7. 私は帰ってきた。
昨日の騒ぎが何だったのか?
真相を知る人は誰もいません。
朝起きると旅団は予定通りに出発し、俺は昼まで馬車でまったりとします。
なんと夜鍋(執筆)の宿として大いに利用していますが、馬車にほとんど乗っていないという事実に気が付いたのです。
お昼から荷馬車4台分の魔物を討伐して、領軍の兵と冒険者のおこずかいを確保して城壁市に到着します。商業ギルドに赴き最後の小麦を卸すと赤毛のお姉さんを冒険ギルドで拾って、すぐに港へ向けて出発です。
俺達の馬車を先頭に10台の長荷馬車だけが近くの港へ向かうのです。
港まで3時間くらいです。
明日の朝一から品物を買って、昼には出発をするつもりです。
旅団を追い駆けるつもりですが、おそらく追い付かないでしょう。
懐かしの城壁市に入るのは夜が暮れた頃になるのでしょう。
髭の領兵の隊長さんに冒険ギルド長への手紙を預かって貰いましたから準備をして待ってくれているハズです。
◇◇◇
「エクシティウムよ、私は帰ってきた」
城門を通ると俺はそう叫びます。
「何故、叫ぶのですか」
「うん、帰ってきたね」
「これが君が育った町ね。地味だけどいいわ」
冷めたお姉さんらにアニメネタは通じません。
小公女さんは別の意味で感動しています。
広場に向かうと待ちわびた顔がちらほらと見えます。
「こらぁ~、わたしを待たせるとは偉くなったな!」
「いたぃ、ねぇしゃん。いたぃ」
俺の顔を見た瞬間、肉体強化の魔法で瞬動のようにすばやく俺が乗っていう馬に乗って、羽交い締めながらほっぺたを引っ張るのです。
「きゃぁ~、何するんですか」
「あんた、誰?」
ぎろり、小公女さんを姉さんが睨みます。
「大丈夫です。あれは愛情表現です。お姉さんです」
「紹介します。仲間の王女さまです」
「へぇ~、仲間ね」
ぎゃぁ!
マジで痛い、本気でひっぱられました。
そのまま、姉友ちゃんと7女ちゃんの前に連行されます。
「お帰りなさい」
「ご無事のご帰還をお喜びします」
「ただいま」
ずしん、ゆっくり話たいんですけど、何でもこの威圧感は楽しく迎えるって雰囲気じゃないですよね。そして、俺の両脇に領主伯爵様と市長伯爵閣下に連行されます。
「お父様、すぐに返して下さいよ」
「判っておる」
「すみません。後はお願いします」
「お任せ下さい」
「ちゃんとやっておくからね」
俺はお茶会のお姉さんに商業ギルドを通じて長荷馬車10台に積んである冷凍の魚を売る算段を任せます。
問題はないと思いますが、今回は採算無視で庶民まで生魚を知って貰うことが重要です。
赤毛のお姉さんには魚を使った料理で冒険ギルドの所属の冒険者、及び、市民に無償で炊き出しの監督です。
料理は髭の領兵がやって貰います。
刺身を出したい所ですが、生魚を口にするには抵抗があるでしょうから、すべて煮魚や焼き魚、鍋料理のレシピを渡してあるので問題ありません。凍らせておけば、1週間程度は問題ないというか、王都に運ぶテストも兼ねて1台ずつ開封してゆくつもりです。
特に魚をぶつぎりした味噌鍋の虜になってくれるといいですね。
◇◇◇
領主伯爵様はおそらく屋敷に招いてじっくりと話を聞きたい所なのでしょうが、市長伯爵閣下が居てはそうもいきません。
一番近くの大聖堂の一室を借りて、大司教様も一緒に尋問に加わります。
ドアを開けると冒険ギルド長が待っており、さっそく口を開きます。
「おい、おい、面倒事を全部こちらに廻すのは止めて貰えないか? 金額を見ただけで心臓が飛び出るかと思ったぞ」
荷馬車の購入金額である金貨2000枚と旅団の補償金である金貨1万枚の事を言っているのでしょう。この行政府にそんな大金の余剰がある訳もなく、しかし、開発反対の伯爵から捻出させる訳にいかないので冒険ギルドが借りるという手段を取った訳です。
出所は領主で保証人が市長なんですから、そんな驚くこともないでしょう。
「で、どうなった」
「そうですね。冒険者を長期で雇う計画は完全に失敗しました」
「おぉぉぉ、どうしてくれる」
「荷馬車のレンタルは目途が立つと思います。問題は護衛の冒険者です」
「王都では集まらんか?」
「まだ判りません。しかし、待っていられないので冒険者学校を設立しようと思います」
「学校?」
冒険ギルド長の顔がさらに青ざめます。
学校を設立するのにどれくらい費用が掛かるのは判りませんが、今回の事業の比にならない大金が動くことは間違いありません。
「また、よろしくお願います」
「おまえな! 俺を殺す気か」
「保障は出しますから貸し倒れがありませんって、詳しい計画はお姉さんに聞いて下さい」
横で聞いていた領主伯爵様と市長伯爵閣下が呆れています。
大司教様はけらけらと笑っています。
何が面白いんでしょうね。
冒険ギルド長との話も途中に俺の罪状を申し付けるように領主伯爵様と市長伯爵閣下が交互に王都の出来事に文句を付けます。
「まったく、ステイク侯爵と揉め事を起こしよって、バイエルン侯爵を通して苦情が届いておるぞ」
「ですから花を持たせて」
「持たせるつもりならきっちりと負けてやれ。そうでないなら立ち上る気力もなくなるくらいに叩きのめせ!」
「いいんですか、そんなことして」
「どうせ恨まれるのなら、それくらい報復はあたり前だ。おまえは中途半端過ぎる」
「えっ~、そんなに負けた方がよかったんですか」
「おぉ、そんな報告を聞いたらなら、おまえを100叩きの刑に処してやった」
領主伯爵様は無茶をいいます。
無茶という意味では市長伯爵閣下も酷いです。
「おまえは自重という言葉を知らんのか。たった三日で砦を造ってしまったそうだのぉ」
「1週間です。それもかなり手抜きです」
「一緒じゃ。もう隠す意味もないのでさっそく砦を造って貰うぞ。まさか、断るとは言わんな」
「休ませて下さいよ」
「そんな暇があるか」
言っていることが滅茶苦茶ですよ。
「いやいや、帰還のパーティーには出て貰わんといかんぞ」
「あぁ、そうじゃった。仕方ない。3日だけ暇をやろう」
明日は領主伯爵様が主催のパーティーが用意されており、明後日は行政府が主催の帰還者を出迎えるパーティーです。
鬼ですね。
コンコン、ドアを叩かれてお茶会のお姉さんと小公女さんと7女ちゃんが入ってきました。
「失礼します」
「お初にお目に掛かります」
小公女さん、普段とまったく違う王女の威厳を醸し出します。
横に立っている7女ちゃんが少し怒ようです。
あぁ~、聞いちゃいましたか。
「王女を側室にと」
「はい、どうかお許し頂けませんでしょうか」
「恐れ多い事だが我が家は伯爵家に過ぎませんぞ。王女とは格が違いますぞ。簡単な事ではございません」
「その心配はございません。王族というのは名ばかりで臣民もいない貧弱な王家です。伯爵家と申されても、諸侯である伯爵様の方が格上で御座います」
「世間はどう申しましょう」
「それこそ愚問でございます。皇太子はわたくしに庶民である方に嫁げと申されました。庶民に王族が嫁ぐのです。そこに格式などございますでしょうか」
「皇太子が」
「はい」
小公女さん、皇太子の戯言を実行するつもりですよ。
領主伯爵様はとりあえず、小公女さんを側室にするのを認めます。
但し、皇太子に面会を申し出て確認をとった後という条件付きです。
7女ちゃん、ぷんぷんです。
7女ちゃんが一番だからと宥め、何とか納得して貰います。
言っておきますけど、王都で出会った彼女は自称であって俺は認めていませんからね。
彼女も本気とは思えないんです。
◇◇◇
細かい話はまた後日という事で7女ちゃんと小公女さんにご退場です。
代わりに紅蓮さんと王都で出会った彼女に来て貰います。
道中に出会った刺客の話です。
「なんと、刺客が送られたというのか」
「はい、この事態は意外と深刻な状況と言わざるを得ません。彼が何者であるかと手探りの状態で、すでに敵対者と見なす勢力がいるという事です」
「信じられん」
「引き入れようとするなら判る気もするが、態度を明らかにしていない者を襲うのは異常だ」
領主伯爵様と市長伯爵閣下が口を揃えて不思議がるのは判ります。
俺もあの変な魔物で襲われなければ、そんな風に考えなかったでしょう。
その中で大司教だけは寡黙です。
「さっきまで笑い転げておったのに、随分と大人しいな」
「兄貴とは違うのさ。先生、君の結論を聞きたい。目安は付いているのでしょう」
「結論は出ておりません」
「私が言ってやろうか。教会と思っているのではないか」
「さすがにそこまでは思っておりません。ですが、反皇太子派のいずれかがバックにいると思っております」
「私も同意見です。教会の一派には常に反王族派が内包しております」
大司教の口から出た言葉に領主伯爵様と市長伯爵閣下がぎょっとします。
よく考えれば、当然の事です。
ヨーロッパの歴史で皇帝とローマ教皇が争ったのは、一度や二度ではありません。そして、アルゴ王国でも諸侯の力をバックに教皇が国王を上回る権威を持った時期が何度もあります。
まぁ、リアルに神様が君臨するこの世界では、教皇が国王を排除することはできませんが、国王を退位、あるいは嫡男を廃嫡することによって教皇に都合のいい国王を擁立した時期があるのです。
現国王は高齢で宰相が実質の権力者となっており、それ三公と呼ばれる三大侯爵家が支えています。しかし、国王は高齢でいつ亡くなっておかしくありません。そんな中で皇太子が軍務府の長として、実行力を延ばしているのです。
そう、宰相三公制がもうすぐ終わりを告げようとしているのです。
皇太子が国王になっても現状を維持したい者は何をするのでしょうか?
皇太子を廃嫡させて、まだ若く経験もない嫡男を皇太子に祀り上げられれば、後見人として宰相当たりが入ることになるでしょう。そうすれば、宰相三公制が延命できます。しかし、それを実行するにはリスクが大き過ぎます。
では、どうするのでしょう。
答えは簡単です。
皇太子の力を少しでも削いでおけばいいのです。
皇太子に近づく若い芽を自らの陣営に取り込みを行い、それが敵わない場合は抹殺する。
こうして皇太子の手足となる者を抹殺してゆけば、国王となった時に力を失います。
力のない国王は教皇の権威を頼らないと国の運営も間々ならなくのです。
少なくともそう考える一派が常に教会に内包しているのです。
つまり、俺が皇太子と仲が良さそうだから殺されそうなった?
「派手に動き過ぎるからだ」
「もう少し自重を覚えろ」
「は、は、は、まだ、まだ、楽しませて貰えそうだ」
何か俺が悪いかのような口ぶりですよ。
悪いのは皇太子ですよね。
原因は第3王子ですよね。
俺、悪くないよね。