38. 真夜中のお誘い、再び。
ちりん、ちりん、ちりん。
俺の部屋のテラスへと続く窓の鍵を掛けていません。
替わりに窓が開くと、ベッドの耳元で鈴が鳴る仕掛けを作っておきました。
閉めておくと壊して入ってくる彼女がいるからです。
「黒猫か」
「うん」
黒猫は女神降臨事件が終わると、俺達が信徒の晒し者になっている間に抜け出して、第3王子に連絡する為に抜け出していました。戻って来たという事は、第3王子から連絡でしょう。
「王子から伝言。話を聞いて呆れました。とにかく感謝します。ただ、こちらの用意が台無しです。平原に兵を並べて開戦と意気込んでいると、その王の首が取られて戦が終わった気分です」
「愚痴に聞こえる」
「愚痴。本人もそう言った」
確かにダンジョンを攻略せずにラスボスだけを刈り取ったようなモノです。
こっちも教皇との全面対決を覚悟していた訳ですから、結果オーライとしか言えません。
王子は何を用意していたのでしょうね。
それがちょっと気になります。
「王子が呼んでいる。但し、来るのも、来ないのも自由」
「行かなくていいってことですか」
「そういうこと」
「行かないとどうなります」
「アルは鷹の目のオレンジに昇格した」
機密院の鷹の目は王国の諜報部のような存在だったハズです。
それってどうなるの?
「教皇は鷹の目を統括するリーダーの一人。その者と敵対すると自動的にオレンジなる」
「最悪ですね」
「大丈夫、1000人くらいの暗殺集団を撃退すれば、それ以上の追撃はない。王国に直接叛旗を翻していない相手に暗殺集団を全滅させる馬鹿はいない」
「それでも1000人ですか」
「1000人はあくまで予想。王国の所持する暗殺集団の規模はしらない。100人かもしれない。でも、それより少ない事はない」
そうなると、王子は俺をどこに連れてゆくつもりなのでしょうか?
「鷹の目を総括する総代の屋敷」
なるほど、行って直訴しろって意味ですか。
仕方なく、俺はまた黒猫と夜のデートに出掛けた訳です。
◇◇◇
「ご苦労様です」
「絶対来ると思っていただろう」
「別に来なくても直訴はするつもりでしたよ。ただ、後々の事を考えると、一度会っておいた方がいいと思いまして声を掛けました」
連れて来られたのは王宮区の第3王子の住む屋敷の前です。
王子もフードを深く被って待っています。
王宮の区画は広く、王の許可を貰って屋敷を構えていますが、皇太子は変わり者で西側区のかなり浅い地区を皇太子区に割っており、貴族区から西側に走る道を使うと割と簡単に出入りできる場所を王から賜ったのです。
その他の王族は行政府の奥にある王宮の周辺に屋敷を持っているのです。
そう三重の城壁の内側です。
ほとんど王族が住んでいるのに対して、壁1つを越えたすぐ近くに屋敷を作った皇太子は、警備をする方から言えば、「何を考えているんだ」とボヤきたくなるでしょう。
実際、広大な王宮区の山側から侵入した俺達は誰にも見つからずに、皇太子の区画に入っています。
「これから向かうのは宰相の屋敷です。警備の者には抜き打ちの訓練だと言ってありますから部隊長までは連絡が行っているハズです」
「宰相?」
「教皇が吐きました。鷹の目の総代が宰相です」
「教皇も鷹の目だったと」
「はい、教会を使って情報を収集するのが教皇の仕事であり、鷹の目に選ばれた神官を統括する統括官だったそうです」
黒猫が軽々と城壁を越え、巡回の王兵を沈黙させると、俺と王子は浮遊盾で階段を作って軽々と越えます。運の悪い兵に見つかると、黒猫は速度に言わせて急所に一撃、王子は動きを先んじて制圧して沈黙させます。
峰打ちじゃ!
あれって、意外と危険なんですよ。
当たり所が悪いと死ぬ可能性もあるからね。
「アルに言われたくない」
「アル君は完全に殺しているでしょう」
「死んでいません」
風の結界で声が外に漏れないようにして、『風の拘束』で頸動脈を絞め落としています。
黒猫や王子が一瞬なのに対して、俺は15秒から30秒も掛かっています。
柔道の締め技でも脳に障害が起きる可能性があるから、アニメで出てくる拘束魔法も考えた方がいいかもしれません。
なぜ、領軍に使ったウォーターボールを使わないかって?
当たり所が悪いと死ぬでしょう。
襲って来た相手ならある程度の犠牲を許容できますが、警備の兵士を間違って殺したとか、目覚めが悪いでしょう。
峰打ちもほどほどにするべきですよ。
「失敗した事はない。殺していない」
「私もありません」
糞ぉ、もしかしてスキルか!
スキル持ちはいいな。
そんなアホな事を言い争っているから、大変多くの方に迷惑を掛けて、あっと言う間に宰相の屋敷まで到着したのです。
今晩、日番だった王宮の兵士と近衛のみなさんが可哀そうですね。
◇◇◇
黒猫さんが部屋の窓のトラップを解除して、窓を壊して侵入を果たします。
「今宵のねずみは随分と手際がよいのぉ」
「ねずみではなく、抜き打ちの訓練です。こんばんは大叔父上様」
「ラケルか、随分と無礼な登場であるな」
「申し訳ございません。明日、枢機卿から正式な報告書が上がってくると思われますが、おそらく、それでは全容が掴めないと思いましたので説明に来させて頂きました」
そう言いながら王子は胸に手を当てて宰相に跪きます。
宰相は立ち上って蝋燭に火を灯そうとしたので、ライトボールをいくつか宙に生み出してみます。
驚く様子もなく、宰相は椅子に腰かけて言うのです。
「では、聞こう」
「はい、判りました。ただ、その前に彼の処分を取り消すように陳情申し上げます。彼と敵対すれば、必ず、王国は滅ぶことになりましょう」
「馬鹿な事を」
「いいえ、事実でございます。彼は田舎でのんびりと暮らしたいと望んでおります。いたずらに刺激することをお止め頂けるように謹んでお願い申し上げます。よ~く、お調べになりますように」
「忠告だけは聞いておこう」
俺の陳情は王子の用事のついでです。
皇太子の勢力拡大を嫌う俺の排除、教皇派の筆頭であったステイク侯爵を結ぶ鍵は、8年前に起きた『メリディオ事件』を発端とします。
南地区の大諸侯であったティアル・アディ・メリディオ侯爵は片腕のレド・ポテマを使って政敵を排除し、宰相まで駆け上った奸物です。ティアル・アディ・メリディオ侯爵はサウル皇太子を盟友として王国の発展に力を注ぎ、現状維持を訴える保守派と対立していました。
その対立の最中、発展派、保守派に属さない王に絶対的な忠誠を持つ王政派であったステイク侯爵は転生者からレド・ポテマの存在を知ります。
王政派にとって国家要人を対立しているだけで暗殺によって排除するという手法は受け入れられません。
王政派のステイク侯爵は王の命でメリディオ侯爵の手法をけん制し、尚且つ、暗殺集団のリーダーであったレド・ポテマを罠に掛けて葬り去るのです。
それに焦ったのか、その直後にメリディオ侯爵が王族を暗殺しようとしていた計画が発覚してメリディオ家は一族郎党すべて処分されるのです。
これは『メリディオ事件』の全貌です。
しかし、これには後日談があったのです。
メリディオ侯爵が捕まったのは王宮の地下迷宮です。
呼び出したのはサウル皇太子です。
メリディオ侯爵が迷宮に入ったその日は、100年ぶりに迷宮を補修するという行儀が偶然に行われていたのです。
その命令を下したのが、サウル皇太子自身です。
迷宮の秘密の部屋には、メリディオ侯爵の筆跡で書かれた王宮の床が陥没して、その場にいる王族すべてを葬り去る暗殺計画書が見つかったのです。
迷宮のいるハズのないメリディオ侯爵がおり、暗殺計画書もあった。
疑いようのない証拠が揃ったのです。
そもそも何故、サウル皇太子は会合の日に迷宮の補修を命じたのか?
サウル皇太子のメリディオ侯爵の言動がおかしかったという証言を疑うのは、不敬罪に問われかねないので誰も口にしなかったことです。
王政派であったステイク侯爵は教皇(当時、総大司教)から密命を受けて、メリディオ侯爵の反逆意志を調査していたのです。
調査の結果は、メリディオ侯爵の反逆意志を示すモノはありません。
見つかったのは南部の鉱山の収益が王国に報告していたより膨大であったことです。
レド・ポテマの活動資金はそこから生み出されていたのです。
その資金は、王宮の隠し資金として温存される事になります。
鷹の目や暗殺部隊などの活動資金になったのです。
その調査で大変な事が発覚したのです。
レド・ポテマはサウル皇太子と地下迷宮で密会を重ね、それを目撃した転生者を発見したのです。転生者はレド・ポテマの主人はメリディオ侯爵ではなく、サウル皇太子であったと証言します。
要人暗殺はメリディオ侯爵の指示ではなく、サウル皇太子であったという疑惑が持ち上がったのです。
ステイク侯爵は余りの事実に衝撃を受け、前教皇と前枢機卿の立会いの下で王に報告したのです。王も調査隊を編成して、再調査を命じ、『メリディオ事件』から2年後にサウル皇太子は死を賜るのです。
公式な発表は病欠ですが、その真相は毒殺とも、自決とも言われています。
ラケルはまだ1歳であり、母が祖父の亡くなった事を悲しむ声しか聞くこともできなかったのです。
「大叔父上にお聞きしたい」
「サウル皇太子は、毒殺ですか、自決ですか」
第3王子が聞きたかったのは、正にその結論なのであろう。
調べたにしては、余りの事情通です。
レド・ポテマが作ったと思われる情報網を利用する第3王子です。
ここまでくれば、第3王子の正体が誰であるか、朧げきに見えています。
ならば、最後の結末を知りたいと思うのも判ります。
「儂は王より調査を命じられた。転生者の証言が事実であるかも確認した。だが、その真相は最後まで判らなかった。サウルはメリディオが地下迷宮に作っておったモノを知らなかった。何かしているのは気づいておったが、何をしていたのかは知らなかったのだ。それは断罪の目によって証明されておる。ならば、何故、あのような行動を取ったかには答えようとしなかった。誰に命令されたかもだ」
おかしい?
サウル皇太子はレド・ポテマと密会を重ねていた。
サウル皇太子は何も知らなかった。
つまり、サウル皇太子はレド・ポテマの命令で動いていた事になる。
何故、暗殺者のリーダーであるレド・ポテマの命令を聞いた?
薬、魔法、何らかの方法で操っていたのだろうか。
「王は涙を流しながら、自決を促された」
威厳と迫力があった宰相が背中を丸めて、弱弱しくそういうのです。
「そうですか。あの子は、王家の名誉と約束を守りましたか。馬鹿な子です」
そう言って、第3王子は上を向いて、涙を堪えようとするのです。




