42.祭り。
あの大合戦の翌日(3月13日)は平和でした。
朝の襲撃もなく、平和な一日が始まったのです。
壊れた部分を補修し、次の来襲に備えて補強も行います。
魔力の温存も言われましたが、俺に依存する戦い方は駄目と思うです。
壁の外側も強化します。
これが一番に魔力を有効的に使える案です。
つまり、坂道を壁にするのです。
壁と言っても垂直ではなく、勾配のキツい坂です。
余った土で小さな壁を下に作るのです。
斜面の補強に使う厚さは5cm程度、一気に広範囲の改変ができます。
最初から構想にはあったんです。
でも、薬草とか生えているから俺的にやりたくなかった。
なお、緩斜面の開口部付近は敢えて手を付けません。
寧ろ、道を作って上げましょう。
「最高です」
「そうでしょう。そうでしょう」
「意地が悪い、卑劣の間違いじゃなか」
モリモリ君、何を失礼な。
王都で出会った彼女みたいの素直を感想を聞きたいな。
〔ヤベツ砦の城壁の見取り図〕
ちょっと登り難くしただけです。
「確かにこれなら登り難い急斜面より中央に集まってくるね」
「ウイングを広げたのもいい。横から回り込み難くなったのは悪くない」
砦の中身は土工さんが急ピッチで建設を進めています。
兵士さんや冒険者やサポーターは魔物死体を回収し、素材採取も大急ぎです。
多くの毛皮などの素材が消し炭になったのは惜しいですが、骨や牙は残っっていたので5000体を超える素材が回収できたのです。
さらに第2陣も到着し、砦も賑やかになってきます。
砦の裏の外装は手抜きの薄壁に変更して完成し、頂上にお城の屋代のようなフォルムの会議室(食堂使用)を作って完成です。
屋代の屋根には『しゃちほこ』をイメージしました。
金箔じゃないですよ。
頂上は王族や偉い軍人に譲り、俺達の住み家も頂上の外に作り直します。
小公女さんは王族だから頂上部で構わないと髭伯爵は言いますが、そう言う訳にも行かないでしょう。
14日、近衛500人を引き攣れて、皇太子の長男で第3王子の父君が到着です。
第3王子も付いてきました。
お姉さんズも付いてきたいと希望したそうですが、ピクニックではないのでガルさんが止めたそうです。
そういう意味では第3王子も一緒でしょう。
王子は別格、そうですか。
皇太子の長男は部隊司令として着任し、俺はすぐに呼び出された。
「信じられん。君が息子の友人か」
「親しくさせて頂いております」
俺だって丁寧にしゃべることもできる。
他愛のない話から指揮官から聞いた当初の話を確認してきます。
「聞いただけでは信じられん。しかし、本当に砦は存在する。それを否定することもできない。それほどの力を持ち、そちは何を望むか」
「なにを」
「何を望む」
「特にありませんね」
「ならば、家臣に取り立ててやろう」
「それは遠慮します」
「なに、そういう事か。ならば、我が領地を分けて遣わそう」
「そういうのは要りませんから」
「それでも足りぬと申すか。致し方ない。領地の半分と屋敷と兵一式を含め、報奨金を授け、子爵の位を授けよう」
このおっさん、判ってくれないよ。
俺は諦めて、第3王子に向かって首を横に振ります。
借りを作るのは癪だけどね。
第3王子は物分りがいいので判ってくれるでしょう。
「父上、彼は魔道に通じる者です。魔道に通じる者は研究に没頭したい者が多く、爵位や領地を欲しがる者はおりません。彼に領地と爵位を与えても、恨まれはすれ、喜ばれることは御座いません」
「そうなのか」
「はい、研究には多額の資金が掛かりますので報奨金のみお渡しになり、困った時に便宜を図るとさえ言っておけば、父上が困ったときには必ず駆けつけてくれるでしょう」
「爵位は駄目か」
「駄目です」
どっちが親か、判らん会話です。
◇◇◇
ロシュの砦に入った第2軍のロバトニ大将軍は、ジョルト第1司令官から砦が完成している事を聞いて満足します。そして、今回の作戦立案者のゲオルグ将軍に2軍の移動を命じます。
「フリチョフ将軍は何か不満があるのか」
「予備兵力もすべて注ぎ込むのは軽率と将官は思います」
「この周囲は1軍が守っておる。兵を遊ばせる方が無駄というものだろう」
「ロバトニ大将軍、その事でこちらからお願いしたき事があります」
ジョルトは心の中で歯を食い縛り、頭を下げた。
「なんだ」
「第1軍は思うほどの討伐数を上げておりません。どうか本戦の参加をお許し頂きたい」
「と、申しておるぞ。フリチョフ、如何する」
「では、本隊5000を遊軍として砦に残し、1軍を組み込むのは如何でしょうか」
「ゲオルグ、できるか」
「予定は少々狂いましが、それは数で補いましょう」
「ジョルト司令、ゲオルグの下に付け」
「ありがたき幸せ」
ゲオルグ将軍は作戦を説明します。
斜線陣を引き、右翼先陣を1軍に譲ります。
「右翼は一軍にお譲りします」
「畏まりました」
突き出したハンマーのように右側を最も厚くし、叩き込んだ勢いで包み込み、中央を追い立てます。追い立てられた魔物を葬るのが中央軍の役割になります。左翼は逃げる魔物を追い立てる始末する部隊です。
「最右翼の部隊は魔物を倒す必要はありませんが、常に勢いを失わず、突進力を失って貰っては困ります。倒す必要はありませんので簡単な仕事ではありますが、同時に連動を誤る危険が伴います」
最右翼は魔物と当たると、後ろから右を回って挟撃を掛け、中央へ追い立ててゆきます。右翼後方が追い立てる部隊の背中をすばやく守ることで被害を小さくできるのです。
魔物の群れに突撃をする。
この作戦で右翼の被害が大きいことが間違いありません。
ジョルトはそれでも受けざるを得ないのです。
ダーヴィド大将軍はもう一人の将軍に話し掛けます。
「近衛の挟撃はどうなっているか」
「拠点の構築も終わり、明日、滞りなく突撃を開始いたします」
アイヴィン将軍は近衛からの作戦を大将軍に進言した者です。
余剰戦力化する第3軍を活用したいと考え、近衛からの願いを私的に皇太子に相談し、丘陵地帯を北上する案を進言した者です。
本人的には軍内部の不満を解消したいという意図であり、成果は余り気にしていないのです。
否、この遠征そのものが茶番と考えているのです。
「貴様も少しはやる気が出たのは歓迎するぞ」
「別にそういう訳でもないのですが」
「隠すな! 少しは欲が出てきたのであろう。体を鍛えておらんのは気に喰わんが、俺は貴様の頭脳には期待しておるのだ」
「恐縮です」
この遠征を生きがいとする大将軍とは大違いなのです。
◇◇◇
15日、早朝から作戦が開始されます。
正面から1万5000兵がタメオ大森林に突撃し、西側から近衛が率いる5000兵が突撃します。
総勢2万が北と西から挟撃戦を開始したのです。
その日の昼に西側の近衛から12日に1万近くの魔物の大軍を討伐したという報告を受けて多いに喜ばせます。
「がは、がは、がは、青二才の近衛もやりおるのぉ。1日で1万近くを討伐とは上々である」
「ダーヴィド様」
「なんだ、フリチョフ。大勝の割に辛気臭い顔をしておるのぉ」
「これまでの遠征で1万以上の討伐を記録したことは御座いません。第1軍が10日以降、討伐数を減らしたのと関係があるかもしれません。まだ、魔物と接触した報告を聞かない事と関係があるのではないでしょうか」
「あるかもしれんか」
「失礼ですが、大将軍がタメオ大森林でも討伐数はいくらでしたか」
「8000を超えるぞ」
「3日で8012でしたな」
「嫌味な奴だな!」
「如何いたしますか」
「ゲオルグに知らせてやれ」
「承知しました」
そう言って、フリチョフ将軍が本営を出てゆきます。
「アイヴィン、大手柄だな」
「私が討伐した訳じゃないので」
「ゲオルグが顔を真っ赤に染めているだろうな」
「軍の不協和音を減らす為にやった作戦なのですが、巧くいかないものですね」
「仕方あるまい。フリチョフとおまえを振り落さないとゲオルグが大将軍になる目はないからな」
「10年も待たずにあいつが大将軍になるでしょう」
「10年も待てるか? 彼奴は野心の塊だ。俺はそこが気にいっている」
「大将軍には敵いません」
「がは、がは、がは、当然だ」
今日の報告で大勝利が確約された。
ダーヴィド大将軍は高みの見物に洒落込むことができるのです。
フリチョフ将軍から報告を聞いたゲオルグ将軍が指揮丈を折って悔しがります。
アイヴィンが1万以上の討伐数を得たのです。
対するゲオルグは朝から0体です。
「フリチョフ将軍、ご報告を感謝する」
「如何される」
「挟撃戦は中止いたします。第1軍を先頭に押し立てて、可能な限り大森林の深部を目指します。そして、18日には予定通りの大森林の焦土作戦を執り行います」
「それがよろしいと思う」
「大将軍にはそうお伝え下さい」
討伐数でアイヴィンを上回ることは不可能です。
最も激戦であった年でも討伐数が1万を超えていません。
もうゲオルグは可能な限り多くの大森林を焼いて実績を残すしか道はないのです。
サポーターの冒険者に油樽を背負わせて部隊の後方に連れて森に入らせます。
翌日(16日)、魔物と遭遇する事無く第2軍と合流したという報告を受けます。
森の中で野営がどれほど危険かを承知しているゲオルグですが、無理を承知で強行します。17日のお昼過ぎに攻略地点(進軍限界地点)に到着し、油を捲きながら後退を開始します。日が暮れた所で油に点火します。
第1軍は燃える大森林の中を夜通し駆け続けて脱出するという危険を背負わされました。
第2軍は17日の早朝から撤退し、夕刻には砦に帰参しています。
2軍で危険を冒しているのは目付を言い渡された者達のみです。
付けられた火は、山火事なんていう可愛いレベルの火事ではありません。
1万人以上のサポーター冒険者が油の詰まった大樽の油を森中に巻いて付けられた付け火です。
暗い夜道で怪我をした者、前を見失って道に迷った者、魔物以下の獣に襲われた者、とにかく逃げ遅れた者に生き残る可能性はありません。
死に物狂いで徹底しなければならないのです。
これほどの危険を冒しながら第1軍には目ぼしい手柄がないのです。
その不満はジョルト第1軍司令に向けられます。
ジョルトはヤベツ砦の激戦を聞かされていなかったのです。
18日、朝日に照らされてタメオ大森林が真っ赤な炎を上げて燃えています。
ロシュ砦では、燃える大森林を視察に訪れた後にダーヴィド大将軍は撤退を宣言します。
アルゴ丘陵地にあるヤベツ砦の頂上から同じように第3王子の父君も撤退を進言し、昼に王子達は砦を出てゆくのです。
俺は最後の最後に土門の制作を頼まれたので制作中なのです。
土門に使う土金具の強度がありませんから、早い内に作り直すことを進言しています。
明日にはほとんど者が撤退します。
わずかな手勢でここを死守するのは難しいので、すべての出入り口に門を設置する事になったのです。
門を固く閉じていれば、ゴーレムに倒される心配はありません。
魔物の大軍が襲ってきたら逃げることが許されているそうです。
ただ、俺の心配は無用でした。
ロシュ砦との間に障害物であった大森林が消失した為に道が付けられ、第2砦として運用されるようになったのです。
ロシュ砦とヤベツ砦の距離は30kmほどです。
1日で移動できる距離というのは重要です。
19日午後に降った大雨でタメオの大森林の焼失が終わり、第1軍は掃討戦に入ります。ジョルト第1軍司令は危険を冒して最深部を目指します。
このままでは帰れないのです。
しかし、そうは言っても26日の表彰式に参列する為に、24日昼にはロシュ砦に戻らねばなりません。
結局、目ぼしい討伐はなく、妖しい街道の奥に大量の魔石の破片と焼け焦げた魔鉱石の細長い棒を見つけただけです。
魔石の量は王国が3年間掛けて買い込む量に匹敵し、この一部が報奨金として下賜されるので、それで我慢して貰うしかありません。
そして、帰り道にヤベツ砦を見たジョルト第1軍司令は叫んだのです。
「これの何処が砦か!」
斜面と一体となった20mはある城壁、分厚い重厚な城門、頂上部の屋代は城そのものでした。
「ご苦労様です」
「これが砦か」
「はっ、ヤベツ殿下が自らのお名前を付けヤベツ砦と命名されました」
「そうか」
「お入りになられますか」
「可能か」
「問題ありません」
城壁の上に立つ城番が叫びます。
『開門』
ぎぃぃぃぃ、分厚い土門を10人の門番が綱を引いて開けます。
これが自分の手柄をすべて奪った砦です。
こうして、ジョルト第1軍司令、否、ステイク城壁市の次期領主は髭伯爵ことヘンリー伯爵と連なる者に恨みをお持ちになったのです。
そんなの知らないよ。
〇ロシュ砦のB級以上の危険な魔物討伐数。
3月 4日 討伐数 1体
3月 5日 討伐数 1体
3月 6日 討伐数 9体
3月 7日 討伐数 8体
3月 8日 討伐数 11体
3月 9日 討伐数 30体
3月10日 討伐数 5体
3月11日 討伐数 2体
3月12日 討伐数 0体
3月13日 討伐数 0体
3月14日 討伐数 0体
3月15日 討伐数 0体
3月16日 討伐数 0体
3月17日 討伐数 0体
3月18日 討伐数 0体
3月19日 討伐数 0体
3月20日 討伐数 0体
3月21日 討伐数 1体
3月22日 討伐数 4体
3月23日 討伐数 4体
3月24日 討伐数 1体
確認された総討伐数77体。
ロシュ砦周辺は2月に冒険者によって念入りに討伐済み。
死者0名、重傷者0名、軽傷者少数も治療済み。
〇ヤベツ砦のB級以上の危険な魔物討伐数。
3月 8日 討伐数 9体
3月 9日 討伐数 92体
3月10日(早朝) 討伐数 111体
3月10日(昼前) 討伐数 188体
3月10日(夕刻) 討伐数 301体
3月11日(早朝) 討伐数 552体
3月11日(昼前) 討伐数 602体
3月11日(夕刻) 討伐数 817体
3月12日(早朝) 討伐数 759体
3月12日(昼前) 討伐数1602体
3月12日(夕刻) 討伐数8221体
3月13日 討伐数 0体
3月14日 討伐数 0体
3月15日 討伐数 0体
3月16日 討伐数 0体
3月17日 討伐数 0体
3月18日 討伐数 0体
確認された総討伐数13254体。
内、S級の超危険な魔物が2体。
死者3名、重傷者10名、軽傷者多数も治療済み。