33.女の人は強いです。
巨人ゴーレムが停止するとすべてのゴーレムが停止する。
これは前回と同じです。
はっきりしたことはこの山のエリアは誰かが意図して造られた山であるということです。
誰の意図かは知る術もありません。
生徒会長達の護衛を紅蓮の教官先生に任せて、俺はマッピングの手伝いです。
王都で出会った彼女は戦闘が終わると東西にすばやく移動して、地図を安全地帯とそうでない地区を書き分けてゆきます。
彼女は足が速く、付いて行くだけでいい運動になります。
補給班が追い着いてきたら出発です。
◇◇◇
第一食糧補給班とその護衛の兵士さんは俺達を見送った後に、年若い未成人の子供達だけを死地に送ったことを後悔していました。
「はやり俺達も付いてゆくべきではないか」
「その通りだ」
「しかし、王国軍の兵士として認める訳にはいかない」
「俺は王国軍じゃない。領軍だ」
王国軍の兵士2人に領軍18人という混成部隊です。
補給班も領軍で働いている男達です。
身を守る剣を腰に差しています。
「命を捨てても構いません。許可を」
「それはできない。数人で挑むのは殺すのも同じだ」
「子供は死んでいいというのですか」
そんな会話が繰り返されます。
しかし、1時間もしない内に3本の煙が上がるのです。
助けに向かおうとしていた領軍の隊長さんはあんぐりです。
涙を流してくれた兵士さん、ごめんなさい。
◇◇◇
第一食糧補給班と合流した生徒会長さんらはすぐに移動を開始します。
王都で出会った彼女はマッピングの為に平気で危険地帯にでも入ります。
「うん、ここから危険地帯みたいですね。戻りましょうか」
「ここは帰り道に処理するんですか」
「そうなります」
戻り始めるとモクモクとゴーレムが生まれて囲んできます。
近場のゴーレムを軽く処理して戻ってゆきます。
追い駆けてくるゴーレムは安全地帯に出ると追うのを止めてくれるようです。
エリアから出ると見失うのでしょうか?
先行2チームがこの辺りで一度同じルートを歩いたらしく、軍が通れる安全地帯が狭くなっていた所です。
ここから2チームはまるで別ルートを歩いたように別れてゆくのです。
俺達は山側の西よりに通ったチームの縁を潰すように追い駆けるコースと取ります。その後、2チーム目に合流し、食糧を渡すと2コースの間を潰すように戻ることになります。
「最終的には、これから進む部分の調整が残っているよ」
「面倒臭いですね」
「時間に余裕があれば、ジグザグに進んだ方が早いだろうね」
食糧を2チームに届けると役割がなければの話です。
「王子と組んだ予定通りに行きそうだよ」
「王子とどこで知り合ったんですか」
「それは秘密」
「地下だけが得意という訳じゃなかったんですね」
「は、は、は、私は王都周辺ならどこでも顔を出す何でも屋さんよ。ひっそり彼女に恋文を届けたいなら格安で引き受けるよ」
彼女の身の熟しは姉さんと同じ斥候系のようです。
俺のイメージでは忍者に近いです。
◇◇◇
俺達が生徒会長らに追いつくと、すぐに2回戦が始まります。
段取りは1回戦と同じです。
巨人ゴーレムの止めを小公女さんが差すという以外は同じでした。
3回戦を終えるとお昼です。
その頃になると第一食糧補給班の一団と俺達の間に微妙な空気が生まれています。
先行する2チームは最強のAクラス冒険パーティが4組もいながら1日に2エリアしか進めません。
それを午前中に突破したのです。
こちらは王子の予定表通りですが、軍は1日に1か所程度の戦闘を仮定し、どうしても確保したい安全ルートを広げながら先行するチームに食糧を届けるプランを立てていたのです。王国軍の指揮官からすれば、予定外の行動を取られている訳です。
もちろん、軍の上層部には話してあります。
しかし、現地の士官は信じようとしなかった訳です。
作戦外の行動、異常な戦闘力、予定より早い工程なので文句の付けようもありません。
が、軍人というのは予定外の行動を酷く嫌うのです。
まぁ、文句を言ってくるようなら将軍の印が入った命令書を見せるだけですけどね。
それは生徒会長のお仕事です。
「お昼は料理を作ってくれないの?」
「この後も戦闘がありますから魔力は温存です」
「それは残念」
「夕食はちゃんと作りますよ。おかずは自分で狩って下さい」
「随分と余裕だな」
小公女さんがくだけて話し掛けている横で筋肉マンが神妙な顔で俺を見ます。
「俺は教官より速射できる魔法士を見たことがない。教官の倍近いゴーレムを倒しながらまだ余裕があるのか?」
「魔法の節約は得意なんですよ」
実際、午前中に倒したゴーレムの数は300体に達していない。
この3ヶ月余りで倍近く魔力量が増えたお蔭でファイラーなら2000発、いや、2500発くらいはいけるでしょうか。
しかも氷系の魔法のみ、魔法効率が4倍近くありますから、アイスなら10000発、アイススピアーなら半分の5000発です。
ふ、ふ、ふ、無理をしなければ楽勝です。
なんて嘘です。
初級魔法なら無敵の効果を出す俺ですが、中級魔法になると魔力効率が落ちます。
どれくらい落ちるかと言えば、
イメージを魔力として食わせるので約2倍です。
先輩達が使っている大規模の中級魔法はファイラー換算で1000発分くらいの魔力を消費しているのではないでしょうか?
俺が生徒会長の魔法に近い大規模の中級魔法『炎獄地獄』を発動すれば、1発で魔力のほとんどを持っていかれそうです。
つまり、先輩達の魔法使いとしてのスペックは俺より遥かに高い訳です。
まぁ、説明なんてする気ないですよ。
「判ってないな」
「何をだ」
「彼、まだ本気で戦っていないわよ」
「愚問だな」
小公女さんは俺を高く評価してくれているようです。
筋肉マンは何が気にいらないのでしょうか?
「悪いわね。こいつ私以外に近接魔法戦で負けたことなかったら拗ねているさ」
突然、紅蓮さんが乱入です。
紅蓮さん、第一食糧補給班の兵士に声を掛けて溝が深まらないようにお願いしてきた帰りです。
「ウチのゼミに来て欲しかったわ。鍛えがいがありそう」
獲物を見るような目で見ないで欲しいです。
でも、筋肉マンが紅蓮さんにヘッドロックされて豊満な胸が頬に当たって幸せそうです。
あれは味わってみたいかも。
「あれれれ、ああいう胸がおっきい方が好みかな?」
「どうして席を」
「嫌ぁかな?」
小公女さんが席を移して俺の横に座ります。
「お姉さん、君の本気を見てみたいな」
「十分に本気ですよ」
「嘘を言うな! 3倍は速射できるだろ。巨大ゴーレムを討ったように3連射すればいい」
紅蓮さんまで参戦ですか。
「必要ないでしょう」
「なるほど、そういうタイプか。益々、鍛えがいがありそうだな」
あぁ、顔が真っ赤で力加減を間違っています。
筋肉マンが死んじゃいます。
「あのぉ、そろそろいいですか」
会話に参加しない彼女が声を上げます。
「みなさん、魔力の余裕はまだありますか」
「問題ない」
「私も大丈夫」
「こいつならあと2回戦はいけるわよ」
「では、あと3回戦をお願います。そのペースいけば、予定より1日早く合流できます」
彼女は意外とマイペースです。
◇◇◇
ゴーレムが知的に成長しなくて助かります。
同じ作戦を何度でも使えます。
その日は5回戦まで通常で処理し、6回戦は筋肉マンの分も生徒会長が頑張ります。
忘れていました。
一晩寝ても魔力は8割程度しか回復しません。
次の日(3月4日)は4回戦を終えて筋肉マンが魔力枯渇し、5回戦を終えて小公女さんも枯渇します。
紅蓮さんも広範囲魔法で援護しますが6回戦は生徒会長の独壇場です。
魔力量に問題ありませんが、4回も詠唱し直せば、その間に詰め寄られます。
結局、紅蓮さんと俺で200体くらい倒していますよ。
筋肉マンも飛び出して単発の魔法でゴーレムを倒して協力しようとするのですが、それが返って仇となります。
魔力枯渇のマインドゼロ、戦闘不能で危うくゴーレムに倒される所です。
無理をせずに奥に居てくれた方がよかったです。
「生徒会長さん、このままここで宿営にしましょう」
「了解だ」
「モリモリ君、4回戦が終わったら補給班と休憩して魔力の回復を優先して下さい。倒れて貰うと足手まといになります」
「俺は大丈夫だ」
「足手まといです」
魔力枯渇ギリギリまでがんばったのは評価したいですが、王都で出会った彼女ははっきりといいます。
言い方がキツいですね。
「生徒会長さんと、教官さん、それでいいですね」
「問題ない」
「それがいいでしょう」
あっ、紅蓮さんに捨てられた犬のように情けない顔をしています。
「いいですか。魔力回復に努めて下さい」
「こらぁ、落ち込むな。あなたの力が必要なのです。あんたも前半がんばっているでしょう。十分に役に立っているから落ち込むな! 馬鹿者」
「ホントに役に立っていますか」
「立ってる。立ってる。あんたに倒れると予定が狂うでしょう。魔力回復するのも仕事の内よ。判った」
「はい」
紅蓮さんに頭をぐちゃぐちゃに宥められてやる気を取り戻したみたいです。
意外と甘ちゃんです。
筋肉マンというよりただのモリモリ君でいいみたいです。
次の日(3月5日)から魔力が減った者から補給班と休憩と決まりました。
4回戦が終わるとモリモリ君がお留守番です。
5回戦、小公女さんが1発だけ撃って俺の方によってきます。
「手を上げて」
言われるままで手を上げます。
「タッチ交代」
はぁ?
「君なりの方法でいいからさ、見せて、見せて、見せて欲しいな」
ハイタッチして抱き付いたと思うと、俺の背中を押すのです。
まったく、女の人って我儘なのでしょう。
まぁ、紅蓮さんも同じですけど。
紅蓮さんは6回戦に合わせて、1~4回戦まで魔力を温存するようになりました。
つまり、前哨戦のゴーレムは全部を俺に廻して来たのです。
やっていることは同じです。
別にいいですけどね。
という訳で本気の連射です。
アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー、アイススピアー!
アイススピアーを0.5秒に10発、5秒間の連射で100体を瞬殺します。
「きゃぁ、凄い、凄い、君。凄いよ。思っていたより、ぜんぜん凄い!」
小公女さんに抱き付かれて身動きが取れません。
「終わらせていいか」
「どうぞ」
生徒会長さんが巨大ゴーレムを仕留めて終わりです。
6回戦、残ると思っていた小公女さんが一緒に歩き出すと、モリモリ君が慌てます。
「どうして、おまえが付いていくんだ」
「私、まだ1発だけ撃てるわよ」
「馬鹿な!」
5回戦で魔力を温存しただけです。
一人、取り残されたモリモリ君が泣きそうになっています。
女の人は強いです。