1-26.菜種油とシスター(改正版)
枯れ木の花を咲かせましょう。
花咲じいさんの必勝アイテムは灰だ。
何をしているかって?
今日は刈り取った菜の花の枝や菜種のカスを燃やしている。
盛大なキャンプファイヤーだ。
菜種の回収を始めたのは良いが、毎日のように刈り入れているが終わらない。
広すぎた。
急がないとさやが破裂して菜種が地面に散らばってしまう。
間に合うのか?
俺も段々と不安になって来た。
回収した菜の花の残骸が山のように積み上がっていた。
放置もできない。
一度に全部を焼く事を担当官さんから連絡を入れて貰う。
去年、何度も焼き畑をしていると不信がった兵士が調査に来た。
担当官さんを呼んで事なきを得た。
今回の規模が数倍になりそうなので連絡を入れて置いた。
火を付けると油が少し残っていたのか?
良く燃え上がった。
黒い煙がモクモクと立ち上がり、西風に煽られて城壁の外まで流れて行った。
『貴方達、何をやっているのですか!』
黒い装束を身に纏ったシスターが3人ほどやって来た。
先頭を走ってきたヒステリックそうなオバさんシスターがキンキン声で俺達を見て怒鳴った。
見た目から融通が利かなそうなタイプだ。
子供らを捕まえて声を荒げ、子供らだけで火遊びは遊びとして済まされたと怒鳴っている。
「聞いているのですか?」
「はい」
「大人のいない場所で火遊びは禁止と言っているでしょう」
「はい」
「責任者は誰ですか?」
子供らが一斉にこちらを見る。
ウマァ~と声を荒げ、下の兄の名を叫んで一直線に向かって来た。
おぃ、何をした?
下の兄は教会に通い始めたばかりだろう。
「シュタニー・パウパー、また貴方は首謀者ですね。奉仕を抜け出すだけでなく、こんな悪戯をするとは親御を呼び出して厳重に叱って貰います」
「俺じゃない」
「では、誰ですか?」
「俺の弟だよ」
下の兄が俺を指差した。
ウマァ~、体をブルブルと震わせて怒りを露わにする。
手を上げて下の兄の頬を叩いた。
「これは神の怒りです。こんな小さな子に責任を擦り付けるとは、神はお許しになりません」
「ホントだ」
「ウマァ~、何と言う事でしょう。口答えするなど。そこまで性根が腐っているとは悪魔に魂を売ったのですか」
オバさんのシスターが怒っている間に若い二人のシスターも追い付いた。
一緒に急かされた手伝いの農夫も走って来た。
「シスター長。お待ち下さい」
「何でもか? シスターアンニ。大声で喋るとははしたないですよ」
「申し訳ございません」
オバさんシスターも大声を上げていたと思うのだが自分は関係ないのか?
このオバさんに怒る資格があるのか疑問に思える。
本人はまったく気にしないと言う感じで、若いシスターがしっかり教育していない事を窘めている。
「では、貴方はお黙りなさい。私は子羊の躾で忙しいのです」
「ですから、お待ち下さい。この焚き火は行政府から許可が下りているそうです」
「そんなハズがありません」
「いいえ、こちらの農夫がそう申しております」
「そうなのですか?」
「はい、そちらの坊ちゃまが許可を貰っております」
「ウマァ~、子供に任せるなどあり得ません。ここの方はどうなっているのですか?」
オバさんに見せると許可書を破られそうな気がしたので、俺は後ろから回って若いシスターに許可書を見せた。
若いシスターもそれを見てびっくりだ。
「俺は転生者なので見た目以上にしっかりしているという事で許可を貰っております」
「なるほど、転生者の方でしたか」
「ご理解頂けましたか?」
「いいえ、理解はできません。転生者は珍しいのです。嘘ではないと判りましたが、びっくりするばかりです」
「ウマァ~、そんな事はありません。転生者と言っても子供は子供です。許可など下りるハズがありません」
「それでは人材発掘課のティンク・フォン・リトルスさんに連絡を入れて下さい。俺の担当官です。そちらで確認をお願いします。今日の焚き火も門番の兵に連絡が行っているハズです」
「あり得ません」
「この作業は開発課から依頼されております。邪魔をしたとなれば、作業を邪魔した事になり、後々で問題になると思いますが、それで宜しいのですか?」
「ウマァ~、憎たらしい事を言う。判りました。すぐに確認を取りましょう。シスターアンニ。シスターハバネ。火が消えるまで、この子らを見張っていなさい」
「畏まりました」、「畏まりました」
そう言ってオバさんシスターが消えて行き、しばらく火を眺めていると担当官さんが走って来た。
騒ぎを起こさないで下さいと苦情を言われた。
「どうしてアル君は問題を大きくするのですか?」
「何も悪い事はしていません」
「もう私は職場に帰れません。どうしてくれるの?」
「何があったのですか?」
オバさんシスターが行政府に到着すると正面玄関で騒いだ。
人材発掘課と開発課の課長が出て来て、俺に許可を出していると証明してくれたらしい。
だが、オバさんシスターは納得しない。
そこで課長らがこっそりと内情を話した。
「ウマァ~、愛人の成績を上げる為に許可を出しているとおっしゃるのですか」
「(そう大きい声を出さないで下さい)」
「(私共も王都の上役の命令に逆らうなど出来ません)」
「(今の所、特に問題もありません。しばらく、静観をお願いします)」
「(ここは穏便にお願いします)」
「ウマァ~、不潔ですわ。命令に逆らえないからと言って、愛人に便宜を図るなど、行政府はここまで腐っているのですか。信じられません。ウマァ~、ウマァ~、ウマァ~!?」
正面玄関に近い場所で担当官さんの事を『愛人が、愛人が、愛人が』と騒ぎ続けて、中央の大聖堂の司祭に報告に行って出て行った。
王都の課長は行政副長官、領軍団長の次に偉い人になる。
ペイペイの課長より偉い。
その愛人となると無碍に扱えない存在になるらしい。
もちろん、担当官さんは愛人ではない。
だから、担当官さんは否定しようとしたが課長に止められたそうだ。
結局、一言も反論させて貰えなかった担当官さんは完全な晒し者となった。
「私はアル君の事で相談しているだけです。愛人なんかじゃありませんから」
「そうでしょうね」
「全部、アル君の所為です。どうしてくれます?」
それって俺の責任じゃないよな。
行政府と教会が揉めている間は担当官さんの噂は消えない。
不毛だ。
あのヒステリックなオバさんシスターが焚き火をする毎に、認めないと言って怒鳴りに来られるのも面倒だ。
そこで閃いた。
担当官さんの名誉を守りつつ、教会とのイザコザを無くせばいいのだ。
俺には手に余るモノがあった。
「シスター、どうでしょうか? 今後の焚き火の管理をシスターがして頂けませんか?」
「私らですか?」
「管理を手伝って頂けるならば、ここにある菜の花の実の採取権を一部譲らせて頂きます。菜種から取れた油をすべて教会に寄付いたします」
「油の寄付ですか?」
「ここから取れる油はかなりの量になるでしょう。もちろん道具もお貸し致します。但し、油を取った後の油カスはこちらに返して下さい」
「本当にそれで宜しいのですか?」
「さやから弾けて菜種が地面に落ちると回収が難しくなります。我々では取り切れません」
「神に感謝致します。牧師に報告を上げて許可を頂きます」
「時間もありませんが大丈夫でしょうか?」
「問題ございません。明日から生徒の奉仕と行います。また、ご近所の信徒に声を掛けておきましょう。取れた油はこちらに譲渡して頂けるのですか?」
「お約束します。シスターらで絞られた油はすべて譲渡させて頂きます。実際にやって見ないと信用もできないでしょう。一度、油を採取した後で書面に致しましょう。こちらの担当官が証人です」
「承知致しました」
まず、菜種が地面に落ちる前に収穫する。
これが一番重要だ。
実際に道具を使って油を採取できる事を証明する。
圧搾機を買えば、もっと沢山の油が取れる事を告げておこう。
俺達は残りカスから時間を掛けて油を抜き取る。
書面にする時には教会から愛人と蔑まれた担当官さんの名誉を回復の為に働いて頂く事をお願いしよう。
完璧な策だ。
翌日だ。
大量のオバさんと子供らが大勢でやって来て菜種の採取が始まった。
大きな桶に回収した菜種は麻袋に入れて貰う。
人海戦術で麻袋が次々を積まれて行く、自分らで収穫していた量とはスピードが違う。
桁違いに早い。
その作業を横目で見ながら、菜の花畑の一角に造った台所のような場所で下準備だ。
実際に油の採取を実践してみる。
まず、大きな鍋で炒る事から始める。
俺は木の魔法ですべて済ませているが、実際に油を取るとなると、菜種を炒る、蒸す、叩く、煮るという過程が必要になる。
これで菜種全体を柔らかくする。
柔らかくした菜種を鍋に入れて蓋をするとなんちゃって圧縮機の下に置いた。
歪なシーソーのような機械だ。
テコの原理で根元の圧搾鍋に圧力を掛ける。
子供らが突き出た棒の先にあるブランコに乗って行くと、その圧力で上の鍋蓋が沈んで行く。
重みでポタリ、ポタリと鍋の横から油が垂れて来た。
よし、成功だ。
圧搾鍋からポタリ、ポタリと落ちて、壺の中に菜種油が貯まって行った。
その綺麗な黄金色の油を見て、シスター達が感動していた。
終わった菜種クズを大きな桶に入れて貰う。
何をするかって?
当然、残りの油から後で油を回収する。
この機械では500gの菜種からわずか80ccしか取れない。
魔法を使えば、残りカスから160ccの油が取れる。
残りカスの方が多いとは思わないだろう。
イカン、顔がにやけてしまう。
バレるのではないかと言う俺の心配を余所に、シスターらは積み上がって行く菜種の袋を見てうっとりとしていた。
すべて油になった時、幾つの油壺が積まれるだろうか?
想像するだけで胸が踊るだろう。
この油を業者に引き取って貰えば、教会には大金が入ってくる。
「これだけあれば、少なくなった寄付分を補えますね」
「そのように言ってはなりません。寄付とは善意で行なうべきです。減った事を非難してはなりません。これもまた善良な寄付です。シスターハバネ」
「そうでした。シスターアンニ」
シスターらに笑顔が零れた。
俺は厄介な種の収穫という作業を教会に押し付けて労働力を手に入れた。
すべての菜種油を教会に寄付しても、俺の手元にはその倍の菜種油が残る。
シスターもニコニコ。
俺もニコニコ。
こうしてWin-Winな関係が築けた。
ウマァ~のオバさんシスターが司祭に命令されて、担当官さんに謝罪に来たそうだ。
金の力は偉大だね。
めでたし、めでたし。
「めでたし、めでたしじゃありません。誰も謝罪を信じてくれていませんよ」
「そんな事を俺に言われても・・・・・・・・・・・・」
「アル君、私の名誉を回復して下さいよ」
どうやって?
無理だよ。
俺はド○エモンじゃないんだ。




