37. そこに砦があるからさ。
何故 山に登るか?
「そこに山があるからさ」
そんなフレーズを聞いたことがあります。
山を登るのは危険であり、達成したからと言ってご褒美を貰える訳でもありません。
究極の自己満足です。
苦しい先にある達成感に人は何故に魅了されるのでしょうか?
それは成し遂げた人しか判らない世界なのです。
魔物に聞けば、何と答えるのでしょうか?
「そこに砦があるからさ」
そんな答えが返ってくるのでしょうか。
3月9日、砦を作りの1日目は、タメオの大森林と丘陵地帯の境界線近くの小さな尾根に沿って壁を完成させます。
幅1.5kmの形の悪い2つの御饅頭が並んでいるような城壁を作りました。
中央は広い間口になっており、丘を登ると狭くなってゆきます。
その先は逆馬出の曲輪が蓋をしている形です。
側面は本日(3月10日)の早朝から49人のAクラス冒険者が朝からテンション高く喜んでいます。
夜明けと同時に100体余りの魔物が襲ってきたのです。
冒険者とその兵士達は初日にできた壁の内側にキャンプを張っていたのですぐに対応します。
Aクラスの危険な魔物を壁から矢と魔法で狙撃し、奥まで入り込んだ奴を取り囲んで袋叩きに始末します。
犠牲者ゼロ、けが人もゼロです。
危険な魔物は同時に貴重な素材の塊です。
朝から金貨1000枚を荒稼ぎした冒険者のテンションが高くなるのも仕方ありません。
結局、襲ってきたのは3度、朝、昼前、昼過ぎです。
3度目は300体に増えていたのが気になります。
◇◇◇
「明日。後ろの壁が完成したら、東側にこういう内壁を作ってほしい」
王都で出会った彼女が新しい提案をしてきます。
理由はすぐに判ります。
砦のエリアをいくつかに分けようというものです。
155人で守るには、この砦が大き過ぎるのです。
実際、壁の東側には誰もいません。
東側に侵入した魔物達はしばらく徘徊し、冒険者の方へ戻ってゆくのですが、一部が丘の頂上部へ向かってきたのです。
それを討伐したのは生徒会長らです。
「このラインに頂上部と同じ壁を作れるか」
そういうのは生徒会長さんです。
頂上部で迎え討つには建物が多く、動き難いというのです。
走り回り易い第2曲輪を作れということです。
当然、答えはOKです。
夜行性の魔物もいると思うのですが、夜襲はありません。
ですが、(3月11日の)早朝の朝駆けはあるようです。
「敵襲」
森林部から丘陵部へ続く坂を上がってくる魔物の数は500体に増えています。
弓士と魔法士が遠距離から攻撃して少しずつ削いでゆきます。
広い間口から狭くなった所で広範囲魔法を放って、入ってくる魔物の勢いを削ぎます。
おい、おい、何故、風魔法と雷撃のみなんだよ。
全滅させろ!
頂上で俺がぼやいても詮無いことです。
あぁ、飛行型や跳躍型が壁を無視して攻撃してくるので弓士と魔法使いは大忙しです。
砦に入ってきた魔物を冒険者が仕留めてゆきますが、勢いが増してきます。
何より、東側に回った魔物の数が半端なく多くなっています。
「仕方ない。行くぞ!」
生徒会長がそう言うとみんなを率いて援護に向かいます。
「冒険者の背後に回らせない。それは最優先よ」
「「「はい」」」
戦闘指揮は経験者の紅蓮さんです。
「魔法の出し惜しみはなし、壁は壊さないように」
「先生、殲滅は生徒会長に任せて、私達は回り込みそうな魔物を狙撃でどうでしょうか」
「それでいきましょう」
「ねぇ、護衛は任せるわよ」
「判りました」
だから、抱き付かないで下さい。
守るべきは馬出の裏側???
えぇっっって!
東側に抜けた魔物が東の広場から西に回る所と思いきや、全部がこっちに突っ込んできます。
ちょっと、止めて!
冗談じゃありません。
アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、3点バーストの連射です。
これじゃ!
魔物の半分をこっちが受け持つことになってしまいますよ。
紅蓮さん、先輩達も詠唱開始です。
『ファイヤー・ランス』
『爆炎の炎』
『光の断罪』
『サンダー・ボルト』
単体で強力な魔法が魔物を撃退しますが、単発では埒があきません。
200体近くが襲ってきますから厄介ですよ
生徒会長、どうして広範囲の殲滅魔法を使わないんですか?
そりゃ、広がっているから少し燃費は悪くなるけどさ。
スピアで片づけるか。
一箇所に集められないか?
あっ!
いい事を思い付きました。
「会長」
俺はがそう叫ぶと、ふっと会長の目が笑っています。
読まれた?
そんな気がします。
なぜなら俺が何か言うより早く、インフェルノの詠唱に入ったのです。
偶然、違いますね。
最初から誘導されていた。
嫌らしいな。<怒>
『流動の土』
液状化の土魔法です。但し、表面だけの広範囲です。
ずるずるずるずるずる!
丘を登る魔物達が高転び、そのまま斜面を落ちてゆきます。
無駄、無駄、足元の抵抗が『ゼロ』になっているんですよ。
踏ん張ることもできません。
そして、すべもなく落ちてゆく先は窪地です。
尾根と尾根の間、谷間だった斜面をすべり落ちて窪地へと集まってゆくのです。
『業火爆風』
生徒会長の荒れ狂う炎の竜巻が巻き上がり、窪地へと落とされた魔物達が一瞬で消し炭へと変わりました。
残るは10体のみ、1体また増えて11体です。
いずれにしろ、チェックメイトです。
抜かりました。
昨日の区枠を見直せば、最初から意識されているのが判ります。
東側の大広場からこの谷部を通って道があります。
道というには広すぎますが……。
生徒会長は俺の液状化魔法を滑り台に仕えるといつから考えていたのでしょうか?
あそこで待ち受けたのはそういう意味ですか。
先に言って下さいよ。
◇◇◇
冒険者は倒した魔物の回収に大忙しです。
昨日とうってかわってテンションは低いようです。
一昨日より昨日、昨日より今日と魔物の数が増えています。
次はどうなるのでしょうか。
「おい、狩った獲物は運んでくれるって言ったよな。その約束を守って貰えるのか」
「知るかよ」
「もう、これ以上は増えないでしょうね」
「それを言うな」
冒険者も気が付いたようです。
砦に入る開口で処理する。
設計通りに使って貰えれば、まだまだ余裕です。
しかし、素材の価値が落ちるから控えているようですね。
その余裕がどこまで続くのでしょうか。
「司令官から言えないのでしょうか?」
「無理でしょうね。拠点防衛は冒険者に一任されているでしょう。素材の代金を保証してやるとでも言わないと納得しないでしょう」
「死んでからじゃ、遅いですよ」
「ここが合同パーティの辛い所でしょうね。さりげなく、言ってみるわ」
紅蓮さん、頼みますよ。
Aクラスの冒険パーティは総勢で49人です。
各パーティに一人くらいは火力の強い魔法士を抱えています。
遠距離攻撃できる弓士と魔法士は20人くらいです。
くらいと言うのは、剣と弓の両方が使える人が多いからです。
戦闘になる前に30人近くが城壁の上に上がっています。
見る限りで高火力を持つ魔法士は12人になります。
持っている杖から推測しています。
いい魔法士ほど、いい杖も持っています。
魔術士クラスもいるでしょう。
その内、豊富な魔力容量を持つ魔導士クラスは7人と指揮官から聞いています。
魔導士クラスとは、モリモリ君や小公女と同じ、大規模な広範囲魔法を3発から10発くらいを撃てる魔法使いの事です。
俺は中級魔法になると魔法効率が悪いので2発くらいしか撃てません。
但し、氷の魔法のブリザードなら8発くらいはいけます。
これは内緒です。
ゴーレムにはまったく効果のない魔法ですが、獣系の魔物なら素材をまったく傷めず倒すことができます。
冒険者に知られたら、どうなることになるでしょうか。
嫌ですよね。
◇◇◇
紅蓮さんの付き添いで冒険者に寄ってゆきます。
「なにか、不都合なことはありませんか」
「なら、こっちに落とし穴を作って道を少し狭くしてくれ!」
「深い方がいいですよね」
「できそうか!」
「やります」
紅蓮さんがリーダー格と話している間に溝を広げ、穴の深さを増してゆきます。
余った土を壁の後ろに足して、段差を付けて壁側と内側の行き来を楽にしましょう。
冒険者のテントの周りに簡単な壁を作って、一時避難、兼、安全地帯を作成します。
「壁は余り厚くないので当てにしないで下さいね」
「十分だ」
怪我人が出た時に安全地帯があると助かるそうです。
それが終わると先に区割り作業を先に行います。
まずは開口の裏側です。
「ここに壁を作って! でも、人が通れる通路は残して欲しい」
「扉もあった方がいい」
「当然」
あぁ、当然ですか。
頂上の砦の出入り口に横開き戸を付けていますからね。
あれを見て言っているのでしょう。
土戸は重量があって動かすのが大変ですが、人が通れる程度なら問題ありません。
鍵は心張り棒(突っ張り棒)を横に寝かすだけです。
実に簡単です。
斜面を利用して、壁の高さ2mくらいに抑え、斜面(三角溝)と合わせて、高さ5mの壁に増します。壁の裏側に1mの台座を置いて、東と西に向けて矢を打つことができます。
「こんな感じでどうですか」
「うん、かっこいい」
王都で出会った彼女から合格点を頂きました。
これで逆型の馬出の裏にできた2つの壁が1つの防衛拠点のようになりました。
次は奥に行けないようにする壁ですね。
うん。
同じ構造で行きましょう。
でも、裏がガラ空きのままですよ。