1-41.森に行こう(改正版)
フワリ、そよ風。
吹き抜けてく。
颯爽と歩く俺に下の兄が首を捻った。
「アル、本当に良かったのか?」
「肉が欲しいと言っていたのはシュタ兄ぃですよ」
「そうだが・・・・・・・・・・・・」
「門番は何もできません」
「滅茶苦茶に怪しんでいただろう」
「こうして『薬草摘み』クエストの書類を見せれば、通してくれたじゃないですか」
クエストの邪魔をすれば、門番は冒険ギルドから膨大な違約金を請求されると、俺はぼそりと呟いた。
クエスト『薬草摘み』は正規の書類だから止められない。
子供らで行かせて大丈夫かと心配してくれただけであり、門番が職を賭してまで止める訳もなかった。
このクエスト、子供の俺らでも春と秋の限定で発行される。
冒険ギルドは城壁内の森に行くと思っているが、城壁外に行ってはいけないと書かれていない。
規約の抜け道だ。
所詮、冒険者は自己責任だ。
「姉さん、左から来ます」
「判っているわ」
森の中を進む俺らに一角兎が襲って来た。
姉さんはさっと避けて、短めの三日月剣で首を一閃して切った。
さっと振ると血を払って鞘に収め直す。
「やりました。早速、肉が手に入りました」
「おぉ、肉だ」
「シュタ兄ぃ。この棒に足を括って持って下さい」
「そんなのを持ったら闘えないだろう」
「姉さんがいるから大丈夫です」
「任せなさい」
「籠を持たなくていいのはそういう訳か!?」
俺も姉さんも薬草を入れる籠を背負っているが、下の兄だけ背負っていない。
自分が盾役の主力と勘違いしていたらしい。
下の兄が木に吊して背負うと、丁度良い具合に首元から血が垂れて血抜きになっていた。
血の臭いで魔物が寄って来ないか心配だ。
森の獣道を進むと広場に出た。
ギルドで書き写した地図の通りだ。
真っ直ぐに北に上がると断崖があって進めない。
ここから東に迂回しながら北の上がるとエクシティウム湖と呼ばれる魔力の濃い場所に出られる。
薬草群が多くあるそうだが、そこまで行くと日暮れまでに帰れない。
姉さんらの学校が終わってから出発したので時間がない。
今回は近場を狙う。
この広場から北西に進むと滝がある。
その周辺にも薬草の密集地帯が目撃されていた。
「そんなに近いなら採り尽くされていないの?」
「魔物の討伐費に比べて、薬草は安いので採りに行く人が少ないそうです。偶に出る特別『薬草摘み』クエストの時は質の良い上流の薬草が狙われて、今から行く所は人気のない場所です」
「ア~ルが言うなら間違いないでしょう。行きましょう」
「おい、これ以上の一角兎はイランからな」
「私だって狙っている訳じゃないわ」
ここに到着するまで三羽の一角兎に襲われた。
もっと強い魔物。
例えば、狼系がいるかと思っていたので拍子抜けだ。
楽な方が良いけどね。
そう思っていたが、ちょっと勘違いしていた。
強い魔物がいないのには理由があった。
「ア~ル!?」
「姉さん。動かないで」
「どうした?」
「シュタ兄ぃも動かないで」
姉さんは気付いたが、下の兄は気付いていない。
風の探知に大きな魔物の影を感じた。
すでに気が付かれたみたいだ。
見逃してくれないかと息を潜めたが、どうやら無駄だったらしい。
ゆっくりと近づいてくると巨大な猪だった。
俺と比べると象のように大きい。
実際は、馬より大きく、軽トラックより小さい程度だ。
Booo~!?
凄い威嚇の声を上げ、その声で足が震える。
武者震いと思いたい。
「ここの森の主かしら?」
「かもしれません。強敵がいないのは、こいつがいたからでしょう」
「腕が鳴るわ」
「戦う気ですか?」
「当り前でしょう。止めは任せるわ」
「どうして俺ですか?」
「ア~ルが森に行くと言ったのだから、何か手を考えているのよね」
「了解です」
姉さんはすべてお見通しだった。
下の兄は今にもチビリそうな顔で膠着している。
なるほど!?
こうして敵を止めてから倒すのか。
だがしかし、姉さんは違った。
先に動いて、一気に距離を縮めると居合い切りのように三日月剣を斜め上に切り上げた。
ちぃ、姉さんが舌を打つ。
俺自作の超陶器製では傷も付かない。
刃先に鋭利を付加しているので鉄製の剣より切れるハズなんだ。
「アネィ、危ない!」
おぉ、自らの膠着を自力で破って下の兄が叫んだ。
だが、姉さんは猪の牙攻撃をスルリと避けた。
前足のダブル攻撃も躱す。
あの巨体が熊のように立ったと思うと、のし掛かるように連続攻撃が続く。
押しつぶされれば、服の防御付加は意味がない。
貫通は防げても叩き付けの衝撃は消せない。
当たれば、それで終わりだ。
だが、スラリスラリと躱す姉さんの顔は余裕が見えた。
むしろ、攻撃時に姉さんの顔が歪む。
何度か攻撃を掛けるが猪の厚い毛に阻まれて傷も付かない。
圧倒的に猪が有利な闘いが続く。
Booo~!?
突然に猪が怒り出した。
姉さんの攻撃はほとんどが囮であり、実際は目や耳などを狙っていた。
目の下の小さな傷を付けられて怒っていた。
格下のモノに僅かでも傷を入れられた事がお気に召さないのだろう。
だが、姉さんも目を奪えなくて悔しがった。
両者はとても気が合うようだ。
チラリと姉さんが俺を見た。
はい、はい、判りました。
俺は手を前に翳し、11枚の加速板を並べたレールガン擬き『ライフル』を完成させる。
射線上に姉さんが見えた。
『姉さん!?』
俺がそう叫ぶと、姉さんが横に飛んで俺と猪の間を開けた。
プシューン!
俺の指から鉄球を弾くように投げると、板で加速された鉄球がライフル並の速度で撃ち出された。
ライフルのような発射音もなく、アニメのような光の筋が見える事もない。
風が流れ、静寂が戻った。
脳天を突き破られた猪がバサッと倒れてすべてが終わった。
呆気ない幕切れだ。
「流石、ア~ルね。姉ちゃんは満足よ」
「アル。今、何をした」
「これを打ちました」
下の兄に鉄球を渡す。
鍋などの修理の時に余った鉄で作った鉄球だ。
下の兄がジロジロと睨んでいる。
鉄砲の概念がないと理解できないだろう。
今回は、前回の鉄と少し違う。
炭素を含めギリギリまで魔力圧縮させていた鋼鉄より固い奴だ。
マッハ10で空気抵抗熱は摂氏2,000度を超える。
15枚を使ったマッハ20では、沸点2,863度の鉄が溶けた。
という訳で、枚数を減らした。
念の為に人工ダイヤモンド弾を用意したが、ダイヤモンドの沸点4,800度だ。
15枚で溶けるのか、溶けないのか?
危なくて実験できない。
ぶっつけ本番の一発勝負だ。
ともかく、切り札を脱さないで済んで良かった。
それよりも・・・・・・・・・・・・。
「シュタ兄ぃ。今日はトンテキを作りますよ」
「トンテキって何か知らないが、巧そうだな」
「美味しいです」
「ビバァ、トンテキ!?」
残念だが、この猪は大きすぎて持って帰れない。
美味しい肩ロースを切り取って油紙に包んだ。
籠の半分が猪肉で埋まった。
この際、全部を肉で埋めたい。
だが、薬草摘みを中止したいができないのが残念だ。
後は魔石を回収した。
川の近くで薬草群を見つけると薬草摘みを成功させて戻ると門番が無事に帰ってきた事を喜んだ。
門番さんは良い人だった。
逆に冒険ギルドの担当がびっくりした。
領内の薬草ではなく、場外の薬草を摘んで帰ってきたからだ。
これで場外の功績1回だ。
10回成功すると、Iクラスの俺らでもFクラスのクエストが受けられるようになる。
家に帰った。
早速、猪肉を適当な大きさに切ると衣を付けて油で揚げる。
トンテキを美味しく頂きました。
今度はトンカツソースで食べたいな。
だがしかし、レシピがないから自作になるのか?
俺に出来るか。
多分、無理。
あっ、俺は手をポンと打った。
無ければ、逆に行政府からレシピを買えばいいんだ。
金を出せば、担当官さんが誰でもレシピが買えると言っていた。
次はトンカツソースだ。
【普通の国(主な地名入り)】
【普通の城壁市の案内図】
【アルが住む4軒長屋のイメージ】
■冒険者と冒険者パーティー階級
数字 読み方
0:スィフル
1:ワーヒドゥ
2:イスナーン
3:サラーサ
4:アルバァ
5:ハムサ
6:スィッタ
7:サブァア
8:サマーニヤ
9:ティサァ
10:アシャラ
冒険者は第1級から10級に分かれる。
クラスの仕事を10回成功させると、1つ上に上がれる。
パーティーランクは、
A:アルフ
B:ベー
C:ジン
D:ダル
E:アー
F:エフ
G:ザイン
H:ボイ
I:アナ
J:イヤー
と同じように10階級になっており、実績によって上がってゆく。
なお、最結成した場合は主力6人の冒険者の貢献度で再度決められる。
【レールガン擬きの加速表】
最初の加速陣を通過すると秒速40cmへ加速し、時速に換算すると時速1.44kmです。
0陣;時速0.72km、
1陣;加速1.44km、
2陣;加速2.88km、
3陣;加速5.76km、
4陣;加速11.52km、
5陣;加速23.04km、
6陣;加速46.08km、
7陣;加速92.16km、
8陣;加速184.32km、
9陣;加速368.64km、
10陣;加速737.28km、
11陣;加速1474.56km、
12陣;加速2949.12km、
13陣;加速5898.45km、
14陣;加速11796.48km、
15陣;加速23592.96km。
15陣を通過した時、音速の秒速340.296mを20倍近くの秒速6553.6m、時速23592.96kmで発射されます。
有名な357マグナムでも442m/s(1591.2km/h)です。