8.5.菜種油とハンバーグ(改)
草木も眠る丑三つ時、独りでに仏前の鈴がチーン、縁側の障子がツツーと開いて………。
違いますよ。
俺が闇の中で目が覚まして起き出した音です。
仕方ないんだよ。
ご飯を食べて魔力枯渇で気絶すると、この時間に目が覚めてしまうのぉ。
3時間から6時間くらいに目が覚めてしまうんですね。
普通はもう一度魔力枯渇で寝てしまうのですが、今日はちょっと実験をしてみようと起き出したのです。
そうです。
魔術師から貰った魔法の初心者の魔道書と魔道具を貰って有頂天な俺でした。
賢者の世界の魔法はイメージと魔法陣と魔力を使って魔法を発動し、詠唱はあくまでイメージを補完する補助的役目でした。
この世界の魔法は魔法陣と詠唱と魔力で発動し、イメージは必要ありません。
詠唱に魔力を乗せると精霊が魔法の形を作り出すと書いてあります。
そんなことできるの?
そんな疑問を思いながら最も簡単な魔法を発動させます。
糞ぉ、できるか!
舌足らずの俺では魔法の詠唱なんてできません。
とほほほ、宝の持ち腐れとはこれ如何に!
◇◇◇
でも、魔術士から貰った魔道具にはびっくりです。
賢者の世界では、血の混ざった媒体か、特殊なインクで魔法陣を書き、魔力を流して魔法陣を発動させます。
戦闘中に魔法陣を書くという作業は、一箇所に留まるという危険な作業です。
敵から身を守る様々な呪法や体術を会得して、その身を守らないといけません。
賢者が多用したのは、その身に魔法陣を刻んで発動するというかなり痛そうな方法です。
中でも浮遊盾が得意でした。
浮遊盾でその身を守りながら、その場で攻撃魔法を地面に描いて攻撃に参加するというスタイルです。
あるいは、味方の防御だけ受け持って、攻撃を前衛に任せる。
勇者パーティーはこの基本スタイルで戦っていたのです。
◇◇◇
勇者と言うのは馬鹿が多く、力任せに敵を倒そうとすると賢者の『妄想中二ノート』に残されています。
「どうして、防御しない」
「俺の防御魔法の圏外まで飛び出すなと、何度も言っているだろう」
「知らん。付いて来い」
「お前の足に付いて行ける訳がないだろう」
賢者は勇者の事を愚痴でゴマンと残しています。
それは置いておきましょう。
戦闘中に魔法陣を書くと言うのは非常に危険な行為ですから、賢者の魔法は極端に単純化された魔法が発達しており、短文詠唱か、無詠唱が基本です。
一方、この世界の魔道具は素晴らしいのです。
魔法石と呼ばれる宝石の中に魔法陣を閉じ込めて、必要な時に魔力を灯すだけで発動できると言う優れものです。
魔術士がくれた指輪の魔法石には10層の魔法陣が書けるように作られていました。
その中には、
・光:光の精霊を集める魔法。
・火:火の精霊を集める魔法。
・水:水の精霊を集める魔法。
・風:風の精霊を集める魔法。
・土:土の精霊を集める魔法。
・闇:闇の精霊を集める魔法。
の魔法陣が書かれていました。
簡単で短い詠唱ですが、舌足らずの俺の詠唱ではまったく反応しないのです。
杖に魔力を流すと、キラキラと反応しているのは判りますが魔法の発動はありません。
光の精霊も詠唱で発現しますが、集まろうとしません。
ふぅ、駄目です。
こりゃ、詠唱できないと発動しないのは確定です。
◇◇◇
月夜の明かりを手掛かりに紙を出し、インクに俺の血を数滴零して、魔法陣を書いてみます。
魔法陣に手を添えて魔法を流し、頭の中でキーワードとイメージを魔力と共に魔法陣に流します。
『光あれ!』
魔法陣の上に光の精霊が集まって、光球体が作られます。
使えるみたいです。
賢者の魔法式がそのまま使えるようです。
念の為に、火、水、風、土、闇を試すと、すべて発動します。
おぉ、賢者と同じ全属性持ちです。
ちょっとだけ嬉しい。
これで方向性が決まりました。
詠唱が唱えられるようになるのを待つより、魔法石の魔法陣を賢者の魔法陣に書き換える。
なんて思って作業をしていると、途中で魔力が尽きて床で寝ていたようで風邪を引きました。
母さんに怒られました。
◇◇◇
「アル、アル、ちょっと来なさい」
「ねぇさん、おれいそがしい」
「いいから来なさい」
相変わらず、強引な姉さんに連れられて裏に空き地を抜けると、一面に黄色い花が咲いているのです。
おぉぉぉぉ、凄い!
「凄いでしょう。私の秘密の花園よ」
黄色い花、おそらく、この形は菜の花です。
なたね油が作れます。
いやぁ、この程度では足りません。
「ねぇさん、もっと、いっぱい、つくろう」
「アル、いい事を言うじゃない。あの林まで全部、黄色い花で覆い尽くしましょう」
地面に手を付けて、土魔法を発動して土を盛り上げます。
地下の土が表層に出て、もっこりとした横長の小山が生まれます。
必然的に地表の雑草は横倒しに埋もれます。
次に、同じもっこりを横に作ると、崩れてきた土で雑草が土に埋まってくれるのです。
後で、発酵して栄養になってくれるといいですね。
「ねぇさん、たねをうえて」
「判った」
実になっている菜種から種を取り出して、姉さんが蒔いてゆきます。
その間に俺は畑を広げてゆきます。
もっこりを何個か作ると、俺は魔力が枯渇して寝てしまします。
「アル、こんな所で寝ちゃだめだよ」
気が付くと、ベッドの上でした。
◇◇◇
毎日、毎日、菜種の畑を作ります。
来る日も来る日も姉さんにおんぶされて帰ります。
この体、急に眠気が来るので調整が利きません。
実際、雑草を舐めていました。
5か月後、一面に雑草と菜の花の実を付けた混在畑です。
隣の畑は黄色く染まっています。
一年中、比較的寒くないので、植えた時期から逆算して、5か月くらいで収穫期を迎えます。
根元を切った菜の花の実を乾燥させて、菜種を壺の中に落としてゆきます。
小さな菜種を壺に落とすのは、意外と細かい作業なので根気が要ります。
壺は土魔法で粘土を作って、野焼きで焼いた手製の壺です。
圧縮器で油を取る方法が楽ですが、そんな便利な道具はありません。
ある程度、菜種が貯まった所で木の棒で上からすり潰すのです。
潰した位では油は取れません。
油混じりの土くれになるだけです。
この世界は魔法と言う便利な道具があるのです。
土魔法というのは不思議で、木や種と言った植物を変形させる事ができないのですが、潰して土に戻すと使えるのです。
植物のモデリング魔法もあるのでしょうが、賢者の魔法にはありません。
とにかく、すり潰して土に変えます。
そして、土魔法で土の部分を壺の底に集めると、土と植物残骸と水と油に分離するのです。
水と油の部分を他の壺に移すと、今度は水の魔法で水だけを蒸発させます。
こうして、純粋な菜種油を採取するのです。
魔法様々です。
こうして、10日ほど掛けて、最初の菜種油を手に入れたのです。
フライドポテトを作って貰いました。
我が家の夕食に炒めると揚げるという料理が増えました。
肉は高いので、ミンチ肉を丸めてハンバーグを所望したのです。
ハンバーグというより、小さなミートボールですが、これでまた食の改善が進んだのです。
◇◇◇
油を取り終えた枯れた菜の花を山積みにして火を付けます。
そうです。
雑草ごと燃やしてしまうのです。
焼畑です。
「こらぁ、悪がき共、何をしているか!」
奇妙な格好をしたお姉さんが大きな声を上げて走ってきます。
「シスター」
あぁ、教会の神官ですか!
「遊びで火を使うのは駄目だ」
「あそびではないです。やきはたです」
「やきはた」
「むかしの、のうかの、やりかたです」
説明するのに時間が掛かりました。
説明している間に上兄と教会の子供達もやって来て大所帯になってゆくのです。
あぁ、いい事を思い付きました。
「あぶら、いりませんか?」
「あぶら」
「違う。アルは油はいらないのかって聞いているの」
「油の寄付なら大歓迎よ」
姉さんと一緒に菜の花畑を作ったのはいいのですが、菜種の採取に時間が掛かって効率が悪いのです。
ホント、こんなに時間が掛かるなって思ってもいなかったのです。
で、その面倒な作業をこのシスターに押し付ける訳ですよ。
やって見せます。
「今、詠唱なしで魔法使ったわね」
「<ぎくり>え、えっと」
「そんなのどうでもいいでしょう」
「そぉ、そうね」
よかった。
姉さんに押し切られて、シスターが黙ります。
そして、油が回収できると知ったシスターは急にやる気が出てきます。
こっちも大助かりです。
姉さんと二人で菜種を集めても1壺分を集めるのに何日も掛かってしまいます。
それを押し付けられるなら、菜の花畑を拡張できるのです。
この広い空地をすべて菜の花畑にすれば、月に壺10個は搾取できそう。
半分を教会に寄付してもおつりがきます。
高い油も自分で作ってしまえば、タダです。
これでまた一歩、お腹いっぱいのハンバーグを食べられる日が近づきました。
母さんも喜んでくれるに違いありません。
ばたん!
「どうしたの?」
「寝ただけです。今日はこれで」
そうです。
何故、菜種を集めるだけで10日も掛かるかと言えば、俺の体力と魔力が持たないのです。
次に起きた頃には文官さんがやってくる時間になり、その日に作業はありません。
正味3時間も働いていません。
そりゃ、作業効率が上がる訳ないです。