28.あの日の約束。
帰ったのは朝方前です。
俺は皆が起き出す前にお茶会のお姉さんの部屋に行き、結界を張って夕べの話を聞かせました。
そりゃもう、激しく怒っていました。
自分が蚊帳の外に置かれていた事が一番の原因でしょう。
しかも、皇太子に連絡を取る為にあちらこちらに手を回して、何とか会えるように根回しする道化を演じろとお願いしているのです。
「判りました。囮役を引き受けさせて頂きます。アル様はどうされますか?」
「俺も囮役だ」
俺は今日から執筆の為に部屋に閉じこもり、部屋に入るのはお茶会のお姉さんと黒猫さんのみとします。黒猫さんはいくつかの通行手形を持っており、学園に正門から入ることができ、屋敷にやって来ることになっています。
俺の世話というのは口実であり、部屋に誰も入らせない。俺が留守である事を悟らせない為の猿芝居です。屋敷の者の中にスパイがいる可能性を考えて、黒猫さんが屋敷を見張る訳です。
「しかし、連絡を取りたい場合はどうしますか?」
「彼女が連絡員を兼ねています。急ぐ時は彼女に相談して下さい」
「判りました。くれぐれもお気をつけを」
がちゃ!
「おはよう、ティちゃん。今日も一日がんばろう…………えっ」
予告もなしにドアを景気良く開かれて、寝着姿のお茶会のお姉さんとベッドの上でひそひそ話をする俺は、つまりその…………誤解が生まれる姿勢な訳です。
「ごめんさない。私、こういう事に疎くて、ごゆっくり」
ばたん、ドアを勢い良く閉めて出てゆくのです。
「誤解されましたね。どうします」
「誤解を解くのは帰ってきてからにします」
「そうですね。その方がいいでしょう」
俺達が朝食を食べている間に黒猫さんがやって来て、しばらく、執筆の為に天の岩戸になると執事さんに宣言すると部屋に入ってゆきます。
俺はこっそりと窓から抜け出すと馬車の荷物置き場に身を隠し、馬車がしばらく走り出すと、お茶会のお姉さんが馬車を止めてトイレ休憩を取って貰います。
今回、お茶会のお姉さんには恥ずかしいことばかりさせていますね。
馬車が止まっている間に黒い馬車に乗り換えて出発です。
「ティちゃん、今日は朝からおかしいよ」
「そう、かしら」
「馬車に酔うなんて今までなかったよね」
「ちょっと疲れているだけだから」
「もしかして、できちゃったとか」
「…………」
「…………」
「ないわねそ」
「やっぱり、無理か」
「全然、無理」
「そっか、無理か。でも、応援しているからね」
「は、は、は…………」
走り去る黒い馬車を見送って、頬をばちんと叩いて気合を入れ直すお茶会のお姉さんだったそうです。
◇◇◇
黒塗りの馬車は紅蓮さんが学園を通して借りた2頭引きの高速馬車です。
向かう先は王都から2つ目の城壁市ステイクです。
ステイク家とは、自称天才ライバルを名乗る本家の城壁市に当たります。
つくづく自称天才ライバル君と変な縁に繋がっているようです。
あちらも迷惑でしょうが、こちらも迷惑ですよ。
城壁市ステイクは中央区の中心に当たり、アルゴ河が天然の要害として機能している為に、王都より早くから栄えていた土地柄なのです。河沿いに穀倉地帯が広がり、西南には鉱山も取れる山々を要し、山の幸、川の幸に恵まれた豊かな土地に20個の城壁町を有している大侯爵の一人です。
西回りの街道は東周りに比べて道は広く、非常に整備されているので、夜に走る事もできるので、王都から普通なら4日の行程であっても無理をすれば、次の日の朝には到着できます。
馬車が街道を疾走した所で、俺は第3王子に念を押すのです。
「で、そろそろ、具体的な策を聞かせて貰えませんか」
「具体的な策と言って特にありません。君がステイク当主に面会を求め、あとは相手の出方待ちというのが、私の策です」
「何のリアクションをなく、会ってくれたらどうするんだ」
「そのときは、教皇との仲介役でも頼んでは如何ですかぁ?」
「聞いてくれる可能性は」
「2・3割という所ですね。王女暗殺の冤罪を晴らしたのは本音ですが、彼と教皇の機嫌とどちらは上かと考えると、首を縦に振るとは思いませんね」
つまり、短気を起こして襲ってくれない限り、道は開かれないと言う訳です。
第3王子の提案は、作戦と言うより賭けです。
ステイク家と教皇の関係は深く、必ず教皇の心証をよくする為にステイク家は俺を襲わせると第3王子は断言します。
襲って来た所を俺が返り討ちにして、第3王子がフードを取って『王子暗殺』の現行犯として脅そうと言う。小公女さんの策をコピーした知恵も捻りもない策です。
ただ、昨日の第3王子の言葉が心の中に突き刺さります。
「戦いには必ず勝たなければなりません。ステイク領内であるなら、王族の私も殺す事も厭わないと承知して下さい。ステイク家とは、そういう家柄なのです」
「それはどういう根拠かね。少なくともステイク家の王族に向けられる忠義は本物と私は思う」
「レムス侯爵、勘違いなさっていけません。ステイク家は王国に忠誠を誓っているのであって、王家に忠誠を誓っているのではありません。必要とあらば、宰相、皇太子を抹殺する事を厭わない家柄なのです」
「なるほど、確かにそのような噂はあった」
「前々宰相の没落、前皇太子の毒殺、共にステイク家の告発からはじまっております」
「それは初耳だ」
「ステイク家は教皇を通じて告発し、中央にしか勢力のなかったステイク家が南区と西区に一族を領主として送る事に成功しています」
「それが事実ならステイク家は対価として頂いたか、監視役として送られたと見るべきだろうな」
わぁ、一瞬、ドス黒いモノが見えましたよ。
王国内の権力争いですか!
あれぇ?
前々宰相って、ティアル・アディ・メリディオ侯爵宰相の事か。
ティアル・アディ・メリディオ侯爵宰相はサウル皇太子を操り、政敵を排除してのし上がり、遂に王と一族を殺して王国を乗っ取ろうとした。直前になって発覚し、国家反逆罪で一族郎党が処刑されたと記録しれています。
そう、あの一族郎党がすべて打ち首になった元宰相ですよね。
「そうですが、それがどうかしましたか?」
「その元宰相の子息から言伝を預かっています。『願わくは領兵となって王国に忠誠を示したい』、王国に恨みは抱いていないようです」
「あぁ、覚えておる。母親は人狼とのハーフで、獣人の血が混じっているという事で、生まれてからずっと城牢に入れられていた息子の事だな。一族郎党すべて斬首となったが、罪人のように牢に閉じ込められていた者の首を討つのは忍びないと、罪一等が減じられて北に流刑された子息殿の事だな」
「おそらく、そうです」
「確かに聞き止めた。彼に犯意はない。心に止めておこう」
「おそらく、会う事はないでしょうが、私も心に止めておきます」
「ありがとうございます」
夕日が差す初等科の教室で寂しげに語った彼の言葉は残っています。
一匹狼、ちゃんと約束は果たしたぞ。
そんな事を思い出している内に、王都の隣にある城壁市スワッグに到着したのです。