27. 真夜中のお誘い。
深々と静まる深夜に窓の鍵を壊して窓を開けて侵入する来訪者に気が付いたのは偶然の事です。深夜まで執筆活動をやっており、ベッドに入って左程の時間が経っていなかったからです。月影に浮かぶボディーの輪郭からそれが誰であるかすぐに判り、近づいた所で王都で出会った彼女の名前を呼んだのです。
「わぁ、わ、わたしはそんな名前ではない」
「こんな夜分に何のようですか?」
「聞いて、私は義賊『黒猫』でそんな名前ではない」
「黒猫さんは何の用ですか」
「大切な用事、付いて来て欲しい」
彼女の真夜中のデートですか?
あとでお姉さんらが聞いたら怒りそうですね。
俺はベッドから降りると服を着替え直します。
「これを」
彼女は渡してくれたのは顔がすっぽりと覆う黒の頭巾です。
彼女が出ていった後を追いながら俺も部屋を出るのですが、木の上を器用に跳んで行く姿は忍者ですか?
俺はそんな器用な事をできませんから浮遊盾をいくつか足場にして追い駆けます。
山を越えると他の貴族の別荘があるエリアなのですが、彼女は気にも掛けないで横切ってしまうのです。
学園を真一文字に横断すると城壁が見えてきます。
時々、俺をちらりと見ると、少し口が綻んでいるのが判るのです。
「近道をする。付いて来て」
うん、壁です。
「抜け道でもあるんですか?」
「そんなものはない。地下通路があるのは町の下だけ、最初はそちらも使うつもりだった」
「だった?」
「うん、私に付いて来られるなら大丈夫かと思った」
そう言うと、彼女は壁の突起部に足を掛けて、ぴょんぴょんぴょんとカエルのように左右に飛び分けて壁の上に登ってしますのです。
わぁ~、器用です。
早く来いと急かしていますけど無理です。
同じ事は無理ですが、浮遊盾を階段状に並べて出せば、登れなくもありません。
浮遊魔法で上がるという手もありますが、あれはゆっくりとしか上がれないのが欠点です。
「それ、便利。私も欲しい」
「魔法が使えるなら教えますよ」
「残念、魔法は苦手」
この学園都市を覆う城壁には見回りの兵士が巡回しますが、常備配置するには大き過ぎるので警備の合間を抜けようと思えば、不可能な事はないのです。
「じゃぁ、行く」
50mはある城壁からダイビングです。
今度は布を背中に広げてムササビですか。
芸が細かい。
俺も真っ逆さまに壁の淵を落ちて足元に闇の盾を発生させると、慣性を一瞬で奪われてゆっくりと着地します。
これ、姉さんなら喜びそうな遊びになりそうですね。
お茶会と赤毛のお姉さんらが悲鳴を上げて震えるかもしれません。
命綱なしのバンジージャンプですからね。
おっと、ムササビを追い駆けねば!
って、次は大河か!
王都の外周を迂回して巡る大河を滑空して渡るとか無しでしょう。
俺以外ならついていけませんよ。
大河を渡ると断崖絶壁が立ちはだかります。
ロッククライミングが好きそうな断崖を彼女は難なく登ってゆきます。
足場を手掛かりにぴょんぴょんと跳んで登る姿はロッククライマーが見たら、泣き出しそうですね。
えっ、足場を作って階段で上って行く方が馬鹿にしているって!
知りませんよ。
今日は浮遊盾が大活躍ですね。
◇◇◇
王都三重の大防壁、大河、断崖、大壁を無視して一直線で王都の貴族区に入ります。
馬車で橋を迂回すると1時間は掛かる行程を20分、距離にして20kmくらいですか。
「随分と早かったですね」
「うん、彼が私についてこられたから」
「それは凄い」
どこかの屋敷の中庭にフードで身を隠した少年が待っていました。
その声はどこかで聞いた事がある声です。
「夜分に呼び出してすみません」
フードを取ったその下から病気で療養していると聞かされていた第3王子の顔が現れたのです。その顔は血色の良さそうな顔色をしています。
「どういう事だ。今にも死にそうな奴の顔色じゃないな」
「ちょっとお爺さんと余人を交えず、話をしたかったので一芝居打ちました。こんな所で話すのも何なので付いて来て下さい」
そう言った第3王子は屋敷の中から地下道へ続く道を降り、下水道を歩き始めます。
「ご存じと思いますが、王都の地下には水道網が引かれています。この下水道もその1つですが、この区画は壁を埋め直して完全に隔離しています」
「していない。水の底を通れば、侵入は可能」
「そうですね。兵は送れませんが、賊は侵入可能ですね」
「うん」
要するに、通路は埋め直して水路だけ残してある訳ですね。
何の為の通路か?
貴族区ですから脱出路か、何かと言う所でしょう。
そう考えると、この先は王子の屋敷か?
「残念です。私が住む父の屋敷は王宮区にあるので貴族区にはありません」
「じゃあ、どうやってここに」
「ウチの屋敷にも脱出路はあります。そして、王族の者しかしらない地下通路もあります。その1つを使って、こちらまで来ました」
話が繋がりましせん。
通路を抜けて別の屋敷の地下室から階段を上がり、とある隠れ部屋から隣の部屋に移ると、見知った顔が2つほどあったのです。
◇◇◇
分厚いカーテンに覆われた部屋には、誰かの居間という感じの部屋でした。
部屋の明かりは貴族の部屋らしからぬ油性のアンプの光がゆらゆらと揺れています。
俺がランプの明かりを気にしているのに気付いたみたいです。
「魔法の光の方が明るいですが、明る過ぎる光は外からここに誰かいる事を悟らせる事になります。ランプくらいが丁度いいのです」
よく見ると、そこのいる3人はすべて面識のある方だと気づきました。
俺は胸に手を当てて頭を下げます。
「夜分に失礼いたします。レムス侯爵」
「私が呼んだのだ。失礼でも何でもない。とりあえず、そこに掛けたまえ」
俺は薦められるままにソファーに腰かけます。
テーブルを挟んでマリアさんと紅蓮さんが座っています。
上座の椅子にレムス侯爵、その隣の別の椅子に第3王子が腰かけました。
黒猫さんは俺の斜め後ろで立っています。
部屋の四方に数人の気配が感じられます。
「気にする事はない。私の忠実な部下だ」
「判りました」
「君を呼んだのは他でもない。君の今、おかれている状況を知らせ、対策を練ろうと呼ばせて頂いた。今、自分がどんな状況に置かれているのは把握しているかな」
「残念ながらまったく判っておりません」
「私の方は彼女から聞いておおよそ把握している」
「ローサ先生がレムス侯爵の家臣とは想像もしませんでした」
「私はレムス侯爵の家臣になった記憶は一度もないわよ」
紅蓮さんの言葉にレムス侯爵が涼しげな顔でお茶を手にします。
本当に家臣ではないようです。
すると?
どういう関係なのでしょう。
「ローサ先生は学園戦隊『ゴレディー』の総司令なのです」
「私はそんなモノを引き受けた記憶もないからな」
「先生、学園戦隊『ゴレディー』は学園の平和を守る使命を終えて、王都の平和を守る使命を帯びて新生したのです。初代司令として、団員を導いて貰わないと困ります」
「義賊かなんか知らないけれど、泥棒の親玉になる気もない」
まったく話が見えません。
ただ、聞きなれた『学園戦隊』単語が出ているので異世界文化に影響され過ぎでしょう。
「簡単に説明しますと、マテュティナ令嬢さんは王都全域に独自のネットワークを持ち、お爺様の皇太子より早く、正確に情報を手に入れる事ができるのです」
「王子とつるんでいる訳か」
「つるむも何もレムス侯爵がこのような活動をしているのを知ったのは3ヶ月前です。ローサ先生が遠征から帰って来てからレムス侯爵と密談をしているのを知って、私からレムス侯爵に話しを持ち掛けたのです」
「黒猫も最近なのか?」
「いいえ、彼女とは1年ほど前ですね。とある貴族の家から出て来た所を捕まえ、家臣になるなら見逃してやると言いました」
「正確には義賊の仕事を手伝ってやるです」
「そうでした。俺の家臣になるなら義賊の仕事を手伝ってやるでした」
「王子は接近戦のエキスパート。逃げる事もできなかったので、諦めて家臣になった」
「マテュティナ令嬢さんから、あなたが機密院の鷹に目を付けられたと聞いたので彼女を付けてやりました」
なるほど、急に黒猫さんが付いて来ると言い出した訳はそれですか。
「私は忙しいと断った」
「義賊の仕事はマテュティナ令嬢さんに引き受けて貰う事で納得して貰いました」
「無茶をしますね。レムス家が義賊の元締めと知れたら大変でしょう」
「そこに抜かりはありません。学園戦隊『ゴレディー』の彼女達はすべて父の愛人という肩書きを持たせてあります。本部も我が家です」
無茶を通り越して、無茶苦茶だ。
義賊の元締めは皇太子の息子とか、取り締まる側にとって悪夢だろう。
「お爺様も笑って許して頂けました」
「皇太子様はおもしろい事が好きな方だからな。バレた場合、ヤベツ様は民衆思いのお優しい方だと民衆が噂する事になる。貴族には多少恨まれるが、それもアリと思われているのだろう」
皇太子が王になった時、自分は貴族を押さえ、息子は民衆を抑えると役割分担を考えているのか。
「ところで、君は機密院に目を付けられた事を気にしないのか」
「目を付けられたのは。今に始まった事でもありませんし」
「機密院で鷹の目に指名された者は、排除対象という意味だぞ」
はぁ?
どうして、どうなるんですか。
「最初の理由は王家に仕える事を拒否したことだろうな」
理不尽だ。
田舎でのんびりと暮らしたいだけなのに。
「まぁ、そうとり乱すな。鷹の目の『青』指定は、それだけ重要人物という事に過ぎない。問題は、今回、『青』から『黄』に変わった事だ。これが『赤』に変わると不思議な事が起こる」
「侯爵、はっきり言って貰えませんか」
「儂も知らん。だが、『赤』になった者は、事故や自害、暗殺に見舞われている」
「それって、事故じゃないでしょう」
「証拠がない。だが、君が思う事が起こっているのだろう」
何故、俺がその対象になったんだよ。
意味が判らん。
俺はいつ王国に喧嘩を売った。
「君がお爺様を利用しようとしたからさ」
「利用じゃない。共闘だ。そもそもおまえの爺さんが変な事を言ったから教皇に目を付けられたんぞ」
「機密院はそんな風に考えない。家臣同士の争いに皇太子を捲き込もうとする悪漢と見なしている。独力で解決しないと、間違いなく処分対象になるぞ」
そもそも教皇派が皇太子の弱体化を図ろうとしているのに何を考えているんだ。
段々、腹立ってきた。
「といっても、君が独力で解決できるとは考えていない。それに皇太子の力を削がれるのは僕として困るし、お爺様も迷惑だと言っておられる」
「言っておられる?」
「はい、私は生死の境にいる病魔と闘っていると内外に知らせています。当然、お爺様も見舞いに来られた。エクシティウム領主と市長の手紙を渡してあります。そして、お爺様の命を受けて、この病魔と生死を賭けて戦うつもりです」
王子の命でエクシティウムに向かったのは三名おり、二名は連絡員として同行し、俺とは一切接触していません。事件が解決した日、黒猫さんは領主と市長に手紙を書いて貰い、連絡員二名に渡して走らせました。連絡員は馬より速く走れ、城壁市を一切通過する事なく、第三王子の手に届いたといいます。
第三王子はその日から病気になり、「最後にお爺様に会いたい」と使いの者をやって、皇太子を呼び、俺達が帰国するより前から正規の使者や伝達の隅々まで諜報員を置いて見張らせたと言うのです。
「北のエクシティウムも怪しい間者を一網打尽すると書いてありましたが、我々も同じ事をするつもりです」
お茶会のお姉さんが聞いたら怒り出しそうですね。
「怒るかもしれませんが、ティナ嬢にはさらに動き回るようにお願いします」
どこで情報が途切れるかで洗い出すつもりのようです。
「そこで、我々は何をするべきかという相談をしたいと思い来て頂いた訳です」
第3王子の目が怪しく光っている事に俺は気がついていなかったのです。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。