39. レド・ポテマ。
第3王子は涙を堪えながら言います。
「レド・ポテマの話を致しましょう」
レド・ポテマは南の首都であるメリディオ城壁町に生まれた肉屋の息子です。
転生者であり、近くの城壁町の子爵家の次男であると判り、子爵家から援助を貰い、初等科に進む事ができたのです。
子爵家の次男はかなり老齢な方ですが、若い頃は現国王の第1子であるアロム第1王子の家庭教師をした事もある学者です。その秀才ぶりを発揮して、9歳で初等科を卒業し、10歳で高等科に入学を果たします。
同期に高等科に入学した者にティアル・アディ・メリディオ侯爵がおり、その家臣として高等科で力を発揮する事になります。
レドとティアルは主従関係というより、年下のレドを友人のように扱っていました。
ティアルはメリディオ侯爵の次男であり、南部の風習として優秀過ぎる兄弟は疎まれるのです。なぜなら、南部では長子相続に反対的な貴族が多く、実力主義こそ家長の資質と考える風習があり、兄弟が多ければ、実力を示す為に長子が戦場で命を落とす事が少なからず多かったのです。
長子は他に男子がいなければ、戦場の先頭に立つ必要もないのです。
次男が先に戦場で事故死してくれるのがありがたかったのです。
長子は高等科を卒業したティアルを呼び戻し、団長の位を与えて反乱討伐を命じた訳です。
100人の領兵で普通は討伐など不可能です。
しかし、ティアルにはレドという突撃隊長がおり、レドの私兵が100人余りもいたことが不可能を可能に変えていったのです。
「レド・ポテマは3歳から元実家の子爵家から援助を貰い、スラム街の子供達を援助して、貧困の救済をやっていました。その中から彼を慕って、手足となってくれる私兵が誕生していたのです」
◇◇◇
反乱制圧には時間と金が掛かり、侯爵家は一切の追加援助をしようとしません。
独自で金と物資と兵を調達せねばならぬ状態に追いやられ、普通なら不可能ですが、レド・ポテマは商家の護衛と運輸を引き受ける事で独自の資金を調達し、鎮圧した地域から搾取した金品で義勇兵を雇い、優秀な者を私兵と雇うことで、先駆け部隊、特殊部隊、情報部隊、金融部隊、物資輸送部隊を作り、運営することで戦線を維持した訳です、
これがレド・ポテマの暗殺部隊のはじまりなのです。
結局、南部の反乱の鎮圧には結局10年余りの歳月を掛ける事になります。
ティアル・アディ・メリディオ侯爵は25歳で南部を平定した英雄として凱旋し、国王から領将軍の地位を保障されたのです。
しかし、実績のある者を領主にしたいという南部の風習は長子廃嫡を叫び、焦った長子がティアルの暗殺を試みて失敗し、心の病から病死します。
「レド・ポテマは長子が暗殺を企てるまで、ティアルを当主にするつもりはなかったのです。なぜなら、ティアルは存外の野心家で、南部を統括する大諸侯にすると、どこまでも権力を求めそうな気がしていたからです。誓いますが、長子を最初から手に掛けるつもりはなかったのです」
◇◇◇
南部のメリディオ侯爵次期領主となったティアルは王宮デビューを果たし、サウル皇太子の知己を得て、発展派として暗躍します。
アロム皇太子が亡くなって25年間は保守派が王宮の体制を牛耳っていたので、何の変化も起こっていません。南部の反乱も王国軍か、地方軍を派遣していれば、10年も鎮圧に時間を掛けることもなかったのですが、それすらしない膠着した体質になっており、そう言った要人と対立したティアルは、影で激しい戦争を繰り返すことになったのです。
レド・ポテマは王国中に情報網を広げ、先駆け部隊と特殊部隊を組織から切り放して、私兵を増強せねばならない状況に追い込まれた訳です。
先駆け部隊は侯爵を守る最強の盾、特殊部隊は闇夜から背中を刺す針です。
組織が大きくなれば、レド・ポテマがすべてを統括する事もできなくなし、特殊部隊の一部がティアル専属になっていったのです。
「その頃から、ティアルに都合よく人が死ぬと言われ始めました。そこ声が大きい人ほど、刺客を送っているのが笑えましたね。いずれにしろ、レド・ポテマが暴走し、サウル皇太子と意見を違えた時にどんな行動に出るかを心配し、王宮地下迷宮の改造に手を付けたのです」
「待て、なぜ、レド・ポテマが王宮の地下迷宮を知っておる」
「それは最後に話しましょう」
◇◇◇
38歳、13年掛けてティアルは政敵を叩き潰し、宰相の地位まで上り詰めます。
ティアルが地位も低い時は暗殺者を送り送られましたが、地位が上がれば、王族を妻に迎える貴族なども増え、おいそれと暗殺もできなくなり、お互いに闇で権力争いが主流になっていきました。
「いつでもおまえを監視している。殺そうと思えば、いつでも殺せるという威嚇のやりあいです。そんな中にその情報を使って成り上がろうとか、表舞台の貴族に為りたがる馬鹿者も現れてきます。侯爵と交渉して、弱小貴族と成り代わろうとする馬鹿者、ティアルに迷宮の罠を知らせて大金をせしめようとした裏切り者、レド・ポテマはそんな反逆者を許す訳もありません。」
ここで話が繋がります。
教会が手に入れた転生者とは、その二人の事ですね。
レド・ポテマの部下として働き、裏切って逆に始末された転生者がレド・ポテマの罪を告発したならどうなるでしょう。
「教皇は吐きました。初めの段階から教皇を支える組織はその二人の転生者を確保し、邪魔なティアル・アディ・メリディオ侯爵とレド・ポテマを始末するシナリオを与えられたと。そして、自分は前教皇と前枢機卿を蹴落として教皇になれたと。資金源と王国の諜報部に食い込めたのは偶然だったと言っています」
しばらくの沈黙が続き、その後は話す必要もないと口を閉じたのです。
「やはり、おまえがレド・ポテマか」
「はい、私の前世がレド・ポテマです」
「サウルにどんな手品を使った」
宰相の顔に怒りが現れます。
それは一族の王子に向ける視線ではありません。
「手品なんて使っていません。たとえば、こんな風に言ってやっただけです」
そういうと王子は立ち上って、宰相を見下ろします。
「おい、エステル。おねしょを隠す為に一緒に中庭の噴水まで布団ごと運んで、一緒に母様に怒られてやった恩も忘れたか。狩りに行って、一羽も取れなくて悔しがっていたから、2羽を貸してやった貸しは返して貰ってないぞ」
まぁ、宰相が目も丸く見開いたままで、口をぼっかりと開けてぱくぱくとしています。
エステルって誰?
「あぁ、あ、兄上なのですか」
「他に秘密を共有する奴がどこにいる」
「白銀の合言葉は」
「竜の背中に飛び乗れ、まだ、聞きたいか」
「兄上」
膝を付いて王子に抱きついて、いい大人が泣き出しましたよ。
おぃ、鼻水を拭けよ。
なんか、100年分のうっぷんを吐き出しているような情けない格好です。
しばらく、豪泣が続き、こちらは泣き止むのを待つしかありません。
「申し訳ない。とり乱しました」
「気にすることはない」
「では、何故、サウルは言わなかったのでしょう」
「私が望んだ。王子だった者が、暗殺者の親玉になったでは王家の名に傷が付く。この事は二人の胸にしまって欲しいと言ったからだ。それを最後まで守るとは馬鹿な奴だ」
「知らぬ事といえ、申し訳ございません」
「あの策は保険であった。ティアルがレド・ポテマを疎ましく思うようになるほど傲慢になった場合の奴を止める保険であった。まさか、それを逆手に利用されるとは思いもしなかった。お前に罪はない。すべて、私の罪です」
「兄上」
「私はただ真相を知りたかっただけなのです」
王子の目的は達成されました。