32. 口止め料です。
2台の4頭立て馬車が高速で北西に向かっています。
乗っているのは第3王子と生徒会長を含めるビックスリーのみなさんと割り込んできた教官一人です。
ビックスリーの3人目は王女様です。
「私が行くと返って厄介になるのではなくて」
「それは承知している。ゆえに名前は名乗らず公女とのみ書きたい」
「それは面白いわね。但し、小を付けなさい」
そういう訳で小公女さんと呼ぶ。
三王家の1つアンティー家の分家らしい。
「王族なんて名前だけよ。領地は学園の敷地より小さいし、臣民は一人もいない。王軍もない。王様が畑仕事をするような国よ」
商人を家臣にしているので経済的に困窮するようなことはない。
「私が第何番目の王女が判る?」
はて?
「17王女よ。兄妹が32人もいる。帰る家もない私を王女と呼ぶ方がおかしいのよ」
大っぴらで話し易い小公女さんです。
もう一人は筋肉マンの教官です。
ティザーノゼミの教授の奥さんで王国軍に在籍していた当時は、『紅蓮の魔術士』と呼ばれていたそうです。
「うちの馬鹿亭主は何を考えているの。子供らだけで戦場におくるなんてあり得ないわ」
そう言って馬車の前で待っていました。
生徒会長は盾役に戦士系の3人を呼ぶ予定でしたが、盾役は俺がやると言って断りました。ガルさんクラスが来るならともかく、子守が増えるのはよろしくありません。
◇◇◇
砦に向かう城壁町で第3王子の知り合いでマッピングの名手が合流します。
「あなた」
「君が?」
王都で出会った彼女です。
第3王子とは仕事で知り合ったと言っていますが、どうな仕事でしょう?
でも、しゃべり方が明るい町娘風だったのが、淡泊なしゃべり方に変わっています。
こっちが普通?
あっ、町では猫を被っているんですね。
さて、城壁町で一泊すると早朝に砦に向かいます。
砦では到着を待っており、完成途上の地図を見て唖然とします。
早い段階で1チームが解体され、2チーム編成で作戦が続行されました。
最初は平行して進んでいた2チームですが、10日までタメオの大森林に到達することを優先した為に完全に2つのルートに別れて進んでいるのです。
「2チームとも工程的に余裕がなく戻る事もできません」
「この浮島のように残されたエリアの駆除をすればいいんですね」
「おい、おい、先に進むほど酷くないか」
「それは言わないでやって下さい」
王都で出会った彼女が現在の地図をすらすらと写してゆきます。
第3王子を砦に残して出発です。
俺達の後続に第一食糧補給班100人が続きます。
第一食糧補給班には20人ほどの護衛が付きますが危険エリアの外で待機し、安全を確保した後に追い駆けて来ることになります。
◇◇◇
初日は昼前から出発になったので戦闘らしい戦闘もなく夕刻を迎えます。
途中で捕まえた岩トカゲを料理して、肉のスープを作ります。
大鍋を10並べて料理すると豪快です。
岩山では野菜が採取できないのが欠点です。
岩トカゲの内皮をスライスして食感を変えましょう。
ライスを少し分けて貰ってスープに入れます。
レトーにステーキと肉スープと内皮のチジミを乗せて出来上がりです。
さすがに一人で作るのは大変ですから補給班の人に手伝って貰いました。
「よくこんな小物まで持ってきたな」
「何言っているのぉ、さっきあの子が作っていたでしょう」
「あいつが」
「土魔法よ。器用なものね」
「魔力の無駄使いだろ。何、考えているんだ?」
「拙い干し肉と固い乾パンを期待していたのに」
「おまえも変な奴だな」
筋肉マンと小公女が何やら話していますが無視しましょう。
紅蓮さんがじっと俺を見ています。
何でしょうね?
◇◇◇
朝から危険地帯に突入です。
処理が終わると、狼煙で3本の煙を上げます。
それを見てから第一食糧補給班が出発を開始する予定になっています。
半日を過ぎても狼煙が上がらない場合は、補給班は迂回して進行し、一部が全滅を砦に伝えることになります。
そんな事態にはしたくないです。
迫り寄るゴーレムを俺と紅蓮さんが排除してゆきます。
魔法組の3人はしばらくお休みです。
「後ろから付いて来る奴は処分しなくていいか?」
「適当に集まってから処分しましょう」
ゴーレムは普通に歩いている分は追い付かれる心配はありません。
出現率が多い方へ歩いて行けば、自然と顔面岩に連れて行ってくれます。
300体以上もゾンビのようにゴーレムを引き連れて歩くのは気持ちのいいものではないですね。
顔面岩が見えて来てそれを少し忙しいですが、横を素通りして通り抜けます。
私もアイススピアーが忙しいです。
ぐるっと弧を描くように裏側に回りますと、後方には600体を越えそうなゴーレムの群れが追い駆けてきます。
お待たせしました。
「がは、がは、がは、小僧。おまえの肝っ玉を見直したぞ」
筋肉マンが突然に笑います。
「一番手は私から行くわよ」
小公女がそう言うと、広範囲の光魔法『断罪光輪』と叫びます。
頭上から落ちてくる光の槍が光の粒へと還元します。
『雷衝撃滅』
筋肉マンも凄い中級魔法が使えるのですね。
『業火爆風』
生徒会長は炎の竜巻です。
捲き込まれたゴーレムが巻き上げられ、そのまま溶けてゆきます。
落ち着いて冷徹そうな顔をしてやる魔法はえげつなく過激です。
「流石、爆炎の狂人の異名は伊達じゃないですね」
「そんなことより、次の詠唱をはじめてくれ。まだ半分しか終わっていない」
「は~い」
小公女さんが生徒会長をトンでもない異名で呼びましたよ。
1発で100体程度が吹っ飛びましたから、あと1撃ずつで本命が出てきそうです。
残っている雑魚は俺のアイススピアーと紅蓮さんのファイラーアローで処分している間に2発目が打たれてゴーレムの大半が崩れさります。
ぶおん。
目を光らせて5mの大きなゴーレムと20mの巨大ゴーレムが立ち上ります。
「王子は君に巨大ゴーレムを任せればいいと言っていたが、それでいいのかね」
「はい。但し、これから見ることは他言無用です」
筋肉マンがごくりと唾を呑んで頷きます。
「判った。誰にも言わない」
「生徒の秘密は秘匿します」
小公女さんも紅蓮さんも同意してくれます。
第3王子、秘密は守ってくれていたようです。
近寄ってきた5mゴーレムは生徒会長の一撃で沈黙し、俺は20mのゴーレムの前に進みでます。
俺が手の平をゴーレムに向けると嫌でも注目が集まります。
この後の展開が読めますね。
嫌だな!
アイススピアー!×3
頭の文字を削って、ゴーレムが沈黙します。
「なんじゃそりゃ!」
そう思いますよね。
「ごめん、他言無用って言ってけど、説明だけしてくれる」
「はじめからそのつもりです。あの巨大ゴーレムは頭の文字を1文字だけ削ると停止する弱点を持っているんですよ」
「なにそれ!」
「私も偶然に見つけただけです。ファイラーボールを打てるくらいの魔法士なら誰でも倒すことができます」
「期待して損したちゃよ」
「申し訳ございません」
俺はそう言って巨大ゴーレムの頭が崩れた当たりを探します。
生徒会長、狼煙の3本を上げています。
岩を砕くと出てきました。
「見て下さい。これが特典です」
俺は手の平サイズの魔石を見せます。
「デカい」
「おっきいね」
「先ほどの方法で倒すと確実にこの特典が手に入ります」
「あっ、それが他言無用って意味ね」
「そういう事です。異世界文字を読める人なら気が付く人が出てくるかもしれません」
「なるほど、転生者の特典という奴か」
生徒会長さん、聞いていないようで聞いていたんですね。
紅蓮さんが俺の肩に手を降ろします。
「それは君の物よ」
「そうだね。君が見つけた秘密だからね」
「いいえ、この魔石の賞金は山分けしましょう」
「悪いわ」
「口止め料です。他言無用の」
俺はそう言ってにっこり笑います。