36. 女神降臨。
生死が掛かった瞬間、世界が止まったように見えると言われていますが、世界が止まったのではなく、槍だけが止まっているのです。
「何を、何をやった」
とり乱す教皇が何か叫んでいますが、「何をやった」と聞かれても、こっちが聞きたいくらいですよ。
とにかく、聖槍『ロンギヌスの槍』が目の前に浮いたままで制止しているのです。
うっすらと淡い光の粒が集まってゆくのです。
その光の粒が集まったからほっそりとしら白い手がのびると白い羽のような長い銀髪を泳がせて、ふわりとスレンダーな美少女が姿を現します。
気になると言うより目が離せません。
均等の取れた顔立ちは神々しいまで美しく、すらりと細い手足に、きゅうと絞まった腰が均整の取れた体形を作り出し、何気ない笑窪まで美を彩り、紅い目に白い肌、そして、白銀の髪がふわふわと漂っているのです。
うん、これで胸がぺちゃばいでなければ、一瞬で魅了されるほどの美少女なのです。
「なんて、不遜な奴」
美少女が胸の手で隠して俺を睨みます。
あれぇ?
心が読まれていますか。
「まる聞こえじゃ! 我が娘の盾になった事に感謝しようと思ったが、感謝は止めじゃな」
娘?
「そうじゃ、この子が我が娘じゃ」
銀髪の美少女の動きはゆっくりとスローモーションのように見えるのに、瞬間移動したような速さで俺の後背にいる見習い神官ちゃんに向かいます。
マジぃ、早ぁ!
俺が振り返った時には見習い神官ちゃんとやんわりと抱きしめています。
「お母さん?」
「それいいのぉ。うん、これから私の事はお母さんと呼ぶのじゃ」
「はい」
嫌ぁ、嫌ぁ、嫌ぁ、それはない。
見習い神官ちゃんは捨て子ですが、この美少女から生まれてきた訳ではありません。
それ以前に、この美少女は人じゃありません。
この絶対的オーラが触れているだけで体が震えてくるくらいの根本的な違いを感じさせ、容姿もしぐさも魅了の魔法が掛かったように自然と目が追ってしまう神々しさは、間違いなく『神』と呼ばれる存在です。
決って、人のそれとは異質なものなのです。
周りを見て下さい。
神気に当てられた枢機卿や武装神官達は両膝を床に付けて平服しています。
お茶会と赤毛のお姉さんも平服しています。
しかも、この超近距離です。
神気に当てられて、三人は額から滝のような汗を流しています。
そう考えると、俺や姉さんらが平然としているのはどうしてでしょうか?
「簡単、おまえ達は我が聖水をその身に宿しておるから、神気に当てられても平気でいられる」
聖水って、教会で配る奴じゃないですよね。
「あのような紛い物と一緒にするな! わが身を清めた水でその身を清めたじゃろう」
あぁ、温泉の事ですか。
確かに女神が入った温泉を使わせて貰いましたね。
女神パワーは凄かったです。
「そうじゃろ、そうじゃろ」
「あの時はお世話になりました。ありがとうございます」
「か、か、か、そんな感謝されると恥ずかしいのぉ」
この女神さま、悶えて喜ぶ姿があどけなく、めっちゃ可愛いです。
「儂が可愛いかやぁ」
「はい、可愛く見えます」
「そうか、そうか、こうして普通に話せるのは楽しいのぉ」
そうですよね。
お茶会と赤毛のお姉さん達は汗を 汗をかき過ぎてインナーのシャツが汗でべっとりです。このままでは床を汗で濡らして、お漏らしでもしたように見えるのではないでしょうか。
「おぬしは意外と鬼畜じゃのぉ」
「何がですか?」
「この娘達の汗がお漏らしのようにように見えるのが楽しみじゃと」
「言って、考えていません」
「アル様、それは酷いです」
「意地悪だよ」
「ホントに考えていません」
か、か、か、女神さまは楽しそうに笑い、枢機卿を含めた三人の肩を軽く触れます。
「はぁ、楽になりました」
「助かった」
「おぉ、感謝します」
女神さまに触れられて枢機卿の汗は止まったのですが、感涙の涙で床を濡らします。
意味ねぇ!
因みに、汗べっとりで中々にエロい感じだったシャツも乾いて、普通に戻ってしまったのが少し残念です。
くすっ、女神が小さく笑っています。
心が見透かされるというのは意外と腹が立ちますね。
◇◇◇
この大神殿にいる俺達を除けば、武装神官は皆、平服して動けなくなっていますが、不思議なのは祭壇の上にいる二人が平服していない事です。
「あぁ、あれは心が邪悪に染まってしまった結果じゃ。あぁなると魔物と一緒で我らえを恐れはするが平服しなくなるのじゃよ」
なるほど!
「つまり、教皇と横の男は邪悪そのものと言う事ですね」
俺は周りにいる武装神官らが聞こえるように、これみよがしに大きな声で言ってやるのです。
「この無礼者。なんというデタラメを吐きおって」
「こちらがそう言ったのです」
「おまえは狡い奴じゃのぉ」
「すみません。こういう性格です」
「まぁ、よい。今回、許してやろう」
どうやら許してくれるようです。
「娘、どのような魔法を使ったかは知らぬが、教皇に無礼を働けば、相応の罰が下されるぞ」
「私に罰を与えるというのか? それは楽しみじゃ、やってたもれ」
横の男が教皇を見ると、教皇も頷きます。
「その娘を捕えよ」
し~ん!
誰も反応する訳もありません。
「何をしておる。そんな所で寝そべっておって」
横の男は少し祭壇を下がった所にある銅鑼まで降りて、平服している神官から銅鑼を叩く棒を奪い取って、銅鑼を叩くのです。
ジャン、ジャン、ジャン!
3度叩くのが緊急事態を知らせる合図であり、その音を聞いた別室にいる神官が教会の鐘を無数に鳴らすのです。
これは緊急事態を知らせる合図であり、教会都市のすべての神官と従者と信者に武器を持って広場に集めれと言う鐘なのです。
教会都市3万人が各々の武器を手にしてやって来ます。
大神殿に備えて付けてある扉がすべて開かれて、武器を手にした神官や従者や信者が飛び込もうとするのですが、神気に当てられた瞬間に平服してしまうのです。
解放された扉から漏れ出した神気が大神殿から大聖堂へと流れ出し、外の広場へと広がった結果、人々がどうなったのかは想像に任せましょう。
「やはり罰は無理そうだな。おい、そこの不細工」
「不細工とは私の事か」
「おまえ達しかいるまい。私の娘に何故、こんな危ないモノを投げつけたのじゃ」
そう言いながら銀髪の美少女が槍を爪で弾くと、槍が一瞬で消滅します。
「わ、わ、わ、わたしは教皇で」
聖槍『ロンギヌスの槍』を消滅させた事で少女の姿をしたギャップを受け入れたのか、それとも、恐怖が自尊心を越えたのか、震える体を押さえながら、何かを言おうとするのです。
「平民の、分際で、教皇である、わ、た、しを、侮辱したからだ」
「へぇ、じゃぁ。この娘は私の眷属にするじゃ。それなら文句はないであろう」
眷属って、何?
「眷属というのは、私の力を貸し与えた者の事で、人種は『使徒』と呼んでおるのじゃ」
なんか凄い言葉が出てきましたよ。
「大した事はない。守護より少し強力なだけじゃ」
守護?
また、新しい言葉が出てきます。
「守護というのは、説明するのが面倒なのじゃ」
そう言って、バチンと俺の額にデコピンを撃つのです。
痛いですよ。
「どうじゃ、イメージは伝わったやか」
わぁ、スキルの知識が浮かんできます。
人が女神の加護と言っているのは、生まれ持ってる女神守護と言うスキルだったんですね。
女神守護スキルは女神の光輪や持ち物に触れると発現する訳です。
姉さん、姉友ちゃん、見習い神官ちゃんは、それぞれ女神アマゾネス、女神アルテミス、女神ネクベトの女神守護スキルを生まれた時に持っていたから、温泉に入った時に発現した訳です。
なるほど、俺が温泉に入っても女神の加護が付かないのは、元々に女神守護スキルを持っていなかったからです。
「そう言うことじゃ。特に君はめずらしいのぉ。ゼロスキルじゃ」
「いや、いや、いや、俺は全属性持ちですよね」
「持ってないぞ。魔法はおろか、身体関係のスキルもないのじゃ」
が~ん、ショッキングな事を言われましたよ。
俺、割と魔法量は多いと思っていたのに…………魔法の才能もないの?
「まったくないのぉ。レベルが低すぎた為か、人種の限界に達し、その限界を突破しておるのもめずらしいことなのじゃ」
喜んでいいのか、悲しむべきなのか、滅茶苦茶ショックです。
「おぬしの姉もおもしろのぉ。サウザントスキルじゃ」
1000のスキルを持つ少女ですか!
女神さまから貰った知識には、人種は300~400のスキルを持って生まれる。
1000以上のスキルを持って生まれるのはめずらしい。
姉友ちゃんと見習い神官ちゃんらはどうなんでしょう?
「この娘らはみんな割と多い方じゃが普通じゃ」
何となく、ほっとしました。
「えっ、私は天才じゃないの?」
「残念じゃな」
「何とかなりませんか」
見習い神官ちゃんが無理なお願いをしていますよ。
「娘の願いを聞いてやりたいが、それは無理じゃな」
「残念です」
「じゃが、私の加護を得た事でスキルが開花し易くなるのじゃ。462個のスキルをすべて開花させれば、人類最強になれるのであろう」
「がんばります」
それと……見習い神官ちゃんが聞こえない声で何か呟きます。
「好きなおの子と沢山の子供も作ってくれると嬉しいのじゃ。おぬしの子供ならわたしの娘が生まれるであろうな」
「いいのですか? 女性の神官は処女でないといけないって」
「誰じゃ、そんな…………あやつか」
そう言うと光の粒を生み出して手を入れると、新たな女神が飛び出してきます。
「なによ。急に呼び出して」
「優雅な時間が台無しです」
「すまん、すまん、二人にちょっと聞きたくてのぉ。女性の神官が処女じゃないといけないとか言ったかぁ?」
「言う訳ねぇだろう。がんがん、作った方がいいに決まっている」
「アマゾネスはそういう所が下品なのよ」
「気取る必要もないだろう。アルテミスだって、娘は多い方がいいだろう」
「そりゃ、もちろんそうよ」
「つまり、アルテミスも言っていないのじゃな」
「あぁ、そう言えば、眷属になりたいなら処女でいなさいと言ったかしら」
それですね。
それが間違って伝わったという所でしょう。
「あらぁ、可愛い子じゃない」
アルテミスさまが姉友ちゃんを抱きしめます。
「ねぇ、ねぇ、私の眷属にならない」
「ありがとうございます」
「やった。可愛い子ゲット!」
「あのぉ、私、好きな」
「駄目よぉ。私の眷属は処女と決まっているの」
「すみません」
「判ったわ。沢山の子供を産んで、一人くらいはわたしの眷属になりたいという娘を作りなさい。それで許してあげる」
「は、はい」
姉友ちゃん、顔を真っ赤にして答えます。
「つまんないから帰るわよ」
そう言うと、さっとアルテミスさまが消えてしまします。
何の為に来たのでしょう?
「アマゾネス、あなたの娘もいるけど、眷属にしないのかや」
「それは遠慮します。自分で強くなりたいです」
「ふ、ふ、ふ、さすが我が娘だ。よく判っているな。最強になれ!」
「はい」
「では、帰るぞ」
「また、来るのじゃ」
ネクベトさまがアマゾネスさまに連れられて、光の粒の向こうへ消えてゆくのです。
なんか、凄く疲れました。
えっ、教皇はどうなったかって?
もうどうでもよくなりました。
三女神様が降臨されたのです。
「「「「「「「使徒様、ばんざい」」」」」」」
扉を開けて、その存在を知らしめた事で教会都市の3万人が絶叫したのです。
すべての神官・従者・信徒が三女神様の降臨された事を喜び、使徒が誕生した瞬間に居合わせた事に感涙を流して喜んでいます。
教皇に何かできると思います?
こっちは教会都市から出るだけでも大変でした。しかも教会都市から馬車の後を信徒が列を為して付いて来るし、見習い神官ちゃんの安全を考え、姉さん共々と学園都市の屋敷に避難させました。
俺達が帰った後で教皇と総大司教が使徒様一行に危害を及ぼそうとした事で弾劾されたそうです。
結果は敢えて聞きませんでした。