1-47.駄目な兄と自己責任(改正版)
家に帰って俺が森に偵察に行っていた事を聞いた下の兄が涙を流して、俺の無事を喜んでくれた。
感動した。
すぐに嫌な事から逃げ、すぐに楽をしたがる駄目人間だが、憎まれ口を叩きながらも食器を出すなどの世話をしてくれた。
少し怠惰だが下の兄の根は優しい。
食べる気はしなかったが、昔、俺に兜虫の幼虫を捕ってくれたような気もする。
「アル。お前が居なくなったら、どうやって生きて行けばいいんだ。頼むから危険な事はやらないでくれ」
「すみません。気を付けます」
「本当にだな。お前にもしもの事があれば、俺は路頭に迷うし、母さんも悲しむぞ」
うむ、確かに母さんを悲しませんのはなしだ。
まさか、下の兄が顔をぐちゃぐちゃになるまで泣いて心配してくれるとは思っていなかった。
姉さんの愛情は重すぎるが、持つべきモノは兄弟だね。
「路頭に迷うは言い過ぎですよ。シュタ兄ぃはゴブリンを単騎で倒せる冒険者じゃないですか」
「馬鹿か? お前は数ヶ月で金貨1枚を稼ぎ、森に出れば魔物を簡単に討伐する。お前が居ないと腹一杯の飯が食えねいだろう」
「自分で稼げばいいでしょう」
「ゴブリンの魔石はたったの銅貨50枚だぞ。死体を持ち帰っても銅貨30枚だ。『ドブ攫い』の方が儲かるんだぞ。やってられるか?」
「姉さんがいれば、10匹くらいは楽に狩れるでしょう」
「それこそ馬鹿だ。お前が居なくなった冒険者パーティーにアネィが付いて来てくれると思うか? なぁ、思うか?」
「・・・・・・・・・・・・無理なような気がします」
「そうだろう。お前は俺の『金魚』なんだ。俺を一生食わせてくれ」
「阿呆か!」
馬鹿は下の兄だった。
俺の感動を返せ。
この世界の『金魚』は文字通りの金になる川魚で高級魚だ。
要するに、『金のなる木』、『打ち出の小槌』という意味だ。
つまり、最悪だ。
働かずに食わせて貰おうとするヒモニートだ。
少しは自分が強くなって大金を稼ごうと思わないのか?
「アル。無茶を言うな。俺はお前やアネィと違う。俺は普通だ。至って普通の冒険者だ。名声を得ようとか、大金を稼ごうとか、そんな事を考える冒険者は現実の見えていない馬鹿なんだぞ」
「装備を揃えれば、少しはヤレるでしょう」
「装備の為に安宿に泊まり、食う物を食わずに金を貯めるなんて絶対に嫌だ」
現実が見えていると言うか、ちょっと知恵が回る。
一部の冒険者を除くと冒険者なんてなんでも屋であり、使い捨ての道具に過ぎない。
命の対価としては報酬が安い。
「お前がいないと駄目なんだよ」
「俺はシュタ兄ぃの為に生きている訳でありません」
「アル。俺を捨てないでくれ」
駄目だこりゃ。
◇◇◇
駄目な下の兄は放置してゴブリン退治の話だ。
正直な話、難しい。
毎日100匹ずつ間引きしても、それ以上の速度で繁殖する。
「私が200、アルが100倒せばいいじゃない」
「倒したゴブリンを餌にして、それ以上に増えるだけです」
「私が400、アルが200倒せばいいじゃない」
「200匹も倒せる魔力はありません。それに倒した数以上に産ませて、戦力を補強するから厄介な奴なのです」
戦時体制になって「産めよ。増やせよ」と苗床を増やすと、すぐの倍に増える。
まず、ゴブリンの数を減らさねばならない。
一番の戦略が兵糧攻めだ。
森を焼いて食料を奪い、倒したゴブリンもすべて回収すれば、食料を失って数が減ってゆく。
だが、森を完全に焼くのが難しい。
ゴブリンの回収は人海戦術だ。
冒険ギルドの協力なしに不可能だ。
「あいつらが私らの言う事を聞く訳がないじゃない」
「なぁ、アネィ。こんな危険な事は大人に任せようぜ」
「嫌ぁよ。あいつらは私が倒すの。女の敵を駆逐してやるのぉ。シュタも手伝いなさい。でないと、もう二度と冒険に連れて行って上げないからね」
「アネィ」
「情けない声で言っても駄目だからね」
下の兄も参加も決定し、足手纏いが増えた。
これで一撃離脱の作戦も使えなくなった。
俺も足が速くないので微妙な作戦だ。
結論が出ない儘に就寝となった。
◇◇◇
翌日、冒険ギルドに足を運ぶと、『ゴブリン討伐』の張り出しがあった。
俺は資料室の許可を貰う為に受付に声を掛けた。
「あのぉ、資料室を使いたいです」
「おはよう、今日も早いのね」
「情報は生きる為に必要ですから」
「あぁ~、アル君のような冒険者が増えれば、みんな死なずに済むのにね」
「駄目ですか?」
「駄目ね。脳筋ばっかりよ」
何でも力で解決する冒険者が多いらしい。
担当に『ゴブリン討伐』の話を聞くと、昨日は150匹近いゴブリンを討伐したらしい。
死体を放置すると、生き残ったゴブリンの餌になるので燃やすか、『緊急クエスト』を出して町まで輸送させた。
大量のゴブリン肉が農家に売られる。
ゴブリン肉を乾燥させると良い肥料になるのだ。
農家に売られた一部が露天に回る。
露天で格安の肉が売られていれば、ゴブリン肉を疑う事になる。
「私としてはアル君にも参加して欲しいくらいなのよ」
「Iクラスの俺達にですか?」
「戦闘に参加して欲しい訳じゃないのよ。ほらぁ、(アル君は水と土の魔法が使えるでしょう。陣地構築を手伝って欲しいのよ)」
担当が小声で耳元に囁いた。
森中央にある広場に陣地を作って、そこから討伐隊を出陣させたいそうだ。
陣地を作りたいのはその戦力が足りない。
だから、日が暮れる毎に町に戻らなければならない。
「昨日、EとFの冒険者から怪我人が出たのよ。だから、討伐隊はEと決まったけど、我がギルドに所属する冒険者パーティーでE以上となると10パーティーしかない。戦力不足なのよね」
「たった10パーティーですか?」
「その半分はゴブリンの死体を運ぶ護衛として残るので実質は5パーティーね」
討伐隊が30人程度と少な過ぎる。
そうなると野営が出来る陣地があるなしでは効率が違ってくる。
このギルドの最強はBに近いCと戦力が減ってDに近いCの2パーティーのみだ。
他はすべてDとEだそうだ。
ゴブリン殲滅は難しいのではないだろうか?
「領軍は出てくれないのですか?」
「そんな事はないわ。でも、早くても10日後、遅ければ1ヶ月先でしょうね」
「そんなに掛かるのですか?」
「手続きが面倒なのよ」
ギルドから要請すると、色々な条件が付けられるので行政府を通じて救援を頼んだらしい。
しかし、行政府の害獣課は情報が集まらないと動かない。
役所仕事という奴だ。
こっちも駄目だこりゃ。
俺はこの辺りの地図を探した。
地図は最重要秘密になる。
だから、精密地図はないと思っていたが、冒険ギルドで採取クエストに地図は欠かせない。
その辺り狙いを絞って探してみた。
幾つかのクエスト依頼の地図を総合し、昨日の偵察を重ね併せて、なんちゃって地図を自作した。
「こんな感じかな」
エクシティウム川は北東から南西に流れる川であり、それに沿って行けば、『ノースの断崖』に当たる。
東の森を走る獣道の街道を通るのと、余り距離は変わらない。
川沿いは魔物の出現率が低いので冒険者には不評だ。
「北の森に行くつもりなら断崖を登る事になる。近道として使えない」
誰かが岩登りをして鎖を打ち付ければ、近道になると思う。
だが、誰もしない。
この世界ではこれが常識なのだろう。
この地域は巨大な花崗岩の上に乗っており、それが持ち上がって出来たのが『ノースの断崖』だ。
固い石が二つに割れたような断崖はほとんど直角に立ち上がっており、長い歳月が経っても崩れていない。
ホルンの丘は大昔に北東にあった山が噴火して流れてきた溶岩が固まって出来た丘らしい。
この丘が隔てて北の森と魔の森が分かれていた。
その溶岩の一部が断崖にも流れ落ち、なだらかな迂回路を作っていた。
断崖の上部に巨大な湖があり、これを『エクシティウム湖』と呼ばれている。
魔素が多いが魔物は少ない。
但し、魔の森からやって来た逸れ魔物は強力な奴がいるので要注意らしい。
東の森は適度に弱い魔物の宝庫らしい。
「この守り神って、何だ?」
東の森には巨大な猪が住んでおり、広場の北側を住処としている。
強い冒険者に挑むが、弱い冒険者は無視する。
そして、猪は縄張り意識が高く、広場に小屋を作ると壊しに来る。
だが、同時に他の魔物が縄張りにしようとするのを嫌うらしい。
東の森は猪が沢山捕れるのは、この守り神のお陰とも言われる。
そして、この巨大な猪に戦いを挑み、生き残った冒険者は一流という酒場の伝承があると残されていた。
あれ?
あの猪の事じゃないよね。
弱かったから他にいるんだ。
あははっは・・・・・・・・・・・・。
森の主を倒したからゴブリンが繁殖し、上位種まで誕生したってオチか。
これは俺が倒さないとダメな奴だな。
仕方ない。
ここで採算度外視の策を1つ思い付いた。




