20. 私の見せ場がなくなると思って心配したわ。
ギィィィィ~ダン!
後方正面の扉が両開きで勢いよく開けられます。
扉を開けたのは、下兄とドクさんです。
二人が親指を上げて強襲に成功したことを俺に告げています。
そんな二人など教皇の代理官の目に入っていないでしょう。
そりゃ、中央に領主伯爵様が兵を連れて乗り込んで来ているのです。
カツ、カツ、カツ、一歩ずつ近づいてくる領主様に代理官が恐怖を覚えます。
この威圧感は狂気スキルを発動させていますね。
狂気スキルは相手に威圧や恐怖を何倍にも高めるスキルらしく、モノは試しと一度だけ試されたことがあります。言葉1つ1つに威圧を感じ、恐怖で身が竦む思いをたっぷりと味あわせて頂きました。
恫喝には持って来いのスキルです。
進んでくる領主様にピリピリとした空気を感じながら道を譲ります。そして、教皇の代理官の胸倉をがばりと掴むのです。
「おい、俺は忠告したよな。領内で家臣や領民に何かあれば、容赦しないと言ったよな。俺に二言はないぞ。教皇の代理官か何か知らんが、この領内では俺が法だ。法を破る奴に容赦はしない。覚悟はできているんだろうな」
怒気だけで後の3貴族が腰を抜かしています。
代理官も振えながら、歯をガチガチと音を立てながら抵抗しようとしているのが判ります。
「わぁ、たしを、誰だと、思って」
「教皇の代理だろう。
それがどうした。
代理が何故に森に行く必要がある。何故にここに留まらなかった。教皇に狩りをして来いと言われたか。言われたか。言われている訳がないな。余計な事をするなと忠告したぞ。俺の言うことが守れんのか。はあぁ、はあぁ、答えよ」
ぐいっと胸倉をさらに絞めつけられて代理官の限界を超え、ズボンを濡らし、床を白い液体で汚しています。
その水たまりに領主様は代理官を激しく落とします。
膝を折り、顔を近づけて、さらに追い込みの恫喝が増してゆくのです。
「今すぐに出て行け! さもなければ、殺す。ずたずたにして殺す(…………)」
これは聞かせられない。
聞くに堪えない言葉で恫喝が続きます。
「どうか助けてくれ。殺さないでくれ、お願いだ」
「ならば、出て行け」
「それは無理だ。あいつを殺さないと私が殺される。お願いだ。私を助けると思って、あいつを殺させてくれ」
「そんなことができるか!」
「教皇は恐ろしい方だ。あのお方は王族どころか、皇太子だ…………がはぁ」
代理官がその場で胃の中の物をすべてぶちまけます。
もう、ぼろぼろになっていながら領主様に懇願するのです。
「あいつを殺させてくれ」
参った、そんな顔を覗かせます。
本気で教皇の代理官を殺す訳にはいかないようですね。
◇◇◇
こつ、こつ、こつ、廊下の後から現れた姿を見て、俺はなんとなくほっとします。
「お待たせしました」
「待っていました」
お茶会のお姉さんがにっこりと微笑んでくれます。
その笑顔を見て、やっと一息ついた気になるのは早すぎるのでしょうか。
お姉さんの横には市長閣下が付いてきています。
「お手数ですが、少しお付き合い下さい」
「はい」
そう答えるとお姉さんが後ろに人に「お願いします」と言って場所を譲ります。
その人の服装は俺が一番に見慣れた審議官の服です。
『汝、アルフィン・パウパーは、娘を犯したか』
「いいえ」
「真実でございます」
『汝、アルフィン・パウパーは、少年を殺めようと魔法を酷使したか』
「やってません」
「真実でございます」
何だ?
質問を終えると審議官は後ろに下がって、お茶会のお姉さんに場所を譲ります。
「なぁ、大司教。もう終わらそうではないか」
「市長閣下、その茶番はなにでしょうか?」
市長がお姉さんの方を向くと鞄から証明書のロールを広げます。
「この審議官が王国の定める『断罪の目』を持っていることを示す証明書でございます」
「今のやり取りに法的な拘束力はない。だが、審議官は犯罪者を裁く権限を有しておる。市長として宣言させて貰おう。こいつは無罪だ」
「困りましたな」
「あぁ、困った」
あぁ、なるほど。
断罪官を信じれば、審議官を無視された王国の権威が下がります。
審議官を信じれば、断罪官が偽りと言われた教会の権威が傷つきます。
どちらを取っても角が立つ。
代理官を無視して、大司教様と取引を使用としているのです。
ゆっくりと時間を掛けて大司教様が考えを巡らします。
誰も注目し、息を呑む。
そんな間の取り方です。
そっと手を上げて、大司教様が声を震わすのです。
「この件は不問といたします」
市長閣下が頷きます。しかし、代理官が食い下がります。
とり乱します。
起き上がりながら声を上げます。
「大司教、それはなりません」
「王国とイザコザを起こし、教皇を危険な目に合す訳にはいきません」
「教会の権威を落とすおつもりか」
「何もなければ、落ちるものなどありません。この件において公文書の一切を残す事を禁じます。これは大司教としての命令です」
「なりません。教皇の代理官として告発したのですぞ。教皇の命を無視するおつもりか」
「教皇は告発者として貴方をここに送っておりません。告発したのは一介の神官に過ぎない貴方自身です。教皇が告発者などと恐れ多い言葉を二度と口にする事を許さん」
代理官は必至です。
本当に俺を殺さないで返ったら殺されるのでしょうか?
教皇というのは、それほどに横暴な方なのでしょうか?
「人が殺されております。それを目撃したのは私です。それを反故にさせる訳にいきません」
譲らない代理官の言葉を打ち消すように、大神殿中に響く声が広がるのです。
「ちょっと待った! 誰が死んだって! 誰が殺されたって!」
市長閣下が頭を掻きながら道を横に譲ります。
はい、はい、声だけで判りました。
ホント、頼りになる女の子です。
「私の出番がないままに終わるかと思って焦ったわ」
馬鹿は嫌いですが、大馬鹿は大好きです。
彼女はいまだに魔物を倒すと軽軽値が手に入って強くなると信じているんですよ。
「なんだ、おまえは」
パチン、見習い神官ちゃんは指を鳴らして「入りなさい」と言うと、ベンさんと無口な盾の戦士さんに抱かれた少女と少年が入ってくるのです。
血の気は薄そうですが元気そうです。
「ば、ば、ば、馬鹿な。確かに死んだハズだ」
少年が心臓を突き刺されてから俺達と代理官が睨み合いを続けた時間は10分を超えています。
少年の死亡確定です。
多少の治療が巧い魔法士がいたとしても死んだ人間を復活させることなどできないのです。
この城壁市の神官で蘇生魔法を使える者はいません。
大司教も教会のシスターも光の中級魔法の完全治療までしかできないのです。
蘇生魔法が行える神官の数は少ないのです。
ならば、どうして生きているのでしょう?
代理官は目を疑うしかありません。
「死んだハズだ。確かに死んだハズだ」
「ええ、死んでいたわよ。それがどうかしたの?」
「では、何故? 生き返った」
「決まっているじゃない。蘇生させたに決まっているじゃない」
「何を出鱈目な事を。見習い神官風情が戯言を申すな」
「あんた、もしかして蘇生魔法が使えないの?」
『できるか!』
おそらく、見習い神官ちゃんにとって悪気はないのでしょう。
教会のシスターは中級魔法の完全治療が使えます。
見習い神官ちゃんは蘇生魔法と完全治療を同じだと思っているんですよ。
確かに怪我などで死んだ直後なら完全治療でも復活できますからね。
一方、蘇生魔法は外部の損傷によりますが、死後1時間くらいまで蘇生ができる魂と体の融合魔法なのです。外傷の治療も行いますから完全治療に似ていると言えば似ているのですが、根幹が違い魔法なのです。
相変わらず、シスター以外は眼中のない見習い神官ちゃんです。
「ちゃんと宿題はマスターしたわよ。約束通り、今度は広範囲の治療魔法を教えなさい」
シスターは広範囲の治療魔法も行えます。
レベルから言えば、広範囲の治療魔法の方が下なんですよね。
は、は、は、大司教様が笑い出します。
蘇生ができるのに広範囲の治療魔法ができないと聞けば笑うよね。
「それは凄い。是非、エリアヒールを覚えてくれ」
「もちろんよ」
「代理官、誰も死んでおりません。益々、不問でよろしいな」
ばん、ばん、ばんと床を何度も叩きます。悔しいのか、悲しいのか、それとも何かが飛んでしまったのか、目の焦点があったいないような気がします。
「見習いが蘇生? はぁ、あは、あは、ありえない。夢だ。これは悪い夢だ。あり得ない。あってはいけない」
市長閣下はやはり代理官を相手しません。
3人の貴族の方に近づきて声を掛けます。
「おい、小僧ら。おまえらが今、どういう状況に立たされているのか判っているか。おまえらは王女暗殺の黒幕として容疑が掛かっている。言っている意味が判るか」
「我々は関係ない。王女など襲ってないし、死闘を繰り広げたのは一介の冒険者同士だ」
「そんな言い訳が聞くと思っているか」
ずがん、市長が大神殿に設置されている机を叩きます。
一介であろうと王女に向かって剣を向ければ、王女暗殺未遂です。
王族に対して剣を向けたのは事実なのです。
その場に都合よく現れた教皇の代理官一行が黒幕と思われてしかたないのです。
「言って置くが、おまえさんらの家が庇ってくれるなどと思わない方がいいぞ。王族暗殺に関わった者を庇う家はいない」
「俺達は本当に何も知らない」
「おまえらが知らなかったとして、こいつどうだ。ウチの所には真実を見分ける審議官がいるぞ。こいつが少しでも知っていたらどうなると思う」
市長閣下は悪です。
教皇の代理官が王女暗殺を計画したというショッキングな事件で王族がどう動くかは明らかです。
王族と教皇の全面衝突です。
そのとき、3貴族の家はどう態度を示すでしょうか?
王族に付けば、関わった一族は全員が斬首されて王家に届けられることになるでしょう。
教皇に付けば、王族の軍と戦って勝利しないと一族に未来はありません。
いずれにしろ、大量の死人が出るのは間違いないのです。
その決定権を3貴族に押し付けるのですが、プレッシャーは相当なものでしょう。
「おい、逃亡するなら見逃してやる。捕まれば、確実にそいつはゲロを吐くことになる。しかし、容疑者の段階ではおいそれとは手が出せまい」
逃げるイコール犯罪を認めるです。
しかし、王国は教会との不和を恐れて公開しないでしょう。
「さぁ、どうする。一族を捲き込んで斬首されるか、こいつを連れ帰るか、こいつが領内に戻ってくれば、間違いなく捕まえる。だが、今は逮捕したくても、まだ逮捕できない。今は申請中でな! まだ逮捕令状が出ていない。逃げるなら今しかないぞ」
3貴族が顔を会わせると頷いて、代理官の体を支えて出てゆくのです。
断罪官と従者達もそれに従います。
「手配書は東ルートで送る。よ~く、吟味して逃げ延びろよ」
聞こえていると思いますが、返事はありません。
間違っても教皇の代理官を捕まえる領主もいないと思いますが、王家はどうでしょうか?
東ルートを取ると王都を通過しないと西の教会都市にいけません。
市長は西ルートを使えよと暗に言っている訳ですが、素直に聞くでしょうかね?
外に置いてある馬車に乗せると、凄い勢いで馬車を走らせてゆくのです。
「助かりました」
「そう言って貰うと助かる」
「そういうことだ」
へぇ?
俺の肩を軽く叩きながら領主伯爵様と市長伯爵閣下の笑顔が凄く怖く思えたのです。
死なずに乗り越えたのが朗報ですね。
◇◇◇
作品の向上の為に、
『 評価 』
だけでも付けて頂けると幸いです。
よろしく、ご協力下さい。
お願いします。
作者:牛一/冬星明