1.新たな旅立ち。
最初の城壁市までは比較的に安全なので領軍も同行しない旅になります。
もちろん、行政の先導は付きます。
王都の門前町の広場では500台以上の馬車と荷馬車が停まっています。
俺は出ると騒ぎになるので窓からこっそり見ただけです。
ガラス付きの高級馬車は高貴な方だけです。
旅団で使われる馬車は吹き抜けです。
吹き抜けに薄いカーテンを下だけ絞っています。
その方がちょっとオシャレなのでしょう。
荷馬車は雨・風に強いホロ馬車が主流になり、青天井は濡れても構わない物を積んでいるのです。もちろん、長荷馬車もホロ馬車仕様に変わっています。
「申し訳ありません。冒険者の数が間に合いませんでした」
お茶会のお姉さん、平謝ります。
足りていますよね?
「実は髭侯爵様に偶然にお会いしまして、三部隊33人をお貸し下さいました」
なるほど、冒険者らしくない冒険パーティが取り囲んでいると思いました。
全員、冒険者っぽい装備なのですが、その全員が新品を装備するパーティというのはめずらしいことです。
冒険パーティのクラスはEクラスですが、領軍の訓練と冒険ギルドの一筆があるので、Cクラス並みと認めて貰ったようです。
王都に相場から言えば、かなり安い長期クエストを受けてくれる物好きな冒険者はあまりいなかったようです。
因みに、その物好きな冒険パーティは王都で1組、隣の城壁市で2組が引き受けてくれたそうです。
但し、北に移動する為の片道クエストです。
「冒険者学校でも作りますか」
「学校ですか」
「若い冒険者も育てて、ある程度に育った冒険者を護衛クエストで収入を安定させて、装備が整えば、冒険者として失敗することもなくなります。Cクラスまで育った冒険者にが護衛クエストで新人を育てる義務を課すというのはどうでしょう」
「「すばらしいです」」
お茶会のお姉さんと赤毛のお姉さんが声を揃えます。
さらに、お茶会のお姉さんは謝ります。
「長荷馬車、8台は小麦を積むことになってしましました」
「小麦ではマズいんですか?」
「儲かりません」
「いいじゃないですか」
「そうはいきません」。
お茶会のお姉さんが声を上げます。
「今回は10台ですが、帰りは20台になります。次の旅団から30台に増加します。輸送する物資を見つけていかないと、小麦も安く買い叩かれて採算を割ることになってしまいます」
それはマズいですね。
「それだけではありません。小麦を卸した後の積荷が決まっておりません」
小麦は城壁市毎に2荷馬車ずつ卸してゆきます。
最初の城壁市を除く、4城壁市が買い取ってくれることになっているのです。
これは約束分です。
企画課として買い取って市場に流してくれます。
オリエントは米が主流ですから豊作・不作に関わらず、小麦の生産は常に足りません。
それが安定するのは悪いことではないのです。
「米からパンが主食に変わることはありません」
「ですね」
「えっ、どうして、お米は高いよ?」
「北はお米を作っていないからです。雨に弱い小麦はオリエントでは余り作られていません。オリエントは米が安く、パンは高いんですよ」
個人的は安い米を広めたいのでお米を買って帰るのはありだ。
しかし、長荷馬車8台分は無理です。
お姉さんも困っています。
どうにかして上げたいのですが…………思い浮かびません。
唸れ! 賢者の知能…………賢者の記憶はないんですよね。
賢者の記憶は8歳くらいで綺麗に無くなりました。
残っているのでは賢者の遺産というべき、中2病が詰まったハードディスクに打ち込んだ記憶です。
何を思って賢者は大量の魔法の知識を打ち込んだのでしょう。
記録と記録の合間に書き綴られた為政者への愚痴。
そう愚痴です。
愚痴、愚痴、愚痴、愚痴です。
くそぉ、国王野郎、俺はおまえの家臣じゃないぞ。
今日もタダ働きか!
民は救いたいが、お前の権力基盤を支える為じゃないぞ。
悪魔が出たら全部、俺かよ。
賢者の愚痴が大量に残っていたのです。
何を思って書き遺したのでしょうね。
ある意味、俺も影響されています。
しまった。
今は愚痴の話ではありません。
お姉さんを元気付ける案を考えねば、考えねば、考えねば、浮かばない。
こんなとき、姉さんがいるとくだらないこと言ってアイデアが閃くんだよね。
姉さんなら、どういうかな?
“くだらない事を考えるならおいしいものを食べるわよ”
こんな感じでしょうか。
おいしいものか?
「おいしいと言えば、虫鍋が美味しかったわ。帰りも食べたい」
「虫鍋は響きが悪いので、蟹鍋って言って下さい」
「じゃぁ、蟹鍋」
「蟹鍋って何?」
「虫の身を野菜と一緒に煮込んで食べる料理だよ。美味しかった」
「蟹鍋を所望します」
「私も」
赤毛のお姉さんは元気です。
小公女さん、目を光らせてヨダレも垂らして元気です。
王都で出会った彼女も以下同文。
野菜と一緒に煮込んだ蟹鍋は美味しい。
あの甲殻系の魔物の肉はすぐに腐るから売り物にならない。
北で取れる白菜みたいな野菜と一緒に食べたいな~。
あっ、閃いた。
「あの魔物を北まで運びましょう」
「どうやってですか」
「凍らせて運びます。凍らせれば、腐るのが遅れます」
「売れますか?」
「蟹鍋は美味しいでしょう。実演すれば、買っていってくれる人も出るハズです」
「北まで持って帰るのもありですね」
「はい、売って開いたスペースは魚を凍らせて北に持ってかえりましょう。そして、逆は」
「王都に持って帰るのですか」
「はい、生の海魚なんて王族ぐらいしか口にしません。多少、安くなっても」
「「売れます」」
南から甲殻系の魔物の肉を持って行き、北から生の海魚を王都に持ち帰る。
これなら絶対に売れます。
「氷の魔法を冒険者学校で教えましょう。俺がいなくても凍らせて運搬できるようになれば、恒久的に儲かるようになります」
「「さすがです」」
お姉さんが声を揃えて感動してくれます。
「あんた達、いつもそんな話をしているの?」
紅蓮さんが呆れた顔で俺達を見つめます。
別にいつも言う訳じゃありませんよ。
◇◇◇
王都を出発し、中間の城壁町で一泊します。
20年後にタダで領地が増えると喜んでいる伐採場を管理する領主がいる城壁町になります。
城門を通り広場に向かいます。
どこの町も基本的に構造は同じで、中央区の大聖堂の正面に軍隊が駐留できるような大きな広場があり、その周りに冒険ギルド、商業ギルド、工房ギルド、大工ギルドなど、町に必要な組合が並び、その他にも食堂や宿屋、馬屋、鍛冶屋など旅を続けるのに必要な店が軒を連ねるのです。
王都の隣の城壁町は人の出入りが激しい為か、高い宿から安い宿、公舎を含めると5000人は泊まれるそうです。
「凄いね! 王都の近くは違うね」
「そうですね。ウチは300人が限界です。大講堂を解放すれば、1000人くらいですね」
「でも、大丈夫。広場の広さは同じくらいだから野営はできるね」
「そうですね」
そう言われば、そうです。
広場の広さは同じくらいです。
さらに大聖堂に向かって、右手に宿屋街や馬屋など店屋、左手にギルドの建物、大聖堂の裏側に様々な講堂や図書館などの公共施設という配置は同じのようです。
お姉さんらは王女様が恥ずかしくない宿屋に泊ります。
俺は馬車の中でお仕事です。
この馬車は後部座席の空間を広くとって、折り畳み机を組み込んで貰いました。
走りながら執筆活動はキツいのですが、休憩中や夜半なら問題ありません。
しかも座席の間には、厚手のカーテンを降ろせるようにもなっているのです。
ふ、ふ、ふ、完璧です。
こんな事もあろうかと用意して貰ったのです。
実は………領主伯爵の依頼が終わっていないのです。
マリアさんといい。
領主伯爵といい。
俺のパトロンは我儘な人が多いな。
3月は皇太子の護衛で暇になるって言ったのは誰だよ。
あと少しですが、終わっていません。
巨乳モノとハーレムモノだから昼間は進められないんです。
鶴の恩返しのように「カーテンを決して開けるでない」と言ってさっさと終わらせたいよ。
月夜の夜に多くの馬車が並ぶ中に一台だけ、明々と馬車の窓から漏れる明かりが漏れています。
光の魔法『ライト』は便利ですよね。
「差し入れ持ってきたわよ」
「がんばっているか」
小公女さんと護衛の紅蓮さんが馬車の戸を開けます。
「休憩時間もがんばっていたよね。あれ、面白くなかった」
「全部が依頼ですから、面白い面白くないは関係なんです」
「ふ~ん、これが趣味?」
「こっちが本業です。冒険者は姉さんに付き合っただけですし、学校は強制です」
「そうなんだ」
「田舎でこつこつと暮らせればよかったんですよ」
「もったいない~なぁ」
「良く似たようなものでしょう」
「私は好きでもない人と結婚させられたくなかったからよ」
そう言って、書き上げた原稿を勝手に読み始めた。
止めようしたけど、間に合いませんでした。
きゅ~~~~うぅぅぅぅ。
小公女さん、顔を真っ赤に染めます。
「どうかしたか?」
そう言って、紅蓮さんも原稿を覗き込みます。
「ほぉ、こういうのが趣味か」
「違います。依頼です」
「だが、前世のおまえが読んでいたのだろ」
「40歳で妻も子供もいない寂しい人生を送っていましたからね」
「そうか、それは仕方ないな」
小公女さん、原稿を最初から読み始めます。
余り遅いので王都で出会った彼女が様子を見に来て、報告に戻るとお姉さんらを連れて戻ってきます。
お姉さんらも固まってしまいます。
「ねぇ、ねぇ、この続きは?」
「今、書いています」
「じゃぁ、この前は」
「………………」
「そう言えば、荷物の中に何か入れていましたね」
「それは伯爵に頼まれた大切なお土産で…………はい」
お茶会のお姉さんが冷たい目でぎろりと睨みます。
油紙を開けると、伯爵の頼まれていた完成した本が入っています。
夜中の読書会です。
朝、目にクマを作って馬車から降りるお姉さんらを見て、衛兵さんが「若いと元気だな」とかいう声が聞こえてきます。
違います。
タダの読書会です。
あっ~~~~~、返ってきたお姉さん達の冷たい目が痛いです。
城壁町を出ると、俺は御者席に逃げました。
◇◇◇
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作者:牛一/冬星明