38. 誤算?
3月10日、第1軍の指揮を任されたジョルト・アディ・ステイク侯爵はステイク城壁市の次期当主であり、自称天才君の従弟に当たります。
王都第2軍に所属する将校であり、軍の指揮をするにはまだまだ経験が足りないのですが、大侯爵家の跡取りとしての抜擢です。
もちろん、補佐役として王都第2軍の参与が付き添っています。
参与と言えば、将校より7つも階級が上の上司であります。
諸侯の次期当主としての度量が試される一戦でありました。
10日の朝、ジョルト司令は領主、小領主、及び、領兵団長と冒険者リーダーを前に鼓舞します。
「我々こそ、王国の盾であり、矛である。諸君の働きが臣民の安寧に繋がっている。諸君こそ、我が誇りであり、民の英雄である。家族や臣民の笑顔を浮かべ給え、私はここに誓う。彼ら彼女らの安寧を守ると。励め諸君、褒美、栄達は思いの儘である。冒険者の諸君、褒美と賞金はたんまりと用意してある。君達の力を存分に発揮してくれたまえ。出陣」
「「「「「「「「「「「「お~う!」」」」」」」」」」」」
ジョルトの声に皆が応え、部署に散って行きます。
先発隊の5000兵が出陣し、後続の5000兵が待機します。
辺りの安全が確保された時点で作業員5000人が道整備の為に草刈りや木の伐採を始めます。このロシュの森を抜け、平原を渡り、タメオの大森林の手前までの安全を確保するのが第1軍の役割なのです。
10日の夕方、予定通りに20km先のロシュの森の出口に達します。
すべて予定通りです。
翌日は先発隊5000兵をタメオの大森林の手前まで前進し、後続3000兵がロシュの森に残る魔物の掃討戦が始まります。1000兵は作業員の護衛に残し、本隊1000兵が遊軍として活用するのです。
「なにか拙い指示はありませんでしたか」
「満点です。私が口を挟むことは何もありません」
「そう言って頂けると嬉しく思います」
「明日はどうされます。このまま砦の残り指示を出されますか」
「いいえ、砦にいると伝達が遅くなってしまいます。ロシュの森の出口に仮本営を作りたいと思っております」
「よろしいと思います。但し、不測事態を考えまして、掃討戦3000の内、2000は近隣において置くことをお勧めします」
「予備兵力ですか」
「はい。タメオの大森林の魔物は凶暴で、且つ、数が多い。用心が必要です」
「では、掃討戦1000を2つに別けて、左右の討伐に当たらせましょう。その報告を聞いた後に予備兵力の2000の投入を考えます」
「15日までに終わらせればいいのです。慌てる必要はありません」
「判りました」
ジョルト・アディ・ステイクはそう落ち着いた様子を保ちますが、心臓の高鳴りが止まりません。
すべてが予定通りの行動です。
◇◇◇
11日、ジョルトはロシュの砦を出陣し、ロシュの森の出口に仮本営を立てます。
お昼前に完全な戦闘態勢を取りつつ斥候隊を前進し、タメオの大森林の500mまで接近し、次に仮櫓隊が続いて柵を設置し、次に魔法中隊が土魔法で仮壁を作ります。
幅2kmの高さ1mの巨大な二重の柵と壁です。
それが終わると先発隊5000兵が壁に隣接し、作業員が煉瓦焼きのブロックを運び込んで土壁の補修を始めるのです。土壁は以前の遠征で使用した残骸ですが、新たに作るより時間を掛けずに砦が建設できるのです。
「今、なんと言った」
「土壁の補修に入りましたと」
ジョルトは爪を噛みます。
この辺りは自称天才と同じ行動です。
ジョルトが仮本営に入ったのは昼前であり、それとほぼ同時に連絡員が送られてきます。
はじめは敵襲の伝令と身構えました。
1度の抵抗もなく、土壁の補修に入れたことが異常なのです。
11日、12日の二日間は襲ってくる魔物を500m付近に作った仮柵で攻防を繰り返し処理します。そして、壊れた砦を修復し、使用できるまで復興するのが仕事なのです。しかも使用する煉瓦を仮本営から砦に移し終えたというのです。
それは素晴らしい。大いに結構!
単純な司令官なら無邪気に喜んだでしょう。
しかし、知恵が回るからこそ、ジョルトはその異常さに苛立ちを覚えるのです。
報告に来た兵士が何も答えないジョルトにおろおろとしています。
「ジョルトさま、まずは団長に次のお下知を」
「そうであった」
「団長の判断に任せる。安全と思うなら砦で修復を急げ。危険と思うなら本営まで下がることを許す」
「畏まりました」
伝令の兵士が団長に報告の結果を伝えに戻ります。
先発隊5000兵も仮防衛ラインの後ろで待機を続けます。
一瞬も気が抜けません。
タメオの大森林の魔物を熟知している冒険者は静かに森も見つめます。
「おかしいぞ。森が静か過ぎる」
「これだけの兵力が展開しているのに襲って来ないのはあり得ない」
「そんなにおかしいですか」
「ここの魔物は冒険者を見つけると襲ってくる。倒せば、倒すほど、数が増えてくる。適当な所で戻らないとパーティは全滅する」
「嫌な森ですね」
「だが、素材は一流で金になる」
「これだけ騒いでいると2・3度は襲って来てもいい所ですね」
「まったくだ」
冒険者は首を傾げますが、壁の修理をしている作業員にとってありがたいことです。
一箇所500人の作業員が修理に掛かれば、あっと言う間に土を盛ることができます。
盛った土を叩き固め、側面から煉瓦を積み上げてゆくのです。
壁は周囲2km平方に作られており、高さ5m、厚さ3mの土壁を煉瓦で補強します。その箇所は十数カ所です、
壁が潰れて土がはみ出しています。
作業員が次々と修理を終えると、まだ壊れている箇所の修理に取り掛かります。
それは昼夜を問わず、行われます。
篝火を灯して夜間も作業が続けられるのです。
12日昼すぎ、砦修復を担当していた団長がジョルトに前に参じます。
「砦の修復、滞りなく。本日、終了致しました」
「ご苦労であった。作業員を戻し、労ってやってくれ」
「畏まりました」
団長は作業員5000人を連れてロシュの砦に戻ることを許します。
第2軍が使う本営のテントを組み立て済みです。
15日早朝を待たずして完成してしまったのです。
もう、驚きではなく、驚愕です。
一度も戦闘らしい戦闘が行われていないのです。
「これはどういうことだ」
「ジョルト様に限定するなら、高い評価を受けることになりましょう。タメオの大森林の遠征で本営を2日前に完成させた司令は数える程度しかありません。後に大将軍になられた方ばかりです」
「持って回した言いましだな」
「はい、軍の好評と逆に領主や冒険者には不満を溜めているでしょう」
「手柄ないことか」
「はい、領主、特に小領主にとって、ここは王国に忠誠を示す大事な場所です。このままでは魔物1体も倒さないで引き上げる事になる領主が続出するでしょう」
明日・明後日も魔物の攻勢がなければ、そういう事態になります。
しかし、勝手にタメオの大森林に攻撃を掛けるのは、第2軍の大将軍の面子を潰し、越権行為として罰されてしまいます。
「忌々しい。どうしてこうなった」
「判りません」
「なにか、策はないか」
「大将軍にお願いして、第2軍の遊軍として参戦を願うしかありません」
くそぉ、ジョルトは机を強く叩きます。
司令でありながら、師団長のような使われ方に甘んじなければならない事に腹が立つのです。
「どうして四軍如きの頭を下げねばならんのだ」
「では、諦めますか」
王都のある軍は1から3軍まで王都軍を名乗り、エリート意識を持っています。王都軍の騎士は国軍を替えの利く使い捨てと罵り、国軍の騎士は自分達が王国を守っている。閉じ籠りの引き篭もりと違うとライバル心を燃やします。
王国軍に頭を下げるのは断腸の思いなのです。
しかし、そういう訳にはいかないのです。
何が起こっている。
ジョルトがロシュの森から西に小さな山が聳えており、その先で何が起こっているのか知る由もないのです。