21. (休話)ミルラルド教授の優雅な休日。〔前篇〕
学園都市、生徒にとって切磋琢磨する弱肉強食の不毛な大地です。
駄目な生徒でも運のいい教授に当たれば、卒業できます。
無理をして過当競争を強いるゼミに入ると地獄の日々が待っています。
まぁ、楽な学校を選び過ぎると廃校の危機に面して、自動退学という悲惨な学生も多いのです。
可哀そうですね。
私のゼミに入れば、大抵は卒業させて上げます。
私がきっちりと薬学を仕込んで上げます。
薬学の生徒は非常に評価が低いのですが、魔法薬の需要は高いのです。
軍にしろ、領主にしろ、卒業後も食ってゆくのに困ることもないでしょう。
それだけが自慢です。
アルゴ学園は実力主義なので、軍階級か、魔法師の階層がそのまま席順に反映され、魔法使いとして最下位、冒険教授の上の席です。
つまり、下から2番目です。
私は『赤草の魔法師』と呼ばれ、魔法薬の開発を評価されて、お情けで魔法師に昇格できたようもので、丁度師匠がアルゴ学園を退職したので就職できたのです。
何というラッキー、運の良さだけ一番です。
階層は魔法師、魔術師、魔導師と3段階あり、階位は色違いで紫、青、緑、黄、橙、赤の6段階です。私の『赤草の魔法師』は赤の位で薬草を評価された魔法使いという意味です。魔法使いの師匠(師)として最下位ということなのですね、は、は、は。
そんな私ですから、魔法師に推薦した師匠に恩返しの『論文発表』もできずにいた訳です。
◇◇◇
3月末、アルゴ学園の月末、教授会議でガル・フォードゥ教授が表彰されました。
ガルゼミの生徒が蒼勲章を受章し、王国に多大な貢献を果たしたというガルゼミへ評価です。
「ガル、おめでとう」
「ありがとよ。まぁ、俺ががんばった訳じゃないがな」
「ガルの人格の賜物だ。自慢していいって」
「悪いな、席を譲って貰うことになって」
ガルが評価されたので、席順が少し変わりました。
蒼は青色です。
魔法師の青の位と同等と見なされて、緑の席の上に移動する事が決まったのです。
次回から私が最下位の席に移ります。
ちょっと惨めです。
私の弟子登録もしてありますよ。
学園外なら弟子の評価がイコール、私の評価になりますが、学園ではゼミの生徒が優先されます。
そもそも弟子なら自分のゼミに何故入れなかったと突っ込まれるだけですね。
登録したのは2月で学園に入ってからですしね。
ガルだって、あの子にほとんど何も教えていないのに評価されるなんて。
ぶつ、ぶつ、ぶつ。
「あら、落ちこぼれのミルラルドではなっくって、最下位おめでとう。次はいつ学園を出てゆくのかしら。ほ、ほ、ほ」
「薬学は必需品ですから首になりませんよ」
「あら、それは残念。その体を使った職業に移った方が世の中の為になるのでなくって」
「そうですね。その貧相な体では雇って貰えないでしょう」
「いうわね、最下位」
「次の論文で1つくらいは階位を上げて帰ってきます」
「あらぁ、アサの総会に行かれますのぉ。いいわね、暇な人は」
「よかったわ。一緒に旅行なんて最悪ですもの」
ふん、同じアルゴ学園の教授、イザベル・フォン・カスティオは私と33歳で『赤弾の魔術師』の称号を持って、炎を得意とする魔法を研究する第一人者として活躍しています。
同じ赤ですが、階層が違うのです。
学園の中堅を支える教授であり、今日もガルと一緒に表彰されていました。
元々、蒼勲章より高い評価を得ているので席は変わりません。
他に二人の魔導師も表彰されていましたが、それは当然なので誰も驚きません。
学園で表彰されていないのは私だけという不名誉な事になりました。
でも、諦めましょう。
ウチのゼミから表彰される子がでる訳がありません。
◇◇◇
西回りの旅団で最初の終着地が西地区の総諸侯が治める城壁市アサです。
1ヶ月近く観光できる身分です。
宿泊所は移動費も宿泊費も魔法協会持ちというのが、尚、嬉しいじゃありませんか。
もちろん、宿泊宿はこの城壁市で最高の旅館が使われます。
贅沢な部屋で美味しい食事がタダです。
最高の旅行です。
魔法協会の総会は来月中旬で帰りの旅団が出る少し前で、出発前の歓送パーティーに出席し、美味しい物を食べ放題という特典も付いています。
今回、総会は何でも導師の同窓会として呼び掛けたので多くの魔導師が出席を表明しているとかで正式に総会として認められる可能性が高いとか。
論文発表して、師匠孝行をやりましょう。
なんて思っていたのは、アサに到着して数日の事です。
豪華な食事にお酒がタダです。
タダ、タダ、タダ、最初は1杯だけ、次は一瓶だけ、5本を超えた当たりから制限がなくなり、朝から酒びたりの生活になってしまい。
「あの酔っ払いは誰だ」
「申し訳ございません」
「この旅館も随分と品のない客を泊めるようになったな」
「本当に申し訳ございません」
旅館のオーナーは大迷惑です。
魔法師の評価を下げると同じ旅館に泊まっている魔法師間で有名になったのです。
こうして至福の1カ月なんてあっという間です。
城壁市アサは巨大な都市だったので、最高級の旅館も多く点在し、一部の魔法師で有名になった程度で済んでよかったですね。
◇◇◇
5月12日、ジェイムズ・フォン・ポーク魔導師は同窓会を参集しました。
昨年、同世代の魔導師が5人も亡くなった事を悲しんで、最後にもう一度だけ集まっておこうという趣旨で招待したのです。
12人の魔導師と28人の魔術師、104人の魔法師が参集に応じ、同窓会に先だって、今世紀最大数の魔法協会総会が開催されたのです。
この日の為に用意されていた『論文』発表を多くの魔術師、魔法師が順に発表してゆきます。朝から始まった総会は昼の後にも続き、3度の休憩を挟んでも終わりません。
「おい、いつになったら同窓会は始まるんだ」
「あと、3つです」
「まだ、3つもあるかのか」
普段はそういう事もないのですが、朝から始まった総会が夕食時まで続くとイラダチます。それも魅力的な発明や発見なら身を乗り出して、研究成果を問い質しますが。追従実験の成功なんて聞いていて面白くありません。
要するに、魔導師と同じ魔法ができるようになりました。私も評価して下さいというモノです。
本当に正しく理解しているか問い質す程度で、聞いていた楽しいことなどないのです。
この20年間、新しい魔法を発案する新人は現れておりません。
50年前に始まり30年前に終わった黄金期に比べて、魔法の発展は停滞しているのです。黄金期に対して停滞期と呼ばれる所以です。
今回の発表で面白かったのは3つほどであり、その1つがアルゴ王国中心部の聖域に魔石の集合体が発見されたことです。魔法具を扱う魔導師以下、魔術師と魔法師の食い付きは凄まじいモノがありました。
大陸の北に依存する魔石を国内で安価で手に入るようになれば、研究が飛躍的に進めることができます。残念ながら発表は結論ではなく、研究経過として発表され、今後の研究を待たねばなりません。
そして、逆に下らん論文を発表する魔法師にイタズラの魔法攻撃が初まっていたのです。
「そんな下らん発表は止めて帰りやがれ」
「ぎゃあぁ」
軽い雷撃や色付きの水球が投げ込まれます。
その程度の攻撃くらい論文発表中でも軽く躱して論文を続けろと言う事なのか、「攻撃を控えよ」との制止は掛かりません。
「フラン姉さん、私、止めようかな」
「何言っているのぉ。師匠孝行するんでしょう」
「自信ない」
「ほらぁ、あんたが最後よ」
姉弟子のフランに背中を押されて会場に飛び出します。
会場のざわめきに足が竦みます。
心の中で1歩と思うのですが、足が出ません。
ぎゃはははぁ、出入り口のすぐ側に旅館で見かけた男が下品に笑っています。
「ねぃちゃん、アンタも発表か、どの酒が巧いかなら聞いてやるぜ」
「ありがとうございます。それなら得意です」
「ぎゃはははぁ、その素直はいいね。赤の魔法師のねぃちゃん、いい発表ならこのワインをくれてやる…………」
なんと!
アルゴ1788年産のカリブワインじゃないです。
夢のカリブワイン。
しかも前世紀最高と唄われる1788年産です。
きゃぁ、これを呑めるなら死んでもいいです。
下品な男は「くれてやる…………」の後に、ミルラルドの体を散々に罵って、「抱かせろ」だの、「犯してやろうか」とか、恫喝めいた事を言っているのですが、そんな事は耳に入りません。
罵倒されて退散なんて事にならないなら、あの特上のワインが貰える。
なんて素敵なダディーでしょう。
マントの1本線は魔法師で、紫のピンは最上位です。
あの下品なおっさんは魔術師に最も近い魔法師ですか!
赤ピンの私と違って収入もいいんだろうな!
そんな事をミルラルドは思います。
「みなさま、もう発表を聞くのも飽きたでしょうから4つの魔法を紹介して、簡単に終わらせて頂きます。どうかご注目して下さい」
魔法協会の職員が大きな水桶を運んできます。
ミルラルドはゆっくりと聞こえやすいように初級魔法の『ウォーターピアス』を詠唱します。
回転する丸い球体が発現します。
魔法を習い始めた子供でもできる魔法に失笑が起こります。
「では、次です」
気にせず、ミルラルドはゆっくりと聞こえやすいように初級魔法の『ウォーターピアス』を詠唱します。
今度は名前の由来通りの水柱が誕生しました。
「下らん。すぐに止めろ!」
「そうだ、そうだ、魔法学校でも始めるつもりか」
「ひっこめ」
わぁ、どうしよう。
もう最後にしようかな?
ミルラルドは会場の雰囲気の悪さにおどおどと見回します。
「おだまりなさい。私の可愛い弟子が発表しているのよ。騒ぐのなら、その口を胴体から話して剥げましょう」
ミルラルドの師匠であるザラ・フォン・テイラー魔導師はタイラー派の重鎮で光・闇・火・水を極めた『四聖紫の魔導師』の称号を持っています。
気性は荒く、やると言えば、絶対に実行する。
諸侯と正面から喧嘩して勝ったこともある女傑です。
すでも77歳で引退していますが、その声の張りは健在でした。
肝のを冷やした魔法師達がその口を閉じます。
「続けなさい」
「はい」
ミルラルドはゆっくりと聞こえやすいように初級魔法の『ウォーターピアス』を詠唱します。
今度は逆円錐の噴水のような形の回転体が完成するのです。
「まさか」
「ええっ、そのまさかかもしれません」
師匠ザラの隣に座るジェイムズ・フォン・ポーク魔導師が声を上げて身を乗り出します。
魔導師12人以外の反応は希薄です。
「次が最後です。よ~くご覧下さい」
ミルラルドはゆっくりと聞こえやすいように初級魔法の『ウォーターピアス』を詠唱します。
発動と同時に直径5mの水の女神像が渦を巻いて完成しました。
「間違いない。同じじゃ」
「ええぇ、同じでした」
会場が静まり返っています。
わちゃ、外した?
「ご覧のように魔法陣は1つ。魔力量も同じ、詠唱もそのリズムを同じです。魔法三大理論のすべて同じであったに関わらず、4つの魔法はすべて異なります。何故、違うのでしょうか? 答えは簡単です。魔法三大理論は間違っていたのです」
きゃぁ、言っちゃった。
ミルラルドは心の中で悲鳴を上げ、昔の大魔導師に喧嘩を売るような行為に後悔を覚えつつも、もう後戻りできないと腹を括るのでした。