19. 復活できるとしても痛いのはイヤです。
2台の馬車が城壁市の城門に付くと、待っていた貴族が馬車を止めて駆け寄ってきます。
「許可もなしにドアを開けるのは無礼ですよ」
「これは申し訳ございません。教皇の代理官様より直々の御命令であり、少々、高ぶってしまいました。平にご容赦を。尚、馬車は直接に大聖堂に向けられるますようにお願いします」
「父上の下に一度お伺いしたいのですが」
「申し訳ございません。教皇の代理官様のご命令でございます」
教皇がどれほど偉いんじゃと言いたい所ですが、控えていきましょう。
揉めることも向こうの戦略の1つです。
城壁市に入った瞬間から教皇の権威は、国王と同格と見なさねばなりません。
「所で、他の方はどうされました」
「逃げた悪党の捜索と、私を襲ってきた不埒者を護送して後から到着します」
「はて、不埒者とはどなたの事でしょうか?」
「王女である私を襲ってきた者の事です。幸い、わたくし の騎士が守ってくれましたから何も事もなく済みました」
「私とは見解が違うようですな」
「そのようなことは些細な事です」
「異な事を申される」
「王女の言葉を疑うのですか信じられません」
「…………」
睨み合い、そして、しばらくして向こうが諦めた。
勝った。
悪いがアレフ達には王女を襲ってきた暗殺者とさせて貰いました。
俺が戦った事の理由付けの為です。
向こうか教皇の権威を盾にするなら、こちらも王族の権威を盾にした方がいいという結論です。
馬車が走り出し、大聖堂へ向かってゆきます。
馬車から降りてきたのは、俺、姉さん、姉友ちゃん、小公女さん、7女ちゃんの5人だけです。後ろの馬車から7女ちゃんの護衛6人が降りて来て神官と揉めています。
「我々は伯爵様より命を受けて護衛をしている。直ちに退かれよ」
「教皇の代理様よりキツいお達しがあり、護衛の方の入場をお止せよとお達しです」
「我らの知る所ではない。どきなない。さもないと力尽くで入らせて貰いますよ」
「どうか、どうか。どうか」
しがみつく神官や従者達に手間取っている護衛の方々ですが、正面玄関でできるだけ大騒ぎして欲しいと頼んであります。
もちろん、俺、小公女さん、7女ちゃんの護衛に当たる姉さん、姉友ちゃんの入場も拒まれましたが、「わらわに触る気か、無礼者」と王女様が叱り付けると、神官や従者達も王女に触れる事ができません。
「王女様、これも教皇の代理官のお達しでございます」
「わらわに意見するな。下郎」
「王女様に意見するなど恐れ多い事をなさいますね。王女様は大諸侯と同格、教皇の代理の方では格式が合いません。まず、この無礼者をお父様にご報告する方が先ですね」
「ならば、武器の携帯は」
「この先に国王か、教皇様が居られるのですね。代理官では格式が違いますよ」
「この先には、教皇の代理官がおられる」
「格式の者に武器の携帯を外して謁見など聞いたことがございません。むしろ、武器と魔道具を外すべきはあなた方ではありませんか」
7女ちゃん、ここぞとばかりに責めたてます。
貴族の顔が愚醜に歪みます。
王女と言っても没落王女ではないかと心の中で叫んでいるのでしょうが、それを口に出せば、順列を決めたアルゴ王家への反逆と逆告発されても不思議ではなりません。
小公女さんは自分ではいつも言っていることですけどね。
結局、諦めて奥に案内してくれます。
騒ぎを起こしている間に下兄達が追い着いてきました。
さぁ、逆襲のはじまります。
◇◇◇
大聖堂の大正門から入場するのは2度目です。
1度目は去年の秋で姐さんの結婚式です。
「アルと一緒にレッドカーペットを歩いたってホント?」
「ええ、ホントですわ」
「アンニ様はとでも可愛らしく、アル君は凛々しかったです」
「トモ、あんたは優しすぎるのよ。この謀略娘に騙されているんだから」
「お姉様、謀略娘は酷いです。私は一途にアル様を思っているだけです」
「まぁ、今回の件でちょっと見直した」
「ありがとうございます」
大聖堂の大広間を進み大神殿の扉が開くと、壇上に脇に教皇の代理官と断罪官、そして、残りの2貴族が立っています。さらにその脇の従者が6人立っているのが見えました。4つの扉に神官や従者のローブを被った男達が4人ずつ待ち構えています。
扉を開く係の神官と従者なのかもしれませんが、敵と認識して置く方がいいでしょう。
横の扉の裏に何人の敵が隠れているかが問題です。
ドクさん、よろしくお願いますよ。
「つまり、アルは天使役の意味を知らずに引き受けたって事」
「はい、仲間内のお遊びのつもりでした。まさか、叔父上が大神殿を使った本格的な結婚式をするなんて思いませんでした」
「じゃあ、もうここで結婚式するしかないわね」
「はい」
「アネィサーちゃんも一緒に白いドレスを着ましょう」
「わたし、姉弟ですよ」
「こんなに一杯いるから一人くらい混ざっても判らないわよ」
「そんな訳ないでしょう。王女様」
「王女は禁止、ソフィーアと呼んで! お姉さんになる人に王女様と呼ばれたくないわ」
「はい、ソフィーア」
「いいな!」
「トモもソフィーアでいいわよ。嫁同士じゃない」
「ありがとうございます」
絶対にここで口を挟むのは禁句です。
ガールズトークに参加すれば、酷い目に合うか、トンでもない約束をさせられるだけです。代理官の冷静さを欠く為に、他愛もない話でいらださせる作戦ですが、SAN値が下がるのはむしろ俺の方ですよ。
俺達はすでに檀上に下に到着しており、いつ果てる事のないガールズトークに代理官は顔を真っ赤して額に怒筋 マークがいくつも浮いています。
怒っています。怒っています。
「いつまで下らん話をしているつもりだ」
「「「「下らなくない」」」」
女の子が怒る時って怖いよね。
うん、判る。
代理官が圧倒されたよ。呆気に取られた。金魚みたいに口をぱくぱくしている。
◇◇◇
ぎぃぃぃぃぃ!
横の扉が開くと大司教が入場して檀上に立ちます。
俺達も膝を折って胸に手を当てて最敬礼の敬意を払うのです。
これは大司教に対してではなく、神の代理者への敬意を示します。
「今日は難しき儀礼は省く。申したき儀があるならば延べよ」
「大司教様、その必要はございません。すでに私と断罪官で審議は終わっております」
「叔父上、彼らの言っている事はまっかな嘘でございます。アル様は私どもと一緒におられました。娘を襲うなどできようもありません。況して、王女を襲った悪漢と死闘を果たし、魔力を枯渇して魔法で他者を自在に動かすなどできようもありません。あり得ぬことを是とする断罪官の方が教会の威信を落とす元凶となりましょう」
代理官が怒りを露わにするのに対して断罪官は顔色1つ変える気配がありません。大司教様は穏やかに顔を崩していませんが内心はどう思っているのでしょう。以前の感じでは、7女ちゃんを可愛がっているように感じたのですが立場として難しいのでしょう。
「黙れ、小娘」
「黙りません。嘘とねつ造で固めた信仰など神が望むハズがありません」
「教会を愚弄するか、背信者として告発してやるぞ」
「できるものならやってみなさい。神はそれをお許しになるでしょうか」
「口の減らぬ小娘め! 神の怒りを恐れぬか」
「神は常に正しき者の味方です」
「神を愚弄する愚か者め」
「神の名を語る背信者は誰でしょう」
「ベッラ様、お止め下さい。俺の為に無理をしないで下さい」
「ですが、アル様」
「俺に任せて下さい」
「はい」
7女ちゃん、迫真の大演技です。
神、神、神!
神を印象付ける代理官に合わせての即興アドリブですから大変です。
「大司教様、どうか判決を言う前に神の御心をお確かめ頂けませんか」
「神の御心とは」
「代理官様が俺に神の奇跡『断罪』の裁きを求めます」
「良いのか。ここは聖域ぞ」
「神がそれを望むのなら昇天することになりましょう。しかし、それにおよばないというならば、何事も起こりますまい」
カエルの顔を潰したような教皇の代理官が舌を舐めまわして喜んでいます。自分を愚弄して下郎を自分の手で始末できる。
これほど嬉しい報酬はありません。
大司教様は少し間を開けて、大きく息を吸ってから代理官に語り掛けます。
「如何ですか。私もそれが妥当と思いました」
「よろしい。私がこの者の罪を払いましょう」
おい、おい、目が笑い過ぎて顔が引きカエルみたいに破顔しているぞ。
少しは平静を装うくらいの気を掛けろよ。
「アル様、一緒に神に祈りましょう」
「あぁ、一緒に祈ろう」
「待て!」
俺に寄り添って手を取った7女ちゃんも一緒に手を繋いで、祭壇に向かって祈りのポーズを取るのです。
さっきまで平静を保っていた大司教様がとり乱します。
「叔父上、きっと大丈夫です。神は見ておられます」
「しかし」
「大丈夫です。おそらく」
「奇跡は起こるのか?」
「もし、起こらなくても二人で昇天するのです。何を後悔することがありましょう」
「それは困る。兄貴に殺される」
7女ちゃんがそう言ってにっこりと笑うのです。
大司教様は祭壇に向かって「おぉ、神よ」と祈るのです。
アドリブに付き合ってくれている大司教様はマジで心配していますよね。
俺がいるから裏があると信じていますが、それでも姪を捲き込むなと後で叱られそうな気がします。
こら、こら、こら、心配する演技しなさい。
7女ちゃんが折角の名演技をしているのに、姉さん、姉友ちゃん、小公女さんが羨ましそうに眺めていては台無しでしょう。
じゃんけんに負けたんですから諦めなさい。
まぁ、二人を揃えてあの世に送れると思ったのか。
機嫌のいい教皇の代理官はそんな姉さん達の表情に気も掛けず、ゆっくりと神の上級奇跡『断罪』の詠唱を始めます。
おそらく、聖域では10倍以上の効果があるので絶対の自信があるのでしょう。
神の奇跡なんて言っていますが、要するに光の呪い中級魔法です。
不思議なモノで、光の魔法は「天誅」、「天罰」、「神雷」など罰するイメージなのに対して、闇の魔法は「憑依」、「呪詛」、「厄災」など呪いイメージが多いですが、光も闇も関係なく、どちらも呪いの魔法なのです。
単なるイメージの違いです。
俺達の足元に魔法陣が現れて光の円柱が俺を覆い包み、天空から白い星のような光の粒が落ちてきます。
小雪がひたひたと降り注ぐように光が落ちてくる景色は綺麗でしょう。
アルゴ学園に入学できて助かったのは、大図書館の4階まで閲覧できる権利を持ったことです。禁書以外の魔法書をすべて閲覧できるのは本当にありがたいことです。
教会で使われる光の奇跡の詠唱と魔法式もばっちり記録されていました。
研究はまだまだ足りませんが概要が判れば、対策は練れるものです。
呪いは毒と同じで状態異常から死に繋がる魔法です。
そう、完全状態回復する光の中級魔法『全治再生』で除去できます。
聖域効果で向こうも魔法は10倍の威力ですが、こちらも同じ光の魔法ですから10倍です。
教会と仲違いしていると言うことは今後も同じような呪い系の攻撃があるという事です。今度の姉友ちゃんと見習い神官ちゃんの宿題は完全状態回復系の魔法にしましょう。
そうしましょう。
◇◇◇
何故、全員でなく、7女ちゃん一人だけにしたのかと言えば、複数の人数分を同時に発動するには足元に魔法陣を展開しないといけません。
魔法陣が足元に現れれば、いくら馬鹿でも気が付きますよ。
神の上級奇跡『断罪』の魔法陣が生まれたタイミングで、俺は別々に俺と7女ちゃんの光の中級魔法『全治再生』を発動します。
一度発動すると全治再生効果は10分ほど続きます。
舞い散る雪のような光の粒が触れた瞬間に呪いが発動して、すべての細胞が停止して死を迎えます。
静かに倒れて永遠の眠りに付くのです。
が…………俺達に光の粒が触れると、呪いが瞬間的に中和されて大きな光となって消えてゆくのです。次から次へと振り続く光の粒が俺達を神々しいまでの光に包み込むのです。
「ど、どういうことだ? こんな事は初めてだ。何が起こっている」
狼狽える教皇の代理官、周りの従者を見回しますが、誰もこんな現象は初めてです。
そして、光の粒がすべて降り終えると、俺達を包んでいた光も消えたのです。
俺はゆっくりと目を開けて、大司教様にお伺いします。
「大司教様、私は神に許されたのでしょうか?」
決まった。
断罪官の目を疑う訳ではない。
これで教会の権威は否定されない。
俺達が助かったのは『神が俺達を許された』のです。
許したのは神です。
どうだ! 完璧なシナリオだろう。
俺と7女ちゃんが息をいているのを確認して、大司教様も安心です。
ゆっくりと手を上げて判決を言い渡そうとしたのですが…………代理官が止めに入ります。
止めてどうする!
無詠唱・無魔法陣・魔力を外部に放出しない完全な魔力制御でやったお完璧の母ですよ。外部からは、どうやっても『神の奇跡』にしか見えんだろう。
『汝、アルフィン・パウパーに問う。今の現象は神の奇跡に相違ないか』
「はい」
「嘘でございます」
ぎゃぁぁぁ、断罪の目を忘れていた。
嘘じゃないかと聞かれて嘘だと答えられないだろ。
万能過ぎるぞ。
断罪官、何を考えているのか判らないけど、意外と冷静で頭も回りやがる。
どうする?
完全に想定外だ。
これで断罪官を糾弾したら、結局、神の意志に逆らったとなって余計に教会の威信が下がるだろう。
こいつ、それを見越してやり上がったな。
もし、本当の奇跡だったら引いたかもしれないけど、わずかな可能性に賭けて問うってことは、余程、俺を殺したらしい。
なんだよ、この執念みたいなしつこさわ。
やっぱり、一回死んで騙すしかないか?
蘇生魔法で生き返れると言ってもね。
心臓を潰されたら、痛いじゃすまないよ
嫌だなぁ!