34.慰問団
3月6日、5回戦を終えて王都で出会った彼女のマッピングに付き合っているといつもより安全地帯の奥に進みます。いつもは適当に進んだ所で青い小さな旗を立てると戻るのですが、今日はいつもより奥まで視察をするのです。
ちっ、彼女が小さく舌を打ちます。
「予定より半日遅れている」
肉体強化を目の所だけ限界まで高めると小さな煙が見えています。
狼煙のような大きな煙ではありません。
もう少し近づくと第1チームが戦闘を終えた残り火と判りました。
「OK、戻りましょう」
ここで彼女は方向転換するのです。
俺は慌てて狩りを始めます。
ゴーレムがいなくなると隠れる場所が減って、岩トカゲとか、岩ネズミとか、アルゴウサギとか、グレーイスネークとか、毒ペトラサソリとか、岩ダンゴムシが狙い目です。
「サボテンがあったら教えて下さい」
「はい、はい」
サボテン、正式名称はアルゴカクタスという植物系の魔物です。鋭い棘を飛ばして襲ってくる厄介な植物で魔物や人の死骸の上に生息します。
この禿山で唯一食物繊維が取れる獲物なのです。
「戦闘より狩りの方が活き活きとするのね」
「ゴーレムを倒しても楽しくないでしょう。こっちはおいしいご飯が掛かっているんです」
「はい、はい、あそこに一匹」
アイススピラー!
目のいい彼女が獲物を見つけ、俺が仕留める。
彼女のお蔭で今日もおいしい料理で出来ます。
俺の眼力では擬態を見破れないんです。
◇◇◇
第一食糧補給班と護衛の兵士さん達にはくれぐれも俺達の戦闘の事に触れないように念を押します。作戦が終わってから知れるのは問題ありませんが、この時点でAクラス冒険パーティの方々に無理させるのも、反発心から離反されるのも問題なのです。
何故かって?
Aクラス冒険パーティ4組が1日2エリアしか進めないのに、後続のガキが1日6エリアを処理して来たと聞いたらどう思います。
俺達だってと憤慨するか。
俺達は要らないよなと拗ねるに決まっています。
どちらになっても厄介です。
知らないことが幸せなことがあるんです。
第一食糧補給班を護衛していた王国軍の兵士と冒険者に随行する荷駄隊の隊長が握手を交わします。荷駄隊は冒険者の食糧やテント、荷物、小物、そして、本部との連絡を取るサポーターです。おそらく、荷駄隊の隊長も王国軍の兵士なのでしょう。
4パーティ冒険者25人と荷駄隊50人が第一チームの構成です。
俺達は彼らの宿営地から少し離れた所に陣取り、窯や食器を大急ぎで造ります。
今日は小麦を貰って、なんちゃってパンを作ってみましょう。
強力粉がないので小麦だけというのは難ですが、この際は仕方ないでしょう。
自分のバックからドライイーストと塩と砂糖を取り出して、板の上で捏ねます。
しっかり混ぜたら、桶に入れて窯の中に入れてしまいます。
窯は薪がないので石に火を入れて石焼きです。
発酵が目的ですから窯の温度は40度くらいです。
一人2個はいくように400個分を作るので意外と大変です。
窯も大きなピザを焼く窯サイズになっています。
発酵させている間に鍋に小麦を少し混ぜてシチュー擬きにしましょう。
何と言ってもじゃがいも、にんじん、玉ねぎがありません。
その代わりがサボテンです。
鳥肉の代わりが岩トカゲです。
幸いワインは届ける荷物の中に在ったので1本貰います。
大きな鍋に5等分して入れてゆきます。
十分に火が通ったら小麦を入れてトロミを付ければ完成です。
塩と胡椒は自前です。
そろそろ発酵ができた頃なのでパンを大きさに切り分けて、そのパンに油を塗ると窯に入れ直します。今度は炎で石が溶けるくらいに熱を入れて、さらに熱が逃げないように窯に横蓋をします。
20分ほどでできるハズです。
さて、サボテンを切って、岩トカゲ、岩ネズミ、アルゴウサギの肉で炒めます。毒ペトラサソリと岩ダンゴムシの身は一度だけ湯通してから、火を止める直前に放り込みます。
大型の蛇魔物のグレーイスネークは蒲焼風で焼いて、塩味にしておきましょう。
岩トカゲのステーキは定番です。
モリモリ君に土魔法で造った焼肉台を運んで貰い。
生徒会長に石焼きの石に火を入れて貰います。
熱くなった土板にステーキを直に焼きましょう。
次にパンとシチューとサボテン炒めを運びましょう。
料理のプロじゃないので味の保障はできません。
お椀やお皿にフォークとスプーンをお姉さんらに運んで貰えば、冒険者も荷駄隊の兵士も顔が解れます。
可愛い女の子を見て食べる料理は最高の香辛料です。
満足したのか!
冒険者がお姉さんらに自分達の活躍を自慢しているのがいいですね。
派手な魔法で頭を吹き飛ばしています。
久しぶりの酒にほろ酔い気分のようですね。
別れ際に手を振ります。
「冒険者様、がんばって下さい」
「王都を守る為の道を作ってくるよ」
小公女さん、聞き上手の役者です。
王都で出会った彼女さんは甲斐甲斐しく、料理を運び、お酒を汲んでいました。
紅蓮さんは王国の兵が逆に世話をしていました。
今は教授の助手ですが、上官の先輩に当たる人ですからね。
◇◇◇
慰問も昨日で終わりです。
早朝から第一食糧補給班は二つに別れて行動します。
半数は第2チームに食糧を届けます。
残り半数は中間点を探しながら通ってきた道を引き返します。
中間点には青い小さなフラッグが立っています。
それを背負っていた背負子を解体して、立て看板に変えて立てて行きます。
通り道の目印です。
そして、ここまで記録したマッピングの写しを砦に届けるのが仕事です。
気分良く冒険者が目覚めた頃には、我々はもう危険地帯に入っています。
昨日の自慢話を聞いて、どうして2エリアしか進めないのか?
よく判りました。
冒険者は前衛3組、後衛1組でローテンションを組んで攻略しているのです。
前衛は少し進むと後退し、少しずつゴーレムを削る作戦を取っています。
つまり、ある程度の距離を進むと、あとはゴーレムが歩いてやって来てくれるのをひたすら待ち続けるのです。
安全です。且つ、前衛が交代で休めるようになっています。
そして、大きいゴーレム10体を片づけると後衛と前衛が交代します。
これも魔法使いが大規模魔法で待ち受けますから一撃で片がつくそうです
危険地帯のゴーレムを駆除しながら昨日の話をしています。
「ゴーレムが歩いてくるのを待つなんて時間の無駄ね」
「あれだけの過剰戦力があるのに消極的な作戦だった」
「軍の人に聞いたけれど、最初はみんな好き勝手に攻撃を掛けていたらしいわ。そうすると最初に顔面岩を見つけた冒険パーティだけですべて背負う事になり、けが人が出たらしいのよ。それで順番を軍の方で決めたらしいわ」
「それで1日2エリアですか」
「おそらく、そうだろう」
「統制が取れないのかしら」
みなさん、歩くだけで暇なのは判りますが、俺に一人に駆除を任せているという負い目はないんでしょうかね。
まぁ、顔面岩が見えて来てからがみなさんのお仕事ですけど………。
◇◇◇
安全確保の狼煙を見て、あの冒険者達は何か気が付くでしょうか?
たぶん、無理でしょう。
少し痛んできていますが、俺達はアルゴ学園の制服を着ています。
どう見ても年端のいかない少年少女が慰問に来たとしか見えないでしょう。
念の為に言えば、臭くないです。
毎日、ウォーターバブルで服ごと洗い、ドライ(炎)とウインド(風)の魔法で服を急速乾燥させています。
3日目にはお風呂を作って、みんなで入りました。
女性は小浴場、男性は大浴場です。
星空の下で露店風呂です。
小浴場の周りだけ高い壁を作っておきました。
昨日だけです。
汗臭いままで寝たのは!
今日中(3月7日)に第2チームの食糧を渡し、道を戻って安全地帯を増やす仕事が残っています。朝から2回戦を終えて東に3つエリアを進めましたが、第2チームの痕跡が見つかりません。
「次、1つ戻ります」
王都で出会った彼女はマイペースですね。
「戻るのは構わないが少し説明を貰えるか」
「うん」
そういって砦で貰った地図を広げます。
「この地図は間違っている。実際の経路はこう。もしかするとこうかもしれない」
彼女はVの字を広げたように第2チームの道が東に逸れている道を書き足した。
マッピングをしているのは、技術のある斥候です。
測量機材で方位と距離を書いている訳ではなく、経験と勘で道を紙に落とします。あとは目印になる岩や木などを地図に書き加えてゆくのです。
つまり、第1チームと第2チームの地図は砦で1つの地図に書き直されたのです。
彼女は次に自分が書いた地図を広げます。俺達が通った道の辺りに歪んだ円が2本か、3本で書かれています。
「こっちが高い丘、こっちが低い丘」
なるほど、3本で囲っているのが高い丘で、2本が低い丘、1本がさらに低い丘ですね
等高線の簡略バージョンです。
「2つのチームは大体が丘の西側と東側をコースにとっている。それで丘の途切れた所で一度、接近している。そして、この歪んだ丘の東と西に別れて進んだと思われる」
俺達が2つ目に潰した安全地帯です。
地図に落とされると気が付きますが、三角形が凹んだような丘の形をしています。そして、その先にそれぞれに次に丘が現れてくるのです。
「ここで第2チームは、こちらの丘の東側へ進路を逸れて言ったと思う」
正確に言うなら第1チームもここで西に進路が歪んいます。
おそらく、第2チームとコースがダブつくことを避けたのでしょう。
そして、もう1つの理由は顔面岩のエリアの形です。
均等な円か、菱形ならばよかったのですが、境界線が歪な形をしているのです。
その歪さの為に20kmくらい遭遇しない場合や5km毎に連続して遭遇することが起こるのです。
道を少し逸れるとゴーレム群に遭遇したという事態になりかねないのです。
生徒会長と補給班の隊長が協議を始めます。
「これだけ離れているとするなら、この間をすべて埋めるのは困難を極めます」
「その意見に同意するが、本官に命令を撤回する権限はない」
当然です。
2つのチームが平行して進んでいると仮定して作られた作戦です。
6エリアか、10エリアを潰すことでマップが埋まると想定していましたが、現実には第1チームが半月を掛けて進んだコースを数日でトレースしています。
すでに処理したエリアは20を超えています。
さらに、その間が広がると今日明日で片が付く問題でなくなるのです。
という訳で、彼女の進言通り1つ後ろを探索すると決めたのです。
すべては第2チームを合流してからです。
しかし、見つかりません。
昼を取って、東、南とエリアを広げてゆきます。
つまり、ジグザクに戻っていった訳です。
やっと痕跡を見つけたのです。
第2チーム、随分と東に逸れたことに気が付いて西に進路を取り直したようです。
俺達は第2チームを追い駆けるように東に進路を取りました。
そして、昨日の俺達が通ったコースまで戻ったのです。
途中で第2チームが北に進路を変えた形跡はありません。
つまり、そういうことです。
結果だけいいましょう。
第2チーム、2つ東に進んだ所で斥候が王国紋章入りの看板を見つけたのです。そのまま第2チームは安全地帯を北上して第1チームと合流しようとしたのです。
途中で日が暮れてきたので野営にすることにしたのです。
俺達は四方に斥候を飛ばしながら、最悪に備えて第1チームの想定するコース?を取りました。
そして、日が暮れた所で野営をしている第2チームを見つけたのです。
そこは俺達が今朝まで野営した場所でした。
徒労です。
俺達はぐるっと回っただけでした。
食糧だけ渡すと少し距離を取って、いいえ、かなり距離をとって野営します。
今日の夕食(夜食)は昨日の残り物のパンと燻製肉だけです。
でも、疲れたからお風呂を作りましたよ。
あぁ~、疲れも少しは癒えるというものです。
えっ、第2チームの誰かをお風呂に入れて上げたかって?
入れる訳ないでしょう。
その為に距離を取って貰ったんですよ。