16.はじめの敗北の予感。
7女ちゃんの攻撃でもう1体の魔物を討伐します。
「やりました」
「おめでとう」
「午前はこれくらいにするか」
終わりを告げるドクさんの声に俺も答えます。
砦に帰っておいしいモノでも食べましょうと思っていると誰か走ってきます。
「助けて下さい」
少し敗れたマントに杖を持っていることから魔法士であるのは判ります。
「助けて下さい。仲間が襲われています。お願いします」
「判った。どこだ」
「ここからまっすぐに戻った所です」
俺は王都で出会った彼女と目で合図します。
彼女はドクさんとベンさんの方へ走ってゆきます。
「先生、二人の護衛をお願いします」
「判った」
付いてくるな!
そんな事はいいません。
というか無駄でしょう。
俺はマントの破れた魔法士を追い越して急ぎます。
そして、すぐに見つける事ができました。
仲間と思われる二人は酷い傷を負っていますが、命には別状ないようです。
その前に小さな女の子が口から泡を噴いて倒れているのです。
とりあえず、ヒールとキュア、毒消しのリベネノを掛けておきましょう。
「頼む。その子を助けてくれ」
「お願いします。俺達は後でいい」
「その子は俺の娘のようなものなんだ。お願います」
「どうか、どうか」
自分より小さい娘を助けてほしいとは泣けれる話です。
言われなくとも助けますよ。
そんなことを思っていると、小公女さんと7女ちゃんががんばって走って追い着いてきます。
護衛の紅蓮さんを始め、赤毛のお姉さんと護衛の6人は余裕も見えます。
その後ろにマントの破れた魔法士も追いついてきます。
「相変わらず、速いわね」
「は、は、は、足が速すぎです」
「ゆっくりでもよかったのに」
「そうもいかないわよ」
「その子、大丈夫そうね」
「毒を飲まされていたようですが何とかなったみたいです」
「よかった」
7女ちゃんが女の子の顔を除くと、その横に王都で出会った彼女が現れます。
忍者みたいです。
「みんなに伝えてきた」
「ありがとう」
「問題ない」
先生達はすでに回りを警戒しています。
遠くで様子を見ている冒険者が数組いるようですが敵か味方か判りません。
あっ、王都で出会った彼女が誰かを見つけたようです。
俺もそう方向を見上げます。
えぇ~、何であいつが!
「その汚い手をどけろ!」
猪突猛進というか、来るな!
アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー。
馬鹿の足元に氷の刃を打ち込んでやります。
バックステップで躱すのは計算済みです。
その間に女の子をもう一度横にそっと寝かせておきます。
おや、後ろから息を切らして、もう一人が必死に走ってきました。
とりあえず、無視しておきましょう。
それより馬鹿です。
馬鹿が大声で叫びます。
「何のつもりだ」
「殺気を放って、近づいてくれば、誰でも警戒しますよ」
「その汚い手を放せ!」
「言われなくとも放しますよ。もう、治療は終わりました」
「治療だ?」
「うん、私にもそう見えたよ」
わぁ、馬鹿の妹が横に現れた。
この子も縮地をした?
王都で出会った彼女が首を横に振ります。
ということは馬鹿の妹が使っているスキルは瞬動であり、縮地より下位のスキルですが、力技か、才能か、知りませんが、この子も厄介そうです。
穏便に、穏便に済ませましょう。
「本当か!」
馬鹿が襲われた仲間の二人に問い質します。
よし、これで馬鹿は回避だ。
俺がこの娘を助けた言ってやって下さい。
「こいつが俺達に襲ってきました」
「俺を殴り付けたのも此奴です」
えっ~、どういうこと。
「ちょっと、ちょっと、どうしたの? さっきと言っている事が違うよ」
そして、後ろの少年が俺を指さしたのです。
「おい、襲ったのはこいつで間違いないのか?」
「おいつが俺の妹を襲いました」
「ふ、ふ、ふ、死ね」
やられた!
◇◇◇
これだから馬鹿が大嫌いだ。
言葉は通じない。
説明は聞かない。
状況を把握しない。
馬鹿は盛大に回りを捲き込んで不幸を増やす。
馬鹿は自分が馬鹿と気づいていない。
馬鹿は死ななきゃ治らない。
俺は馬鹿が大嫌いだ。
俺の後に7女ちゃん、小公女さん、王都で出会った彼女、紅蓮さんが立っている。
引けば、間違いが起こるかもしれない。
どうなっても知らないからな!
<氷精霊剣擬き>
狙うは奴の剣のみ、避けろよ!
ギャシャン!
嘘だろ。
黒い刃が刀先に走っているのです。
魔刃か?
何か違う。
普通の魔刃では氷精霊剣擬きは受け止められない。
「先生、周囲を警戒して下さい。他にいるかもしれません」
「俺を相手に余裕だな」
「馬鹿と違って考えることが多いんだよ」
つば競り合いで体を入れ替えて、広い方に飛んで移動します。
「逃げるつもりか」
「そんな訳あるか」
嘘ぉ、逃げられるなら逃げますよ。
これが敵の罠ならこれで終わる訳がありません。
みんなの安全を確保する為にどうする。
とにかく、こいつを沈黙させないと駄目か!
◇◇◇
「あっ、アレフがオーナーと戦っている」
「あの子、無茶するわね」
「無茶だか、いい勝負に見える」
「ホントだ」
「アレフの方が押されているね」
高見にアレフの仲間を見つけた小公女さんが走って目付け神官の方へ走ってゆきます。
「すみません。彼を止めてくれませんか」
「お久しぶりです」
「これは罠で、彼は騙されています」
「ええ、そうでしょう。私もそう思います」
「お願いします」
「すみません。一度暴走したアレフを止める事ができる者はいません」
それを聞いて7女ちゃっが叫びます。
「アル様に何かあったらどうするつもりですか」
「申し訳ない」
「でも、彼の方が強そうね」
「うん、うん、完全にアレフが振りまわされている。そのままアレフをやっつけちゃえ!」
「私もあなたの彼を応援するわね。がんばれ!」
俺を見つめる7女ちゃん、アレフの仲間が俺を応援し始めるので呆気に取られてしまったようです。
◇◇◇
広い場所ならアイススピアーが使い放題です。
牽制の10発、逃げた先に10発、逃げ道を塞いで全方位攻撃です。
えっ、なんで今のは防げるの?
最初の連発は距離を置いて発射していうから逃げられて当然です。
誘い込んだ場所にゼロ距離の全方位攻撃ですよ。
馬鹿が逃げて移動した時間と丁度相殺されて、上下八方斜めのゼロ距離のゼロ秒発射ですよ。
見てからじゃ間に合わないんですよ。
逃げ道なしです。
出現を予想して避ける射線だけを切り払った?
読まれた?
まさか、まさか、まさか。
あり得ない。
あの馬鹿が考える訳がない。
何で悉くゼロ距離を避けられるだよ。
◇◇◇
姉さんらも追い付いて来て、小公女さんの方へ寄ってゆきます。
「どうなんているのぉ」
「罠です。誰かの罠で二人が戦うように仕向けられました」
「それって、後ろにいる奴じゃないのぉ」
「おそらく、そうでしょうが証拠がありません。それに」
そう言って小公女さんが俺達の方を見るのです。
「止めなくていけません」
「ふっ、何言っているの。アルに敵う奴がいる訳ないじゃん」
「そうです。アル君は誰にも負けません」
「本気になったあいつは桁が違うのよ」
「私もそう思っていました。でも、かなり拮抗しています」
「嘘ぉ」
その会話に目付け神官が呟くように口を開きます。
「拮抗などしていません。アレフを圧倒しています」
「でも、当たっていません」
「アレフは勘がいいですからね」
「勘ですか!」
「勘です。何も考えていません。惜しい事はオーナーさんの剣技が未熟なことです」
「ウチの弟は剣もそれなりに使えると思いますが」
「ええ、それなりです。捌く技巧か、圧倒する技術を1つでも身に付けていれば、あの魔法と剣技の両方を躱すことはできなくなります。そぉ、勘ではどうしようもなくなります」
目付け神官の横にアルフの仲間の魔法師二人が顔を覗かせます。
「ねぇ、ねぇ、彼って、どれくらいの魔力を保有しているの?」
「相当あると思いますが」
「なんか、顔色が悪そうだよ」
「最初は余裕っぽかったけど、今は苦しそう」
「あれは演技でしょう。でも、演技をするほど手がなくなって来ているとも言えそうですね」
「あっ、あの馬鹿。また、突っ込んだ」
「あいつ、あれしかできないからね」
ギャシャン!
剣と剣が交差します。
「ちょっと遅い」
「吹き飛ばされた」
「あれぇ、何で追撃しないの?」
アレフが後ろに下がって地面に衝撃波が走る技を放つのです。
地面にあった黒い触手が弾かれて四散します。
「なるほど、罠を張っていたんだ」
「倒れたフリをして誘ったのぉ? 全然、気がつかなかった」
「彼の魔法剣も凄まじいですね」
「氷精霊剣と言うそうです」
「それよりどうなっているだ」
ドクさんらも追い着いてきた小公女さんに聞きます。
姉と同じ説明を簡単します。
「魔刃じゃ、あの剣を受けられないんだがな。剣はミスリルか、オリハルコンを刃先に使っているんのか」
「いいえ、普通の剣です。魔力を剣に流して強化し、その上に魔刃を這わせる。『神代』の技の1つです」
「神代って言うのは、神懸かるって意味で勇者の技の1つだよ」
「あいつ、魔力量は私達より大きいのに、馬鹿だから魔法を1つも覚えられないのぉ」
「唯一、仕える技があれ、神の刃と書いて、神刃 」
「神殺しの剣とも呼ばれているわね」
「あっ、あの子の方が仕掛けた」
◇◇◇
俺ははっきり言って焦った。
あの馬鹿は四方から出現する氷の刃を曲芸のように紙一重で躱し、時には剣を振って逃げ道を作るのです
そして、ホンの少しの隙があれば、突撃して一撃を入れにくるのです。
弾幕を張っても容赦なしに突っ込んできます。
ギャシャン!
ギャシャン!
ギャシャン!
剣と剣が交錯し、アイススピアーを放って再び距離を取るとアイススピアーで圧倒できます。
時間差、死角攻撃、物量、どうして避けられるのでしょうか?
糞ぉ、決定打になりません。
ギャシャン!
接近戦は駄目です。
突っ込んでくる奴を躱して、距離を取り直します。
剣の技術が段違いであの2・3撃だけすぐに判りました。
俺がついていけるのはスピードだけです。
2・3撃だけで手が痺れました。
ベンさんやドクさんみたいにフェントを入れられていたら、試した時点で終わっていました。逆にガル教授ほど精練された剣技でないので助かったとも言えます。実践で相手の技量を探る為に剣を重ねるのは止めた方がいいですね。
うん、もう二度としません。
アイススピアー×10、アイススピアー×10、アイススピアー×10……エンドレス。
手数が利かない。
トリックも利かない。
ギャシャン!
負ける気もしませんが、勝てるビジョンが浮かびません。
膠着状態です。
八方塞がりです。
氷精霊剣擬きは魔力を大量に消費するからヤバいです。
ギャシャン!
よし、準備できた。
このパターンの攻撃をすると奴は突っ込んでくる。
げぇ、マジで早い。
<氷精霊剣擬き>
態勢が崩れ、吹き飛ばされます。
背中から落ちてその反動で立ち上りますが、普通なら叩き込まれてジ・エンドです。
普通ならね。
何で突っ込んでこないんだよ。
背中で落ちる時に浮遊盾を使って地面に触れないように態勢を取り直します。
触れた瞬間に闇魔法の拘束が発動するように準備しました。
闇系の地雷魔法『マイン』。
あの馬鹿、反応がどんどん早くなっています。
今は演技じゃなく、マジで反応遅れたんですよ。
バレる要素ないだろう。
それに反応速度が……2戦闘中に成長しているなんて説明があったら怒るぞ。
『爆裂突風』
単なる剣戟の衝撃波が俺を襲い。
手前で地雷を派手に発動させて四散します。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、どんなトリックも利かない気がしてきます。
ギャシャン!
剣が交錯し、再び、距離を取り直します。
完全な手詰まりです。
「君は強い。俺は凄く感動している」
「何を今更、お前を討つ」
「話を聞いてくれて、話を聞いてくれるなら降伏してもいい」
「ふっ、死ね」
糞ぉ、これだから馬鹿は嫌いだ。
「俺は何もしていない。信じてくれ」
「そんなことはどうでもいい。俺はおまえを倒す」
「剣を交わし、友情が生まれるのが王道じゃないか」
「知らん。死ね」
話し合いの取っ掛かりも掴めん。
ギャシャン!
遂に来た。
あと、1撃か、2撃で魔力が尽きる。
一か八か、剣と魔法の同時攻撃。
奴が突っ込んでくるパターンから足元に地雷を設置、逃げた方向に目つぶしのライトを放ち、全方位攻撃と同時に居合の一撃で決める。
もちろん、剣撃を止められた事を想定して、全方位攻撃は二段構えだ。
これで止められたら後がない。
行くぞ!