1.目が覚めると異世界だった。
輪廻転生、それは古代の仏教の用語です。
死んだ魂は再び回帰します。
むかし、突然に赤子が高名な上人様のように話したという逸話が残っています。
むかしの人にとって普通の事なのです。
何も驚くことなどではないのです。
人は転生を繰り返します。
あなたはその記憶に印されて思い出すことのできない性を持っているだけなのです。
でも、やはり稀に前世の記憶を持った子供が生まれます。
その子が以前、どこにどんな風に住んでいたのかも判るそうです。
でも、そんな子供達も7歳を過ぎるとその記憶を失ってしまうのです。
不思議ですね。
あなたは転生したいですか?
俺はただふわふわと浮かんでいた。
長い時間を漂っていたように思うのに空腹も疲れも感じない。
そこはただ明るく暖かであった。
ぼんやりと見る明るさは太陽のような光ではなく、なにも見えないのに雲の中のような感じがして、それでいて明るく暖かいのだ。
だが、俺は手も足もない姿なのに何かに焦って何もない手足をばたばたさせて前に進もうとしていた。
何に焦っているのかも思い出せない。
そして、急に引き込まれた。
うぅ、ここはどこだ?
頭に霞が掛かっているようだ。
見えない。聞こえない。目が開かない。手足が動かない。
くそぉ、どうなっている。
思い出せ!
そうだ。
俺は………いたハズだ。
そう、俺は後輩の家で不倫の仲裁をやっていたハズだ。
俺は商社マンで、課長で、部下がいて………あの日、ゴミ出しであった。
部下の妻に不倫相手の仲裁を頼まれたんだ。
思い出してきた。
部下は30代、妻も子もいる普通のサラリーマンだ。
40になって未婚の俺とは別世界だった。
公園で子供と楽しげに遊ぶ姿が羨ましかった。
なのに、あの馬鹿はやってしまった。
女子高校生に熱を上げるなど許せん。しかも妊娠させただと馬鹿じゃねいか。
部下は優秀とは言えないが、今の仕事から消えられると他が大変だ。
まだ、3ヶ月くらいはいて貰わないとこちらが困る。
仕方ない。
助け舟を出すか!
そう思って、女子高生と話始めたのだ。
女子高生は恋愛に舞い上がっていた。
思春期特集の恋愛依存症という奴だ。
略奪愛が何か知らんが、周りも見えていない尻の青いガキが頭を沸騰させて、妻と離婚しろ。私とでないと彼は幸せになれないと主張する。
はぁ、俺は溜息しか出ないよ。
始めから理論も何もない恋愛脳だから仕方ないが、何が幸せとか考えているのかね。
奥さんも自分の苦労話や子供の行く末を語っているけど、最初から聞く気がないんだから聞こえていない。
奥さん、ちょっと黙ろうか。
まず、奥さんを宥めて落ち着かせておく、しばらく何も話さないようにと念を押す。
次は女子高生だ。
「おじさん、誰?」
「君の大好きな彼氏の上司。彼と君の将来を決める偉い人さ」
「偉い人?」
「そう偉い人さ。俺を怒らせれば、君の彼氏はここで生活もできなくなる。もちろん、食事やファミレスに寄る金も持てなくなる。君は子供を産むこともできなくなるね」
「嘘! そんな酷いことしないでよ」
「うん、しない。しない。君が彼とどんな風に出会ったか教えてくれればね」
さぁ、惚気て貰おう。
煽てて、乗せて、喜ばせて、女子高生に俺が味方と思わせる。
手八丁口八丁、海外の海千山千の取引先と交渉してきた俺にとって何も考えていない女子高生など騙すのは簡単であった。
ほら、ほら、君が持つ不安をもっとしゃべり給え。
女子高生の不安に上書きを掛ける。
部下がどんなにだらしないか、どんなに不誠実で約束を簡単に破る奴かを聞かせてゆく。
そして、2年後、3年後、部下と女子高生の未来を語ってやる。
さぁ、君の前に第二の君が現れた。
どうする。
考えて、考えて、無い頭を回しなさい。
ほら、泣き崩れてきた。
「おじさん、わたしどうしたらいいの」
よし、堕ちた。
そうさ、妊娠して不安にならない訳がない。
他に寄木がないから彼により寄り掛かる。ならば、新しい寄木を与えてやればいい。
所詮、恋愛なんて錯覚さ。
面倒だが、面倒くらいは見てやるさ。
がたん。
ふらふらと部屋を出ていった奥さんが台所から戻って来た。
ちょっと待て!
聞くに堪えないので、おつまみでも取りにいったのかと思っていたよ。
奥さんが部下の旦那を罵倒する。
嫌ぁ、嫌ぁ、今は奥さんを助けている所だよ。
奥さんが絶望してどうするのぉ?
取りあえず、その出刃包丁を台所に戻してほしいな!
どうする、俺。
女子高生は堕胎させ、慰謝料払ってそれで終わり。
奥さんはこのままでもいいし、離婚するなら慰謝料と育児費をたんまりと請求して上げるから黙っておこうね。
ゆっくり近づいて、小さい声でそう呟く。
「世間様に申し訳ありません。あなたを殺して、私も死にます。みなさんにお詫びを」
絶望するのは馬鹿だけでいいんだよ。
俺は咄嗟に立ち上がって、走り込む奥さんの手を取った。
「冷静に、とにかく、冷静になれよ。誰の為にやっていると思っているんだ」
怒気を上げる俺、暴れる奥さん。
しゅぱっ!
首元に小さな傷が走る。
いい包丁を使っているらしい。
痛みが全然に感じない。視線の橋に血が噴き出しているのが見える。
糞ぉ、力が抜けてゆく。
ヤバいな。
そう思うと体が浮遊感に包まれていた。
明るく、温かい場所だった。
思い出した。
納得できるかよ。
クソぉ、クソぉ、クソぉ、俺の人生を返しやがれ!
声が出ない。
手が動かい。足も動かない。目も見えない。
どうなっている?
“声は聞こえるかな?”
誰だ?
“うむ、聞こえるようだな”
答えろ。
“私は魔術士だ。君の心に直接に話しかける者さ”
魔術士?
“魔術士を知らない。さて、君はどこの世界からやってきたのかな”
魔法のある世界というなら地球ではないのか。
“地球、よく知っているよ。異世界からの来訪者か。だが、恐れることはない。よくあることだ。かくいう私も地球と呼ばれる星から転生した者だ”
異世界転生、地球人か?
“あぁ、君がどこの地球人かは知らないが、君は転生をした。世界に隔たりもなく、魂は転生をしている。驚くことはない。みんな巡り巡って回っている”
転生か、俺は死んだのか?
“さぁ、どうだろう。自ら葬式を見てから転生する者もいる。気が付けば異世界という者もいる。私はこの世界で前世の記憶を調査する者だ。話を聞いて貰おうか”
どうやら俺は死んだらしい。そして、新しく生まれ変わったみたいだ。
くそぉ、死んだのかよ。