1-02.俺は普通だったのだ。(改正版)
魔術士の野郎、ぶっ殺してやる。
この世界は魔法が当たり前にある世界だった。
魔法は便利だ。
不可能を可能にする。
前世の記憶を持つ子供は珍しいが、それも7歳から8歳くらいで記憶が薄れてゆく。
大人になってからも覚えている者はほとんどいない。
魂の記憶と脳内の記憶が別であり、新しい記憶にかき消されてゆく。
少しずつ薄れて行き、自分では気づかない。
昔話を聞いて、どうしてそんな事ができたのかと首を傾げた事もあった。
俺もそれらしい覚えがあった。
この世界の魔術士はその話を聞いて『素晴らしい』と答えて、前世の記憶を固定する魔道具を俺に備えた。
今に思えば、そう答えたのが失敗であった。
赤子という意思疎通ができない状況で、初めて言葉を交わした事に気を許した。
彼も異世界人の転生者で同郷だと言う。
魔法があるファンタジーな世界だと言われれば、思わず笑いも出てくる。
だが、否定もできない。
実際に言葉を交わさずに、思うだけで会話ができるのだ。
中二病を全開した妄想ノートを思い出し、思わず話してしまったのも仕方ないと思う。
だが、それが間違いだった。
俺に付けられたのは魂の記憶を脳内の記憶に変換する魔道具だ。
俺の意思など関係ない。
強制的に記憶を蘇られる。
誰が作ったかは知らないが、魂の記憶を読み解く悪魔の魔道具だ。
悪夢などは一度で十分なのだ。
だが、魔術士は言った。
記憶は少しずつ曖昧になり、記憶が消えてしまう。
貴重な記憶を残す為だ。
『十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人だ』
前世の俺もそうだった。
俺の引き出しには『将来の俺へ』と書かれた妄想ノートが入っており、前世は賢者だったと言う中二病のような事が書かれていた。
弁護士、税理士、証券の代理人が口を揃えて言う。
5歳だった俺は天才トレーダーだった。
巨額の富を稼いだ。
物心を付く頃に魔術の研究に没頭しており、世界中から『オーパーツ』を買っていた。
学会で知り合った女の子を助手にして、家で魔術の研究をしていたのだ。
後になると、何故、そんな研究を始めたのか?
何度も疑問に思った事もあったが答えはでなかった。
そして、妄想ノートを見つけて、自分が特別な中二病を発病していたと思っていた。
そのノートには、俺の前世は『ティル・ラディイル』と言う賢者だったと書かれていたのだ。
ティルは魔王軍に襲われて村を追われて難民となった。
そこで助けてくれた導師アーバンの弟子になり、賢者まで成長した。
そして、勇者と共に魔王と戦った。
魔王との戦いに勝利して凱旋する途中で力尽きて亡くなったと書かれていた。
少年が憧れるような内容だった。
幼い頃に父を亡くし、母に捨てられた俺は捨てられた現実を受け入れられず、絶望からそんな妄想に耽った思った。
そんな妄想に共感してくれる助手の存在が心の支えだった。
高校生になったばかりの俺は助手をしていた女の子と良い感じになっていた。
俺は彼女を愛したし、彼女も俺を愛していると信じていた。
しかし、偶然に街角で「魔術に更ける奇妙な餓鬼だ」と俺を罵る彼女の本音を聞いた。
俺は彼女にとって金蔓でしかなかったのだ。
彼女とは別れた。
俺に残ったモノが女性不信というトラウマだけであった。
大学に進学する頃にはそんな夢からすっかり覚めて普通の暮らしをするようになっていた。
世界を飛び回っていたお陰で八カ国語が喋れたので商社にも一発合格をもぎ取った。
俺の輝かしい時代はそこまでだった。
赴任した海外では、八カ国語くらいをしゃべれる者がゴロゴロと居た。
十カ国語を堪能に操る同輩のフランス人は、フランスに帰るとフランス語でしか対応しないという嫌がらせを受けた。
もちろん、嫌がらせではない。
フランスにいるのだから、フランス語を喋れという暗黙の親切だ。
流暢な英語を喋ると、英語を巧く喋れないフランス人が馬鹿にされていると勘違いしてトラブルの元になるのだ。
だが、自分が優秀でないと気づいた俺は落ち込んであり、そんな親切を意地悪だと感じていた。
心に余裕を失っていた。
5歳で母の口座から株式を操って数十億円を稼ぐ天才童子、
15歳で八カ国語をしゃべる才子、
25歳で世界を股に掛ける普通の商社マンだ。
『俺は普通だったのだ』
そして、記憶を読み解く揺り籠のような魔道具の中に置かれた。
魔法は便利だ。
不可能を可能にする。
前世の記憶を完全に蘇らせて見せた。
俺自身すら忘れていた記憶を穿り出した。