32. 決着は決したけど、何か違う?
ゆっくりと近づいたので、Aクラスの冒険者達と十分に離れた頃に俺は言った。
「武器を捨てろ! 武器を捨てた者には攻撃しない」
それで武器を捨てる奴はいません。
そりゃ、武器を捨てれば、次期領主様からキツい折檻を受ける可能性があります。
領兵の悲しい性ですね。
『アイスボール』×10連発×30回
拳より大きな氷の塊がゼロ距離で腹当たりに現れて領兵を威力抑え目で吹き飛ばします。
ありゃ、10人くらいががんばっています。
そういう頑固者は『アイスボール』の八方の全方位攻撃で沈黙して貰いましょう。
まだ、一人粘っています。
ガルさん並の大男で体を小さく固めて耐えきったようです。
あの馬鹿みたいに全方位攻撃を避ける奴がいなくて助かりました。
死角からアッパー気味に打ち上げ、テンプルに左右からの乱れ撃ち、兜の上からですから、左程のダメージはないでしょうが、三半規管はそうもいきません。
あっと言う間に300名の領兵が倒されて、次期領主様も慌てます。
「安心して下さい。抵抗しないなら危害を加えるつもりはありません」
「何を今更に」
これは次期領主様に言った言葉ではありません。
倒れているフリをしている領兵のみなさんへのメッセージです。
アイスボールはかなり手加減しています。
全方位攻撃を受けた数人もまだ立ち上ろうとしているでしょう。
意識を断ち切るような攻撃をしたのは最後の人だけです。
第一、腹パン1発で立ち上れないような攻撃をすれば、何人も死人が出てしまいます。
まぁ、当たり所が悪くて、さっきから下呂を吐いている人もいますけどね。
い~やぁ、次期領主様が居合抜きのような速さで横一閃、さらに超加速で連打を繰り返します。
ぎゃん、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ~ん!
目に止まらない連続攻撃が俺を襲います。
速度はベンさんより速く、重さのない剣ですが、急所を確実に狙ってくるので読み易いです。さらに虚実が入るので、高度な駆け引きがあるのでしょうが、両方に浮遊盾を出現させれば、問題ありません。
「ജ്വാല. ഈ ആഷ് ഉണ്ടാക്കുക、」
誰かと同じ高速詠唱をしているので受けて立ちましょう。
『インフェルノ』
立ち上った業火炎が俺を包みます。
立ち上る瞬間に、今回も同じく小さなドームの盾を周囲に作って身を守ります。
次期領主様が握り拳を作って勝利を確信するのです。
この一族って、行動パターンが一緒ですね。
炎が消えて、無傷の俺が現れると、顔を醜く歪めて再び飛び込んでくるんです。
いい加減、諦めて下さいよ。
今度は氷精霊剣擬きで剣を真っ二つに引き裂きてやります。
「どうですか、気がすみましたか」
「さぁ、殺せ! 次期領主を殺して、王国の敵となれ」
「あなたが死罪になるかは、あなたの父君に決めて貰いましょう」
「…………」
俺の言っている事が判らないらしく、次期領主が不思議そうに俺の顔を見上げます。
「王子、三文芝居はこの程度でいいですか」
「三文芝居とは何の事か知りませんが、十分でしょう」
丘の上に聞こえるように大きな声を上げると、同じように大きな声で返してくれます。
その声を聞いて、次期領主が目を白黒させています。
「まさか、ありえない。何故、そんな訳がない」
一人ごとのようにぶつぶつと呟きます。
王子は丘から降りてくると、顔を隠す為に被っていたローブを後ろに降ろし、口元を隠すストールと取り、目に覆っていたバイザーを外します。
「王子、ご病気とお伺いしておりましたが、何故、ここに」
「今、王家を取り巻く病魔と闘っています」
「病魔とは、我が家のことなどと言っておられるのでしょうか。あり得ませんぬ。我が家は王家に代々の忠誠を奉げております」
「では、何故、我が盾に剣を向けたのですか」
そう言われて、「はっ」となり、顔を強張らせたでうな垂れるのです。
忸怩たる思いで口元を噛みしめた後、一瞬だけ俺を殺意ある瞳で睨み付けると、再び、王子に頭を下げたのです。
「我が忠誠に偽りはありませぬ。どうかこの命をお受け取り下さい」
「命は要りません。あなたの父君との謁見を望みます」
「畏まりました」
「先を急ぎますので、我が馬車に乗って頂きます」
はぁ、次期領主がもう一度、頭を下げます。
これが演技とは思えません。
「我が盾が少々やり過ぎてしまいました。幸い、住居はないと思いますが、通行中の方々に迷惑を掛けているかもしれません。急ぎ、手配して確認して下さい」
「承知しました」
起き上がっていた領兵が皆平服し、王子の命を受け取ったのです。
確かに、真っ赤な溶岩が山から流れ出て、街道のある湿地帯に向かっているように見えます。
隊長らしき者が立ち上って、すぐに指示を飛ばします。
◇◇◇
馬車は四人乗りなので、俺は御者台に移りました。
街道に出ると先に歩く冒険者を追い抜いて行きます。
軽く手を振っていたので、こちらも手を振っておきました。
軽快に馬車を走らせれば、3時間ほどで着くハズなのですが、急に火山が噴火した為に立ち往生する馬車などが続出して、馬車を避けながらで速度が上がりません。
城壁市ステイクで大渋滞が起こっていましたが、街道を外れて脇のガタ道を進み、貴族の権限を酷使して、無理ヤリに城門を通過したのです。
目指すのは侯爵邸です。
城門の衛兵が槍をクロスして黒い馬車を制止します。
「次期当主、ジョルト・アディ・ステイク:ステイクが乗られている。開門せよ」
衛兵の一人が扉を開けて確認すると、馬車は邸宅の表玄関へと止められます。
馬車に乗っているのが次期領主と聞いて家令が飛び出してきます。
「若様、如何なさいましたか」
「父上に火急の用事である」
「ただいま、閣議の間にて会議中でございます」
「閣議の間だな」
「お待ち下さい。緊急案件であり、必要な報告以外の者を通すなとのお達しです」
「諄い。あないせい」
「畏まりました」
侯爵邸は北の伯爵邸の3倍くらい広いです。
「王都周辺ではコの字に館を作るのが一般的です。私邸と公務を分け、その中間に会議室などを置きます」
右の見える大きな3階建ての建物が私邸です。
これだけで、北の伯爵邸がすっぽり入ってしまいます。
左の正面玄関のある左の建物が公務の為の館で、謁見の間や待ち受け室などが多く用意いされており、多くの部屋が用意されているそうです。
コロニーの城壁町が20個もあると、様々な問題が起こり、その相談に多くの方が訪れて、侯爵一人で対応できなくなると言うのですから大変ですね。
この公務の隣には教会やパーティーなどを催す別館が用意されています。
働く人も半端なく多く、従者・下人だけで小さな町くらいの数がいるようです。
どちらも中庭を望む場所に回廊を設けてあり、誰が近づいて来ても判るようになっているのでしょう。
俺達が目指しているのは二つの館を繋ぐ奥館です。
◇◇◇
会議の間というと、円卓台や長テーブルの両脇に役人並び、最奥に領主が座るのを想像していましたが、謁見の間と同じで家臣が両脇に並び、発言する者が中央に進むようになっていたようです。
扉を開けた次期領主が中に入ると非礼を詫びて膝を折って謝罪します。
「まずは会議を中断させた事を謝罪いたします」
「構わん。緊急事態だ。お前も参列して意見を述べよ」
「いえ、私はそのような意見を言える立場で御座いません。この度の噴火を起こした当事者を連れて参りました」
参列していた家臣達が騒ぎます。
そもそも火山を人の力で起こせるものなのか。
大魔導師なら造作もない。
事実ならどんな処罰がふさわしいのか。
口々に言葉が飛び交います。
そんな中に王子がゆっくりと部屋に入ってゆくのです。
「悪漢に襲われましたので、供の者が少々やり過ぎてしまいました。まずは謝罪をいたしましょう」
部屋に入っても膝を折らず、軽く会釈するだけの非礼な行為に怒りの声を上げます。
「領主様の前でその態度は無礼であろう」
「少々やり過ぎた。事実と言うならば、ただで置かぬ問題である。軽々しくそのような事を言うものでありませんぞ」
「まず頭を下げられよ」
「黙れ!」
家臣を制止したのは領主様です。
領主様は椅子から立ち上がり、一段下がった所まで下りると膝を折って平服するのです。
「お久しぶりです。王子様」
「お久しぶりです」
「何をしておる。皇太子様のお孫にあたるラケル・エスク・アルゴ王子にあられるぞ」
はぁ、家臣一同が平服し、不遜なモノ言いを謝るのです。
「王子を襲った悪漢は直ちに手配いたします」
「父上、王子を襲った悪漢とは、わたくしの事でございます」
「何を申すか」
「申し訳ございません」
「教会に誑かされたか、あれほど言っておったのに」
「申し訳ございません」
「彼を責める必要はありません。私も正体を隠して領内に入っておりました。もちろん、教会がそれを知らなかったという事はあり得ないでしょうが、彼は本当に知らなかったのです。ですが、誤って私を亡き者にする事が教会の目的だったのはありませんか」
咄嗟に嘘八百を言えるモノです。
王子の部屋には王子影武者が日に日に痩せ細ってゆく病人の王子を演じており、教会もその情報を信じていると情報網を使って確認済みです。本物の王子はレムス侯爵邸を闇夜に乗じて徘徊しているんですが、誰もそれが王子と思っていないのでしょう。
しかし、そんな情報を知らない領主は、教会が意図的に王子の所在を隠して、二重の罠を張っていたと思わせ、教会との離反を画策しているのです。
孫子の兵法、『離間計』って奴ですね。
「おそらく、その通りで御座いましょう。王子を亡き者にすれば、教皇に為す術もなく、従うしかなくなるでしょう」
「よろしいのですか、そこまで言って」
「構いません。ステイク家は教皇派筆頭などと言われておりますが、その忠誠心は王家にあります。教皇に従うのは、それが王家にとって利するからに他ならないのです。然るに、我が家を我が物にしようとする行為はすでにその範疇を越えております」
そこまで言って、領主は一度、言葉を止めます。
そして、家臣達に言うのです。
「我がステイク家は今日より教皇派でない。皇太子様に力をお貸して、王家に忠誠を果たす」
「お待ち下さい。そのような事をすれば、教皇様にご不興を買います。何卒、そこはご自重を」
「ならん。既に、その範疇を越えておる」
「主よ。未曽有の危機に加え、教皇様と反目するのは得策とはいえませぬ」
「その通りで御座います。ステイク家の威光は教皇様あっての事で御座います。小領主達が戸惑います。御再考を」
「ならん。王家に忠誠を示さずしてどうする。ステイク家が滅ぶぞ」
何やら家臣の間で揉め始めたようです。
どうやら家臣のほとんどが教皇派と染められており、領主の知らぬ所で色々な事が進んでいるのでしょう。
「まだ、話が終わっておりません。揉めるのは後にして頂きましょうか」
「申し訳ございません。会議は中止だ。自室にて各自の対策を行え」
「主、どうか、ご再考を」
「諄い、その話は決した。己が務めを果たせ」
それでも出て行かない数人がいます。
その必死さが憐れにように思え、何か後ろめたい事でもあるのでしょう。
「おぬしらを免職する。この者達を屋敷から追い出せ」
そう領主が指示すると、廊下で待機していた兵士達が部屋に家臣らを連れ去って行きます。それでも領主の名を叫んで懇願し続けるのです。
「随分と浸食されていたようですね」
「お恥ずかしい限りで御座います」
こうして、会議の間は領主と次期領主のみが残されたのです。
王子の思惑通りですが、何か違う気がします。