46.(休話)私のAL(あ~る)。
アル君が王都に行ってから少し寂しくなりました。
私は家族を養わなければいけないので楽しくないからと言ってクエストを休む訳にもいきません。それにアネィサーやアル君のお兄さんに魔法のレクチャーもしなくてはいません。
「馬鹿野郎、気を抜くなと何度言ったらわかる」
「大丈夫、大丈夫」
「腑抜けているとこの世とおさらばして、一生坊主と会えなくなるぞ」
「アルがいないとつまんないの!」
アル君がいなくなって、アネィサーの気が抜けていると誰もが思っていました。
でも、それは間違いです。
失敗を繰り返すアネィサーは気を落ちして寡黙になっていって、森の中へドンドン先に進んでゆくのです。
「ちょっと待て!」
「…………アル」
「追い駆けるぞ」
襲い掛かる魔物を処理しながらアネィサーを追うのは中々に手間です。
でも、どこに向かっているのは何とかく判っています。
アル君がいつも狩り場にしていた魔力溜まりが集まっている場所です。
かなり危ない魔物が出現しますが、毛皮などが高値で買い取って貰えるのでアル君が好んで狩り場にしていた所です。
「もう1ヶ月も経っている。相当な数が集まっているぞ」
小犀 がうじゃうじゃと湧き出して、私達の行く手を阻みます。
小さいと言っても人くらいあり、足が短いからイノシシに似ていますが、甲羅のように固い皮が剣を弾くので厄介な敵です。
「おまえら、魔力の使用量を抑えておけ」
「そんなこと言ってもアネィサーを追わないと」
「出し惜しみして間に合わないなんて嫌よ」
「アンニちゃん、ありがとう」
「あいつ偉そうにするから嫌いだけど、あんなでもあいつが死んだらアルが悲しむでしょう」
「うん、助けよう」
でも、その必要はありませんでした。
アネィサーはぼろぼろに成りながらもギガウルフの群れを一人で退治していたのです。
アル君みたいに圧倒的に強ければ撤退したかもしれませんが、アネィサーは決して強くありません。
ぎりぎりで躱して急所に一撃を入れて少しずつ削っていったというのです。
「どういうことだ?」
「いやぁ、よく判らないんです。今日は夢見がよくてアルと一緒に冒険に出たんですよ。気が付くと囲まれていて危なかった!」
アネィサーが倒したというギガウルフは8頭です。
私達が駆けつけたときは最後の1頭、オスのボスと戦っている所でした。でも、周りには20頭の死体が転がっています。
「夢の中ではアルが倒してくれたのだけど、よく判らないわ」
その笑い方はいつもアネィサーです。
◇◇◇
その日からアネィサーは普通に戻りました。
そして、1ヶ月ほどすると寡黙になってゆきます。
また、一人で森の奥に入ってゆくのです。
「追い駆けるぞ。離されるな」
離される前に厄介な奴が現れます。
A級指定のモルス・プロングホーンです。
体は人の倍くらいの大きさで、角が鹿、体が牛のような魔物です。
特徴は足の速さです。ギガウルフなどモノともしないすばやい足で敵を翻弄し、鋭い角で冒険者を餌食にする凶暴な奴です。
あの角は凄く高値で売れます。
無傷で倒せば、はく製にして貴族がこぞって購買を争ってくれるのですが、私達の魔法攻撃では躱されてしまって当たりません。
「あの馬鹿、どうしてあんな奴に当てられるのよ」
「突っ込んでくるよ」
きゃあ!
がしん、ドクさんとこの盾士がアンニの前に立ちはだかってその攻撃を受けるのです。
その瞬間にガルさんの仲間がモルス・プロングホーンに攻撃を掛けて、モルス・プロングホーンは距離を取り、否、少し離れて先を行っていたアネィサーに狙いを変えます。
「ヤバぃ! アネィサー、こっちに戻ってこい」
ベンさんが叫びますが、アネィサーは聞こえていないようでモルス・プロングホーンと対峙するのです。
「あいつ、避けている」
「アネィサーって、あんなに速く動けた?」
「知らないわよ」
モルス・プロングホーンはまるで点から点に瞬間移動しているように動きます。
それを紙一重で躱し、剣が皮を切り裂いてゆくのです。
「腰が入っていないから致命傷にならんが、スピードが仇となって、傷口を広げてやがる」
「動きを止めないと援護もできませんよ」
「俺でもあの中に飛び込む自信はない」
ドクさんやベンさんがモルス・プロングホーンと戦いときは、盾役を先頭に皆がその後ろに姿を隠します。
「シオンさん、どうやって盾で受け止めているんですか」
「あいつは獲物を睨んでから飛び込んでくる。睨まれた冒険者の前に立つと勝手に飛び込んでくるんだ」
「なるほど」
「あいつは見てから動いていては間に合わない。あのお嬢ちゃんも睨まれた瞬間を勘とタイミングで避けているんだろう」
幾度となく交差が繰り返されてゆきます。
気が付くと、モルス・プロングホーンの体が真っ赤に染まっています。
そして、力なく倒れたのです。
「一人で倒してしまいやがった」
「俺はあいつと一対一で勝てる気がしませんよ」
「さっさと魔刃を覚えないからだ」
「剣に気を張れるようにはなりましたよ」
「あとは気合だ」
ドクさんとベンさんがどうでも良い話をしています。
私はアネィサーに駆け寄って行きます。
勝ったアネィサーはぼっと立ち尽くしているのです。
「アネィサー」
「おはよう、トモ」
「おはようじゃないよ。今、癒しの水を掛けるからね」
モルス・プロングホーンは出血多量で倒れましたが、アネィサーも角が掠って服が真っ赤に染まっています。
アネィサーの話では、モルス・プロングホーンはアル君が夢の中で倒してくれたことになっていました。
◇◇◇
「これはストレス性の神経疾患症候群ですな」
「治るかのか」
「ストレスの原因を取れば、すぐに治ります」
「かぁ~、坊主に会わせろってか」
クエストは神経をすり減らしますからストレスが多く掛かっているかもしれないということです。しばらく、クエストはお休みです。
「ねぇ、つまんない」
「休養も必要だよ」
ドクさんとベンさん、そして、アルのお兄さんは空き地で剣の練習を続けています。
「いい感じだ。こいつより筋がいいぞ」
「それはないでしょう。ドクさん」
「教えているときは師匠と呼べ」
「師匠、もう一回、実技をお願いします」
ドクさんが気を全身に張ると、それを一気に剣に這わせると剣の先に刃が発生するのです。
気で発生させる魔の刃で『魔刃』と呼ばれます。
戦士や騎士の剣技を極めると手に入れることができる必殺の剣となるのです。
「槍でも使える人がいるって聞いた」
「リュイさんですね。リュイさんは魔法槍を使えるから 魔槍 は使えないって言っていました」
「魔法剣で剣を強化して、魔刃を付ければ、普通の剣が凄い剣になるんじゃない」
「それは無理だ。お嬢ちゃん」
「どうして?」
「魔法剣は周囲の精霊の力を剣に宿す。つまり、外側から内側へ力を集める感じだ。魔刃は逆だ。心の一番深い所から掘り出すように外に広げる。つまり、内から外に気を放つ感じだ。まったく、逆の事を同時にするなんて、人間技じゃないな」
「ふ~ん、どうでもいいけど」
「かぁ、お嬢ちゃんから聞いてきてそれか!」
それから3週間、練習がずっと続きます。
さすがにそろそろクエストに行かないと家計が困ってしまいます。
◇◇◇
その日、私はいつものようにアネィサーを呼びに行きました。
「おはよう、トモちゃん。アネィサーと一緒にクエストに行ったのじゃなかったの?」
アルのお母さんがそう言います。
アネィサーは朝早くからクエストの衣装に着替えて出ていったと言うのです。
ガルさんらに声を掛けて、アネィサーを追い掛けます。
行先はおそらくあそこです。
なんじゃこりゃ!
いつもの道、いつものコースに魔物が死骸がごろごろと転がっているのです。
「量が多すぎる」
「アル君が集める魔法ほどではありませんが、魔物が寄って来ていますね」
「とにかく追うぞ」
最奥地で魔物が吠える声が聞こえて、悲鳴と変わってゆくのです。
「魔物が集まって来てやがる。しかしなんだ? この禍々しい闘気は?」
「あれですよ」
「お嬢ちゃんが?」
「ドク、彼女の目を見なさい」
「赤いな」
「おそらく、ベルセルクですね」
「それは何ですか」
「ヴァラァーフ、デマンスとも呼ばれる悪魔化ね」
「アネィサー、悪魔になったの? 私が浄化しなくちゃいけないの?」
「悪魔というより、狂人 状態と言った方がいいな。魔物でも目が赤くなった奴は全体が底上げされて普段より強くなる。そんな状態だ」
アネィサーの闘気に当てられた魔物が寄ってきて襲いますが、それを一刀で切り裂いてゆくのです。
「滅茶苦茶に強くなっているじゃない!」
「だから、すべての能力が底上げされている」
「凄い、アネィサー凄い」
援護しようと前に進む私をガルさんが引き留めるのです。
「凄いとも言えるが同時に危ない状態だ。敵も味方も区別がついていない。近づけば、仲間でも殺されるぞ」
「ちょっと、どうすればいいの?」
「どうするも何もない。体力か、魔力が切れるまで待つしかないな」
「待てないわよ。ヤバいの来た」
ブラディーベアーが5頭ほど連れだってやって来たのです。
「ヤバいな!」
「アンニちゃん、ここからでも援護射撃よ」
「判った。砲台魔法ね」
「外しちゃ駄目よ。時間がないんだから」
「トモ、あんたこと外さないでよ」
足元に現れる魔法陣が一時的に魔力を高め、アネィサーに届く前に2頭を葬り去ります。
「アンニちゃん、もう1発」
「判っているわよ」
3頭のブラディーベアーがアネィサーを襲い掛かるのです。
「避けろ!あの剣じゃ、ブラディーベアーの分厚い毛皮は通らねいぞ」
ドクさん、遂に飛び出してしまいます。
「はぁ?」
刹那な瞬間、アネィサーが左右に飛んでブラディーベアーの首が噴き飛ぶのです。
「あの黒い輝き、魔刃か?」
「あの剣から魔力も溢れています。魔法剣も同時に発動していますね」
さらに、後ろから襲ってくる腕を切り落とし、腹を引き裂いて後方へ飛びます。
「あの魔鋼鉄の剣は気の通りがよく、さらも魔力も通り易い」
「彼は念入りに魔力を通して回路を形成させていましたね」
「長年、魔鋼鉄に魔力を通すと回路ができるという奴か」
「はい、買ったばかりの剣を3日で回路を作ったのはびっくりしました」
「職人技、いや違うな、姉を思う執念が作ったモノだ」
「では、あの技も姉を思った彼の執念が呼び込んだのではないですか」
アネィサーは3頭目の攻撃を掻い潜って、真下から真上に引き裂いて一刀両断で二つに割り、そのまま前に戻って、もう1頭の首を狩ります。
「なんちゅう切れ味だ」
「氷精霊剣に匹敵しそうですね」
「あぁ、俺も魔法があれば」
「普通の人には無理でしょう」
「…………だな」
ドクさんの肩が落ちました。
残る小物の魔物をサクサクと引き裂くのですが、突然にネジが切れたようにアネィサーが動かなくなり、そのまま倒れます。
「全員、突撃! 法円陣」
アネィサーを中心にみんなが取り囲みます。
まだ、闘気に引き付けられてくる魔物がチラホラといるようですが、先ほどに比べて数が減りました。
「アネィサー、大丈夫」
「トモ、おはよう」
「おはよう」
「アルが私の為に戦ってくれるの。魔物を一杯、倒してくれたんだ。アルがやっぱり私が好きなんだね。困ったな」
「決まっているじゃない」
「ごめん、ちょっと疲れたから寝るね」
そう言うと気分よくアネィサーは寝息を立てて寝てしまうのです。
この魔物を倒したのはアル君ということになっているんですね。
もう、人騒がせです。
簡単に回収できそうな素材だけを回収して撤収します。
「俺がはじめて、嬢ちゃんが坊主の姉だと思えたぞ」
「そうですね。姉弟共に凄まじいですね」
「駄目な兄貴もいるけど」
「アンニちゃん、それ言っちゃ駄目だよ」
「トモ、いつもいい子ちゃんね」
「気にすることないす。駄目同士、一緒に楽しく行くすよ」
「俺は嫌だ。ドクさん、早く魔刃を教えてくれよ」
「焦っても何ともならん。まずは気を体全体に張れるようになれ」
「俺と一緒に気楽に生きようすよ」
「俺は負けん」
アネィサーは私の背中でいい夢を見ているようです。
「アル」