1-43.我なす事は我のみぞ知る(改正版)
俺の朝は早い。
目が覚めると狭くなってきた揺り箱を降りる。
台所に行くと桶に水を注いで顔を洗い、水瓶に水を補充する。
次に床の掃除を済ませておく。
遠くで一ノ鐘がなると、母さんが起きてくる。
「アル。今日もありがとう」
「いいえ」
「アルは良い子ね」
母さんに頭を撫でられると頬が緩む。
いい年の大人が可愛い少女のような母に頭を撫ぜられて喜ぶのは恥ずかしい。
恥ずかしいが嬉しいのだ。
それが終わると畑に赴く。
山は白く輝くだけで太陽も出ていない。
少し肌寒いほど涼しい。
「ア~ル。待って!」
その途中で姉さんが追い付いて来る。
そして、ほっぺたを引っ張って苦情を言うのだ。
「一人で行っちゃ駄目って言っているでしょう。外は怖いのよ。ア~ルがどんなに強くとも私と一緒に行くのよ。判った」
「判りました。姉さんも早く起きて下さい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ア~ルが起こして!」
「嫌です。本気で蹴られたらほっぺたを抓られる以上に痛いです。動けなくなります」
「ア~ルの意地悪」
意地悪でも何でもない。
姉さんに起こしてくれと言われたので起こしに行ったら手刀や蹴りが飛んでくる。
無意識に気を込めた手刀や蹴りは魔法障壁を簡単に砕く。
ならばと、距離を取って水の魔法で口を押さえると、攻撃されたと認識して三日月剣が飛んできた。
姉さんを起こすのは命賭けだ。
二度としないと誓った。
畑に行くと一気に広域の水撒きを始める。
この頃に日が差して来て、綺麗な虹が何重に架かるのだ。
もちろん、農家の朝も早く、元農夫さんと部下達が一緒に道具の点検や手入れなどをする。
流石に慣れたらしく、俺の魔法にびっくりする事もなくなった。
秋に向けての開拓、土地への魔力補給、そして、残った菜種カスから油を絞った。
出来た油壺は事務所の地下倉庫に運んでくれる。
姉さんは買ってきた丸太などを三日月剣で器用に切って薪を作っていた。
菜種を本格的に絞り始めると、薪が大量に必要になるのだ。
剣を鞘に仕舞う時に「また、詰まらぬモノを斬ってしまった」と言って欲しいと頼んだが、「うん」と言ってくれない。
実に残念だ。
それはともかく、気の運用がかなり上達してきた。
今度、あのクラスの猪に遭っても、互角に戦えるのではないだろうか?
末恐ろしい姉さんだ。
帰る前に俺と姉さんで雑草を刈っておく。
後で来た子供らが一ヶ所に集め、乾燥した奴から風呂窯に持って行く。
雑草取りなどが子供らの仕事だ。
俺は元農夫さんと打ち合わせをすると、家に帰って朝食を取る。
我が家の朝食はパンとスープと一品が並ぶ。
パンは黍のような実から作る黒パンだ。
ちょっと固い。
スープに付けて柔らかくしてから食べるのだ。
そのスープには肉入りの具が付くようになった。
よくなったモノだ。
しかし、最近は無性に米が食いたい。
寒い東北でも米が作れたのだ。
出来ないハズはないと植えてみたが、苗が育つ前に夏が来てしまいそうだ。
夏の直前に田植えしても夏が短いので稲が出来る前に冬が来そうだ。
今年は失敗だ。
来年は冬の間に暖房室で苗を育て、春と同時に田植えをして見よう。
兄らと姉さんが学校に行くと日課の課題と小説の写本に精を出す。
最近は冒険ギルドなどに顔を出す事があるので出来る時に進めておく。
姉さんが裁縫の日は午後からも写本を進める。
それ以外で用事のない日は城壁外へ出て『薬草摘み』だ。
門番さんが頑張れと声を掛けてくれた。
1ヶ月は持つと思っていた猪肉が随分と減った。
補充できるといいな。
そんな事を思っていたが、捕れるのは一角兎ばかりだ。
うりゃ!
姉さんの三日月剣が三匹のゴブリンの首を刎ねた。
下の兄も今回は盾役ができた。
姉さんが素早く後ろから首を刎ねて終わった。
「ゴブリンくらい。俺でも倒せる」
「私が助けなきゃ、怪我をしていたでしょう」
「そんな事ない」
「そんな事あるわよ。このゴブリンのダガーが腹に刺さる所だったのよ」
ゴブリンは人の武器を拾って使ってくる。
盾で下の兄の剣を受けて、ダガーで横から腹を狙っていた。
人みたいな戦い方だった。
姉さんが間に合わないなら俺が魔弾で倒していただろう。
剣を塞がれた時点で下の兄は後ろに下がるべきだったのだ。
「シュタ兄ぃは体がまだ小さいのですから、姉さんみたいに避ける事を見習った方がいいです」
「アルまでそれを言うのか?」
「そうで無ければ、盾ごと、敵を弾き飛ばして下さい」
「今度はやってやる」
「期待しています」
薬草を採取して冒険ギルドに届けて実績を作る。
四匹のゴブリンの魔石も売った。
担当さんが「怪我はなかった?」と心配されたが、返り血も綺麗に流したので問題ない。
俺が換金している間に姉さんを誘う冒険者パーティーが幾つかあった。
「私はア~ル以外に興味ないの」
しっしと冒険者らを追い払った。
愛情が深いと言えば聞こえがいいが、寝るとき以外はずっと俺にべったりだ。
俺を独占したがる。
やっている事はストーカーと変わらない。
「アル。金を貸してくれ」
「さっき渡した配当金があるでしょう」
「足りなかったんだよ」
砂糖入りの饅頭を何個も食う奴はいるか?
菓子屋の店主が揉み手で俺が払うのを待っていた。
全く。
支払いが終わると下の兄は満足そうに腹を摩る。
下の兄は渡した金を全部食い物に注ぎ込んで足りなくなる。
せめて俺に無心しないで欲しい。
帰って夕食を食べると日課を少しでも進めておく。
日が暮れて消灯時間が過ぎると残った魔力で鋼鉄の球や人工ダイヤモンド弾のストックを作っておく。
最後に魔力を枯渇させて就寝する。
そして、翌朝に目覚めて水瓶の水を注ぐ。
家事手伝い、畑仕事、日課、雑用、森で狩りと大忙しだ。
まだ4歳だ。
社畜より社畜な生活をしている。
会社に勤めていた時より忙しく、日本ならば「ブラックだ」と会社に訴えただろう。
だが、今の俺はそんな気にならない。
母さんが喜ぶ。
それだけでいい。
笑わば笑え、俺は幸せなのだ。
つまり、『我なす事は我のみぞ知る (自分がわかっていればそれでいいのだ)』と言う奴だな。




