43.アルより愛をこめて。
北の城壁市に帰って来ると、みんな歓迎されて、変わりに大司教様が王都へ旅立ちます。
散々、ぼやかれました。
俺の性じゃないですよね。
さて、運河の許可を貰っていますが、3ヶ月程度で運河が作れる訳もなく、当初の目的である東側の開拓ができるように巨大な壁で覆い尽くすなんってやりませんよ。
これも3ヶ月でできる訳もありません。
しかし、そこで1つ豆知識です。
神様から貰った知恵の1つに、魔物は神の存在に恐怖を感じて近づかないというのがあります。
王都の大河では水浴びをするという馬鹿者はいません。
やろうとして怒られました。
水汲みを簡単な水路を引いて、そこから水を汲みようにしており、川から直接に水を汲む馬鹿はいません。
エクシティウムでは冒険者が川で遊びをするのは割と多く、水に魔物が出現しないのは普通に知られています。
ですから、蛙系の魔物も存在しません。
どうして、エクシティウム川では魔物がでないのか?
ずっと疑問に思っていた答えが神様から貰った知識の中に答えがあったのです。
エクシティウム川のずっと上流にはエルフの里があり、神々が浸かった温泉の水が流れ込むゆえに、魔物がその水を怖がって近づかないと仮説を立ててみたのです。
要するに上流で分水し、堀を掘って水を引いてくれば、ホルンの丘の東側から真南の東の砦まで水が流れると思ったのです。
実際、黒猫に地形を調べて貰うと、街道の南側が一番低くなっているのが判ったのです。
「断崖部まで水路を開けば、後は自然に川を形成してくれると思う」
「ホントですか?」
「断言はできないけど、森は少し高くなっているからいけると思う」
領主伯爵様と市長伯爵様に許可を貰って水路を掘削してゆきます。
もちろん、少しでも掘る量を減らす為になるべく低い所にそってホルンの丘の東まで水路を引いてゆくのです。
水路の掘削は俺が担当し、積み上げた土砂壁から水分を蒸発させるのは姉友ちゃん、硬化魔法を掛けるのは使徒ちゃん、進行方向の岩石とかを砕いて土に戻すのが小公女さんの仕事と分担します。
岩を液状化するより、細かく砕いた破砕石を液状化する方が魔力の消費量を抑えられるんですよね。
『ライトセイバー』
無数の光の刃が地面を粉々に砕いてゆきます。
「姫、あんまり飛ばすと最後まで持ちませんよ」
「大丈夫、大丈夫」
俺の魔法を身に付けて、はじめて貰ったおもちゃではしゃぐ子供のようです。
小公女さんが作った溝を整地する感じで液状化して、水路に仕立てて、余った土を堤防のように積み上げて行きます。
4人で分担するので早い早い。
水路の掘削が終われば、水没箇所に橋を掛けておきます。
東の砦の前後に作ったアーチ状の石橋のような2つの大橋は、中々の傑作品に仕上がっています。
東の森と魔の森を繋ぐ橋を見て冒険者が首を傾げています。
「水もないのに橋を掛けてどうするつもりだ」
「がははは、気が触れたんじゃねいか」
「笑えばいい。でも、そちらの道は水没する」
街道の脇には大きな堀を作り、その中央に橋を掛けておきます。
街道仕様で馬車が2台の馬車がすれ違う事できる大きな橋です。
横に走る街道から見ると、2階建の城壁が立っているように見えます。
もちろん、こちらもアーチ構造です。
この北の城壁市は東西の断層に挟まれた地溝帯という地形の中にあり、他より1段下がっているのです。皆の街道が走っている地帯の南が一番低くなっており、水を引けば湖が出現するのです。
それに対して、巨大な水路を作って水の流れを制御するか、土手を壊して窪地に川を引き込むか、湖ができるのを黙認して川沿いの土手に橋を掛けるかの選択に問われ、時間の関係で土手に1kmも続く長い橋を掛けたのです。
ここに出現する湖と東のオリエントを結ぶ水路を作ることになりますが、それはまたの機会です。
長い橋を作っている合間でも、城壁市の西側開発の手伝いで物資輸送の水路も作らねばなりません。
目玉は水上エレベーターです。
上流の水門と下流の水門を交互に開け閉めすることで、上流であっても物資を運べるようにした優れものです。
東のオリエントと結ぶ水路も、この水上エレベーターを使った中型船が通れる水路を作るつもりです。しかし、中型の貨物船がすれ違える水路となれば、かなり大掛かりなのです。
完成するすると、領主伯爵様と市長伯爵様に頼んで3日間は街道と狩りを中止して貰い、遂に水門を開くのです。
「水門、壊すよ」
「じゃじゃんとやって頂戴」
「小僧、折角、見に来てやったのだ。派手に頼むぞ」
「そんなセレモニはありません」
何故か、領主伯爵様と市長伯爵様も見に来ているのです。
手前には使徒ちゃんは巨大な水中盾を張って貰い、河川と水路の間の土を液状化して排除すると、使徒ちゃんが盾を消滅させます。
河の水が水路に勢いよく流れ、水路に水が満たされてゆくのです。
上流部の谷間を縫って水が走り、ホルンの丘当たりから水が川となって流れてゆくのです。
ホルンの丘の脇を滑るように川が流れ、東の草原部へと到達します。
東の草原部は丘がいくつも折り重なった丘陵地帯であり、丘と丘の間の谷に水が流れ、少しずつ水嵩が上がって小さな泉を形成したのです。
そこから河川は丘の脇を西南に滑り、最も低い窪地に流れ込み、大きな大きな湖を形成するのです。
まぁ、水が満たされて再び河川に落ちるのに、丸2日も掛かってしまったのです。
河や湖が生まれた事に町の人もビックリです。
行商人も今までの道が使えなくなっており、来た道を戻って橋が掛かっている道を迂回するのです。
橋の終わりには小さな砦が造られており、最後に扉を付ければ完成するようになっているのです。
土の扉は非常に重たく、イザという時に閉まらないなんて事になって一大事なので、本職の人に作って貰う訳です。
最終兵器は川の水を吸い上げて、ホースで噴射する散水装置です。
もし、川の水を避けようとするなら、橋に散水する事で魔物が近づかなくハズなのです。
やってみないと判らないんですけどね。
【エクシティウムの開拓】
湿原の上に作られた長い橋の上で領主伯爵様と市長伯爵様が唸ります。
「この湿原が本当に魔物侵入を防いでくれるのか」
「かなりの効果が期待できるハズです」
「良いではないか、仮に効果は薄くとも、この湖は十分な城壁の代わりになる。魔物侵入が減ると言うことは東の森の開拓ができるようになったと言う事だ」
「ふん、判っておる。しかし、今は西で手一杯で人も金がない」
「まったくだ」
北の城壁市では、ただ土地が貰えるという噂を聞いてやって来る人は絶えませんが、急に1万人や2万人も増える訳でもなく、すべてのスラム民に土地を与えても余っている状態です。
俺がやっと物資を運ぶ水路を整備したので、森を切り開いて、屋敷と耕作地を広げ始めたばかりであり、まだまだすべてがこれからです。
姉さんが言っていた山の斜面を城にするのは手も付けていませんよ。
◇◇◇
そんな事を言っている間に7月初めの卒業試験が終わり、見事に7女ちゃんが卒業して、高等学校へ進学を決めました。7女の侍女ちゃんも合格って、侍女ちゃんも付いて来るだって?
小公女さん、抜かりはありませんでした。
下兄達の旅団が帰って来ると、皇太子の勅使が随行しています。
そして、領主の屋敷で勅使から皇太子のお言葉を聞きます。
「汝、ベッラ・アディ・シハラ伯爵、サラ・レンヌに命ずる。使徒様の行幸に付き従い、国家の安寧に尽力するように」
「ベッラ・アディ・シハラ、謹んで拝命いたします」
「同じく、サラ・レンヌ、謹んで拝命させて頂きます」
俺達も校長室で同じ事をさせられましたよ。
皇太子の勅命です。
これで学業を放置しても問題なしとしてくれます。
あれ?
行幸が3年掛かったら、7女ちゃん、もしかして1日も学園に通うことなく、卒業って事になりかねないね。
楽しい学園生活はどこに消えた。
俺達の出発は来月の始めになります。
西側周りの旅団に間に合うように出発し、各の教会に寄りながら南部地区へ入って行く事になるのです。
さて、さて、どんな旅が待っているのか?
面倒事ばっかりやって来るね?
この4ヶ月、毎日、母さんのご飯を食べられた事が俺の幸せでした。
あとがき
ここまでアル君の旅を読んで頂いてありがとうございます。
つたない文章で読みづらくてごめんなさい。
本日から歴史小説の『信長ちゃんの嘘』を始めます。
よろしければ、一度ご覧下さい。
さて、4章は南部反乱鎮圧編、5章は北の果てを発展させていけない謎解き編、6章は北の帝国から姫様が助けを呼びに来た編、7章は魔王対決編、8章は大海嘯から邪神対決編、9章以降は散った邪神の欠片を回収しろ編へと続いてゆきますが、ここで一旦お休みさせて頂きます。
また、いつか!