17. 告発。
結果だけ先に言おう。
負けた。
完敗でした。
アイススピアーのパターンから特攻を繰り返す馬鹿の前に地雷魔法『マイン』を少し左より発生させると、案の定に右に避けます。
もちろん、上に逃げた時の事を考えて放ったアイススピアーは馬鹿が去った足元に突き刺さりました。
避ける時の横跳びの距離も1パターンなので着地点を想定して、全方位のゼロ距離アイススピアーが炸裂します。
あの馬鹿は必ず俺の要る方向に出現するアイススピアーを出現と同時に4つ破壊して抜け出してくるのです。
こっちは馬鹿じゃないんで出現位置を15度上下方向に回転させたり、横にズラしているので何で対応できるのでしょうか?
まぁ、俺の方に抜け出してくるのは予想できるから加速陣2枚を使って急接近の居合斬りで決めに掛かりました。
あの馬鹿が使っている瞬動と同等の超接近です。
予想した通りそれを剣で受けると、第2段の全方位攻撃が馬鹿を襲います。
避けらないと察した馬鹿を俺を蹴って、その反動で1本のアイススピアーの突撃し、アイススピアーが奴の左肩を抉りました。
奴の強力な肉体強化と純粋な魔力防御が心臓まで達しておかしくない威力を殺して、左肩を抉るだけで終わったのです。さらに追撃の3点バーストのアイススピアーの6連発は奴の体に掠るようになりました。
完璧な防御をやっと崩すことに成功したのです。
しかし、そこでジ・エンドです。
マインドゼロ、魔力ゼロの強烈な頭痛と共に俺を襲ったのです。
失敗でした。
最初から捨身の攻撃を加えていれば、勝ちを拾う可能性もあったのでしょう。
攻撃が止んだ事で奴も悟ったでしょう。
ゆっくり近づいて剣を首ともに突き刺して勝利宣言をする事を祈ります。
「ふ、ふ、ふ、勝った。死ね!」
これだから馬鹿は嫌いです。
馬鹿は瞬動を発動させて一気に距離を詰めると大きく剣を振り被るのです。
兜割りで真っ二つにする気ですか?
見習い神官ちゃんはあの魔法を習得できているのでしょうか?
これで終わりか。
刹那!
そう思った瞬間に俺の体の上に覆い被さったのは王都で出会った彼女です。
突然の登場に剣撃が鈍ります。
それでも止まらない剣の前に黒い影が横切ったのです。
「駄目だ。姉さん」
馬鹿の剣は普通の剣では止められない。
魔鋼鉄の剣では……俺は倒れた体を起こして、必死に腕を上げますが姉さんに届くことはありません。
ギャシャン!
姉さんの剣と馬鹿の剣が重なります。
馬鹿が魔刃を止めた訳ではありません。
姉さんの方も魔刃を這わせているのです。
否、否、否、魔刃では氷精霊剣擬きで防げないのはドクさんとの研究で結論が出ています。
おそらく、素材が恐ろしく固いミスリルか、オリハルコンのようなモノでないと根本的に支えられないのでしょう。馬鹿の魔刃はそうの上を行く超魔刃とでも言うものです。
それを姉さんが受け止めたのです。
そっか、肉体強化の魔力循環が剣まで行き届くように姉さんの剣は魔力と通すことで剣の強度が上がる魔法剣仕様に仕上げてあります。
その状態のままで魔刃を発動しているのです。
同じじゃないとしても、馬鹿の剣と同等に近い強度を実現しているのでしょう。
「私の弟に何をする」
そう言うと一方的に姉さんが押しているのです。
実力で言えば、馬鹿の方が上のハズなんですがね。
「アレフは絶対、女の子に手を上げられません」
そう言うのは目付け神官さんです。
そういうのは先に教えて下さい。
小公女さんや7女ちゃんを前に出して交渉すればよかったんですね。
卑怯者と、それでも男とかと言う罵倒や中傷なんて気にしません。
ぐぎゃ!
完全に忘れていましたが、襲われたと言っていた親方っぽい人が兄と言われていた奴を剣で心臓を一刺しです。
刺した男がにやりと頬を緩めます。
あっ、即死です。
剣を抜くと血がドボドボと漏れ出して兄と呼ばれた奴が何か言いたそうに倒れてゆきます。
からん。
刺した男が剣を落とします。
「あぁ、俺じゃない。剣が勝手に刺した。俺の意志じゃないんだ」
自分で殺しておいて何を叫んでいるんだ。
『告発する』
後で置物のように立っていた高そうな神官服を着た男が急に叫んだのです。
◇◇◇
高そうな神官服を着た男の声が続きます。
「我は見た。罪人アルフィン・パウパーは魔力を用いて、かの者を操り、少年を殺した」
何を言っているんですか、このおっさんは?
「少年の妹を犯した罪を隠さんと隠ぺいを図ったのである」
一人だけ殺して、隠ぺいもないでしょう。
「おい、何で殺した」
「何で殺した」
馬鹿が震える親父を問い付けています。
「俺じゃない。あいつが俺を操って刺させたんだ」
「おまえ、どこまで汚いことをすれば済むんだ」
「馬鹿野郎、俺は魔力の欠片も残ってないわ」
「アレフ、おまえは黙れ。しゃべるな」
「でもよ。おっさん」
「次に口を開いたら折檻だ。村に連れて帰って独房に入れる」
「それはないよ。俺はこの子らの事を思って」
「いいから黙れ!」
目付け神官が馬鹿の元に行って首元を押さえて地面に押し付けた。
「お兄ちゃん、ちょっとは考えようよ」
「妹よ」
「アレフって、ホントに馬鹿ね」
「馬鹿だ」
「おまえら」
「アレフが悪い」
「俺の味方はいないのかよ」
馬鹿はほっておいても良さそうです。
さて、本命の高そうな神官服を着たおっさんに弁明してみます。
「この通り、俺は魔力を残していない。何もやっていない」
「その言葉を信じるかどうかは、私の役目ではない」
まぁ、そういうでしょうね。
逆に証拠もありません。
影に隠れていた金縁の付いた神官服を着た神官が手を翳します。
『汝、アルフィン・パウパーは、その娘を襲ったか』
「やってない」
「嘘でございます」
『汝、アルフィン・パウパーは、魔法をその男を操り、少年を殺しめしたか』
「答えちゃ駄目ぇ」
小公女さんが叫びます。
『答えよ』
「…………」
何かあるそう思うのですが、対策が思いつきません。
「沈黙は肯定と見なします」
『答えよ』
「できる訳がない」
「嘘でございます」
高そうな神官服を着たおっさんがぱっと手を広げ、高速詠唱で魔力が感じられると足元に魔法陣が生まれます。
『祭壇』
神官を中心に周囲を捲き込んで光の柱が立ち上るのです。
所謂、清浄魔法の一種です。
アンデッドなどなら一撃で浄化できる強力な魔法で中級魔法クラスの広域魔法です。
確か、他の効果として結界の効果があったハズです。
「弾劾裁判を始めます」
「異議あり」
小公女さんは神官を追い駆けるように高速詠唱を口走りトリガーを引ける状態にして、神官の声に重ねるように声を上げたのです。
普段はぽやぽやして威厳のない彼女ですが、その場になると凛々しい顔付きになるのです。その顔はまさに王女様オーラ―も全開です。
「教皇の代理たる私に逆らうのですか?」
「告発者と裁判官が同一である事は違法であると承知しているのですか」
「森の中は危険地帯であり有事です。有事ゆえの緊急処置です」
「笑止、ふっ、有事ですか! ならば、我が魔法の巻き添えで天に召されることも致し方ないことですね」
「恐喝には応じません」
「愛する人を100日生きながらさせる為と言うならば、私は喜んでその罪を背負うことに致しましょう」
高そうな神官服を着たおっさんの顔が歪みます。
おっさんが俺を殺す為には、もう一度詠唱をせねばなりません。
一方、小公女さんはすでに詠唱を終えています。
「我が異名は『光の魔女』です。結界の効果を期待されるのは無駄でしょう」
「はんけ………」
「この暴徒の討伐を命じます」
「この儂を暴徒だと!」
声を張り上げたのは7女ちゃんです。
「わたくし、ベッラ・アディ・シハラ伯爵は、父、シコヲノ・アディ・シハラ伯爵の名代として、教皇の代理を名乗るこの者を暴徒と断定したします。父は申しております。家臣、領民を傷つける暴徒に一切の容赦をするな。教皇の代理たる者がこのような安全な場所を危険地帯などと謀るハズがありません。おそらく、教皇代理様を謀殺し、それになり代わった暴徒に違いありません。責任は私が取りましょう。この暴徒を排除しなさい」
「これは伯爵令嬢様、わたくしもこれで後顧の憂いなく力を発揮できるというものです」
「それは上々です」
「この偽物を見事に討ち取ってみせましょう」
高そうな神官服を着たおっさんが顔を真っ赤に染めて歯を食い縛り、周りを見回ってしているのです。
ベンさんやガルさんらは刀に手を置いています。
赤毛のお姉さんと護衛のみなさんは主の命令です。
「ばっと~おぉ」
護衛のリーダーの声で躊躇することなく抜刀します。
ここでの最大戦力であるAクラス冒険パーティ『アレフロト』のメンバーは明後日の方を向いて、目を逸らし、手を頭で組んで口笛を吹き、目付け神官はアレフを押さえ付けたままで首を横に振ります。
高そうな神官服を着たおっさんはキョロキョロと何かを探して首を回すのです。
もちろん、俺は雇ったハズの暗殺集団『蛇頭』の存在を探していたなど知りません。
しかし、おおよその予想は付きます。
隠れて見ていた何パーティの冒険者風の男達が、戦いが終わるとすっと消えていったのです。
おっさんが雇った者と容易に想像がつきます。
要するに高そうな神官服を着たおっさんは連れてきた従者10人だけで戦うしかないのです。その従者の一人に自称ライバル君も紛れているのも見逃していません。
神官服を着たおっさんが声を裏返らせて訴えます。
「教会に対する反逆だ」
「この偽物を処断した後に、断罪官の真偽に応じましょう。私はそう思ったと真実を話すだけです」
「私も偽物と信じて処断したと証言いたしましょう」
「俺もだ」
「俺も」
「私も」
彼ら彼女らは本当に自分を殺せるのか?
神官服を着たおっさんの脳裏に当惑が走ります。
自分達を殺したらどうなる?
死体はどうなる?
ここが魔物の徘徊する森の中ということが一番拙いと気が付くのです。
放置すれば、魔物が勝手に証拠を処分してしまいます。
何よりも何故、代理官が危険な森に赴いたのかという疑惑が走ります。
疑惑を解く行為は陰謀を暴露すると同義です。
教会はそこまで踏み込むでしょうか。
否です。
彼ら彼女らが強気でいられるのは、ここが森の中という1点です。
そして何よりも、争えば、確実に自分達はここで死を迎える。
その結論に至ったとき、額から大量の汗がだらだらと流れてくるのです。
「待て、待て、待て、確かに少々ばかり気が高ぶったようだ。その者を王都に連れ帰り、改めて裁判を行う」
「ここはエクシティウムで御座います。エクシティウムの事はエクシティウムで裁くのが筋、やはり偽物で御座いますか」
7女ちゃんと高そうな神官服を着たおっさんがもう一度だけ睨み合いました。
「エクシティウムの大神殿で裁判を行う」
「護送はこちらでさせて頂きます」
「夕刻まで来なければ、全員が反逆罪で打ち首を思え」
「ご随意に」
そう言うと振り返りもせずに去ってゆきます。
ゆっくりと警戒しながら、ある程度の距離が空くと一気に逃げ出したのです。
「助かった」
「助かっていません」
「そうです。時間稼ぎをしただけです。叔父様ならなんとかしてくれるかもしれませんが、とにかく、相談しない事には判りません」
確かに、まだ助かっていません。
「トモ、あんたはあいつに付いていって上げなさい」
「でも、こっちも」
「こっちは私一人で大丈夫よ。あんたとお姉さんがいれば、あいつも落ち着くでしょう」
「アンニちゃん、ありがとう」
そういうと見習い神官ちゃんは腕を回しながら振り返ります。
「さぁ、やるわよ。ベンさん、あいつら逃がさないようにして下さい」
「拘束すればいいんだな」
「はい。ドクさん、あいつらの護衛をお願いします」
「あぁ、わかった」
「すぐに追い付きます」
「待っているよ。嬢ちゃん」
見習い神官ちゃんがみんなに指示を出してゆきます。
俺の知らない間にみんなしっかりして来たようです。
一番成長していないのは俺かもしれません。