41.それぞれの思惑。
王宮、行政府、祭殿にはいくつか抜け道があり、その1つの円卓の会議室に8人のフードで顔を隠した者が集まっています。
「度かなる参集を申し訳なく思う」
この非常参集は2日前にも行われた。
秘密院の総括者の一人である教皇がその地位を追われた事による臨時参集であった。
国家の屋台骨との敵対行為は、すぐに機密院の傘下である『鷹の目』の監視対象オレンジを意味し、それに確認する為であった。
「まず、補充員をこちらで決めさせて頂いた」
「新参者ですが、よろしくお願いいたします」
「済まぬが、すぐに報告を頼む」
「はぁ」
新参者がアルフィン・パウパーの詳細を説明する。
単身で火山を噴火させるという馬鹿げた魔法は魔導師のそれに匹敵し、それだけでも今の内に抹殺しておいた方がいいのではないかと、参加している者の脳裏を過った。
「以上のように、彼の能力は非常に危険であると確認されます」
「即刻、抹殺すべきとお考えか」
「それは止めた方がよろしいでしょう。彼を殺せば、使徒様の怒りを買います。使徒様に逆らえば、王国は神々の手によって滅ぼされる事が間違いないでしょう」
新参者は前教皇が神槍を使った事と神々の降臨の経緯を説明する。
「では、使徒様を傷つけようとすると、神々の怒りを買うと」
「しかり」
「では、どうせよと言うのだ」
「お守りするのです。王国を上げて使徒様をお守りすればよいのです。されば、何があっても王国に危害は及びません。もし、他国の者が使徒様を傷つけたとあれば、その国が神々に滅ぼされるだけです。我々に天罰が落ちる心配はありません」
「お守りするのはよれで良いとして、もし、王位簒奪を企めばなんとする」
「絡めとればよろしい。子や娘を王家に入れれば、無理に簒奪も考えますまい。幸い、年若く、そのような事を望んでおりません。友誼を結んで行きましょう」
結局、鷹の目の最大危険対象者として監視する事が決定します。
但し、一切手出ししない、させないように監視すると決まったのです。
◇◇◇
機密院は王直属の者が扱っているので皇太子も、その内情を聞かされておりません。レムス侯爵に臣従する侯爵から第3王子を通じて皇太子に内容が伝えられます。
皇太子の屋敷にラケル第3王子が呼ばれて、何人かの高官を連れだって今後の対策を協議しています。
「この度の働き、大義であった」
「お爺様の為にがんばっただけです」
教皇の王族に対する敵対行為を引き出し、国軍で教会都市を包囲するという強硬手段を取る必要が無くなった事は僥倖と言えた。
ステイク城壁市の次期領主が第3王子を襲っただけでは国軍を動かす訳にはいかない。しかし、皇太子の動きを監視して動いた事は明らかであり、それを元に王子が教皇を糾弾し、退位を迫る必要があり、身を危険に晒す気で覚悟を決めて教会都市を目指していた王子は黒猫の報告に笑うしかなかった。
こうして、王子は教皇を尋問する機会を得て、8年前の真相に辿り着くことができたのです。
「つまり、かの者を教皇に押し上げた者がいる。それでいいな」
「教皇がかの者と接触した場所は北の地です。おそらく、北の帝国が絡んでいると思われます」
北の帝国は一年の半分が氷に覆われる不毛の大地です。
魔石を産出するダンジョンがなければ、死滅してもおかしくないほど厳しい土地です。
北の悲願は凍らない大地、凍らない海を手に入れることです。
帝国は西にその侵略の手を広げていますが、一進一退を繰り返しているのです。
可能であれば、王国を割譲したいと望むのは間違いない野心なのですが、直接的に敵対すれば、穀物の輸入を止められて死活問題へと発展しかねません。
「王国が勝手に割れれば、支援を申し出て、北の割譲を申し出てくる。そんな所か」
「はい、そうだと思います。我が王国の穀物は帝国の生命線です。こちらも魔石を輸入したいので国交を閉じる選択はありません。しかし、教皇が王族を排して独立すれば、四大諸侯が反発するのは必定です」
「教皇が帝国に支援を求めて参戦するのも、割譲を条件に四大諸侯について教皇を倒すのに手を貸すのもどちらでもありか」
「そこまでいけば、そうなります」
周りにいる高官の顔が険しくなり、そこまで判っていても北の帝国に何らかの対抗手段を持ち合わせていないのです。
「一番に判らないのはフランク大諸侯のネロ・アディ・バイエルン侯爵です。そのような者達を何故ゆえに放置しているのか。帝国を使って叛旗を翻すつもりなら、領土の開拓を進め、兵力を高めるべきですが、その様子は見られません」
そうなのです。
北の兵力は王国第8軍の1万のみで、領軍は自城壁市を守るだけで手一杯です。
一方、西の兵力も王国第8軍の1万のみですが、領軍と私的な家臣をいれると3~4万を動員できます。
間者を暗躍させているのに備えが貧弱なのです。
いくら考えてもバイエルン侯爵と帝国の関係がはっきりしません。
「判らない事を悩んでも仕方ありませんから、情報の収集を優先しておきます」
「今はそれでいいだろう」
「我々が考えるべき事ではありませんが、機密院の情報機関も教皇の暗躍で何割か、あるいは、全機能の支障が出ているかもしれません」
「確かに我々が考えるべきことではないな」
皇太子は機密院に関わっていませんから何ら指図をする事ができません。
こちらは宰相にがんばって貰うしかないと第3王子は考えます。
「早急に対処するべき問題として、南部の反乱の兆しが見えることです。教皇の懐柔政策で大人しくなった連中です。教皇を王国が排除した以上、扇動者は反乱を仕掛けてくるのが常套手段です」
「7軍を動かしますか」
「相当な血が流れるのを承知なら、それでよろしいと思います」
8歳と思えない冷たい目に高官たちがぎょっとします。
軍を動かして解決するなど最終手段です。
最初にその質問が出ることに、高官達の評価が随分と下がったようです。
ラケル第3王子が転生者と知らない高官達は、8歳の子供に畏怖を覚えます。
サウルド皇太子も王子がレド・ポテマ、さらにアロム皇太子(サウルド皇太子の祖父)の生まれ変わりとは知りませんが、南部出身の貴族の生まれ変わりと知っていますから、南部の事情に詳しい事に驚きません。
否、ラケル王子を対等の相談役と認めているのです。
「虐めるのはそれくらいにしておけ、実践経験が乏しいのだ」
「申し訳ありません」
「信頼のおける者を送るのが一番と思うが、誰がいいと思う」
「アル君を推薦します」
「彼は私の命令では動かないだろう」
「ギルドに特別依頼を出されればよろしいかと」
「ギルドか」
「おそらく、相談に来るでしょうから、そこでアル君が断れば、使徒様を担いで軍を派遣する事になると脅せば、引き受けてくれるでしょう」
「辛辣だな」
「使徒様の軍であれば、教徒は抵抗できません。抵抗者は相当減らす事ができます。首を取るのも、責任者のみに減らす事ができます。それでも10000名以上を虐殺する事になり、それを使徒様に見せたくないでしょう」
「当事者をあぶり出し、首だけ挿げ替えるに留めるのだな」
「はい」
反乱さえ起こさないのであれば、王国に不信を持とうが、反感を持とうが関係ありません。
そもそも南部の民に忠誠心などありません。
甘い汁を吸わせて従わせ、反骨心の強い民を武力で押さえているだけです。しかも過激な一部を取り込み、対王国の先兵として利用する。そして、教皇の一味には王国と対抗する権力があると思うから、かの者達が反乱に手を貸すのです。
欲と権力に絡まれた連中と民衆を切り放す事に意味があるのです。
「王国に忠誠を誓わせる必要はなりません。王国に牙を剥かなければいいのです」
「彼らをシンボルとするか」
「はい」
神の眷属である使徒に敵対する民衆がいるでしょうか?
否です。
民衆の心を折るのにアル以上の最適者はいないと王子は考えるのです。
「褒美は何が良いと思う」
「オリエントに続く運河の開発権でよろしいかと」
「運河?」
「はい、エクシティウムの民に魚を食べる環境を作りたいと申しておりました」
「運河と魚にどういう関係がある」
「今、企画課で売り出している冷蔵コンテナなる箱を使いますと、凍らせてエクシティウムまで大量の魚を安価で運ぶ事ができるようになります」
「冷蔵コンテナとは、王宮のある冷蔵庫の事か?」
「はい、持ち運びのできる冷蔵庫です」
「魔法士をどうする」
「すでにエクシティウムで学校を開設して育成中とか」
「は、は、は、貴重な魔法士を輸送の為に育てているというのか」
「はい」
「おもしろい奴だ。では、運河の開発権で交渉するとしよう」
◇◇◇
王都から使い者が走り、その5日後にエクシティウムに到着します。
その手紙を見て、領主伯爵、市長伯爵、大司教が顔を顰め、次に先の二人は笑い、もう一人は頭を抱えたのです。
大司教の部屋を呼ばれたのは教会の神官エリカです。
部屋に入ると、エリカはギョッと顔を顰めます。
それもそのハズで領主伯爵、市長伯爵、大司教が一斉にエリカを見て口元を緩めるのです。
今すぐに退出したい気分を押さえて前に進むのです。
「お呼びにより参上いたしました」
「うむ、呼んだのは他でもない。お主の今後の事だ。今日付けで司祭に任命する」
「ありがとうございます。しかし、私はまだ助蔡も務めておりませんが」
「大司教の権限で司祭にできる。問題はない」
「はい」
「教会の後任を選出し、こちらに移りなさい。部屋はこの部屋の隣を使うとよい」
エリカは目を丸くします。
大司教の隣の部屋は司教の部屋であり、部屋の数は書斎など入れて4部屋あり、簡易のお風呂も完備されている豪華な職場室です。
幸い、エクシティウムには司教が不在の為に空いていますが、他の先輩司祭が黙っていないと思ったのです。
「気にすることはない。2ヶ月後には正式な司教として任命書が送られてくる。来年には私の後任として、この部屋を使って貰う」
「…………」
エリカは言葉が出てきません。
質問しようと口をぱくぱくと動かすのですが、声にならないのです。
「安心するがいい。この部屋は使うのは4ヶ月だけだ。その後は来年の夏に総大司教に選出する事が内定しておる」
えっ~~~~~~、何で?
がははははははははははあはははぁ!
領主伯爵、市長伯爵、大司教の三人が慌て慄くエリカを見て痛快に笑った。
それを見て、エリカが少しだけ落ち着きを取り戻した。
冗談か!
「からかうとは酷いですよ」
「笑ってすまん。だが、事実だ。儂は枢機卿、お前は総大司教に内々定した。今月中に王都に来るように召喚状が添えられておったよ」
そういうと、皇太子と現枢機卿の連名場を引き出し、放り投げるのです。
「はっきり言って迷惑だ。おまえに責任を取って貰う」
「どうして、わたしが?」
「おまえの妹がいらん事をするからこうなったのだ」
「妹?」
「それとも育ての親だったか。アンニがまた何かやらかしたのですか」
「この度、使徒様となった。枢機卿が次期教皇になるが、とてもあのじゃじゃ馬を扱える自信がないから手伝って欲しいと言ってきた。じゃじゃ馬ならしを紹介して欲しいと言って来たから推薦しておいた」
「無理ですよ」
「俺にあのはねっ返りの相手をしろと言う気か、責任を持っておまえが見ろ」
エリカは使徒専用の総代司教であり、本来の総代司教の仕事は代理を当てて仕事をさせると大司教はいいます。
「で、最初の仕事は、使徒様に威光を広げる為に、この町でやっているスラム住居の提供と教会学校と冒険者学校を合わせたような訓練学校が設立される」
「それは素晴らしいことです」
「何を関心しておる。学校設立は儂の管轄になりそうだが、スラム住居の建設はおまえの初仕事になると思っておけ」
「わたしですか?」
「おまえの妹の威光を上げる仕事だ。おまえが手綱を取らなく、誰が取れる。あのじゃじゃ馬を躾よ」
「教会の運営しかやってこなかったわたしに無理ですよ」
「他に誰があのじゃじゃ馬を御せる。儂も迷惑しておる。何を好き好んで魑魅魍魎の出る王都に戻らねばならんのか」
「精々がんばれ!」
「兄上も隠居したら呼んでやりますよ」
「隠居を遅らせねばな」
恍ける領主伯爵であったが、枢機卿となった弟が皇太子と組んで、内政を手伝えと呼び出される可能性に冷や汗を隠していたのです。
は、は、は、三者三様で思う所があるようですが、市長伯爵一人が非常に楽しんでいたようです。
その頃、俺はそんな事が進行しているなど知らず、長荷馬車を王都領内で巡回する行商で平和を満喫していたのでありました。