11.5.ゴブリンスレイヤー(後篇)
俺の名前はベン、冒険パーティ『黄昏の蜃気楼』を率いるリーダーだ。
メンバーが変わったので冒険パーティのレベルDクラスだが、Cクラスの戦士が2人、Dクラスの僧侶・魔法士・斥候が3人、Eクラスの戦士と荷物持ちの2人で構成される。
当然、俺はCクラスの戦士だ。
貧しさは時として選択肢を狭める。
危険な東の森の討伐を主な狩り場にやっている俺達だが、東の狩りは実入りが悪い。
同じD級の魔物を討伐しても南の街道クエストであれば、討伐賞金が4倍も高いのだ。
貴族様が御帰京される旅団が始まる前月は、回収馬車を無料で出してくれるサービスまで付く、この時期に稼がねば、夏と冬が越せないというのが実情だ。
「なぁ、ギルド長。ブラッディベアが討伐されたのは事実なのか?」
「事実だ。しかし、誰が狩ったかは不明だ。おまえじゃないかと噂されている」
「俺じゃない。というか、無理だ」
「判っているよ。お遊戯で討伐はできん」
「何人か、声を掛けていた。乗ってくれる奴が現れたら討伐するつもりだった」
北の果てであるこの城壁市には、ベテランの冒険者の数が絶対的に足りない。
南を通る街道の魔物討伐だけで手が手一杯というのが現状だ。
「ギルド長、大変だ。ゴブリンが発生した」
「何だと」
「若いパーティが襲われた。女性二人は通りがかりのパーティに助けられたらしい」
大変な事が起こった。
ゴブリンは弱い魔物でEクラスの冒険者でも討伐できる。
獣や人間の雌の腹に卵みたいなモノを産み付け、養分を吸い取って10日余りで10匹ほど生まれる。
だが、無能なゴブリンは苗付けした雌を殺して食べるので余り増えない。
一旦、知恵を付けたゴブリンは厄介だ。
一気に増殖してゆく。
知恵が一定値を超えるとハイゴブリンに進化して、雄のゴブリンを雌に変化できるようになる。
こうなると手が付けられない。
1年も放置すれば1万匹を越えてくるので、国軍を投入しないと撲滅できないほどの数に増える。
「ギルド長、南の何組かを北に廻せないか?」
「そりゃ、難しい。誰が金を出す。市長と領主には話してくるが、旅団の安全が最優先と言うだろうな。おそらく、10日後くらいか」
「10日で何十匹以上も増えるだろうな?」
「言ってくれるな」
出て行くベンをギルド長がもう一度声を掛けるのです。
「無茶はするなよ」
「様子を見てくるだけだ」
もちろん、明日の話だ。
夜中に森に入る愚を犯すつもりはなかった。
◇◇◇
夜の内に準備を終わらせた俺は早目に就寝し、日も出ない内から背負子を背負って町を出ます。
門番に森に入らないように忠告を受けたので、最初は街道沿いを歩いてから森に入ります。
【エクシティウムの周辺】
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ゴブリンに出会ったのはホルンの丘に近い場所でしたから東の森を北に突き抜けて、川沿いに北上します。ノースの断崖付近から大河の流れがキツくなり、川の水は断崖を二つに裂くように勢いよく流れているのです。
「これ以上、川沿いを遡るのは無理そうね」
「最初から、そのつもりはありませんよ」
「おぃ、まさか! この崖を登る気じゃないだろうな」
「登りますよ。ロッククライミングと言って、小さな岩を足場にして、垂直に登ってゆきます」
「おぃ」
「冗談です。もっと簡単にいきましょう」
下兄に乗って貰うつもりだったのですが、下兄が嫌がったので姉さんに上がって貰います。
背負子の付属の板を外し、その上に姉さんが乗って、浮遊魔法を掛けます。
板はゆっくりと10mの崖を無視して上がってゆき、崖の上にひょいと降りると、綱を降ろして貰います。後は綱を頼りに上がってゆくのです。
崖の上からゴブリンを探しながら東のホルンの丘の方へ歩いてゆきます。
ある程度歩くと腹這いになって崖からゴブリンを索敵、発見できないのならさらに東に向かいます。
日が少し高くなった頃、ホルンの丘の手前に断層が引き裂いたと思われる大きな洞窟が見えてきました。その周辺のゴブリンがウヨウヨと這い回っているのです。
「あの洞窟が巣みたいね」
「姉さん、見えるの」
「どこだ」
「下兄ぃ、顔を出さない」
俺は目だけを肉体強化の魔法で遠見ができますが、姉さんは裸眼ですよね?
「あっ、体が少しデカい奴が出てきた。でも、すぐに中に戻った」
あのデカさ、ハイゴブリンでしょう。
「あの中なら雨、露を防げるし、日陰になって丁度いいんでしょう」
「持ってきた油は足りるのぉ?」
「さぁ、どうでしょうねぇ?」
方角を見定めて、姉さんを残して、一旦、後方に下がります。
目測で約1km程度です。
加速9陣、斜角60度、発射速度368.64km/hで打ち出した土のピンポン玉は、最高到達高400m、滞空時間約18秒、平地なら到達距離925mです。
実際、7~8mの高台にいますから、飛距離はもう少しだけ出ています。
「砦の手前に落ちた。洞窟の入口まで100mほど足りない」
「了解、仰角2度修正」
「アル、いつでもいいぞ」
ピンポン玉を飛ばす為に作った極小の加速陣から大きめのサッカーボールが通るほどの加速陣に組み直し、菜種油を入れた壺を加速陣に放り込んでゆきます。
壺が簡単に割れないように土魔法でコーティングし、下兄16個、姉16個、俺8個を背負子で背負って計40個も用意しました。
戦力の逐次投入なし、もう油の手持ちもなし、つまり、来月までポテトはなし。
食いモノの恨みだ。
イケぇ!
10個発射する毎に斜角を2度減らして、距離を増してゆきます。
つまり、960m、990m、1016mと距離を伸ばしてゆくのです。
「姉さん、どう? 適当にバラついている」
「いい感じに横に広がった。ゴブリンちゃんも大慌て」
「次は洞窟の中を狙う。何個入ったのか確認して」
「わかった」
斜角45度、最高到達高267m、滞空時間約14秒、平地なら到達距離1069mで加速陣が9枚で出せる最高距離です。
下兄と俺が残りの10個のボールを加速陣に放り込み、放物線を描いて3つが洞窟の中に消えていったのです。
「6つ」
「十分! 一気に終わらせる。ファイラー」
断崖の上に姿を晒し、30発のファイラーを手当り次第にぶっ放します。
割れた油に火が点火し、当たり一面が炎の海で包まれてゆくのです。
魔力の余力も余りないので、即時撤収です。
「最後まで確かめないの?」
「見ていて楽しくないし、余力も余りないので撤退」
「えっ!」
姉さん、残念そうな声を上げます。
おやぁ?
炎を斧のようなモノで払いながら出てくる一回り大きなゴブリンが出てきます。
これが親玉のハイゴブリンでしょう。
余り余力はありませんが、仕留めて置きましょう。
『ファイラーアロー』
威力増し増しの4発分を1発に込めた一撃です。
拳銃のマグナム並の速度で迫る炎の矢がハイゴブリンの額を貫くのです。
「ハイ、これで本当に撤収」
「わたしも活躍したい」
「姉さんの目測があったから巧く焼けたのぉ。十分に活躍しているから」
「俺も活躍したい」
「壺をすばやく入れるのを手伝ったでしょう。時間が掛かると魔力が尽きるから、成功したのは下兄ぃのおかげ、がんばったし、活躍もした」
「「もっと活躍したい」」
もっと剣技を磨いてから言え!
「今、なんて言った」
「何も言ってない」
「何か、言った。絶対に言った」
「もっと剣を磨こう」
「きぃ、生意気」
痛い、走りながら器用にほっぺたをひっぱらないで!
◇◇◇
俺の名前はベン、冒険パーティ『黄昏の蜃気楼』を率いるリーダーだ。
今日の偵察は昔からの仲間である無口なディーノと神官従者のエリオの3人で行うつもりでいた。
「ベンさん、俺達を置いていかない下さいよ」
「馬鹿やろう、危ない仕事だ」
「連れて行って下さい」
偵察だけのつもりだが、万が一に備えて、油の壺を5個と焙烙玉4個を用意しておく。
使うつもりはないが、念の為だ。
「おまえが来るなら、火矢が無駄になったな。ファイラーボールを思い切りぶち込むつもりでいろよ」
「任せてす」
魔法士のスーは『ファイラーボール』を放てる。
ウチのパーティで最大火力を持っている。
彼女達の冒険パーティが襲われたというホルンの丘に近づくと立ち込める煙に気が付いた。
森を抜けるとホルンの丘の手前にある洞窟の前が燃えている。
ゴブリンが燃えている。
寝床にしていた雑草が最悪の火災を誘発し、ゴブリン自身も脂身が多いので余計に燃えているのだろうか?
生き残ったゴブリンが炎を背負って逃げてくるので片付けゆく。
ウチのメンバーで単体のゴブリンに遅れを取ることはない。
逃げてくる雑魚を1体、1体と片付ければいい。
昼が過ぎる頃には、燃えるモノがなくなったのか、下火になったので突入する。
息のあるゴブリン共の息の根を止めて回る。
洞窟の中の火災も酷く、ほとんどが死に絶えてした。
「ベンさん、ハイゴブリンらしい死体があったす。討伐部位の牙を奪っておいたっす」
「別に俺達が倒した訳じゃないぞ」
「放置しても誰かが持って帰るすよ。持って帰れば、討伐が終わったと安心するす」
「玉にはいい事いうな」
「俺は良い事しかいわないす」
死体の数は300体を超える。
逃げたゴブリンも多いだろう。
ゴブリン討伐は必須だが、当分の危機は去った。
誰か知らないが感謝しよう。
◇◇◇
俺は正直にギルド長に話したハズだ。
倒してもいない賞金を貰う訳にはいかない。
被害にあった冒険パーティに慰労に当てて貰った。
「おい、聞いたか!」
「聞いた。聞いた」
「ベンのパーティだけで300体を超えるゴブリンの群れを討伐した話だろう」
「本人は知らないと言っているらしいが、他に誰がいる」
「俺、ベンさんが油を買っている所を見ましたよ」
「やはりな」
ギルド長に呼ばれて、『ゴブリンスレイヤー』の称号と討伐金が領主様から降りたと言う。
当然、辞退させて貰う。
「欲のない野郎だな」
「やってもいない事を褒められても嬉しくないですよ」
「称号は箔になるし、金は邪魔になる訳じゃないだろう」
「矜持というモノがあります」
「判った。領主様には俺から言っておいてやろう。賞金は慰労に廻させて貰うぜ」
断ったハズの称号だが、みんなが勝手に俺の事をこう呼ぶ。
『ゴブリンスレイヤー』と。