1-44.冒険者を助けろ(改正版)
うりゃ、姉さんの鋭い斬撃が炸裂した。
四匹のゴブリンに遭遇した俺らは敵が戦闘体勢に入る前に姉さんが駆け出した。
先頭の一匹目と交差する瞬間に放たれて一撃が胴体を一刀両断し、その儘の勢いで二匹目の前で軽くステップで敵の攻撃を躱すと首を飛ばした。
姉さんは中央突破して反対側に抜けた。
遅れて飛び込んだ下の兄の闇雲の連撃が一匹のゴブリンを追い詰める。
棍棒を持つゴブリンは防戦一方だ。
だぁ、だぁ、だぁ、だぁ、ウオォォォォ!
棍棒ごと頭に一撃が入ると、後は一方的に長剣で殴り付けた。
下の兄の獲物は細身の長剣だ。
重すぎて扱えないと思って細身にした。
姉さんと同じく鋭利を付加しているが、下の兄は斬るのではなく叩いている。
致命打を与えられる返り血が飛び散っていた。
最後の一匹が仲間の援護に入る瞬間に首が飛んだ。
反転してきた姉さんが背後から首を飛ばした。
ゴブリンは少し小柄な魔物な為か、姉さんも戦い易そうだ。
倒れたゴブリンに止めを刺して、下の兄も圧勝した。
返り血も浴びていない姉さんに対して、下の兄は青い血が頭から足までベタベタになっている。
「ヤッターぜ!」
「単騎撃破。おめでとうございます。はい、清浄」
下の兄の返り血を流すと、俺は薬草の入った籠を背負い直した。
今日で薬草摘みは5回目になる。
下の兄の撃破数も4匹になったが、一匹のゴブリンの時は姉さんが手加減をして棍棒などを持つ腕をズバッと切り落として譲ったからだ。
最近、一角兎にも遭わず、出会うのはソロのゴブリンばかりだ。
そして、久しぶりの団体さんに遭遇した。
嫌な気がする。
今日は肉が手に入らず、籠2つが薬草で満タンになった。
薬草の採取場所がドンドンと滝に近づいて来た。
後5回も採取できるだろうか?
上流の薬草群まで足を伸ばす事になりそうだ。
「今日は一度、家に戻って籠の1つを冷蔵庫に入れておきましょう」
「何で、そんな面倒な事を?」
「明日も森に行った事にして実績を増やす為です」
「明日も採取に行けばいいだろう」
「裁縫の日です。二人では行きませんよ」
下の兄は小さい声で「俺一人でも大丈夫なのに」と呟くが、どこが大丈夫なのか?
自覚がないのが欠点だ。
さて、薬草は籠1つでクエスト達成になる。
しかし、倍の数を採取しても2回達成にならない。
だから、俺はちょっと狡い事を考えていた。
1度で2度美味しいだ。
そういう訳で撤収だ。
来た道を戻り、広場まで戻って来た。
そこで風が通った。
微かに『いゃあぁぁぁあぁぁぁ!』と言う声が小さく聞こえた気がする。
「ア~ル。ここに居なさい」
そう言って、姉さんが声の方に走って行く。
姉さんにそう言われて待つほど薄情ではない。
それに姉さんが心配だ。
下の兄には待って欲しいが、一人するほうが危険なので声を掛けた。
「シュタ兄ぃ」
「アル。追い掛けるぞ」
「・・・・・・・・・・・・はい」
下の兄も同じ事を思ったらしい。
ちょっと男らしく見えた。
だが、自分の実力を勘違いしていないかが心配だ。
振り返ると森の中の姉さんを見失っていた。
早過ぎる。
あっという間に姉さんの後ろ姿が森に消えた。
どっちだ?
追う事が出来ない。
すでに俺の索敵外に出てしまっていた。
完全に見失った。
「魔弾」
追い掛けなから探索で見つけたソロのゴブリンを6匹ほど葬るった。
だが、姉さんが見つからない。
索敵、索敵、索敵、姉さんはどこだ。
「魔弾」
どこだぁ?
居たぁ。
姉さんは俺達より大きく右側に逸れていた。
「シュタ兄ぃ。この右です。ゴブリンが40匹以上で囲んでいます」
「40匹も!?」
「シュタ兄ぃは俺の後ろを守って下さい」
「判った」
俺は姉さんの方へ進路を変えた。
魔力で肉体強化をしていても人並みだ。
周囲に気を付けろ。
森の中は真っ直ぐに走れない。
不規則に木々が生え、微妙な凹凸が視界を防ぐ。
少し丘っぽく登った所でゴブリンに囲まれていた姉さんが視界に入った。
ヤァ、トォ、エイと姉さんの掛け声と共にゴブリンの首が飛んだ。
しかし、多勢に無勢だ。
「行きます」
「おぅ」
俺と下の兄が一気に下った。
傷ついた冒険者を庇いながら戦うのは姉さんでも無理があった。
返り血など浴びない姉さんの服が青い血でべったりだ。
これは俺も出し惜しみ出来そうもない。
「魔弾×10」
冒険者達の後方のゴブリンを一掃する。
指揮をするゴブリンがいる。
だが、均等に囲んでいる事が仇となったな。
俺は姉さんの後ろに立った。
「ア~ル。あそこに居なさいと言ったでしょう」
「判りましたと言っていません」
「そうだったわね」
「シュタ兄ぃ。怪我人を見て下さい。一気に片付けます」
もう一度索敵。
残り、28匹。
俺は左右をチラリと見た。
「姉さん。正面をお願いします」
「任せなさい」
「魔弾×10。続いて魔弾」×10」
レールガンと一緒だ。
同じ魔法陣を指定の座標に10個再入力させて魔弾を撃ち出した。
20個の魔法陣を一度に処理はできないが10個ならば余裕だ。
左手を翳して10発を撃ち出すと、今度は右手を翳して10発を撃ち出す。
ゴブリン如きに避けられるような俺の魔弾ではない。
この数なら瞬殺だ。
「シュタ兄ぃ。どうですか?」
「この人の血が止まらん」
「代わります」
破傷風菌とか言っていられないな。
消毒している間に大量出血で死亡する。
俺は一気に回復、回復、回復を重ね掛けして止血した。
回復魔法の力技だ。
俺の指輪では中級魔術の大回復は使えないんだよ。
残る二人の女性冒険者にも回復を掛けた。
「ア~ル。こっちも終わったわ」
「武装したゴブリンリーダーがいたように見えましたが・・・・・・・・・・・・」
「ちょっと手強かったけど、無謀な首を一刺しで決めたわ。所詮、ゴブリンよ」
「・・・・・・・・・・・・」
ゴブリンは姉さんと身長が変わらない110cmくらいの小柄な魔物だが、ゴブリンリーダー160cmはあったぞ。
しかも奪ったであろう武具で完全武装だ。
姉さんの事だ。
一撃を掻い潜って、突きで決めたんだな。
「何か、文句ある」
「いいえ、ありません。撤退しましょう。俺ももう魔力が残っていません」
「アン、アンナはどこ?」
「見ない方がいいわよ」
姉さんが止めたが女の冒険者が仲間の最後を見ると言って聞かない。
早く去りたいのだが・・・・・・・・・・・・嫌なモノを見た。
二人の男冒険者だったらしい残骸が残り、女の冒険者は犯されながら食われている途中だった。
冒険者だったと言う表現は食い散らかされて二人の原型を止めておらず、防具の存在で二人と判る程度だ。
一方、女性は腕や足や腸を食われながら犯されていたようだ。
惨いというレベルではいない。
犯すか、食うのか、どちらかにしろと言いたい。
俺の魔力探知に引っかからなかったのはすでに死んでいたからだ。
三人が助かったのは、多くのゴブリンが食う事に集中していたからに違いない。
否、食後のデザートくらいに思われて、逃がさないように囲まれていたのだろう。
ゴブリンリーダーは二人の女性も頂く・・・・・・・・・・・・どうでもいいな。
うげぇっと下の兄が吐き出していた。
姉さんは怒りに震えている。
俺はどこかで冷めていた。
戦争が無くともこう言う事はあるのだなと思えた。
俺が平気なのは前世の俺が中東でこれより悲惨な惨状の経験があり、あの魔法具で何度も見せられたからだ。
あの時も第三者、今回も第三者と思えば、溜飲は下がった。
「遺品を持っても良いですが、防具などは放置します」
「判ったわ」
「急いで下さい。これだけ居たという事はまだいます」
「そ、そうか。急ごう」
俺と姉さんで殿だ。
血を出し過ぎて歩けない冒険者をガタいの良い女冒険者が背負い。
もう一人の泣き崩れる女冒険者を下の兄が肩を貸した。
少しでも歩き易いようにと強化を掛けたが足の歩みは遅い。
これ以上は重ね掛けする魔力の余裕もなかった。
「ア~ル。ゴブリンはまだいると思う」
「索敵魔法の範囲にはいませんが、絶対にいます」
「私もそう思うわ」
ゴブリンは一匹いれば、100匹はいると思えと言われる魔物だ。
50匹いたら、5,000匹か?
そんなに居ないだろうが・・・・・・・・・・・・これは上位種が誕生して巣を作っていると思えた。
「ア~ル。ヤルわよ」
「何かをですか?」
「ゴブリン退治に決まっているじゃない」
何を聞き返しているの?
そんな言葉が返ってきた。
澄み切った青い目はどこまでも真っ直ぐに女性の冒険者二人の背中を見てブレていない。
その恨み晴らして上げるわと言っている様だった。
それほど目に力が籠もっていた。
はぁっと俺は息を吐き出した。
困った。
でも、姉さんはもう決めて仕舞っている。
どうしようか?