26.偉大な魔術師の弟子は喧嘩を売った。
いずれ偉大な魔導師と称されるであろう新生の魔術師が魔法の新定義を発表しました。その理論が簡単であり、誰でも理解できるモノだったのですが、いざぁ、その扉を開くと難解な壁が立ち阻んだのです。発表されてわずか5日余りで魔法師達はその難解さに頭を抱えたのです。そんな苦悩する魔術師にその偉大な魔術師の弟子が愚かな魔術師の為に挑戦状を送ったのです。
ヒントを上げよう!
・弱浄化『デオドラント』:光の魔法で魔物肉に掛けると瘴気と魔気を除去して保存期間が延びる。
・弱火『ホット』:火の魔法で魔物肉などを焼き、水をお湯に変える。
・弱雨『レイン』:水の魔法で雨のように水を降らし、風呂に水を張る時に便利である。
・凍結『コールド』:水(氷)の魔法で物体を凍らせる。
・微風『クール』:風の魔法で微風を起こす。
・穴掘『ソイル』:土の魔法で穴を掘って周りを盛り上げる。
・温水『シャワー』:火と水の魔法で温水が雨のように降る。
・暖房『ウォーム』:火と風の魔法で室内の温度を上げる。
・冷房『クーラー』:水(氷)と風の魔法で室内の温度を下げる。
・冷凍『フリーズ』:水と水(氷)と風の魔法で室内の水分で物質を氷漬けする。
・農地『ファーム』:土と風の魔法で一面を穴と盛り土の列を作る。(適度の空気が入ったふかふかの土に変わる)
基本魔法が6つ、応用魔法が5つ、その魔法式は簡素にして、簡潔で、すべてのトラップを排した教科書に出てくるような美しい術式であり、あらゆる無駄を排した造形美があったと言われます。
その魔法の威力は最低であり、人を殺すこともできません。
その底辺の魔法式から究極魔法まで這い上がって来いという傲慢さが見え隠れし、魔法士の称号しか持たない弟子からの挑戦状に魔法師が奮起したというのです。
世の中には稀有な人がいるのですね。
「おまえの事だ。おまえの」
「知りませんよ。俺はそんな挑戦状なんて送った事ありません」
「おまえがどう思ったかじゃない」
旅団から帰って来て、2日後に学校に登校すると、何やら俺を見る視線が変わっており、大きく分けると憧れに近い視線を送ってくる人と敵意に近い視線を送る人です。
月初めのゼミ代表が集まる6月の定例会議でも同じ感じです。
「君から挑戦状、確かに受け取った。私も負けないように精進するよ」
さりげなく、爽やかな笑顔で生徒会長が大変な事を言ったのです。
ゼミに帰るとガル教授とメイド服(薬)のミルラルド教授が待っており、ガルさんから叱られている訳です。
「別にそういう意図はないですよね」
「はい、その通りです。今後、定期便の事業を広げる上で冷蔵と冷凍の魔法は必須になります。人材確保の為にも公開は必須になります」
「個別に広げればいいだろう」
「それではその魔法だけを習得しようとくる輩が出て、安定的な魔法士の確保ができません」
「具体的にどういう実害があるんですか」
「ん…………実害か?」
ガルさんが腕を組んで少し考えます。
昨日の月末定例教授会議では魔法師の教授から挑発的な行動を慎みなさいと忠告を受けたくらいで実害となると思い当たりません。
ちょっと恨まれた程度の話なのです。
一番の実害はすべての苦情がガルさんに集中したことでしょう。
ミルラルド教授が魔術師の最高位となり、3人いる魔導師の次の学園第4席になったのです。しかしも学園運営の執行委員に選出されました。
新しい教授を採用し、解雇できる立場に変わったのです。
誰もミルラルド教授の怒りを買って首になりたくないと言うことでしょう。
つまり、学園最下位のガルさんに苦情が言った訳ですね。
大人って狡いですね。
近年の魔法師は魔導師の魔法を模範して魔法師になった方が多く、所謂、秀才タイプがほとんどです。魔法3大理論を神の如く拝んでいたのに、今日から4大理論になったと言っても頭が付いていかないのです。
当然、師匠や兄弟子の魔術師から罵倒され、「こんなことも判らないのか」とか、言われる訳です。でも、魔法師にすれば、数十年も研究してきた事を1日で否定されて、その怒りをどこに向ければいいのか判らない所に、俺からの『挑戦状』が届けば、矢面が俺に向かったという裏事情があるのですが、俺がそれを知るハズもありません。
さらに、学園の卒論にも異変が起こったのです。
武闘派のゼミは新しい魔法理論を好意的、あるいは、魔法士がより強力になるのでライバル心をいい意味で燃やしてくれたのです。
一方、魔法系の学生は夏休みを最大に利用して作り上げた新魔法がいきなり否定されたようなモノです。最高位のウラガス魔導師の魔法卒論を新魔法理論に基づくモノに限定するという方針転換を図ります。
新しいモノを率先して取り入れてゆく、それが生徒の飛躍に繋がると思った訳です。
最高位のウラガス魔導師が方針転換に、他の魔術師や魔法師も従います。
夏休みを利用して作り上げた卒論魔法を否定された生徒も多いのです。
そりゃ、2ヶ月、あるいは、5か月近い努力を泡に変えられた怒りを誰に向けるのでしょう。
それは俺だったなんて承知していません。
因みに、生徒会長も夏休みの卒論を完成させた一人です。
遠征の反省として、より強力でより広範囲の魔法を研究してようです。
新理論を聞いた生徒会長は、完成した術式の先があると心を時めかせて、いい意味で俺にライバル心を持ってくれたようです。
ホント、全然に知りませんでした。
「あにシャワーの魔法は便利よね。ウチの寮はお風呂がないから、これから毎日が清潔にできるわ」
「自分で作れるでしょう。あの程度の魔法なら」
「研究に時間を割くのが面倒なのよ」
魔法師って、生物はどれだけ面倒がり屋なんですか。
まぁ、俺が公開したのはその程度の魔法です。
魔法師なら作ろうと思えば、誰だって作れる程度の魔法です。
「誰でも作れる程度の魔法をワザワザ公開したから怒りを買ったようだな」
あっ、そう言うことですか。
こんな簡単な術式を魔法省で公開するのには意味がなりません。
意味はないのですが、誰も生活を豊かにする魔法を公開していないのが現状なので、多くの魔法士はこう言った便利魔法を知らないのです。しかし、公開した情報は冒険ギルドでも入手でき、多くの魔法士が使えるようになるハズです。
こちらの目的は冒険ギルドに所属する魔法士に生活魔法を覚えて貰うことです。
しかし、魔法協会に所属する魔法師はそんな事を知りません。
こんな簡単な術式をわざわざ公開する意味は何だ?
この術式には、究極の魔法へと続く秘密が隠されており、俺達への挑戦状に違いない。
勝手に深読みをして、勝手にライバル心を燃やしている訳ですね。
迷惑です!
因みに、姉さん達は1週間(10日)のお休みです。
学園都市に近い城壁町に屋敷ごと買い取って、御者さんと一緒に住んで貰っています。
食事や部屋の掃除は、伯爵邸に働いているメイド達に親御さんなどに委託しており、無料の宿屋として利用して貰っているのです。
ドクさん、新人らと荷馬車を借りて5~8日はカエル狩りに行くと言っています。旅団の間は本格的な訓練はできませんから、ちゃんと鍛え直してくると言っています。
御者と交渉してくれれば、荷馬車は無料でお貸しますよ。
他の冒険者は王都巡りをするそうです。
はじめての王都に来た人も多いので、物価の高さに驚いてくればいいでしょう。
姉さんらは何をしているんでしょうね?
まだ、1日しか経ってないのに、学園都市の外に出て来いと手紙が来ていますよ。
俺は執筆で忙しいから無理と断っています。
ドクさんと一緒にカエル狩りでも行けばいいのにね。
姉友ちゃんと見習い神官ちゃんは、基本魔法が6つと応用魔法が5つのオリジナル魔法取得に悪戦苦闘しています。魔法は属性適正がなくとも、術式を間違わずに使えれば、基本的に使えるハズなのです。
要するに効率が悪いだけなのです。
姐さんの妹さんと妹分さんも魔力量が上がってきたので一緒に勉強中、凍結『コールド』だけでも取得して貰おうと思っているのです。
「お忙しい所、申し訳ございません」
「改まって、どうかしましたか」
「はい、長荷馬車の点検を無料でするので、木の伐採に来て欲しいと手紙が届きました」
あ~ぁ、そんな仕事もありましたね。
◇◇◇
2日後、商業ギルドに貸していた長荷馬車が帰ってきたので、伐採場に向かいます。
「アルとお出掛け、アルとお出掛け」
姉さん、何がそんなに楽しいんですか。
付いて来たのは、姉友ちゃんと見習い神官ちゃんのみ、下兄は山に芝刈りならぬ山狩りに行っています。姐さんと妹ズも一緒です。
赤毛のお姉さんはみんなにかなり置いて行かれているのでガルさんと猛特訓中、お茶会のお姉さんは連日、行政府に通っていますが、皇太子と面談の目途がつきません。
市長や伯爵から連絡が届いているハズですから、向こうから面談を求めて来てもいいと思いますが、『梨の礫』とはこのことです。
想像したくありませんが、皇太子の周囲はすでに教皇派が徘徊しており、皇太子でも自由のならないなんて事になっていたらどうしましょう?
裏ルート、期待していたゼミ代表が集まる6月の定例会議で第3王子を通じて、皇太子に連絡しようと思っていましたが、第3王子が風邪をこじらせて長期療養中で会えずじまいです。
運も見放されている感じです。
そんな暗い雰囲気を一掃してくれるような笑顔がありました。
「アルとお出掛け、アルとお出掛け」
考えて仕方ない事は考えない。
ここは姉さんを見習いましょう。
◇◇◇
うひゃ~~~~ぁ!
姉さんが魔刃で指定された木々を切り、姉友ちゃんはウォーターカッター、見習い神官ちゃんはライトセイバーで枝葉を落として、倒れた木々を俺が浮遊魔法で荷台に積みます。
伐採場を仕切る若い親方さんと樵の方々の口が開いたままで閉じません。
効率は4倍になっても荷台の数が一緒なので時間が短縮される訳ではありません。
「さっさと戻って降ろして来い」
「「「へ~い」」」
待っている間はお茶でも飲んで時間を潰します。
「あんたの浮遊魔法も便利そうね。教えて貰うかしら」
「そうですね」
「とりあえず、今の課題が終わってからな」
「すぐに終わらせるわよ」
見習い神官ちゃん、弱浄化『デオドラント』を簡単に習得しましたが、他は手間取っています。
一度に全部を習得しようと欲張っているからですね。
姉友ちゃんは、属性のある弱浄化『デオドラント』・弱雨『レイン』・凍結『コールド』を習得し、弱火『ホット』に挑戦中です。
弱火『ホット』は水を熱湯にするのに成功しましたが、大浴場で『ホット』を使うと熱湯になって、入浴者が五右衛門焼きの刑、非殺傷系の魔法が大量殺人魔法になっています。
「どうしてもコントロールが巧くいかないです」
「その内に慣れますよ」
「がんばります」
「ねぇ、一般用の術式と魔法具はある」
「馬車にあります」
「貸して」
見習い神官ちゃんは何を思ったのか、劣化版の詠唱魔法を要求するのです。
彼女は教会では詠唱魔法で光の魔法を使っていますから、姉友ちゃんと違って詠唱魔法も使えるのです。
説明書とその魔法式が入った指輪を出すと、奪うように手に取るのです。
「貰い」
「貸すだけです」
「一生、借りであげる」
カンニングペーパーを横目で見ながら、弱浄化『デオドラント』を読み上げます。
これはテストで一度使って貰ったので使えて当然です。
続いて、弱雨『レイン』、微風『クール』を成功させたのです。
「なるほど、こんな感じになるのか!」
「アンニちゃん、使えたの?」
「使えるも何も詠唱魔法に頭はいらないじゃない。正しく詠唱できれば、誰だって使えるのよ。ただ、びっくりなのは水と風の属性を持っていない私でも使えるってことよね」
見習い神官ちゃん、成功しなかったのは属性なしでも使えるという言葉をどこかで否定的に捉えていた為かもしれません。
「私、これマスターしたいから次から作業はパスするね」
姉友ちゃんが「はっ」として俺を見ます。
「いいですよ。練習して下さい」
「ごめんなさい」
「姉さんと二人でがんばります」
「アルと二人。アルとふたりっきり、やった」
姉さんも喜んでいるので問題ありません。
今日の予定は伐採と木の圧縮を終えて日が傾かない内に帰路につきます。
因みに、長荷馬車をメンテナンスした結果、やはり土コンテナは重量的に負担になっているようです。木で組み直してアルミ泊のようなモノと綿をサンドにして断熱効果を高めた木のコンテナに積み替える事で重量を半分以下に抑える事ができそうです。
新しく作る長荷馬車と順次交換してゆく事にして、冬までには20台の長荷馬車を揃えてくれるそうです。
長荷馬車の売り上げも順調で、この冷蔵庫付きもいずれ目玉になりようだと期待しているようです。
みんなが幸せになれる。
それが一番ですよ。