31. (休話)自称天才の嘆き。
2月1日、アルゴ学園の定例会議が終わると早足で馬車に乗り込みます。
アッキ・アディ・ステイク子爵は馬車の中で爪を強く噛みしめます。
「何がゴーレム1000体だ。巨大ゴーレムだ」
「落ち着き下さいませ。アッキ様が負けている訳がございません」
アッキの従者であるロバーがそう声を掛ける。
ロバーは初等科に入学して依頼、ステイク城壁市の子爵邸でアッキの世話をしている従者の一人であり、高等科に筆頭従者として付いてきた者です。
「王子の紹介がなくとも軍に問い合わせれば、すぐに判ることだ」
そう言ったのは、元イザベルゼミの代表だったグリゴリ・アディ・アルメニです。ステイク城壁市のコロニーの1つ、アルメニ伯爵小領主の息子です。
格式で言えば、グリゴリは伯爵の息子で子爵の息子より上ですが、分家といえどもステイク家に逆らう小領主はいません。
先輩と言う威厳を保ちながらも、代表をアッキに譲ったヘタレです。
王都にあるステイク家の屋敷に移動すると使いの者を軍に送り、事の真偽を確認したのです。
参加していたのは、能力上位者はガル教授とミルラルド教授の二人だけです。
学園都市の8月に執り行われる総合格闘の覇者で『爆炎の狂人』である生徒会長、裏ガスゼミの3回生は参加していません。
「我々も調査に参加するぞ」
「調査は本日付けで中止となっております。しかし、ゴーレム駆除隊を派遣すると将校が申しておりました」
「参加は可能か」
「はい、第3近衛が主体となって行う作戦らしく、軍は直接関与しておりませんが、第4軍の将校の紹介があれば、参加は可能だそうです」
「参加だ。今すぐに参加と伝えてこい」
「畏まりました」
ステイク家の執事が頭を下げて部屋を出てゆきます。
すぐに返事が届けられ、少数精鋭の12人以下に絞って参加を認められたのです。
◇◇◇
5日後、魔の森に作られた砦エトゥーにAクラス冒険パーティ10組と特別編成で組まれたチーム『イザベル』と特別昇進でAクラス冒険パーティになった『アレフロト』が集められたのです。彼らの任務はアルゴ山地の盆地部を北上すること約100km、タメオの大森林までの安全地帯を確保することです。
「つまり、ゴーレムを駆除すればいいんだな」
「その通りです」
「皇太子勲章を貰えると聞いたが事実か」
「はい、この任務に成功した暁には、皇太子より各パーティに蒼勲章と金貨1万枚が授与されます」
おぉぉぉ、冒険者達から声が漏れます。
王族から勲章を貰うのは冒険者として最高の栄誉です。
しかも1万枚の金貨がご褒美に貰えるというのです。
「それは契約金と別ということか」
業突く張りが、アッキが小さい声で吐き捨てるように言います。
耳のいい冒険者がその声が聞こえない訳もありませんが、学生の戯言など無視します。
少なくとも好感度を下げます。
「契約金、金貨1000枚とは別枠で御座います」
これを聞いて俄然、やる気を出して冒険者は山を登ってゆくのです。
◇◇◇
4組のパーティを1チームとして、横に3つ並んだだけの単横陣で前進します。
チームとチームの間隔は約10km、20kmの幅の安全地帯を構築します。アルゴ山地は比較的に斜面が緩慢であり、テーブルの上の理屈では、3本の線がタメオの大森林まで続きますが、山の凹凸はそこを歩く冒険者の視界を妨げるのに十分な高低差がありました。
隣のチームがどこを歩いているかなど、まったく判らないのです。
しかも入口部以外の地図がないのです。
随行の観測班が砦と連絡を取りながら精密な地図を作製してゆくのです。
アッキのイザベルゼミは、ガルゼミが通った道をそのまま直進します。
山に入るとゴーレムがさっそく襲ってきます。
Cクラスの魔物であるゴーレムに遅れを取る生徒はいません。
ある程度進んで後退を開始すると、300体近いゴーレムがアッキを襲いますが、軽く処理を終えて進みます。
入り口周辺に顔面岩がないことを改めて確認し、次に破壊された顔面岩エリアでも後退しますが、ゴーレムが現れないことを再度確認します。
ここまでは王国軍の調査隊がすでに確認したことです。
このエリアの高台から観測された地図を元にさらに先に進む事になります。
まぁ、顔面岩が見つからなくとも、ゴーレムを駆除していえば、自然と登場するのですからそれほど難しい作業ではありません。
ガルゼミが処理を終えたエリアを出ると、再びゴーレムが出現します。
5kmほど進んでから後退行動を取ると、ゴーレムが一斉に出現するのです。
出現率の大きい方が顔面岩のある方向です。
「打ち合わせ通り、ここエリアのゴーレムを撲滅した後に顔面岩へ紡錘陣で進みます」
チームの仮リーダーがそう声を上げると戦いの火ぶたが切られました。
火力の高いのはイザベルゼミの生徒です。
広域魔法を惜しげもなく、ゴーレムに打ちこんで撲滅するのです。
否、正確には火力を温存しない馬鹿です。
冒険者にとって魔法使いが切り札です。
最大火力を最初に使うなど、そんな勿体ないことをしません。
一流の戦士なら一刀で倒せる相手に魔法を使うのは馬鹿です。
しかし、1体倒すのに1秒と掛からないですが、迫ってくるゴーレムが遅く、迎えに行ってもかなりの時間を有するのです。
そりゃ、甲子園の3倍くらい広いフィールドを端から端まで走れば、時間も掛かります。
「Aクラスっていう割にちんたらしているな」
「仕方ありません。彼らは飛び道具を持っていません」
「そうか、あっちは終わているぞ」
アッキがアレフロトと名乗ったパーティを見ます。
彼らも魔法を温存していますが、戦士見習いと名乗った女の子の動きが異常なのです。
ゴーレムに胸を剣で一突きしたかと思うと、次の瞬間には50mから100m先の別のゴーレムの前に移動するのです。
「終わったよ」
可愛い少女がゴーレムの駆除を終わったことを告げます。
「では、いきますか」
「待て、こちらがまだだ」
「先に終わらせときます」
アッキはそう言って顔面岩がある方向に歩いてゆきます。
「馬鹿野郎が!」
「俺達でフォローしておきます」
「すまん。すぐに追い駆ける」
アッキを先頭にイザベルゼミが歩き始め、アレフロトのアレフが声を掛けます。
「急ぎ過ぎると、息が続きませんよ」
「このエリアを終えると観測の為に休憩に入る。そうなると今日はここで宿営することになる。魔法の温存は無用だろ」
「一応、考えてはいるようですね」
「当たり前だ」
丘を越えると顔面岩らしいモノが見え、その周りに500体くらいのゴーレムがうじゃうじゃとこちらに進んできます。
「固まってくれている方がやり易い」
そう言ってアッキは詠唱に入ります。
アレフは魔法攻撃の邪魔にならないように待機を命じます。
「വാളു ഞാൻ ആഗ്രഹിക്കുന്നു. പരിശുദ്ധ ശക്തി. എല്ലാ ജാലകങ്ങളുടെയും ശക്തി കാണിക്കുക. കാണുന്ന വ്യക്തി. കാണാൻ കഴിയാത്തവർ, ശത്രുക്കളിൽനിന്നു എന്നെ രക്ഷിക്കണമേ. വിശുദ്ധദേവൻ. ശക്തനും ശക്തനുമായിരിക്കുക. ഞാൻ ആഗ്രഹിക്കുന്നു. ആരംഭിക്കുകയും അവസാനിക്കുകയും ചെയ്യുക. ജ്ഞാനം, വഴി, ജീവിതം, സത്യം, തേജസ്സ്, വെളിച്ചം, വെളിപ്പെടൽ, വിഭജനം എന്നിവ നൽകുക.降り注げ、爆裂撃砕」
中級広域魔法で最大級の爆裂魔法です、
炎が急激に圧縮されて、爆発した無数の炎がゴーレムに降り注ぎ、構成する岩を瓦礫へと返還し、一瞬に焼野原に変わるのです。
100体くらいのゴーレムが瞬殺です。
「ウチの子より凄いかも」
アレフの横にいた女の子がそう呟きます。
「私だってやろうと思えばできます」
「私もですよ。魔法使いは常に軽挙妄動しないように心掛けているだけです」
魔法を使わない二人の魔法使いで必死に否定します。
そんなことを言っている間にイザベルゼミの生徒が次々と魔法を放ち、300体くらいが粉砕されます。
ぼおん!
本来なら5mくらいのゴーレムが先に目を覚まし、巨大ゴーレムはそのあとのあるのですが、一気に残りを減らした為に5mの大きなゴーレムと20mの巨大ゴーレムが一緒に目を覚まします。
「あれか! あいつはあれを倒したのか」
おぉぉぉぉ、アッキは前に走り出します。
「みんなは10体の大きいゴーレムを処理しろ。俺はあいつを追う」
アレフロトのメンバーは四方に散って、フォローに回ります。
イザベルゼミ生の不幸は大きなゴーレムの2体が真近で出現したことです。
岩と思っていたのが仇となりました。
丘の上、突き出た岩の上から魔法を放っていた生徒の足元からぐつぐつ揺れ始めると、それが5m級のゴーレムに変化したのです。
完全な油断です。
岩から落ちた生徒が出現したばかりのゴーレムに踏まれて悲鳴を上げます。
ぎゃぁぁぁ!
パニクった生徒が詠唱を止めてしまいます。
悪手です。
しかし、アレフロトの小さな女の子が駆けつけて胸をぐさぐさと剣を刺して仕留めてくれたので、潰されたのは手と足だけで済みました。
すぐに治療ポーションを潰れた腕と脚に掛けておいたので、命には別条ありません。
腕と足が復活するかはしりません。
アッキは巨大ゴーレムの前に進みます。
前に進めば、その巨大さが目を覆います。
「降り注げ、爆裂撃砕」
アッキはふたたび、爆裂魔法を放ちます。
その爆裂威力は凄まじく、頭を庇った左腕を完全に粉砕してしまいます。
しかし、巨大ゴーレムは無事でした。
ずごん、ずごん、ずごん、巨大ゴーレムが一気に差を詰めます。
糞ぉ、なぜだ!
アッキ、次の詠唱を唄っていますが、ゴーレムの拳が頭上に襲ってくるのです。
「アッキ様」
アッキを庇って従者のロバーが飛び込みます。
どすん!
「ロバー、邪魔をするな」
詠唱が途切れてしまって思わず、そう叫びます。
「立てるか!」
「お逃げ下さい。私は無理です」
よく見れば、片足の先がありません。
「ばかもの、主人の足をひっぱってどうする」
「申し訳ありません」
アッキはロバーを抱きかかえて走り出そうしますが、振り降ろす拳の射程内なのです。
振り降ろされる拳にアッキも覚悟を決めます。
「家臣思いは嫌いじゃないぜ! どっかん」
勇者スキル『どっかん』、前方に防御壁を発生させて味方を守る技です。
でも、アレフは馬鹿です。
前方なら兎も角、頭上に防御壁を発生させればどうなるのでしょう。
アッキとロパーを守る為に、拳に向かって剣を向けたのでその荷重がすべてアレフに、否、アレフやアッキ、ロバーに均一に圧し掛かります。
くこぉこぉこぉこぉ!
まぁ、圧力の大半はアレフが引き受けて奇声を上げます。
ぐしゃ、足の付け根が崩れる音と同時にゴーレムの圧力から解放されます。
アッキ、ロバーも内臓がいくつか破裂し、圧潰死寸前で倒れています。
「ダムス、あの馬鹿らを助けこい」
「うす」
「フルーラ、氷の壁で若を守れ! マリス、攻撃の準備」
「「了解」」
「ステラ」
「お兄ちゃんになんてことするんだ」
言われる前に小さな女の子、ステラはスキル『瞬動』を使い、一瞬で戻ってくると巨人ゴーレムを攻撃します。巨大ゴーレムは頭が弱点と最初に説明を受けたハズなのですが、ステラは聞いていなかったのか、胸を集中的に攻撃します。
空中5段跳びができるステラにとって、20mは苦ではありません。
スカスカと蜂が刺すように舞います。
しかも剣を刺した先から『爆』の魔法で内部爆発を誘いますから、殴った腕をぼろぼろに崩れそうになり、何箇所も胸を抉ってゆきます。
全身に水疱瘡ができてそれを潰してゆくような、かなり惨たらしい攻撃です。
「お兄ちゃんの仇」
アレフは死んでいません。
アレフ、アッキ、ロバーの三人は神官のライドが治療を行い、ロバーの片足以外は時間を掛ければ完全復帰できるようになっています。
まぁ、全治2ヶ月の重傷です。
たっぷり、ステラが時間を稼いでくれたので炎の魔法使いであるマリスが最大級の魔法を巨大ゴーレムに放ちます。
『隕石』
隕石にして小さい炎の塊が巨人ゴーレムの頭上を襲います。
「あぶない、あぶない」
ステラ、慌ててジャンプ、ジャンプです。
ずごごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
小さいと言っても隕石です。
爆風は辺りの人を吹き飛ばし!
巨大ゴーレムを蒸発させ、クレーターを残して辺りの地形を変えたのです。
「見なさい。私の実力を!」
「馬鹿もん、誰が上級魔法を使えと言った」
「だって、ステラは私が大したことないなんていうから」
まとめ役の神官ライドは溜息を吐きます。
近年最強を唄う『ロトの英雄』達は、近年稀に見る『馬鹿の集団』なのです。
この餓鬼達をまともな英雄に育てることができるのでしょうか?
死人がでなかったことが幸いです。
アッキが呟きます。
「どうして、こんな馬鹿げた連中が」
そう言い残して意識を失うのでした。