29. るんるんのメイド服(薬)の教授。
以前、伐採場で小屋を作った時、出入口と窓穴がぼっかり開いただけで質素な小屋を作った訳です。
がらんといまひとつでした。
やはり、扉と窓を付けないと絞まりません。
最初に考えたのが引きドアです。
壁の一部を凹ませてレールとドアを後付けすれば完成です。
実験も成功しました。
ドアと窓にガラスをはめる訳に行かないので、ブラインドで風と光が程よく入るように工夫します。
ブラインドを作っていて気付いたのが、硬化魔法の強度がかなり上がってきたことです。
北の平原に壁を作った頃は硬化の強度が低いので厚さ4mというかなり分厚い壁を作りましたが、最近は木と同じ程度の強度が出るようになってきたのです。
木刀ならぬ、土刀が作れる訳です。
武器としては強度が足りませんが、練習に使う程度は問題ないようになった訳です。
何が言いたいのか?
金具ならぬ、土具が作れないかと思った訳です。
1年も持たないと思いますが、3ヶ月程度なら問題ないでしょう。
今回、砦で小屋を作る時に後付けでドア、窓、土具を作った訳です。
「相変わらず器用ね」
「先生は暇そうですね」
「どうすれば、そんなに器用に造れるのよ」
「簡単ですよ。イメージを具体的に脳裏に浮かべればできます」
「イメージ?」
「はい」
「詠唱は変えていなの?」
「変える必要なんてないでしょう」
「えっっっっっっ、嘘でしょう」
何を驚いているのでしょうか?
いやぁ、ちょっと待って…………何やら呟いてぶつぶつと考え始めます。
その間に手汲みのポンプも仕上げてゆきます。
自宅で作った手汲みのポンプは竹と木を組み合わせて作りましたが、竹の代わりの土筒と取っ手、栓の役目になる玉下の玉、水を引き上げるサプター、紐でもいいのですが取っ手とサプターを結ぶ金具を作ります。土筒は地下水から引き揚げる長い筒とサプターより少しだけ径の大きい筒を組み上げれば、水が流れるその枠を作るとテレビなどで見たことがあるポンプに見た奴が完成です。
台所と外に井戸を掘って設置し、桶を作って水が流れるかを確認します。
桶に水を張るとメイド服(薬)の教授が「丁度いいわ」と言って駆け寄ってきて、水の魔法で水柱を作るのです。
洗濯器の中で回っている水が宙を舞っている感じの奴です。
一旦、魔法を閉じて、もう一度同じ魔法を唱えます。
今度は逆円錐台の水柱です。
それが終わると円柱の真ん中に球体が膨らんでいる水柱です。
「嘘でしょう?」
自分で魔法を発動して、嘘、嘘と連発します。
「どうかしましたか」
「魔法の三大原則をひっくり返す発見よ」
「何が凄いんですか?」
「いい、魔法は魔法陣、詠唱、魔力の三つのバランスで成り立っているのよ。魔法陣は精霊を呼び出す門、詠唱は精霊との会話、魔力はその2つを繋ぐ力なのよ。3つのバランスが成り立って魔法は発動するのよ。君はその詠唱を飛ばしているけどね」
「頭の中で考えていますよ」
魔法式がまったく違いますが、それは口にしません。
「私も何度もやってみたわよ。全然、発動しませんでした」
「根気よくやってみて下さい」
「そのつもりよって言うか、今はそんなことはどうでもいいよ」
忙しい先生です。
「それよりもイメージよ。私が唱えた魔法はすべて同じ魔法、違うのは完成する魔法のイメージが違っただけ。結果は三つとも違う魔法になった。魔法にはイメージという概念が加わることになったのよ」
「それがどうかしましたか?」
「大発見よ。どうして同じ魔法なのに違う人が唱えるとまったく違う魔法になるのかという問いに回答が見えたのよ」
「まぁ、がんばって下さい」
メイド服(薬)の教授、そこから色々な魔法を合宿中に試していました。
合宿が順調に進み、俺も絡まれないので平和でした。
◇◇◇
がら、がら、がら、荷馬車が学園都市に向かって進みます。
砦近くの城壁町で雇った御者2人が降りたので、護衛の冒険者に1台を任せ、俺が手綱を握っています。後ろにお茶会のお姉さんが座っており、俺と交代で手綱を握ります。
御者台の横でメイド服(薬)の教授は上機嫌です。
「今回はお世話になったわ。本当にありがとう」
「特に何もしていないと思いますが」
「魔法の論文が書けそうよ」
論文と言うのは、魔法協会で発表する自分の成果の発表みたいなものです。
次に魔法協会が開かれた時に発表すると言っています。
「私の研究は基本的に薬なのよね。魔法師は基本的に薬の開発に興味がないのよ」
「まぁ、そうでしょうね」
研究馬鹿ですからね。
「魔法の治療薬は誰でも使えるから神官がいない町などで非常に有効でしょう。領軍などで怪我をしても治療薬あれば安心なのよ。治療薬を作れる魔法使いの価値は高い」
そりゃ、そうです。
治癒系の魔法を使える魔法使いの数はしれています。
特に重症を回復できる魔法士は貴重です。
軍など最低でも1人はいないと始まらないでしょう。
その数を補うのが治療薬です。
「私が魔法師の称号を貰えたのは凄い治療薬ができたからじゃなく、魔力回復薬のマナポーションを開発したからなのよ」
「それは凄いですね」
「凄くないわ。保存期間は短い、材料は希少なものが多い。一般化できないものは価値がないのと一緒なのぉ」
なにかのこだわりがあるようです。
保存期間は短いと言っても必ず必要になりそうな魔物退治の遠征や北のダンジョンのある国では貴重らしく、それなりに国に貢献しているそうですが、普通の素材で作るマナポーションの開発は一向に進んでいないそうです。
「治療薬の方は年に2・3種類ほどの更新ができているのよ。ほら、ほら、見なさい。この袋に珍しいそうな草をいくつか取ってきているのよ」
うしろの座席に置いてあった大きな袋に沢山の雑草が入っており、遊んでいるようでちゃんと仕事もしていたようです。
「まぁ、今回は師匠孝行かな」
袋を後部に戻しながらそういうのです。
「師匠孝行というのは何ですか?」
「私も魔法師に推薦した師匠に、この子を推薦してよかったでしょうというセレモニーね」
あぁ、なるほど。
魔法師は基本的に自分の知恵を他に渡したがらない。
貴重なモノほど秘匿する。
魔法師の称号は一種の格付けのようなものです。
「師匠は何も言わないけど、兄弟弟子が何か1つくらい発表して、師匠の顔を立てろってうるさいのよ。この魔法のイメージ論なら絶対に喰い付くわ」
「随分と練習していましたね」
「私ができる4系統すべてを試してみたわ。生徒にも確認させてから論文に入るつもりよ。次の学会がいつになるか判らないけれど楽しみだわ」
メイド服(薬)の教授は最後まで上機嫌でした。
◇◇◇
学園でみんな降ろすと迎えの馬車を連れて、伐採場へ向かいます。
護衛の冒険者の仕事は昨日で終わり、学園手前のコロニーで降ろし終えています。
ここから先の護衛は俺一人です。
今更ですが、
護衛の冒険者はCクラスか、Dクラスのパーティが請け負います。
護衛の日当は小金貨5~10枚です。
北の相場が1~2枚ですから王都は割高です。
それを一人当たり小金貨3枚で応募するのですから、お茶会のお姉さんも豪気ですよね。
近く城壁町、コロニーで募集を掛けた訳ですがよく見つかったものです。
日当が相場より安いので、見つからないことも考えてEクラスの冒険パーティでも構わないと書かせたくらいです。
何でも!
お姉さんがお金を持っていないと勘違いしたのか?
「可愛い女の子を泣かす訳にはいかない」
そんなことを言って、Cクラスに上がったばかりの若い冒険パーティですが受けてくれたのです。
事情を知った後はがっくりしたでしょう。
荷卸し作業員として雇われた訳ですしね。
別れる時に、お茶会のお姉さんが評価Aの終了書とボーナスの金貨12枚を手渡します。
それには冒険者もびっくりです。
「また、雇って下さい」
そんな風に言って去ってゆきました。
金貨12枚、6人で割れば、一人頭で2枚です。
日当に換算すると小金貨3枚が増えて、相場並になっただけなんですよね。
お姉さん、悪よのぉ!