23. 舞台の裏側。
行政府の役所離れに拘置所があります。
その拘置所の牢屋で騒ぎ続ける馬鹿でいました。
「出しやがれ、だまし討ちとは酷いぞ」
「アレフ、いい加減のうるさいから黙ってくんない」
「そう、そう、うるさいよ」
アレフが率いるAクラス冒険パーティ『アレフロト』はベンさんらと一緒に城壁市に到着すると、待ち受けていた領兵に捉えられ、拘置所に放り込まれています。
罪状は『王女暗殺の実行犯』です。
「あぁ、私達は死刑かな」
「普通は死刑でしょう」
「わたしも死刑?」
「そう、そう、この馬鹿が剣を抜いて王女様に向かっていったからね」
「お兄ちゃんの馬鹿」
「糞ぉ、出しやがれ、俺は無実だ」
拘置所に入れた時、拘置理由を聞いたメンバーは唖然とします。
『王女、暗殺未遂』
王女に向かって剣を抜いたのですから王女暗殺未遂です。
逃げれば、王国中に指名手配が掛かり、王国には要られません。
西の大陸もアンティ王家の存在は大きいので住む事はできません。
大陸の北か、さらに西の大陸に行く以外は安住の地はないのです。
「俺は無実だ。あのいけ好かない野郎に向けただけで、王女を向けていない」
「あの子、王女の騎士でしゅう」
「王女の騎士の横に王女いるよね」
「お兄ちゃんの馬鹿」
「糞ぉ、出しやがれ、俺は無実だ」
この不毛なエンドレスを続けているのです。
◇◇◇
教皇の権威に対抗する為に、王家の権威で対抗したのはグッドチョイスだったのかもしれません。領内にいる怪しい者を一斉摘発するいい口実を作ってくれた訳です。
領主は大聖堂に向かう前に領軍300人を3つに分けて、大聖堂制圧、領内の不審者摘発、東の砦の不審者の摘発に動き出します。
そこにベンさんらと一緒に髭の領兵が戻ってきたので、大聖堂制圧の50人が領内不審者検挙に廻されたのです。
・領民でない者の一時身柄確保。
・不審者と思われる者の逮捕。
・不審者と思われる者と接触した者の一時身柄確保。
・抵抗した者の逮捕。
一時身柄確保は領内から出ることを禁ずるという軽い刑であり、行政府の審議官の尋問を終えると解放されます。ただ、その数が膨大な数なので急ぎの者から先行して取り調べを行います。
冒険者は審議官の尋問が終わるまで領外への移動禁止です。
東の砦で移動禁止を伝えられた冒険者が一斉に不満の声を上げましたが、王女未遂事件の説明をされると、むしろ、積極的に犯人の摘発に協力してくれたのです。
「おい、『希望の光』、『絶交猪』、『神速の翼』は帰って来ているか」
「いやぁ、昼から見かけていない」
「怪しいとは思っていたんだ。最近、来た癖に狩りもほどに話しばかりしたがる奴でよ」
「おまえが一番に奢られていたじゃねいか」
「ウチはメンバーが減って収入が減っているんだ。飯が奢って貰えるなら話くらいするさ」
『詰所で詳しくお聞きした』
「何だって話してやる。俺の潔白を証明して貰わないと俺があぶねい」
普段はのほほんとしている冒険者ですが、覗き見、聞き耳は芸達者であり、他人を出し抜く為なら何でもやります。
犯罪には手を貸しませんが、グレーゾーンはお手のモノです。
聞き耳を立てて話を聞きながら、巧い話があれば乗っかろうと虎視眈々と狙っているのです。
諜報員もびっくりの捜査能力があったのです。
その場にいた間者(怪しい奴)10人がアッという間に検挙されます。
絶対にバレていないと思っていた間者が目を白黒させて慌てますが、強者の冒険者を相手にしたのが運の尽きです。
「旦那、俺達は協力的だったとお伝え下さい」
『わかった。わかった。伯爵様にはそうお伝えしておく』
「できましたら、ホンの少しのお情けも」
『期待はするな! 伝えておく。ただ、伯爵様はお嬢様の事になると人が変わるからな』
「それは、もしかして」
『少しくらいは期待できるだろう。それより、その怪しい冒険パーティの捜索に協力してくれ』
「当然です。それで、いくらほどになりそうですかね」
『今は判らんが、おそらく最上級の指名手配になる。当然、懸賞金も最上級だ』
ひゃ~はぁ、冒険者が大喜びの声を上げます。
「まだ、この辺りでうろうろしているかもしれん。全員で捕まえるぞ」
「抜け駆けはなしだ」
最上級の懸賞金は金貨100枚以上です。
伯爵令嬢も襲われたとなれば、1000枚以上も夢でありません。
3パーティなら3000枚以上です。
冒険者の目の色が変わっていました。
同じ事が領内でも起こっていました。
但し、こちらは一致団結というより他者を出し抜いて、人でおいしい目に預かろうとする輩で一杯です。
領軍の兵に冒険者のタレこみで怪しい者が100人以上も検挙されます。
中には、ヤバいと思って逃げて逮捕された馬鹿も多くいましたが、半分くらいは黒という大粛清が行われた訳です。
断罪の目を持つ審議官が一人いるだけで犯罪捜査がスムーズです。
ただ、捜査の結果が出るのはかなり時間が掛かりそうです。
◇◇◇
そんな大検挙は夜になっても続いています。
俺は伯爵邸に連れ込まれて徹夜の会議を続けていたのです。
母さんには伯爵邸でお泊りすると連絡をいれています。
母さんからのメッセージは「がんばってね」だけです。
最近、対応が淡泊すぎます。
心配するだけ無駄と悟っていませんか。
『王女、暗殺未遂』
町はその噂で一杯ですが、そのインパクトは領民より、家臣の方が大きかったようです。
『会議は踊る、されど進まず』
なんて言いますけど、ひっきりなしにやって来る為に会議は中断ばかり入って前に進みません。
「またか、今度は誰か」
夜中だというのに3貴族と交流があった貴族が伯爵邸に訪れて、身の潔白を訴えにくるのです。
「承知しておる。ただ、行政府が行う取り調べには協力するように」
行政府の方は長官達が代わりに対応しているという報告が上がっています。
みなさん、必死です。
協力者と認定されれば、お家は断絶、首謀者は斬首になってしまいます。
何としても潔白をと思う貴族の方々が伯爵邸や行政府を訪ねるのです。
家令の方もしばらく待たせているのですが、人数が溜まってくると放置もできずに伯爵様に相談に来るのです。
その中の一人、財務長官が相談にやってきます。
「それでこの夜半に何だ」
「明日にでもご相談しようかと思っておりましたが、夜半を過ぎても垂れ込みや容疑者の逮捕協力者など多くが訪れておりまして」
「職員が全員体制でがんばっているということだな」
「はい、現在はそのようになっています」
徹夜で祭りを騒いでいるような状態です。
町の各地で取り者劇が続いているのです。
ひた走る汗をハンカチで拭いていますが、汗が次から次へと流れています。
「単刀直入に申し上げます。懸賞金をこのまま放出しますと財政が破たんいたします」
「いくら足りん」
「すでに本年度予算を金貨3000枚ほど超過しております」
市長が難しい顔をして腕を組みます。
そして、俺の顔をちらちらと見るんです。
判りました。
「助けて貰ったお礼です。金貨1万枚を寄付しましょう。さらに5万枚まで貸し付けします」
「金利は例の奴で頼むな」
「判りました。もう残っていませんからアテにしないで下さい」
「判っておる。おまえの資産は把握しておる」
糞ぉ、好々爺な爺さんです。
おみやげや装備の追加、金貨5000枚が消え、
行政府の予算不足を補う為に25万枚の金貨を貸しつく、
学校建設に3万枚を支払い、給金その他で5000枚が消え、
最後に1万枚の寄付と5万枚の貸付けの追加で、
たった2ヶ月で金貨35万枚が消えてしまった。
王国から貰った報奨金が20万枚で素材買い取りが10万枚、魔石などのその他の収入が5万枚ですから、ちょうど35万万です。
糞ぉ、町を出歩けなかったから手を付けられなかっただけで、帰ったら上級魔法が使える装備に一新しようと思っていたのに!
マジで俺の資産お把握しているんじゃないだろうな!
◇◇◇
朝の朝食を食べながら、お茶会のお姉さんが作った書類を眺めています。
結局、度重なる来訪者で会議は何も進んでいません。
しかし、大胆ですね。
「こんな案を出せば、教会は怒ってくるだろうな」
「すでに怒らせております。年内にカタを付けなければ、大司教様が交代させられ、次に送り込まれる大司教がどんな無理難題を言うかと考えれば、頭が痛くなってきます」
「だろうな」
「当然、家臣の切り崩しは当然にやってくるだろうな」
「北の大諸侯と絡んで、領主の交代を目論むかもしれん」
お茶会のお姉さんが年内というのは人事の交代は余程の事がない限り、年末に行われます。内定が決まるのが8月ですから、2ヶ月後の7月までにケリを付けないと大司教様の首が飛ぶ訳です。
「仕方ない。やはり、これでいくか」
「皇太子を捲き込んで、教皇と喧嘩とは参ったな」
「これしかないだろう。領主と教皇が争ってもラチがあかん」
「おまえの部下にしているのが勿体ない」
「やらんからな」
「まだ、学生だろ」
「俺の後継者だ。絶対にやらん」
昨日の代理官を相手にしないという案もお茶会のお姉さんの策です。
王女暗殺を大々的に全面に出すことで、皇太子と教皇の全面対決への構図に持ってゆく。
そういう案を提示したのです。
◇◇◇
昨日、俺達が大聖堂に向かっている頃、お茶会のお姉さんは王都で出会った彼女に大司教様宛のメッセージを託します。
そして、市長と長官が待つ部屋に入って教皇と全面対決するという意志を表示したのです。
「教皇の代理官は恐れ多くも王女様を暗殺という暴挙を犯しました。断固、重罪に処するべきです」
「なんという大胆な事いい子だ」
「不敬罪だ」
「私のどこが不敬ですか! 教皇は自らの領分を弁えず、法を犯して領主の分野を犯してきたのです。貴方達は王国に席を置く者ですが、それもと教皇の者ですか」
「無礼な、我々は王家に使える者である」
「ならば問題はありません。それに対抗しなければ、エクシティウムは滅びます」
「何故だ。こう言っては申し訳ないが、子供一人の命で解決する問題だろう」
子供一人を助ける為に城壁市エクシティウムを危険に晒すことに反対します。
市長を始め、多くの長官が反対の意見を言うのです。
「いいえ違います。よくお聞き下さい。これはアル様が皇太子様に近づいた為に起きた事故です。教皇は皇太子様の力を削ぐ為に仕掛けてきた罠です。当然、この先にある策は諸侯の掌握という目的があると思われます。諸侯を掌握するにはどうすればよいかをお考え下さい。諸侯に逆らった領主を始末する事が教皇の権威を上げる事になります。取り潰されて困らない。見せしめに丁度いい城壁市はどこでしょうか」
お茶会のお姉さんの言葉は長官達が息を呑むのです。
教皇は絶対やると誰もが思います。
お茶会のお姉さんが言ったように、領主の職分を犯しているのです。
領主を排除する事を躊躇うハズがありません。
しかも北の果て、在っても無くても問題のない城壁市であり、一度でも教皇の権威が通用した城壁市を狙わないと思うのはお人好しの馬鹿くらいでしょう。
「その混乱でせっかく開発されかけた産業は潰れ、開発区の計画は頓挫し、混乱の為に領民の半分が餓死するようなことが起こってもおかしくありません。否、起こすでしょう。起こすことで教皇の権威が上がるのです。1つの城壁市を滅ぼす事で、多くの城壁市を掌握する。そして、皇太子に組する城壁市を次々に狙えば、皇太子の力は疲弊します。皇太子が王になったとき、教皇の命に逆らう事ができなくなるのです。そんな未来をお望みですか。私は不敬な事を言っているのでしょうか」
少女と思えない気迫が長官達を呑み込みます。
しかし、少女の言っている事は最もであり、あり得る未来なのです。
ずっと黙っていた市長がやっと口を開きます。
「決まったようだな。で、具体的な策はどうする。教皇の代理を相手するのが手強いぞ」
「今回は教皇の代理官を相手にしません。相手にするのは大司教様と付き添いの貴族のみです」
「なるほど、王女暗殺を前面に押し出すつもりだな」
「はい、それしかアル様を助けることができません」
「そうだな」
「ところで、アル様は今回、喝破の目に苦しめられていますが、こちらに同じ者はいませんか」
「確か、審議官に一人いたな」
「ならば、こちらの勝ちは決定です」
それだけ市長は納得して大聖殿にやってきたのです。
お茶会のお姉さんが大司教に送ったメッセージは1つだけです。
「アル様をお助け下さい。必ず、次は大司教様をお助けします」
何の事か判らない大司教様も市長との掛け合いでその意味を気づきます。
因みに、控え室で影に隠れて声を掛けてくる王都で出会った彼女からおおざっぱ話を聞いていた大司教様は神官達に「何があっても抵抗してはなりません」と部下に伝えていたので、ドクさん達が侵入して来たとき、抵抗しなかったので制圧を簡単に進んだのです。
◇◇◇
伯爵邸を後にして、今度は行政府で打ち合わせです。
学校や旅団、西の開発区など課題は山住です。
会議室で市長が上座なのは判りますが、隣が何故、俺ですか?
副市長も長官もみんな俺に上座を譲るんですか。
細かい事はお任せします。
お茶会のお姉さんは俺の後方に立っています。
俺は座っているだけです。
ほとんど、お姉さんが決めてくれます。
最後の案件だけは無理を通させて頂きました。
「オーナーさんだ」
「オーナーさん、助けて」
拘置所の地下1階は重要犯罪者とか、能力の高い人を閉じ込める場所です。
分厚い石で固めた部屋にみんな武装解除させられて閉じ込められています。
「てめぇ、何しにきやがった。俺を笑いに来たのか。俺に負けた腹いせか、正々堂々と勝負しやがれ!」
「馬鹿野郎、少し黙らせておけ」
目付け神官の指示で盾役の人がはがい締めにして適当な布を口に入れられました。
いい気味です。
「この度は申し訳ございませんでした」
「いえ、いえ、こちらこそいい勉強になりました」
「それで私共はどうなるのか、お聞きでしょうか」
「その件でお話しにきました」
目付け神官は普段大人しそうな雰囲気を思っていますが、イザとなると一番危険な人物ではないかと俺などは思います。しかし、死刑が決定すれば、思いも付かない手を脱出して、手負いの獅子に為りかねないと俺など危惧するのです。
「アル様、はっきり申し上げた方がよろしいと思います」
「こういうことは自慢する事ではありませんし」
「いいえ、若く、才能があるこれから冒険者をここで失うのは惜しい。アル様がわざわざ頭を下げられて斬首が決定を覆された事を言って置くべきです。アル様 の御懇願で中止になった事を伝えておくべきです」
温厚なお茶会のお姉さんが凄く怒っています。
一番、最後まで抵抗したのはお姉さんです。
でも、可愛い女の子が首を刎ねられるのは見たくありません。
あの馬鹿も死んだら泣くでしょうから、それも見たくありません。
「本当にありがとうございます」
「いえ、いえ」
「ありがとう」
「アルの兄ちゃん、ありがとう」
お茶会のお姉さんが強調するからお礼の言葉が止まりません。
それでもまだ言い足りないのか、愚痴っています。
「そもそも今回は余りにも軽率過ぎます。アル様の側に王女様がいるのは十分に承知していたハズなのに、どうしてこんな不手際が起こるのですか」
「面目ない。ところで罰は奴隷落ちか何かですか」
「いいえ、とある奴隷の無期限の警護です」
「奴隷の警護?」
「無期限?」
奴隷と言っても俺を騙した奴隷達の事です。教会から口封じの為に暗殺者が送られるかもしれないので警護を必要なのですが、奴隷に経費を割くのはもったいないのです。そこで罰として無償で警護する事を条件に解放するという事にして貰ったのです。
「無制限といいましたが、教皇とのイザコザは半年から1年くらいで終わると思います。最大1年と考えて貰って結構です」
「最長1年ですか」
「半数でクエストに行くのも、護衛を一人にするのも、どのような警護をするかは自由ですが、対象が暗殺される。あるいは、逃げ出した場合は、やはり共謀者と見なされて斬首されると覚悟して下さい。くれぐれもアル様の顔を潰すようなことはないように」
散々、お礼を言われて別れた。
「あぁ、1つ忠告するのは忘れていた」
「戻ります」
「別にいいよ」
拘置所を出るには審議官の尋問があるのだが、心証が悪いと拘置所にいる期間が長るなる。尋問まであの馬鹿をしっかり調教するように言おうと思っていたのです。
「毛布と食事も改善するようにお願いしたと言えばよかったかなって」
「あぁ、確かに失敗でした。もっと恩を売るべきでした」
クールなお茶会のお姉さんが今日だけは鬼のように厳しい気がします。
気の性でしょう。
毛布と食事の改善に馬鹿以外は感謝してくれたそうです。