42.いまはさらばといわせないでくれ。
王都内の巡回配送業の第1回を終えました。
冷蔵運搬が中々の滑り出しです。
王都からケーキなどの趣向品を各城壁町に届け、王都最大の穀物地から生鮮野菜を北の城壁町に届ける業務が多大な利益を上げたのです。
「王都の有名菓子店のお菓子は高値で売れました。次回予約も上々です」
「小物の輸送費が安いから助かると言われました」
「北の城壁前は兵士と冒険者の数に対して農地が少なく、生鮮野菜の輸送予約だけで他の商品が乗りません」
「馬車を増やしますか、それとも巡回回数を増やします?」
小公女さん、赤毛のお姉さん、お茶会のお姉さん、俺は王都に向かう馬車の中で打ち合わせをします。
姉さんらは商売に興味がないので、ドクさんらと一緒に護衛の任務に当たっています。
◇◇◇
王都に帰ると、企画室から特別依頼が舞い込んでおり、あと始末をドクさんらに任せて行政府の企画室に向かうのですが、企画室から直接皇太子の子息の家に連れて行かれるのです。
待っていたのは屋敷の持ち主である皇太子に長子であるヤベツ王子と皇太子本人と第3王子です。
陰謀の臭いしかしないので帰りたくなってきました。
席に座るとお茶会のお姉さんが対峙してくれます。
「事業拡大の件はありがたく思いますが、こちらも人材不足ですので簡単に承知できないとお考え下さい」
「当然です。こちらも軍の魔法士を研修の名目で3年間の予定でお貸しする予定です。差し当たって、水魔法が扱える魔術士1名、上級魔法士9名、一般魔法士10名を随行させましょう。指導者にはミルラルド教授の召喚を予定しております」
はっきり言って厚遇過ぎます。
王都中央区すべて城壁市間に巡回配送を行い、初期準備費をすべて第3王子の父が投資してくれるというのです。しかも不足する魔法士を軍から3年間の限定でレンタルする。その3年間で人材を育てるというオープション付きです。
「王子、腹を割って話そう。何が目的だ」
「目的は2つです。1つは父の名誉回復です」
「は、は、は、先日、義賊が捕まってね。そのオーナーが私とバレてしまってね。大衆受けは良かったが、貴族から不満の声が上がってね。何かしないと廃嫡とか言い出しかねないのだよ」
何でも黒猫の後を引き継いだ怪盗『ゴレディー』が捕まって、悪徳貴族から財宝を取り戻しに失敗して警邏に取り押さえられたそうです。捕まった少女はすべて貴族の娘でヤベツ王子のお手付きと噂される少女達ばかりだったので、宮中で問題が大きくなっているそうです。
身銭を切って流通をよくするから許してと言うことですか?
「すでに、商業ギルドに商社『女神の滴』の名目で商業登録を終えさせて頂いております。社長はアルフィン・パウパー、オーナーはヤベツ・エスク・アルゴ王子となっております。会社が赤字の場合は父が補填するという好条件です。しかも、魔法士を育てる学校建設の初期投資もこちらが出させて頂きます」
「学校?」
「はい、あなたが北でやっている冒険者学校とスラム救済です。この王都中央区のすべて城壁市と町に設置し、いずれは全王国中に広めたいと思っています。お入り下さい」
客間の扉が開かれて、髭の侯爵様が登場します。
学校の設立と運営・管理を髭の侯爵様の家臣がやってくれるといい、5年もすれば冒険者と魔法士の数をそれなりに揃えられるだろうと豪語しているのです。
一緒に旅団に参加していた部隊長から話を聞いているようで、髭の侯爵様は自領ですでに準備を初めていたそうです。そういう経緯があった為か、皇太子から話を聞いて一も二もなく賛同したと豪快に背中を叩きながら話してくれます。
「さらに、先日お聞きした。北の運河を作る計画も皇太子の発案として発布させて頂きます。オリエントのペルシエ侯爵も皇太子の発布となれば、否とは言いますまい」
先日、馬車の中で話した北の企画も皇太子の命で許すというのですか。
「で、何が目的だ」
「1つは父の名誉回復です。もう1つは南の反乱抑止のお願いです」
「南とは、どこで反乱が起こるのですか?」
お茶会のお姉さんが話に割り込みます。
南は果実やお茶の栽培をしており、多くの品種が南から運ばれてきます。
南の流通が途絶えると言うことは、名産が呑めなくなるのです。
「南部は教会の力が強く、教皇の退陣に不満を持っています。放置すれば、1年以内にどこかで反乱が起こるでしょう。さらに、鎮圧軍を派遣すれば、南部全土に反乱が拡大することになると思われます」
「まさか、それを止めろとか言わないでしょうね」
「そこまで無茶はいいません。使徒様の南部行幸をお願いしたいと考えています」
「断ってくれても構わん。ただ、できるなら南部の民を助けて貰いたい」
皇太子が頭を下げます。
「皇太子様、どうか頭をお上げ下さい。アル様」
「具体的には何をすれば、いいんですか?」
「何もしなくて結構です。南部をゆっくりと旅行して、各教会を巡って頂くだけで結構です。こちらはお忍びで使徒様が行幸されているという情報を流します。アル君らの行動に制限は掛けません。偶々、悪徳領主が居て、偶々、成敗されても結構ですし、通過して頂いても結構です。判断はアル君にお任せします」
この野郎、丸投げかよ。
「大切な事は、『教皇への信仰から使徒様への信仰へ』と民衆の対象を移す事が肝要です。南部の税率を下げるなどの対策を取りますから、使徒様の行幸があり、生活が楽になったと民衆が錯覚すれば、反乱に加わる者が減り、反乱そのものが抑止できる訳です」
「1つ1つの町にある教会に寄るとなりますと、相当な期間を要すると思われますが」
お姉さんが言うように、ミリディ地方には30城壁市があり、その1つの城壁市に10近くの部族が存在するといいます。単純に計算して300カ所、1年以上も掛かります。
「学校の方はこちらからお願いし、また、帰国した時点で『皇太子の勅命』であった事を公表し、卒業証書を受理させて頂きます」
あぁ、第3王子は絶対に3年くらいは掛かると考えていると推測できました。
「北の開発が遅れる事になりますね」
「途中で帰るって訳にも行かないでしょう」
「情報を確認するのに3ヶ月ほど掛かります。4ヶ月後の旅団で情報を精査してお知らせします。4ヶ月で進めるだけ進めてはどうでしょうか?」
結局、第3王子に乗せられた気がします。
あいつ、ホントに腹黒だな!
◇◇◇
「冒険パーティ『シスターズ』を解散しようと思う」
今後の予定をみんなで話し合っていると、下兄が突然に爆弾発言をするのです。
「おまえ達の成長が早すぎて追い付けないと感じている。はっきり言って俺達は足で纏いになっていると思う。俺達はドクさんに合流して旅団の方を守ってゆく」
そりゃ、山に籠って修行して降りてくると、教会の紛争は終わっている。見習い神官ちゃんは使徒になっているわ。
姉さん、姉友ちゃん、見習い神官ちゃん?
見習い神官を改め、使徒ちゃんにしよう。
とにかく、3人の成長が著しい。
魔力量のみで言えば、俺も抜かれていますからね。
必死に追い付こうとかんばってきて、さらに差が付いたと実感させられては溜まりませんよね。
特に使徒ちゃんは、増えた魔力を見せびらかすように使っています。
一番堪えたのは、魔力なしの肉弾戦で使徒ちゃんに負けた事でしょう。
そう、魔法なし、肉体強化なしの模擬戦で教師だった下兄が遂に使徒ちゃんに負けたのです。
基礎能力が倍になった事で、スピードとパワーが下兄を越えてしまったんですよね。
俺っ?
受けませんよ。
ドクさんやガルさんみたいに戦闘の勉強になる要素がないのに、使徒ちゃんを喜ばせるだけの闘いは受けません。
姉さん?
断れる訳ないでしょう。
最近は一方的にやられていますよ。
結局、冒険パーティ『シスターズ』は下兄、姐さん、妹ちゃん、妹分が残って存続し、俺や姉さんらが脱退して、冒険パーティ『女神の滴』を結成します。パーティリーダーは最年長の小公女さん、俺、姉さん、姉友ちゃん、使徒ちゃんと黒猫が加わります。
「あと追加でベッラちゃんを入れるわよ」
「それは拙いでしょう」
「大丈夫、皇太子と教授に話を付けてきたから」
「無茶ですよ」
「あのね、追い駆けますって王都にやって来てもアル君がずっといませんでしたなんて事になったら、彼女、落ち込んで死んじゃうわよ」
「大袈裟な」
「大袈裟じゃありません」
皇太子の推薦でアルゴ学園の小公女さんと同じゼミに所属し、入学式もその他の授業も免除されて、俺達と一緒に行幸に参加する事が決定します。
俺は知りませんよ。
小公女さんが勝手に進めています。
三日後に皇太子から校長に勅旨が届けられ、内々に使徒様の行幸の手伝いをすることを言い渡されます。これで小公女さんは今年度の卒業が取り消され、行幸を終えて学園に戻って来るまでアルゴ学園生という身分が保証されます。
翌日、2回目の巡回配送に出ている下兄達に手紙を残して、北の城壁市を目指して旅立ったのです。