21. (休話)ガルとミルラルドの密談。
合同クエストの行く前日の酒場です。
酒場と言っても学園都市ですからその数は少なく、その都市に従事する者たちだけがささやかに訪れる憩いの場所であり、他の町のように下品に大声を上げる男達はいません。
アットホームな静かな酒場です。
その一番奥のテーブルを挟んで元冒険者の教授ガル・フォードゥと薬学のエキスパートであるミルラルド・フォン・アゼル教授が酒を飲み交わしています。
「で、調査の方はどうだ」
「そうね、何から話せばいいのかしら」
「俺の方は普通だ。肉体強化の魔法を除けば、7歳ではよく鍛えていると言える程度だ。鍛えると言えば、ラケル第3王子の方がかなり鍛え上げているな」
「生まれが1ヶ月しか変わらないから比較するには丁度いいかものね。そういう意味ではラケル王子の魔力は普通だわ。魔法士としては優秀な方になれるでしょうが、魔術士になる才能は無さそうだわ」
「王子はどうでもいい」
「比較したのはあなたでしょう。アルフィン君の魔力は異常よ。血統主義の理論から言えば、あり得ないことだわ。尤も私は血統主義の理論を信じていないわ」
「両親が魔法の素質がないという奴だな」
「両親どころか3代遡っても魔法使いを輩出していないわよ。トンビが鷹を生んだどころかグリフォンを産んだ感じね」
「ほぉ、そうなのか」
「貴方から貰った資料に書いてあったのよ」
「学園長から預かったが、ああ言う細かい字を見るのは苦手なんだ」
「まったく」
ガルは学園長からアルの資料を貰っていたが、2・3枚読んで放り出した。
数字が羅列している資料はどうも好きになれないのである。
結局、ガルはアルの名前と出身地くらいしか知らない。
会った方が早いというのがガルの考え方だったが、会ってもよく判らないのである。
魔法に長けているのに、魔法を学ぶ気が全く見えない。
冒険に長けているのに、その力を隠したままで表に出そうとしない。
料理や風呂とか、訳の判らないモノに力を注いているように見えるのです。
「初老が孫娘と戯れているようにしか見えん」
そう言うとエールを一気飲みして、お代わりを頼みます。
ミルラルド教授はパストを食べてから口を開きます。
「それは彼が転生者だからでしょう。二度目の人生を楽しんでいるのよ」
「ほぉ、あいつは転生者だったのか」
「資料に書いてあったでしょう」
「見てない」
「まったく」
呆れて、ミルラルド教授もエールを口にします。
「アルフィン君が用心深いのは転生者だから。前世がどういう人生かは知らないけれど、人生観で言えば、私達より長いかもしれない。子供と侮るのは止めなさい」
「なるほど、判ればすっきりした。奴は普通だ」
「あの子の前世は地球出身で異世界本を多く代筆している。幼い頃から………今もまだ幼いけれど、生まれてそれほど経たない頃から文才を発揮しているわ。かなり頭の良い子みたいね」
「本を書くのか」
「えぇ、各の城壁町のある図書館に彼の書いた本が寄贈されている。もしかすると私達より収入が多いかもしれないわ」
「そんなにか?」
「知らないわ。本を書くといくら儲かるなんて調べてこともないわよ。でも、Aクラスの冒険者と一緒でパトロンが付けば、相当な額を貰えるのではない」
「Aクラスの冒険者と一緒か。なるほど、金に疎そうなのはその当たりか」
「それもあるけど、行政府の企画課の仕事を請け負っているみたいだから、そちらからもかなり金額が振り込まれているハズよ」
「行政府?」
「ほらぁ、この前もクエストでお休みも貰ったでしょう。あれは行政府の直依頼よ。あの歳で直依頼が貰えるなんて大したものだわ。私もまだ貰ったことないもの」
「そんなに凄いのか」
「えぇ、私の師匠が請け負った直依頼は金貨1000枚から1万枚の仕事ばかりだったわ」
「1万枚!」
「そうよ。1万枚よ。最高級の杖が買えるわ」
「一流の装備が買えるな」
そこで二人の会話が少し途切れます。
金貨1万枚を手にしたのはいつだったかと思い巡らすのです。
ガル・フォードゥは王から褒美を貰った時です。
それまでは貧しい装備を細目に更新していったと思い返します。
ミルラルド教授は学園に就任してからです。
ゼミの予算は金貨5000枚ほどで、少し節約すれば、1万枚を溜めることもできます。
イザという時の為に残してあります。
まだ、アルが金貨1万枚を手にしたことはありません。
王都の物価が高いのでそれくらいを稼ごうと画策していますが、まだ実行していないのです。
そんなことを二人が知る訳もありません。
◇◇◇
女中が最上級の角切りローストビーフが持ってきます。
酒場と言っても貴族様がやってくる酒場です。
素材も最高級品を揃えており、お値段も金貨1枚に届くものがあります。
そんな1品を次々と頼むミルラルド教授にガルが焦ります。
「いったい何品頼むつもりだ」
「一度食べてみたかったのよ。お金は支給されているけど、研究費は馬鹿にならないのよ。贅沢なんてできないのよ」
「それは俺も一緒だ。教授になって収入こそ安定したが、額そのものは半分以下だ。俺のゼミは研究費も貰っていない」
「これは経費でしょう」
「落ちればな」
「落としなさいよ。落とさないともう協力は得られないとか言えば大丈夫よ」
その細い体のどこに入るのか、ミルラルド教授は最上段に書かれている一品をすべて平らげたのです。
「お姉さん、エールお代わり」
「まだ、飲むのか」
「さぁ、そろそろ話の続きをしましょうか」
「そうしてくれ。財布の底が抜けそうだ」
「彼の魔法だけれども、おそらくエルフから伝授された魔法と思われるのよ」
「エルフか」
「神々の神族であるエルフの秘術を彼は口外するつもりないみたいね。そもそもそれを条件に伝授されたのではないかしら。神々と同じ無詠唱の魔法を騙り広めれば、神罰を受けるかもしれないわ」
「随分と厄介な話だな。神々が絡んでくるようなら俺達の範疇じゃないな」
「むしろ逆でしょう。神々の叡智を手に入れようとする不逞の輩から彼を守るのが私達の仕事になると思うわ」
「判った。判った。そういう風に報告しておこう」
「で、明日からの練習の予定だけれども」
「明日から5日間はないぞ」
「月末は追い込みでしょう。スペシャルな練習とスペシャルな薬も用意してあるのよ」
「そうしたいのは山々だが、ウガラス爺さんに合同クエストを頼まれて引率だ。奥地手前まで行くから4泊5日に合宿だな」
「聞いてないわよ」
ミルラルド教授が立ち上ってテーブルを強く叩きます。折角の予定が大無しです。ガルは悪びれる素振りも見せません。
まったく、腹立たしいことです。
しかし、考えてみるとアルの戦闘を見られるかもしれません。
「私も行く」
「冗談だろ」
「弟子の戦いを師匠が見て何が悪いの」
「いつから師匠になったんだよ」
「昨日、魔法省に届けて来たのよ。これで私も弟子持ちよ」
「勝手なことをしやがって。しかし、意外だな! どうして生徒を弟子に取らなかったんだ」
「私は攻撃魔法が得意じゃないのよね。師弟関係を結ぶと、他の魔法師から講義を受け難くなるのよ。私の兄妹弟子でも嫌がるでしょうね」
「何だ、そりゃ!」
「魔法の術式と詠唱は魔法師の命そのものなのよ。弟子でもない奴に享受してやるお人好しはそういないのよ。薬学を知っていることは魔法士としてメリットが大きいけど、権威としては小さい。やはり派手な活躍をした方が評価されるから、生徒達にそんなリスクを背負わしたくないよね。お姉ちゃん、エールお代わり」
「遅刻したら置いて行くからな」
「大丈夫だって!」
「なら、おまえと師弟関係を持った坊主も困るんじゃないか」
「あの子は誰かの弟子になる気がない。だから、問題ないのよ。誰かがちょっかいを出そうとしても、私という師匠がすでにいるから道義的には手を出せなくしてやった訳よ。少なくとも魔法省にお世話になっている奴らは手を出せないわ」
「守るって奴か」
「ふ、ふ、ふ、連中が手を出せない。私だけが魔法の真理を追い求めることができるのよ」
「おまえが不逞の輩になってないか」
「私は師匠、それに無理矢理に聞き出すようなこともしないわ。ちゃんと自分で真理に到達してみせるわよ。お姉ちゃん、エールお代わり」
「潰れても知らんぞ」
「今の私は無敵よ」
良い調子で呑み潰れたミルラルド教授を放置します。
もちろん、お店には迷惑料を払っています。
酔い潰れた客は女中に泊めて宿泊料、世話をして世話料、朝起こしてありがとう料と1度で3度おいしい副収入です。
ガルから予定を聞いて、女中はにこやかにガルを見送ります。
早朝、目を覚ましたミルラルド教授が慌てて準備したのは言うまでもありません。
慌てて出したチップが小金貨ではなく、金貨だったことに気が付いたのは、店を出てからです。
きゃぁ、慌てて万が一用の金貨を出しちゃった!
「「「また、お越し下さい」」」
笑顔で女中の子が総出で見送ってくれた訳です。
最低チップ銀貨3枚、朝までいた客は6~8枚です。
起こして貰ったら小金貨1枚が相場です。
戻りたいけど、戻る時間がありません。
私の一カ月のおこづかいが!
まぁ、昨日は高い料理を散々食べたので金貨1枚以上はガルに支払わさせたんですけどね。