24.転生者、あと一人は。
同じこの城壁市の同じ世代の転生者があと二人います。
転生者は初等科に学費免除の特待生として迎えられます。
つまり、貴族以外で特待生は4人です。
1組に2人。2組に俺ともう一人。
綺麗に別けているのでしょうか?
しかし、話し掛けても逃げられるということを繰り返していたのです。
まずは
1.親しくなって
2.俺が転生者と告白し
3.実は俺もと相手に言わせます。
そんな流れを作りたいのだが、最初から完全に拒否ですよ。
そんな時代も終わりを告げました。
2組のもう一人の特待生はロンリーウルフの異名を持つ彼です。
努力の甲斐もあり、遂に心を開いてくれた……訳じゃないです。
伯爵派のリーダーと男爵長男の熱烈な説得です。
ごめんなさい。
脅迫と同じでした。
みんなが移動した午後の教室に俺だけがぽつんと残り、その彼が入ってきます。
彼の目は凄くやさぐれていたような気がします。
「俺は元宰相の隠し子だ。政争に敗れ、一族郎党を道連れにした王家に反逆したロクでなしの子だ。俺は決して貴族に戻ることを許されない。王族に敵対するかもしれない監視の対象者だ。貴族様やこれから将来がある人が気安く声を掛けるべきじゃないな。聞かれたら言っておいてくれ、『願わくば領兵となって王国に忠誠を示したい』以上だ。他に聞きたいことはあるか」
「申し訳ない」
「いいって事さ。俺に興味を持ってくれたことは感謝する。だが、俺に関わるな」
「もし、聞かれたら伝えておく」
「頼む」
そう言って彼は出ていった。
ごめんなさい。
残ったのは1組の特待生二人。
どうやって声を掛けようかと悩んでいると、お昼の食事時にお茶会のお姉さんが気を利かせてくれた。
「差し出がましいことですが、よろしければ、1組の転生者と面談の段取りをさせて頂きましょうか?」
ほえぃ?
余りに突然の事に間抜けた声を上げた。
「すみません。でしゃばりました」
「どうして転生者と」
「同じ転生者とゆっくりとお話しでもしたのかと思いまして」
えっっっ!
お茶会のお姉さんが俺の事を転生者と言ったよね。
「いつから?」
「何のことでしょう」
「いつから俺が転生者と知っていたの?」
思わず、声のトーンが上がる。
「いつからと言いますと、最初のお茶会からです」
そんな前から。
何か負けたような気がした。
「あははは、私は6回生でこいつと生徒会で一緒になってからだ。最近まで知らなかったから大丈夫」
赤毛のお姉さんに気を遣わせてしまった。
「もしかして、お隠しになっていたのですか?」
「そういう訳じゃないけど」
自分からしゃべる気はなかった。
「異世界好きの文学生徒はほとんど知っています。役所の異世界課に置いてある異世界本リストは神ツールですから」
控えめな4回生の先輩が急にテンションを上げて声を抗える。
あぁ~、そうだった。
異世界リスト、各市の異世界課に置いて貰った。
さすがに俺の住所は書いてないが、名前は堂々と書かれています。
「みんな、いつかお金を貯めて依頼するのが夢です。同じ学校にいるのは神の奇跡だと喜んでいます。いつなるか判りませんが依頼した時はできるだけ、早く書き上げて下さい」
「善処します」
みんな?
控えめな先輩以外は知らないけどね。
「へぇ~、異世界人というのを隠したかったの?」
「どうでしょう」
「誤魔化さないでよ。ふん」
7女さん、不満そうに頬を膨らませます。
転生者という事実を意外と多くの人が知っているようです。
そうですか。
この世界で転生者は別に珍しくなかったね。
「今更なのですが、お願いします」
1組の転生者との面談をお願いした。
しかし、対象者は一人でした。
もう一人は転生者ではなく、本当に訳ありだったのです。
という訳で面談室。
男同士でお見合いって感じです。
気まずい。
「何か御不評を買ったのでしょうか。何か判りませんが謝らして頂きます。どうか、お許し下さい」
ザ・土下座。
違う、違う。
同じ転生者ということで話がしたいだけと納得して貰うのに、変な汗かいちゃたよ。
彼も大体同じ世界の同じ時期でした。
転生前の年は55歳で俺より年上です。
高校を卒業して地元の工場に勤めて、37年間も工場勤務を続けたそうです。
45歳の時、工場長の紹介で同じ工場に勤めていた「バツイチ」の30歳の女性と結婚し、一男一女の子供にも恵まれて普通に幸せを手に入れたそうです。
俺も諦めるべきじゃなかったということですか。
事件が起こったのは、下の男の子が小学校に入ったばかりで可愛い頃だったといいます。
本当に可愛らしく目に入れても痛くないと述懐しちゃったよ。
その子が学校で倒れたと言う連絡を受け、慌てて工場から出た所で記憶が消えます。
何かふわふわした気分だったのですが、とにかく子供の所に向かおうとない手をばたばたしていると、ここに来たそうです。
魔術士が声を掛け転生したことを告げられて、自分が死んで生まれ変わったことを知ったのです。
動揺より戻りたい一心だったそうです。
しかし、こちらの両親が貧しいと聞くと他に選択がなかったと言います。
そう、新しい親の為に固定の魔法を選んだのです。
彼は西に住む奴隷農家の息子だったそうで、彼が生まれたことで一家は奴隷を解放されたそうです。
おとぎ話のようにいい話なのですが、
ある日、役所の役人がやって来て、土地の一部を奪われて奴隷も解放されたとすればどうでしょうか?
土地も奴隷も持ち主の資産です。
有無を言わせず、財産を奪われた農夫に同情が集まったとか。
しかも農夫の一家と彼の家は隣同士なのです。
彼の農作物は安く買い叩かれ、農夫の子供達から嫌がらせをずっと受けてきたそうです。
役所のやることはどこも片手落ちだな。
彼に支給されるお金と食糧が家族の命綱だったと彼は告白します。
ウチも貧しかったけどね。
魔術士から魔法の才能を伸ばせると聞いて魔法の練習をしようとしたようですが、何をすればいいのが皆目見当も付かず、1歳の頃は手足もロクに動かせることもなく過ごし、2歳になって魔法の本を読んで、やっと魔法の詠唱の練習を始めたそうです。3歳で杖を貰って光の魔法『ライト』を覚え、毎日、魔法を使い切るように唱えてきたといいます。
彼に頼んで魔力循環で彼の魔法量を大まかに確認しました。
ファイヤーやヒールに換算するなら11発分くらいの魔法容量を持っています。
いいペースで成長していると魔法の教授は言ってくれていると頬を赤めて謙遜します。
嬉しいんでしょうね。
水を差しちゃ悪いですよね。
去年から魔法科で魔法の勉強が楽しく、ヒールなど光系の魔法が進んでいると自慢します。
「君に比べると足元にも及びませんが……は、は、は」
自慢したのが恥ずかしかったのか、笑って誤魔化します。
その他にも農地を少しでもよくしようと技能科の農学や工学などを学んでいるそうです。
努力家です。
俺が困ったことがあるなら相談に乗ると言うと。
1組の三男の腰ぎんちゃくが農夫や取引先に文句を言ってくれたので、もう問題ないそうです。
腰ぎんちゃくも貴族様だからね。
今は食堂の残りモノを貰って帰るので、兄妹6人の血色も良くなったといいます。
がんばっているね。
最後に審議官に送るレポートをどうしているのかと聞くと。
毎月渡されるレポート紙の分だけ、前世の学校で教わったことを書いているそうです。
「毎月、銀貨1枚の追加は助かります」
笑顔でそう言うと、俺は小説もポイントになると告げておきます。
「それは迂闊でした。でも、大した数は読んでいませんから」
と、力なく笑うのです。
本当に余り読書をしなかったのか?
おそらく、三匹の子ブタとか、王子と乞食とか、イソップとか、覚えているのではないだろうか。
あれは点数にならなかった。
教えておきましょう。
「同じ庶民、同じ転生者で活躍してくれているのは勇気付けられます。がんばって下さい」
逆に励まされてしまった。
最後に握手を別れました。
お茶会のお姉さんは言いいます。
「大体の転生者はそんなものです。特別な力を発揮される方は稀ですね」
知識があっても知恵がなければ使えない。
技能があっても知識と技巧が追い付いていないとやはり使えない。
工場勤務37年間、技能がない訳がない。
F1ドライバー、車がなければタダの人だ。
翌日、彼のレポートをまとめた書類を取り寄せてくれたので読んでみた。
どこから入手したのやら?
澄ました顔でお茶を飲んでいる。
彼の前世と家庭事情は話を聞いた通りです。
早目に見切りを付けたのか、彼の担当の文官さんは積極的に介入しているように思えません。俺はいい文官に当たったと感謝しました。
しかし、最後の一人は誰だろう?
「へぇ~、これがもう一人の転生者ね。幸薄そう」
「そう言ってやるな」
7女がレポートを斜め読みします。
「転生者って、子供の癖に大人並に頭だけ回るのでしょう」
まぁ、中身が子供じゃないからな。
「やるじゃない。ほら、ほら、4歳の時に栽培する野菜の種類を変えて収入を増やしているわ」
「努力家のようだよ」
「いいわね」
「努力できるのは、転生者の特典だよ」
「そんなことないわ! あいつ努力なんてしないもの。家の弟よりずっとマシだわ。交換したいくらいよ」
どうして、ここで3男が出る?
「言ってなかったかしら。家の弟も転生者よ」
嘘!
「昔は煩かったのよ。農業チートだ。種子島だとか。意味判らないし。台所に入って金貨50枚の皿を割って、マヨなんと言う拙い卵ソースを食べさせようとかしたのよ」
「マヨネーズか!」
「たぶん、そう。こっちでは卵ソースというのよ」
あぁ~、間違いなく転生者だ。
魔術士が言ったと思うが、農業チートは使えない。種子島どころか銃が伝わっている。マヨネーズは論外。すでに一般家庭でも知られています。
高くて誰も作らないと文官さんが言っていたね。
伯爵は確か読書家だったよな。
異世界の文学を知っているのは、それか!
「なぁ、あいつは異世界本を書かなかったのか?」
「あいつが?」
何だ、妙な間は。
「あの馬鹿が本なんて読む訳ないでしょう。本なんて開いている所を見たことないわよ。あれでも生まれたときは魔法の才能があるって言われていたのよ。賢者になれるかもと言われて、お父様は大喜びで有名な魔法師を呼ばれて家庭教師にしたのに教科書を開いただけで逃げ出す奴よ。あんな馬鹿、見たことないわ」
めずらしく7女ちゃんが饒舌だ。
「お嬢様以外にも我が伯爵家は剣術も魔法も優秀な方を多く輩出しております。お嬢様もその名に恥ずかしくなく、学業も魔法もトップであられます」
「それは言い過ぎよ。訂正しなさい。『同回年でと』と付け食われるべきだわ」
「申し訳ありません」
7女の学友兼侍女ちゃん、はじめてしゃべった。
なるほど、伯爵家は魔法才能も豊かなのか。
すると、才能ありの3男は努力すれば、いい線にいったのかもしれない。
「そう言えば、あいつも魔法科のトップと言っていたな」
「ふっ、初等科で魔法の授業を受けているのは才能のない証拠なのよ。才能のある者はあなたのように受講なんてしないのよ」
もしかして、俺は魔法が使えることも知られている?
お茶会のお姉さんが頷きます。
そうですか。
「同じ転生者なのに成功しているあなたに嫉妬しているのでしょうね」
逆恨みだった。