11.嬉しいやら悲しいやら。
スラム民の小屋が終わると、北門の制作に掛かります。
西に渡る橋を取り込むように北の城壁の外側を拡張するのですが、橋が少し北の城壁から離れているので森の一部を取り込んだエリアが生まれるのです。
俺が作るのはその基礎となる5mの壁を作ることです。
壁の内側の厚みは行政府が後で作業員を雇って補修してくれるのです。
お昼を持って今日も7女ちゃんがやってきます。
学校は夏休みですがクラブや催しなどに忙しい日々を過ごし、俺の代わりに小公女さんとパーティーに出席してくれています。
「おいしいですか」
「おいしいよ」
「よかった」
7女ちゃんは料理のお勉強中です。
俺は知りませんでしたが炊き出しとかも手伝ってくれていたそうです。
町では、健気な7女ちゃんの人気が急上昇中だとか?
「どうして炊き出しを手伝うと健気なんですか」
「さぁ? 私は普通に手伝っただけです」
「そうですよね」
あっ、赤毛のお姉さんが目を逸らしました。
何か知っていますね。
「聞かない方がいいと思うよ」
「そんな顔をされたら気になりますよ」
「うん、私も気になる」
「後悔しますよ」
はぁ?
俺がシスターのお姉さんを落とす為に多額の寄付をした事になっているって!
何ですか、それ?
見習い神官の育ての親であり、師匠であり、小さな教会の管理人のシスターのお姉さんは『鉄の女』という異名を持つ神官さんだようです。
王都のあるセンター地区出身であり、高位の奇跡を使えるシスターをこんな辺境に送られた理由は、名だたる大司教の婚姻を蹴ったことで恨みを買われたからと言われているそうです。
そんな鉄壁の山に挑んでいるのが俺ってことですか。
「女性の神官は結婚できませんでしたよね」
「神にいつでも処女を捧げられるように処女でなければなりません」
「どんなに美人でもそんな人を口説く訳ないじゃないですか」
「ですから、そんな鉄の女を籠絡させようと、婚約者まで使っていると」
誰ですか、そんな出鱈目な噂を流している奴は!
宴席のパーティーではそんな噂は流れていないそうです。
「代わりに私の味方ですと媚びを売る貴族が多いのに困っています」
「媚びを売っても仕方ないのに」
「アル様が直接貴族達に言ってやって下さい」
「面倒臭いから嫌ですよ」
「私達の身になって下さい」
「そこはよろしく」
7女ちゃんと赤毛のお姉さんに飽きれられました。
どうしてですか?
見ず知らずの貴族に手を貸しませんよ。
そこが問題じゃないって?
気が付くと、ドルさんら戻って来て食事を始めています。
「あっ、先にご飯を食べている。狡い」
ドルさんらは西の森の魔物排除から小休止する為に戻ってきました。
戻ってくる方が手間ですが、それは姉さんの我儘です。
「今日も沢山、狩ってきたよ。褒めて、褒めて」
「どうして褒めないといけないんです」
「あんたのモノになるって聞いたけど」
俺の土地じゃなく、俺が借りられる土地を分けて貰えるの間違いです。
胡麻、菜の花、ヒマワリを植えて、油の量産をする予定です。
持って帰ってきた葡萄の苗は仮の菜園で育てており、来年はカブ分けしてブドウ園を作る予定なんですね。
一大農作地が誕生します。
「それがどうしてそんなデマになるんです」
「貴族の間では西の大小領主になるのではないかという噂が流れています」
「酒場じゃ、西の森は全部、小僧のモノになると噂されているぞ」
「そうす。伯爵様よりデカい都市が西に生まれるとも言われているす」
「私も聞いた。だから、がんばっているのよ」
「パーティーでは、貴族の方々にデマであることを申し上げております」
「そっか、残念。私の大きなお城を作って貰おうと思っていたのに」
姉さん、自分のモノにする気満々ですね。
城なんて作りませんよ。
作りたくないです。
でも、姉さんが言ってきそう。
「それにして、安っぽい壁を作っているな」
「あっ! それ、わたしも思った。あんたならぎょっとする壁を作れるじゃない」
「時間が掛かるからです。俺が作っているのは型枠のみで、中身は行政府が作る事になっています」
市長伯爵閣下は何故か、俺が王都から貰った報奨金の事を知っており、「全部貸せ!」と言ってきた訳です。
金貨20万枚が根こそぎ取られました。
20年の分割返還で金利は0.01%です。
どこの普通預金ですか!
その金を使って土木工事を行い、市中に金を回す訳です。
対価として、西の開発区を自由に使っていいという権利と、俺達のいない間の維持管理費を行政が出すという条件です。
尤も採取した油を売れば、人件費は最初から出てきますから人材を手配する手間が省けたくらいですと、お茶会のお姉さんが市長を責めてくれました。
「判った。学園の横にある旧校舎を無償で提供しよう」
冒険者学校の校舎が見つかりました。
補修と点検費がこっち持ちなのがズルいですね。
市長さん、対象は全市民と枠を勝手に広げてくれましたよ。
3歳から全市民が教会で無償の学習を受けられるように変え、5歳になると無料で冒険者学校に入学できる。
一体、いくら掛かると思っているんですか!
教員と食費は行政府が持ってくれる。
それならいいです。
むしろ、願ったり!
「冒険者学校もできるのね」
「随分とここも変わるな」
「校長はベンさんにお願いするつもりです」
「ギルド長の推薦で決まりだったよね」
「はい」
「どうして俺が」
「他に安心してお願いできる人がいないんですよ」
「俺はまだ引退するつもりはないぞ」
「生徒と一緒にクエストに出ていいそうです」
冒険者学校、俺の私塾のハズが大規模な学校になってきた。
冒険者学校と名が付くから冒険ギルドとしては、何として傘下に収めたい。
俺が納得して、
さらに信用が置ける人物となるとベンさん以外にいない訳です。
「ベン、大出世じゃないか」
「ドクさん、本気で言っています」
「本気だ。本気だ。お前の望み通り、嫁が来るぞ」
「そんな巧くいきますか」
「お父様が言っていたわ。校長には爵位を与えるって」
「おめでとう」
「ベンさん、おめでとうございます」
「俺は貰えないすか」
「図々しいにもほどがあるぞ」
「こんな体すよ。何かメリットがないと嫁も来ないす」
「ナイスバディー、ボインボインを欲しがる婿はいくらでもいるだろう」
「俺、男すよ。男なんてお断りす」
エルフの温泉に入って巨乳になった魔法士さんは、巨乳を目当てに男から求愛されているようです。温泉に興味がある女性と気安く話せるようになったそうですが、結婚相手としては敬遠され続けているようです。
「このままでは一生、結婚できないすよ」
「判りました。お父様に言っておきます」
「お嬢様、ありがとうす」
そんな和気藹々と食事を続けていると馬車が到着し、お茶会のお姉さんと小公女さんが降りてきます。
「わたしも食事する。まだ、残っている」
「はい、大丈夫です。沢山、作ってきました」
「いいお嫁さんになるわ」
「ありがとうございます」
立ったままでサンドイッチを摘んで食べ始めます。
行儀の悪い王女さまですね。
「うん、おいしい。おいしいよ」
「ご苦労様です」
「偉い人に囲まれて疲れました」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
お茶会のお姉さんと小公女さんは公務で伯爵邸に赴いていたのです。
最近、西の森を勝手に開発しようとする輩がいると聞き及んだ伯爵が、市長とその当事者を呼びつけた訳です。
えっ、当事者は俺じゃないかって?
違うんですよね。
当事者は7女ちゃん、責任者はお茶会のお姉さんです。
お茶会のお姉さんは、メンバーの中で一番に位が高い子爵の称号を持っています。
爵が高いほど、面倒事が少ないそうです。
王女の小公女さんは付き添いです。
小娘と言っても王女相手に暴言は履けません。
市長を呼び出した謁見はこんな感じで始まります。
市長と小公女さんは軽く礼をするだけで跪きません。
跪くのはお茶会のお姉さんだけです。
「市長にお伺いする。無断で開発を行ったのは如何なる訳か」
領主伯爵様の側近が市長を問い詰めます。
「如何なる訳の意味を逆に問いたい。行政府は開発の権限を持っておる。開発を打診しておるのに一向に動こうとされないのは如何なる訳を持って説明する」
「それは何度もお答えしている。家臣の安全と予算の都合である」
「領主ができぬというから、冒険者に依頼して何が悪い」
「冒険者にと言うからには相応の対価を支払ったのであるな。市長の権限でも無理矢理にかの者を領主様から奪い取ろうと画策さたのではあるまいな」
「当然だ。金貨5万枚だ。文句があるか」
「「「「「「おぉぉぉぉ~」」」」」」
「偽りを申すな! そのような大金がある訳がなかろう」
「25年の分割だ。金利も払っているぞ」
「…………」
問い詰めていた側近の顔が歪みます。
領軍ができない事を冒険者風情が完遂して貰っては貴族の沽券に関わるなんて言えません。況して、北の大諸侯の意向で開発を止めていると口が裂けても言えません。
俺が市長に取り込まれたのでないとなると責める糸口を失ったように見えたでしょう。
という訳で、攻撃対象がお茶会のお姉さんに向かいます。
「ティナ・ファン・エトホフト子爵、貴女は個人的な案件に関わらず、行政府に今回の事案を持ち込んだのは事実か」
「事実でございます」
「その越権行為は伯爵様への反逆と見なされるぞ」
「それは異な事を申します。我が主は一介の冒険者に過ぎません。伯爵様のご令嬢と御婚姻された後も冒険者を続けるのは無理が御座います。経済的基盤を得る為に領地を開拓し、そこで採れた作物から収入を得ることこそ、我が主と御令嬢の安寧に繋がり、伯爵様への忠義で御座います」
「何を抜け抜けというか」
「考えてみて下さい。北の峠に城壁を作れば、西の森に魔物の侵入がなくなります。広大な手付かずの開拓地がそこにあるのです」
そこで用意してあった西の森に水路を引く地図を床に広げます。
「「「「「「おぉぉぉぉ~」」」」」」
北の城壁市が幾つも入る土地が開発可能になったことに家臣達がはじめて認識したのです。屋敷が何軒か立つというレベルではありません。森を半分残し、森の半分に水路が通る計画に生唾を呑み込むのです。
「今回、格安で城壁を造ることを条件に、開発した土地を恒久的に利用できる条件を付けました。しかし、小麦など栽培しても西より安く安価に作ることはできません。そこで胡麻や葡萄を栽培し、油とワインの生産地となれば、この北がどれほど潤うかを想像して見て下さい。その一部の収益は我が主と御令嬢の生活基盤となるのです」
「娘を思うての事か」
「はい」
「ならば、不問と致そう」
「ありがき幸せ」
これで開発そのものが許可されたことになったのです。
もちろん、茶番です。
帰国パーティーの開いた後に行われた打ち合わせで決めたことを説明しているに過ぎません。領主が不問にすると言ったので、もう誰も俺を責める人もいなくなるのです。
否、貴族達にとってそんな事はどうでもいいでしょう。
目の前に開拓自由な土地が現れたことが重要なのです。
「北の城門を造った功績を讃え、湖の中央部から北の城門までを我が娘の領地とする」
「「「「「「おぉぉぉぉ~」」」」」」
「初の小領主の誕生だ」
「ベッラ様が領主になられるのか」
「我が娘はまだ幼い故に、正式な沙汰は成人を持って行う」
一同が頷きます。
栄えある第1号の小領主と言う称号は誰よりも無難な人物に与えられたのです。
「水路より南は我が接収する」
「おい、おい、それじゃこっちが赤字だよ」
「市長殿、勝手な発言は慎みなされ!」
「勝手に進めた罰だ。その土地は改めて我が家臣に下賜する」
「そいつを説得して開発を進めろって事か! 面倒な事を」
領主伯爵様と市長伯爵閣下が睨み合います。
ちっ、市長伯爵閣下が先に目を逸らしたので領主が勝ったように映るでしょう。
「領主様、まだ1つ懸念が残っております」
「なにかあるか」
「北の城壁まで進出できるのであれば、その先を開拓するのも可能です」
「なるほど」
ここで一呼吸を置いてから領主伯爵様が小公女さんに声を掛けます。
小公女さんが何故ここにいるかと言えば、俺の代わりです。
領主伯爵様と市長伯爵閣下の家を行き来しても怪しまれない人物と言えば、俺しかいませんでした。しかし、小公女さんは王族なのでどちらの招待を受けても怪しまれません。
俺の代わりに伝言役を買って出てくれたのです。
ただ、この伝言役をすると余計なモノが付いてきます。
つまり、その他の貴族からも招待状が舞い込んでくるのです。
談話やお茶会や晩餐会のお誘いです。
俺が伝言役に付くと作業時間が削られてしまうのです。
代わりに貴族の相手をしてくれた小公女さんには頭が下がります。
「我が娘が正妻、そなたが側室で良いのだな」
「我が夫はそれを望んでおります。良き伴侶がそれを拒むでしょうか」
7女ちゃんは1番で、小公女さんが2番と家臣の前で宣言させたのです。
領主伯爵様の面目も立つというものです。
「祝の品を授ける。北の高原とそのすべてを割譲しよう」
「「「「「「おぉぉぉぉ~」」」」」」
「おい、ちょっと待て! それじゃ、開発ができんだろう」
「知らんな」
ここでも領主伯爵様が勝ったように演出していますが、王族が諸侯の下に付くなんて事例はなりません。つまり、小公女さんに預けることで北の大侯爵の影響力を排除しようという二人の伯爵の画策なのです。
四大諸侯の影響を受けない王族が北に誕生するのです。
おそらく、王都の王族は喜ぶでしょう。
皇太子は俺の娘と王族の誰かを繋げるようなことも言っていましたね。
俺、その当たりの話は聞かされていませんよ。
小公女さん、何、勝手にやっているんですか!
「ほらぁ、やっぱりあんたのモンになるんじゃない」
「知りません」
「お城、造ろ、お城」
「いいですね。私もお城が欲しいです」
「いい子ね」
「お嬢さんの分だけじゃなく、トモの分も作りなさいよ」
姉さんが勝手なこと言っています。