15.レイズ アンド ドロップ。
北の果てにある城壁市より1つ手前の城壁市ゲルはオリエント地区に属している。
旅団で俺を毒殺しようとしましたが、殺人未遂くらいで本格的な捜査などしません。
況して、俺は最下層の庶民であり、ゲルの冒険ギルドの訴えも聞き流され、王都の貴族アルマユット家の名を語った詐欺師として手配されていますが、まともな捜査をする領兵はいません。
ソフィア・フォン・アルマユット令嬢、いいえ、暗殺集団『蛇頭』の頭の一人であるディザ・スターは宿屋の一室で付き人のジーヤを待っています。
「今、帰った」
「で、どんな感じ」
「エクシティウムでの手配は緩む感じはない」
「そう」
ジーヤは変装を解いて、太った商人の姿からスラリとした執事風の服に着替えます。
エクシティウム城壁市では門番から警邏、窓口の職員まで手配書が回されており、見つけ次第に取り押さえる体制が引かれています。
変装してもバレるリスクを考えれば、徘徊もできず、町に潜伏する意味はないと拠点を隣のゲルに置いたままで指示を出していたのです。
「で、あの化物同士をぶつける策は使えそう」
「対象が町に帰ってきた。このまま町を出ないなら無理だな。しかし、動くとなると今日明日だ。それ以降は帰都に入る」
「それは仕方ないわ。いつでも使えるように撒き餌にしっかり英雄に媚びを売って置くように言っておきなさい」
「それに抜かりはない」
ジーヤは窓に腰かけて腕を組みます。
ディザはベッド下から鞄を取り出して荷物を詰め込み始めます。
「連れて来られた3人の貴族には巧く接触できたのかしら」
「貴族の屋敷に泊めて貰う予定が巧く行かず、長期の宿屋暮らしで困っていたので下女を送り込んだ。いろいろな意味で役にたっているようだ」
「いずれ、私達の肥やしになって頂くのですから大切にして上げてね」
「抜かりはないと言った」
「それと撒き餌の方も根わけしてもいい頃ね」
「この仕事が終われば、そうしよう」
「不思議なモノね。施しを強要されている内に抵抗がなくなり、程よく腐っていってくれるのですから」
「程よく腐るから我々の目となり、耳となり、手足となる」
「ホントに」
そう言うと妖しいご令嬢と妖しい執事は宿屋を引き払うと東の砦を目指して移動を始めた。
◇◇◇
東の砦には4つの酒場と3つ食堂が生まれていた。
すべてバラック小屋のような質素な店だが、外の屋台よりはいい飯が出されているのです。
「よろしいのでしょうか。助けて頂いたばかりか、こんなお恵みを頂いて」
「気にするな。飯はみんなで食った方が旨い」
「そうよ。そうよ。こんな代金ははした金よ。ねぇ、兄ちゃん」
「そうとも。そこの親父だけは食うなよ」
「あっしはこれで結構」
大テーブルの上には魔物の肉をふんだんに使った料理が並び、馬鹿アレフを中心とするAクラス冒険パーティ『アレフロト』のメンバーが座っています。その前に座っているのは5日前に魔物に襲われている所を助けたDクラス冒険パーティ『欲望の下僕』のメンバーです。
「勇者様、本当にありがとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
「大したことない。食べて、食べて」
馬鹿のアレフは褒められて感謝されて有頂天です。
そりゃ、欲望の下僕のメンバーからすれば、褒めるだけで一緒に狩りが出来きて、獲物を分けて貰えて、食事も奢って貰える。
「慈悲深い冒険者様、この憐れな奴隷達を救いたいと思うなら金貨30枚で譲ってやるぜ」
「うるさい。黙ってろ」
「どうして、そんな大金になるのよ」
「そうよ。奴隷の取引は小金貨10枚くらいじゃない」
「いいか、小娘ども。貸した金には金利が付く。トイチで膨らんだ借金は金貨100枚を超えている。それを30枚にしてやろうと言っている。俺の慈悲深さが判らんか」
「判んないわよ」
トイチとは、「十日で一割の金利」の略で、年利365%の金利の事です。
おぉ、こちらの世界は300日ですから300%ですと、御尤も。
この国の最高金利です。
小金貨10枚で買った借財を奴隷本人に被せると、1年で小金貨300枚に膨れ上がります。5年も経てば、もう返せませんよ。
まぁ、そんな金額で奴隷を買う人もいないでしょう。
奴隷の主は上限を金貨30枚で固定し、儲けの半分を上納すれば、金利を相殺すると約束します。そして、残り半分で自分の借金を自分で買い戻せと強要するのです。
こうして、奴隷達は自由を得る為にがんばるのです。
一番の年長者はすでに金貨15枚分を納め、あと5年くらいで自由奴隷に解放されるでしょう。次の者は唯一の魔法士という事で大切にされており、殴られた事もなく、焦りを感じていません。
割を食っているのが年下の兄妹です。
11歳の妹が盾役というのに無理があります。
13歳の兄が前に出なければ、妹はすぐに魔物の餌食になるでしょう。
「配置に文句を付ける気はありませんが、狩り場に問題があるのではないでしょうか」
「が、が、が、そう思うならこいつらを見捨てればいい。そして、遠目で殺される所を拝めばいいだろう」
「このぉ、腐れ外道が」
「褒め言葉と受け取ろう」
そうです。
この腐った奴隷の主は最初からお節介な冒険者に寄生して稼ぐ事を目的としているのです。
余りの悪度さにアレフの目付け役のライドさんも絶句するしかないのです。
◇◇◇
城壁市エクシティウムの宿屋の貴賓室で報告を聞いた代理官が3人の貴族に水差しの水を飛ばした。
ざばん。
冷や水を被せられてもただそこに跪くしかない。
「揃いも揃って無能揃いか。タダの一人も告発者を作れんとは何の為に付いていた」
「「「申し訳ございます」」」
「その首の上に付いておるのが飾りか」
自らの家名がこれほど脆弱なモノと思い知らされた3人でした。面談に行った貴族から過激な伯爵からの警告を聞かされた3貴族はそれ以降の身動きを封じられたのです。
『これは私が言った訳ではありません』
『伯爵からの警告とは如何なるものでしょう』
『我が家臣、および、領民に至るまで、脅迫や拐かしなどに加担すれば、教皇の代理といへども取り調べを行う。我に二言はないと……伯爵様は本気でした。これ以上はお許し下さい』
代理官に類が及ぶ事は避けねばなりません。
譬え、自分が恥をかくことになろうと代理官をお守りすることが忠義なのです。
「下がれ」
三人が部屋を後にすると従者が代わりに入ってきます。
「まったく、下らん脅しに屈しよって」
「ただいま、伯爵邸より多くの馬車が移動したと報告が届きました」
「おぉ、やはりお主の予想通りに動いたか」
鼠顔に男が軽く頷きます。
「やはり、貴方様は強き運をお持ちのようです」
「やはり下郎は下郎らしく冒険をして貰わねばな。東に行くか」
「おそらく」
「馬車の手配は」
「ぬかりはございません。お隣の貴族様はどうなされます」
「証人くらいにはなるであろう」
「御意」
代理官と3貴族も東の砦に向かうのです。
◇◇◇
やぁあ~! とおぉ~! どやぁ~!
「張り切ってるね」
「お兄ちゃんに続け」
「じゃぁ、みんな。がんばりましょう」
「「おぉ」」
「元気ない」
「「おぉ~ぅ」」
東の砦を朝早くからアレフとその仲間は森の最深部に近い場所で狩りを行っていました。
倒した魔物の討伐部位を回収しているのは、Dクラス冒険パーティ『欲望の下僕』のメンバーです。少しでも高い獲物を回収して、彼ら兄妹の助けになるようにアレフはがんばっていました。
そんな『欲望の下僕』の奴隷主に伝言を持ってきた冒険者達がやって来たのです。
「すみません。野暮用ができました。先に帰らせて貰います」
「ちょっと、お兄ちゃんが誰の為にがんばっていると思っているのよ」
「すみませんね。また、明日でもお願いします」
そう言うとメンバーを集めて東の砦に引き上げて行くのです。
いいえ、東の砦から少し南の窪地に移動したのです。
その木の影からドレス姿の美しい少女が出てきたのです。
あの妖しいご令嬢で暗殺集団『蛇頭』の頭であるディザです。
奴隷の主はディザに頭を下げたのです。
「仕込みの方が如何ですか」
「完璧に喰い付きました」
「それは上々です」
ディザは手に持っていた扇子を子供達の方に向けました。
「貴方達を解放して上げましょう。さらに生きる為の職業と軍資金も与えましょう」
そう言うと、横にいた執事服を着たジーヤが子供達に小袋を投げつけるのです。
「なんだこれ」
「金だ。金貨だ」
「お兄ちゃん」
「おばさん、これ貰っていいの」
ディザは「おばさん」と言われて眉を一瞬だけ引き付けますが、すぐに平静を装います。
「金貨10枚、それは手付金です。成功すれば、さらに20枚を上げましょう」
「やります」
「何でも言って下さい」
「おばさん、やります」
「私も」
ディザは子供達に役割を説明します。
◇◇◇
妹の服を引き裂き、薬を飲ませて気絶させると、『蛇頭』の頭ディザの部下に連れられて、兄は東の砦近くに身を隠します。兄妹達が帰ってきた事でアレフはやる気を失くして、持てるだけの素材を回収して東の砦に戻ってきたのです。
「よし、行ってこい」
「はい」
アレフを確認すると兄がアレフの下に走って行きます。
「アレフさん」
「おぉ、どうかしたか」
「助けてくれ! 親方が、兄貴が、盗賊に襲われて倒された。妹も襲われている。お願いだ。助けて下さい」
そう聞いた瞬間、アレフの髪がざわっと浮き立つのです。
昔、ゴブリンに襲われていた冒険者の姿がフラッシュバックして、爪が手の平を突き破るくらい強く握り絞めているのです。
「どっちだ」
「あっちです。少し南にある窪地です」
少年が指を差すと、アレフは他には何も聞かずに走り出すのです。
「待ちなさい。アレフ」
目付け神官が制止を掛けますが、アレフは止まろうとしません。
少年も追い駆けて走り出しています。
仕方なく、追い駆けようとした所に高貴な神官服をまとった男と数人の貴族と思われる者が前を遮ったのです。
「私もその場に連れていって貰えませんか」
「あなたは」
「私は悪しき行いをする者を裁きに来た者です」
妖しい。妖しい過ぎる。
目付け神官は自分より高位と思われる神官に頭を下げて、「お好きなように」とだけ言ってアレフを追い駆けたのです。
◇◇◇
アレフより先行したのはアレフの妹のステラです。
「お兄ちゃん、あっち」
「おう」
丘を昇り切ると窪地に下で兄妹の仲間がいるのを見つけます。
倒れている妹を抱きかかえているのは奴です。
「あいつか、アイツが襲ったのかぁ」<怒>
「どうかな? 助けているようにも見えるけど」
わあぁぁぁぁぁ!
アレフは疾風の如く、走ります。
「その汚い手をどけろ!」
剣を握り絞め、その腕を切り落とそうと走り込みます。
刹那!
足を止めて、バックステップ。
バシ、バシ、バシ!
その足元に氷に矢が突き刺さっているのです。
「何のつもりだ」
「殺気を放って、近づいてくれば、誰でも警戒しますよ」
「その汚い手を放せ!」
「言われなくとも放しますよ。もう、治療は終わりました」
「治療だ?」
「うん、私にもそう見えたよ」
アレフの横で妹のステラも同意します。
「本当か!」
「こいつが俺達に襲ってきました」
「俺を殴り付けたのも此奴です」
「ちょっと、ちょっと、どうしたの? さっきと言っている事が違うよ」
追い付いてきた兄が駆け寄ってきます。
「おい、襲ったのはこいつで間違いないのか?」
「おいつが俺の妹を襲いました」
「ふ、ふ、ふ、死ね」
アレフの剣がアルフィン・パウパーに襲い掛かったのです。