8.上兄が学校に通う。(改)
「いってらたい」
俺は教会に向かう兄に手を振ります。
この世界には学校が存在し、庶民は教会でお勉強です。
教会の学校に通わせるには、月銀貨1枚以上の寄付が必要になります。
一人でも銀貨1枚、二人でも銀貨1枚、3人以上でも一緒なのですが、4人以上なら最低銀貨2枚を出さないといけません。
スラムはもちろん、本当に貧しい家は教会にも通わせないのです。
文字も書けないと付ける仕事が限られて、ド貧民からいつまで経っても抜け出さないと言う訳です。
銀貨1枚で二人でも通わせられますから、来年から上兄と下兄を一緒に通わせるつもりだったみたいです。
えっ、どうしてかって?
教会でお勉強した後には賄いが付きます。
つまり、お昼ごはんです。
上兄と下兄の朝食を抜いて銅貨5枚を節約し、教会でお昼と食べると、なんと30日で150枚が浮きます。
月に銀貨1枚(銅貨100枚)が寄付ですから銅貨50枚も節約できるのです。
母さん、セコいよ。
印税が多めに入る事になって余裕もでき、上兄は学校に通わせる事にしたのです。
◇◇◇
帰って来ると昼食は肉付きのスープが付くと上兄が自慢します。
下兄も行きたがっています。
飯だけ?
勉強の話はなしか。
何となく納得です。
下兄と姉さん、文官さんに習っているから文字書けますよ。
自分の名前が書けないのは上兄だけです。
教会では読み書きと神様の神話や歴史を教えてくれるそうです。
教会は10歳まで通えます。
ですが、6歳から8歳くらいで奉公に出されます。
上兄も8歳から親父の師匠の所に弟子入りが決まっています。
6歳から家で手解きし、親父の跡を継ぐ修行を始めます。
下兄は自由で職業を選べます。
そうフリーターです。
下手すりゃ、ニートです。
日雇いの荷運びや屠殺などが定番であり、文字が書けると門番などの仕事に付け、数学ができれば商人の下で奉公もできます。
つまり、文字と計算が少しできる下兄は靴屋に弟子入りして、独立を目指すというのもできるのです。
「冒険者」
「どうちて」
「カッコいい、お金がいっぱい」
一角千金、高級素材の魔物を倒すと金貨100枚だって手に入ります。
異世界のマグロ漁船です。
貴族のお抱えになれば、生活の心配もなくなり、ウハウハの未来があり得ます。
でも、上級の冒険者になれるのは1000人に一人くらいの狭き門です。
◇◇◇
文官さんにご相談です。
「基本的に冒険者になって仕事にあぶれる人はありません。定期的に土木工事が付与されますから、食うことで困る事はありません」
なんと、冒険者は派遣労働者、バイトのようなものですか。
ほとんどが喰うのも喰えないカツカツの生活をしており、足りない分は下水道掃除やゴミ処理、荷物の配達、農家の手伝いなどで暮らしています。
江戸時代も普請という定期的な土木工事で生かさず、殺さず。
不特定多数の為に相互扶助と機能していましたね。
「魔物に襲われて全滅とか?」
「その心配はありません。レベルに達していない冒険者の討伐クエストは受けられません」
F・Eクラスの冒険者は魔物を討伐しても貢献ポイントが貯まらないそうです。
つまり、剣もロクに揃えられない冒険者は森に出るなと言う事です。
地味に生活クエストや薬草採取クエストを熟して、Dクラスになってから討伐に出ろと言う事です。
でも、ドブさらいクエストを熟しても生活の足しにならない毎日が待っており、装備品はいつまで経っても整わない。
ほとんどの冒険者がF・Eクラスから抜け出せないのです。
しっかりとした計画性をもって生活クエストを熟し、装備を整えないといつまでも最底辺の暮らしから脱出できないという訳です。
力か、知恵がないと抜け出せないというシビアな世界です。
◇◇◇
いえぃ、やぁ、とぉ!
下兄は明日の未来を信じて、上兄を相手にチャンバラを繰り返しています。
5歳になると、俺は公費で初等科に進学できます。
異世界転生者の特権です。
貴族やお金持ちは5歳から10歳までの6年を初等科、さらに優秀な者は11歳から14歳までを高等科に進学できるのです。
初等科は元の世界でいう中学卒業程度の学力を有していれば卒業できます。
優秀な人は初等科を飛び級で飛ばして、高等科に入学もできるそうです。
「アル君なら余裕ですよ」
「どうだいじうぶですか」
「マリかのを書く天才じゃないですか」
文官さんの言葉は当てになりません。
高等科は大学並の講義と礼儀作法から論文提出か、軍事教練が課せられるそうです。
飛び級で高等科に入学しても間違いなく体力的に落第しそうですね。
20kgの荷物を背負って森の中20kmを走破するとか。
自衛隊か?
あり得ないでしょう。
「そんなの普通ですよ」
ハードな世界です。
◇◇◇
不定期ですが、月に1回くらい来る魔術士さんが言います。
「初等科は4年で卒業しろ。体は可能な限り鍛え続けろ」
高等科は落第を繰り返すと援助が打ち切られるそうです。
打ち切られた場合は返還義務が生じ、貴族でもない限り返還は不可能で払えない場合は知識奴隷落ちになるそうです。
奴隷は嫌です。
「優秀でない場合は、初等科で援助が打ち切られる変わりに、高等科に進学する義務もなくなる」
「それいい」
「おまえは無理だ。すでに優秀な事を示した」
えっ、高等科に進学しないと、ワザと落第した嫌疑が掛けられて、冤罪で奴隷落ちですか?
何ですか、それ?
初等科の月謝は小金貨10枚、高等科は20枚だそうです。
(異世界転生者は免除ですよ)
馬車とか、装備とか、必要な物はすべて学校が揃えてくれます。
中途退学になると、必要経費を含めて返還義務が生じるそうです。
初等科に行きたくなくなってきました。
文官さんが子供を一人しか作らないのも学費が高くつくからです。
貴族の子供で学校に通わせないという選択はないそうです。
魔法の才能があるなら、魔法師の弟子入りという手もあるそうですが、かなり才能に優れていないと弟子入りを認めてくれません。
「転生者で才能のある者は例外なく、高等科に進む事が義務付けられている」
月に銀貨1枚の支給でそこまで義務があるのぉ?
・優秀なら高等科へ行って国に貢献義務が起こる。
・無能ならお金が溜まらないので貧困から脱出できない。
魔術師さん、言うことだけ言って帰ってゆきました。
魔法具のプレゼント、ありがとうございます。
何でも、魔法の才能がある転生者には国から支給されるそうです。
どれを支給するのかは、魔術士さんの判断だそうです。
◇◇◇
学校の義務が厳しいと文官さんに愚痴ったら、何かエキサイトしましたよ。
「そうです。国は横暴です」
高等科を卒業しないと法官貴族の爵位を取り上げられてしまうとか。
貴族も大変です。
爵位を失った貴族は一兵卒からはじめて手柄を立てて取り戻す以外に方法がありません。
初等科を卒業できれば、騎士見習いから始められるそうです。
「私はいいですよ。どうせ、元はしがない宿屋の娘です。でも、娘は高等科に進学できないと相続できません。一人娘なのにおかしいと思いませんか」
文官さんの旦那さんは男爵、領地を持たない法官貴族らしく給与は小金貨15枚です。一方、文官さんが10枚です。
文官さんは宿屋の娘だったらしく母に願いして初等科を入学し、高等科まで進んで旦那様と知り合ったそうです。
文官さんのお父さんは宿屋の主人ですが、4年間も毎月小金貨20枚の学費を払ったのですから大したものです。
「お母さんが言うには、毎月の請求書を見る度にお父さんは顔面蒼白だったって」
そのお蔭もあって男爵と婚約し、卒業後は帰って来て高級官僚の役職についている訳です。
初等科を卒業した下級官僚の給与は小金貨1枚ですから10倍も違います。
話していると馬鹿にしか見えない文官さん、実はエリートだったのです。
「なにげに酷いこといいますね」
「きにちないでくだたい」
「気にしますよ」
貴族ですから貴族区に住み、メイドも雇って家の管理を任せています。
貴族がメイドを雇わないという選択はないそうです。
客が来た時に接待をしないのはタブーであり、メイドもその諸経費の1つだそうです。
屋敷の維持費を加えて小金貨10枚が消えてゆき、子供一人を高等科に通わす為の蓄えを溜めるのがカツカツだそうです。
「冒険者になるなら10歳から兵を募集しますので、領兵になることをお勧めします」
「どうちて」
「領兵は10年間の勤務が義務付けられますが、そのとき、いままで使っていた装備が与えられますので、訓練と初期装備が無償で手に入ります。冒険ランクは討伐が許されるDクラスからスタートです」
なるほど、悪くない。
下兄に言っておこう。
◇◇◇
この世界には銃が存在する。
しかし、領兵や冒険者が何故、剣を使っているのかだ?
「剣の方が安いですよ」
「じゅうもあるとききました」
「銃もありますが…………」
銃は高いらしい。
銃の製造は王都指定の工房以外は禁止されて、勝手に製造するのと処刑されます。
厳しいね。
文官さんが王都で見た価格は本体が金貨1000枚で銃弾1発が金貨1枚とか、ボリ過ぎでしょう。
ともかく、この城壁市には銃を取り扱っている店がないそうです。
銃を手にいれるくらいなら、魔法士を仲間にする方が安いと言います。
銃を大量に生産して軍隊に持たせて魔物を退治すれば、治安が安定するんじゃないかな?
流通が安定すれば、国が発展するのは間違いありません。
魔物が出る為に流通コストが高く付き、物流や開発は遅れているのが間違いないのです。
「じゅうがあると、まもののとうばつもらくです」
「それを私に言われても困ります」
何故ゆえに銃の量産しない?
謎です。
対魔族の秘密兵器として秘蔵しているという噂があると言いますが、はっきりしません。
「ちあんをおろそかにするのはたいまんです」
「怠慢? そんなことを言ったら、反王族派のレッテルを張られて処分されますよ」
そうですか。
王族への不満・不平はタブーらしい。
ともかく。
城壁市が1つで独立して生活圏を築いています。
隣の市に移動するのは、月に1度の旅団と共に移動すれば、安全に移動できるらしく、先頭に領軍が配置され、各荷馬車や駅馬車にも護衛の冒険者が付き、年に2回の流通が可能になるそうです。
その2回が5月と10月に限られるって、何のでしょう?
「正確には王都方面です。西には定期的に河船が出ていますから、いつでも移動は可能です」
船は雑魚寝で銀貨1枚で隣の城壁市まで乗せてくれるそうです。
旅団もあり、こちら方面は4月と9月に出るそうです。
商人は旅団の都合を待っている訳にも行かず、冒険者の護衛を雇って独自に移動しているそうです。
どんだけ不便なんだよ。
大量輸送なら電車を走らせろ!
ディーゼルくらいなら作れるんじゃないか?
文官さん、今日は困った顔をして逃げてしまいます。
後は明日でも聞こう。
どうせ、明日も原稿を取りにくるからね。
◇◇◇
そんなある日、上兄が教会から帰ってきて言うんです。
「おい、じをおしえろ」
教会で自分の名前が書けないことを笑われたらしい。
2歳の弟に教えを乞う兄というのもシュールですね。
教えを乞うには頭が高い。
でも、いいでしょう。
ふ、ふ、ふ、上兄が馬鹿にされるのも嫌なので徹底的に教えてやろう。
スパルタで!