれもう喜んで受けます。
さぞ、兄が嫌がるだろうと。
「あの呆け老人が何を血迷ったのか。あいつもあいつだ。断ればいいものを」
伯爵領主と弟の関係はよくありません。
堅物の兄といい加減な弟、意見はいつも対立していたのです。
否、中立的な大神官だからこそ、この城壁市は争いも起きずに過ごせてきました。
「如何なさいますか。お嬢様に言って、式そのものを中止になさいますか」
そんなことができる訳がない。
吹けば飛ぶような冒険者の式を領主が強引に嫌がらせをする。
市民はさぞ領主を罵ることでしょう。
それを聞いた弟と市長が喜ぶ顔が目に浮かびます。
あの二人を喜ばせる趣味はありません。
しかし、何もしなければ、何もできなかったと笑われます。
それも癪です。
強引だが「坊主は俺の物だ」と主張しておくか?
それがどういう結果を生むのかと少し思考します。
もっと慎重にやりたかったのです。
縁を結び、親しい者を作り、ゆっくりとしがらみを絡めて、身動きが取れないようにしてから奪うのが良いと思っていたのです。
親兄弟を質に取るのもいいでしょう。
娘くらいくれてやります。
子供でも生まれれば、尚、良いのです。
逃げられないようにして首を押さえる。
それくらい腹黒いことを考えられないなら領主は務まらないのです。
呼び鈴を鳴らすと。
通知を執事に持たせて送らせました。
領主伯爵、市長伯爵閣下、大神官。
この三者が立ち会う場にいない貴族は貴族でありません。
我先にと出席を申し出ます。
送られてきた出席状を見たアーチャーの姐さんとひょろ戦士のお兄さんの青ざめる顔が目に浮かびます。
困った二人はギルドに相談に持ってゆき、ギルド長が取り仕切ることになったのです。
招待状はギルド長が代筆し、金は好きなだけ使えと領主伯爵様の許しも得ました。
二人には貴族と見間違えるようなオーダーメイドの正装が提供され、俺の家族も全員呼ばれて、領主伯爵様の隣に座らされて震え上がります。
仲間達はギルド長の横です。
正装などありませんから冒険者は小奇麗な服を着ていればいいとのことです。
姐さんの家族は隣の城壁市から馬車と護衛を付けて連れて来ました。貴族のお出迎えなんて、犯罪者が護送されるくらいの絶望的な気分だったでしょう。
到着する為り、娘を問い詰めていましたよ。
姐さんに聞いても判らないでしょうね。
7女ちゃんに任せたことが原因です。
そして、結婚する二人の両親らは市長伯爵閣下の横に座らされています。
こっちも青ざめています。
まぁ、色々と俺が知らないところで勝手にやってくれた訳です。
7女ちゃんは上機嫌なのです。
何がおもしろいんだか?
「ふ、ふ、ふ、知っています。結婚式で先導した天使は、再び同じ教会で、今度は愛を誓うと言われています」
「知らないよ」
「それは残念です」
「単なる噂だろ」
「ふ、ふ、ふ、そうです。ただの噂です。でも、お父様がここに来られたということは、それを内外に認めたことになるのです」
このビッチ、嵌めやがったよ。
「ちっ、ワザとかよ」
「いいえ、偶然です。まさか、お父様がこの式に参加されるなんて思いませんでした。嬉しい誤算です。ふ、ふ、ふ」
確かに、タダの冒険者の結婚に伯爵様が来る訳ないよな。
「わたくしは告白を待つばかり。よろしくお願いします」
「しないよ。さぁ、行くぞ」
「は~い」
俺と7女ちゃんは赤いカーペットに上を天使の羽の付いた服を着て、手を繋いで神に祝福されるべき二人の前を歩きます。
貴族達が俺達二人に注目します。
司祭の前で手を放して両側に別れると式の開始です。
二人が司祭の前に立ち、神への誓いが始まりました。
青ざめていた顔に赤みが戻ってきます。
俺は「おめでとう」と心で告げます。
あっ、7女ちゃんと目が合います。
笑う少女が嬉しそうに微笑んでいます。
ふぅ、婚約者か!