10.(裏舞台)闇打ちの決闘《デュエル》
俺の名はアッキ・アディ・ステイク子爵だ。
卑怯なアルフィン・パウパーの罠によって生死の境を彷徨うことになった。
病院の一室で空を見上げて、自分の愚かしさと軽率な行動を呪った。
あのような恐ろしい化物を倒したなどと法螺を吹きやがって。
退院が近づいた頃にステイク城壁市の次期領主であるジョルト様がヘンリー伯爵とあいつによって恥をかかされたと聞いた。
なんと陰湿な奴。
我が一族をどこまで貶めれば気が済むのだ。
◇◇◇
退院の日、私を待っていたのは我が城壁市の司祭様であった。
「退院、おめでとうございます」
「わざわざ、ご足労ありがとうございます」
「我が希望です」
「もったいない」
横に控えているのは我が従者ロバーであり、義足は履き、松葉杖を持っている。
俺が軽率な行動をとった戒めでもある。
「ご無念でございましょう。あなた様の敵は昨日、皇太子殿下、御自身 のお手で蒼勲章を渡されました。それは本来、あなた様が受け取るべき勲章ではございませんか」
「不甲斐ないわたくしをお笑い下さい」
「笑うものですか。あなた様は策略によって貶められたのです」
「なんと」
「魔物1万を撃退できるAクラスの冒険者が居たにも関わらず、あなたは負傷した。S級の魔物を退治できる者がゴーレム如きに後れを取るなどありません」
「1万の魔物、さらにS級の魔物まで討伐したと言うのですか」
「はい、そう聞き及んでおります。我が希望は始めから嵌められていたのです。王家の守護であるステイク家の排除こそ、彼らの狙いだったのです」
「なんという狡猾な」
「これを」
司祭様は懐から書簡を取り出して俺に渡した。
「なんと、総大司教様がわたくしめに。なんともったいない」
総大司教様はとある任務をわたくしに授けてくれたのです。
王家の乗っ取り、傀儡とすることを企む一派がおり、アルフィンはその一派と手を結んだ。
かの者を駆逐せよとの下知でありました。
◇◇◇
私は数人の同士ともに飛行船に乗り、北の果てエクシティウム城壁市に訪れて東遠の親族や縁の者を訪ねたのです。
「お掛け下さい」
「単刀直入に申します。アルフィン・パウパーなる無頼漢を弾劾裁判に掛けて頂きたい」
「お父君には大変お世話になった身でございます」
「それでは!」
「賛同はいたしましょう。我が領主を誑かした悪漢であります」
「ありがたい」
「去れど、首謀者に捺印はできません。どれほどの悪党であろうと、主の意志に背くことはできません。主は娘を溺愛しており、伯爵令嬢もかの者を溺愛しております。我らにできることは忠告のみ、弾劾など恐れ多い」
「かの者はその令嬢を蹂躙したと聞き及びますぞ」
「そのお噂はわたくしも聞き及んでおり、主にそれとなく申しておりますが、お聞き入れにならないのです」
12人の東遠の親族や縁の者はすべて俺の申し出を断った。
同士も同じ結果であった。
「なんという情けないことを言うのです」
「「「申し訳ございません」」」
我々の指揮を取っているのは総大司教様から派遣された代理官様と断罪官様です。
代理官とは、教皇・大司教の代わりに出向く者でことであり、教皇様の書簡を持たれている代理官様は教皇様と同じ存在なのです。
断罪官とは、その名の通り断罪の目というスキルを持つ神官であり、真実を見抜くことができる特別な神官のことです。
貴族が告発し、代理官様がそれを受けて領主に弾劾裁判を申し出て断罪官が奴を裁く。
そして、領主令嬢を姦淫の罪で死刑に処す。
「何故、一人も告発者がおらん。お主たちの首は飾りか」
代理官様のお怒りは当然です。
◇◇◇
何度も足を運び告発を願い出たのですが、誰も首を縦に振ってくれないのです。
伯爵主催の歓迎パーティーに出席しました者も相手にされなかったと聞き及びます。
我がステイク家はシハラ伯爵家と仲が悪いということもあり、私を招待してくれる者もいません。
遠征の折りにこうむった被害を非難するステイク家の使者が丁度到着したので同行して伯爵と謁見しました。もちろん、同行者の一人としてですから発言は許されません。
「知らん。文句があれば、皇太子殿下にでも訴状すればよかろう」
「タカが市井の者では御座いませんか、引き渡しは同意できませんか」
「領民を見捨てては、領主の名が廃る」
「ステイク家を敵に回される気で御座いますか」
「なぁ、伯爵殿。かの者を預けることに同意してくれんか。事情聴取のみしかさせん。かの者に危害が及ばぬように取り計らうゆえに、儂の顔を立ててくれんか」
「申し訳ございません。領民の保護に関してはお譲りできません。況して、かの者はステイク家に決闘で勝った者です」
「勝っておりません」
「そうであった。我が方が負けたのであったな。は、は、は」
この領主は余程、ステイク家を毛嫌いしているのが判ります。
ステイク家に利する行為が領主の不興を買うことになると理解しました。
厄介です。
それでも告発して貰おうと何度も足しげく通くのですが、結果は同じです。
同士の方と代理官様のお怒り受けた後に酒を飲むのが習慣になってきました。
「今日は一段とお怒りになられたな」
「はい、それも仕方ないかと」
「遂に着いてしまったな」
「はい」
今日は遂に旅団が到着してしまったのです。
旅団から帰ってきた所を拘束し、そのまま弾劾裁判を行い。
即日に死刑を執行する。
代理官様がお決めになったことが崩れたのです。
「それだけではないぞ」
「遂に代理官様は大司教様に面会なされた」
「なんと、まだお会いになっておられなかったのですか」
「ここの大司教は領主の弟なのだ」
「なるほど、難しそうですな」
「そうの通りだ。教皇様からの書簡をお見せてなられた」
代理官様が持つ最強の切り札です。
「告発したければ、私を召喚して別の者を大司教に据えてからにして頂きたいとお断りになられた」
「なんということだ。教皇様の下知をお断りになられるとは」
「大司教が自ら告発するのは領主と対立しているという事になる。いずれにしろ、この地にいられなくなる。そう考えれば、家族の情が勝るのも道理ではある」
「なるほど、そう言われれば、その通りで御座います」
「判っておられたから、代理官様もすぐには使われなかったのであろう」
彼が帰ってきたと言って我々がやる事は変わらない。
彼が再び王都に帰還するその日までに告発者を見つけるのみである。
「酒だ、酒だ、酒を持って来い」
「一番強い奴」
「馬鹿野郎! 取り消しだ。一番薄いミード酒を頼む」
「おっさん、タマにはいいだろう」
「駄目だ。おまえらが酔ったら誰が止めに入れる。そんな危険なことをさせられるか」
なんと、命の恩人であるアレフ殿が偶然に入って来られたのです。
「アレフ殿」
「おぉ、いつかの貴族さんじゃないか」
「アッキ・アディ・ステイク子爵ともします。よろしければ、こちらに奢らせて頂きます」
「いいのか」
「まだ、お礼も申し上げておりません」
「じゃぁ、頂こうか」
「「「お~う」」」
私は女中に声を掛けて最高の料理を注文しました。
「それなら魚料理なんてどうだ」
「この内陸地で魚が手に入るのか。あぁ、川魚か」
「違う、違う、でっかい海の魚さね」
「では、それを頂こう」
「はいよ」
この内陸地で海の魚が手に入るとは侮れん。
王都でも魚を手に入れるのは中々に骨が折れると聞く、それが一介の酒場まで手に入るとは、人口も少なく、小領主もいない辺境と聞いていたが町の活気はどうだ。
家臣の領主への忠誠心は厚く、職員の統制は厳しい。
町は活気に溢れ、高級食材が民衆の口に入る。
浮浪者やスラム民の保護政策も行き届いている。
中々に侮れん。
「どうして、アッキ殿が?」
「少し用事がありました。そよよりアレフ殿こそ、どうしてこちらに」
「魔人国に近いからな!」
「行かせませんよ」
「判っている。俺達は旅団の護衛だ」
「アレフ殿は旅団の護衛をされて来られたのですか」
「そうよ。俺が旅団の安全を守ってやったのさ」
「それならば、旅団の方々も心強かったでしょう」
「あたぼうよ」
目付け神官が「よく言う」と溜息をついています。
もちろん、アレフは大袈裟に言っているのは承知しています。
旅団がそれほど危険なものでないのはありません。
Cクラス、Dクラスの冒険者が請け負う仕事ですから、Aクラスの冒険者には退屈だったのでしょう。
「その用事って、何だい」
「実は、アルフィン・パウパーという悪党を懲らしめる為です」
「それって、私達のオーナーじゃない」
「まさか!」
「違う。契約はさっき終わった。もう、雇い主ではない」
「おこづかいを貰って喜んでいたのは誰ですか」
「あれは報酬だ。女に刃を向ける奴など仕事を二度と受けるか」
「なにかありましたか」
奴は毒を盛られて殺され掛かったというのです。
死んでくれれば、よかったのに奴は生きているといいます。
「どんな理由があれ、美人に刃を向ける奴は許せん」
「当然です。おそらく、そのご令嬢は奴に恨みがあったに違いありません」
「なにか知っているのか」
「そのご令嬢のことは知りませんが、この町で仕入れた情報によると、女を手当り次第に蹂躙していると聞きました。その被害者は数しれません。最大の被害者が伯爵家のご令嬢です。奴は嫌がる令嬢を無理矢理に犯し、我が物にしたと聞き及びます」
「許せん。やはりそういう奴か」
「王都でも悪逆非道を続け、無辜な伯爵の御長男に罪を着せて、町の英雄のように讃えられ、多くの貴族を懐柔し、遂に魔の手は王族まで及んでおります。王族の王女を手籠めにしたと聞きます」
「お姫様が」
「はい。泣き叫び助けを求める王女を無残に蹂躙したと聞き及びます」
「なんて奴だ」
ミード酒を呑み込んだ目付け神官が溜息を吐きます。
「そんな風に見えませんでしたよ」
「おっちゃん、知っていたのか」
「知っていたも何も、兵士のみなさんが王女様と呼んでいたでしょう。あの坊ちゃんの事は王女の騎士と呼んでいたのを聞いていませんか」
「そう言えば、王女の騎士とか言っていたが、あいつの事か」
「王女を守って、その名が付いたらしいです」
「それがあいつの罠です。自ら王女を危険な場所に誘い込み、助ける事によって敵意を消しさって、すべてを好意に変えさせるのです」
「へぇ~、そんな悪い奴だったんだ」
「でもさ。アレフ並に強くて、頭も良くて、お金持ち」
「「蹂躙されたい」」
アレフの仲間の魔法士は暢気な者です。
市井の者はそれでいいでしょう。
しかし、王家を守る者として、その毒牙が王族に及んでいるので許す訳にいかないのです。
「もしかすると、その毒を盛った令嬢の家族か、知り合いの誰かが奴の毒牙に掛かっていたのではありませんか。素手で勝てないので毒を使った」
「そうか、そうだったのか」
「決めつけるのはよくないですよ」
「そうに決まっている。あいつの周りには綺麗な姉ちゃんばっかりじゃねいか。俺の方を見てみやがれ」
「それって、私達がブスってこと」
「酷い! 美人とは思わないけど、そんなに酷くないわ」
「お兄ちゃん、私もブス」
「おまえは違う。可愛いぞ。可愛いが妹は別枠だ」
「別枠とか、お兄ちゃん酷いよ」
「もう、このパーティは解散よ」
「そうよ」
「ちょっと待て、アレフ! 謝れ」
「どうして俺が」
「いいから謝れ」
何か話が別の方向に逸れしまいました。
肝心な事が話せなかった気がしますが、アレフは東の砦でしばらくお金を稼ぐそうなのでまた会う機会もあるでしょう。
それよりも毒殺を思い詰める?ほど可哀そうな令嬢を増やさない為にも告発者を見つけなければなりません。
◇◇◇
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作者:牛一/冬星明